見出し画像

私はココアを飲む。


やる気が出ない。
やるべきこともやりたくない。
やりたいことが分からない。
考えがまとまらない。

頭が痛い。
目が眩む。
食欲がない。


エネルギーが圧倒的に足りていない。
実は前から徐々に落ちていってたのだろう。
ついにここまで来たか。
ここまでこないと自覚しないのか。
エネルギーがなければ活力もないので
ただただ動かないで横になる。

ナマケモノの自分は駄目と思っていたが
ここまで来ると、横になる自分を許す。そうしたらいつもよりおふとんも身につけているものも心地よく感じた。

自然にもっと触れ合い。感じたい。
自然の気が自分に足りていないと思っていた。
私の実家は海に近くて海沿いを散歩できる素敵なコースがある。だが、嫁ぎ先は自然のスポットが意外にもなくて…それを除けばとてもいいところ。

身体の調子がいい時は夫を見送った後に早朝のまだ人出と車が少ない時間に歩いている。
まだ冷たく感じる朝の空気が好き。

自分の気持ちが分からないもどかしさ。
元々本心を明かすのも苦手なので…
まとまらなくても
いまの思いを書こうと思う。

私はたくさん考えていることがあった。
深く考えるようになったのは義母がこの世からいなくなって数ヶ月経った頃。
私はまた「これから」のことに直面する。

今までは学校の進路等でこれからを考えることがみんなあっただろう。しかし、私は自分がどうしたいのかが分からないまま。
あまり自分と向き合えないまま進路は適当に決めた。

そして今も昔と同じように立ち止まったまま日々を過ごしてきた。

今の生活は自分の好きにできるところが大きい。自由がきく。
だけど、近所の方の目も気になる。
楽してるように見られてるのかなとか。そんなことを考えてしまうが

まずは人のことを気にしてしまう考えをやめることにしたが、結局手放さそうと思って手放せられないことだった。

完全に取れるにも時間を要するのかなと思っていたけど、ふと母のことが過ぎったのだ。


母は専業主婦で、ずっと育児と介護に追われていた。
父は昭和人間で古い価値観がちがちに持っていたので家では本当に何もしなかった。
男は仕事、女は家事が当たり前。

私は小さい頃から母を見てきて。
祖母がリウマチで身体も痛くて思うように動けなくなっていたので母にあれしてこれしてとよく頼んでいた。
祖母は私が中学三年生に進級した頃にこの世から去った。

祖母がいなくなって大分経つが、時が経てば経つほど息子である父が祖母にかなり似てきた。
父も例えば自分の目の前にチャンネルがあるのにテレビ消せよーとか言うタイプの人。
で、チャンネル目の前にあるやんお父さんが消してーと返したら不機嫌になるタイプの人w

私は祖母や父に頼まれて全部やっていた母の姿を見て密かに思っていた。


母のようになりたくないな、と。

母が嫌いとかそういうことじゃない。
4ぬまでずっと家にいて、家政婦のようになるのが嫌だと思ったのだ。

人に頼まれることについて思うがあった。
それも全てここから来ていたのかな、と。

私は人に頼まれるのが嫌だった。
小さい頃、姉によくお願い事をされてやっていたけどなんで私ばかりこんなことしなきゃならないのかと嫌な感情になった。家族にされるのが苦手だった。
今はそれが主に義姉が対象になっている。

なんでここまで嫌なんだろうと自分が疑問に思ってしまうほどだ。

だけど、頼まれないと何もしないから頼むんだろうなとか
頼まれなくなったらその人との間に何も無くなってしまうと
思うことが最近ある。
家族間がそれでいいのかなとも思う。
そう思うということは頼みごとどうこう以前の問題のように気もする……

私は私で基本自己解決するので誰かを頼ることがあまりない。だからやたらと頼む人で何がイライラするって、明らかに頼む側は何もしてなくて大変なのに私にさせようとするところなのだ。
義姉が対象と上記にあるが、義姉は本当に困っているから頼む。
そこが実家の家族と違うところだ。


話を戻す。

母は私にとっていちばん話しやすい相手だった。だけど、私の話したことにすぐ否定してくるところもあった。

私が学生時代辛いことがあっても、寄り添うよりも今の辛さを否定して明るい子になって欲しい。ネガティブよりポジティブ。これは私がネガティブすぎたからだと思う(笑)
何にせよ、そういう部分はズレている。それが母なりのやり方なんだろうけど。

私が赤ちゃんの頃は母も介護とひとつ上の姉の面倒も見なきゃならなかった。
追われてたから仕方ないことだったのかもしれないが、与えられるべき時期に愛を受け取れなかったのは大きい。
大人になった今、自覚する。

ただ、育てられるとかじゃなく、優しくするとかじゃない。暴力を受けていたわけじゃないのでいいだけじゃない。
特別な思い(つまり愛)を感じないまま、受け取れないまま大きくなった。
子どものまま身体だけ大きくなったみたい。

改めて思うのは祖母や父がよく怒ることが多かった。怒るというか叱る、が正しいのだろう。
だけど、母はせめて自分だけでも子どもたちに優しくありたいと思った。
改めて思うとそれも愛ゆえに行ったことなのかなと思う。

私はそう思うが、他の人からしたら違うのかもしれない。(否定されてしまう恐怖を持つので保守的な文書載奴)


ここまで入力していて改めて思う。

①時代的に世代的にみんながそうだからなるべくしてなった(つまり、仕方なく)

②これはいつか聞いた話なのだが、母方の祖母(母からしたらお母さん)に
「あんたは結婚するまでぱっぱらっぱーとしてきたから結婚後苦労させてるんだ」という言葉で自分の運命受け入れている。

③母は外に働きに出ることに関して思うことはあったのか。
(出たくても実質子供3人育ててる感覚だと本人は言ってたから…)

④母の性格的にそんなこと私よりも気にしていない。知らんけど。


たくさん考えてしまい、脳内ですき焼きが煮えそう(?)みたいになるが
そんなときはココアを飲んで心を落ち着かせる。過去や未来を考えないで今にフォーカスが当たる。

今の自分をちっとも見ていないことに反省したのだった。

過去が今を作り、今が未来を作る。
備えるために未来のことをを考えるのはいいことだが、何もしないでただ未来を悲観的に考えるのは違う。
今を見て!!!!

愛が受けなかったかもしれないが
今はとても大切なパートナーがいる。

パートナーと出会って与えられたものが沢山ある。
なんなら、嫁いだ身だけどこの家族いいなとも思える。

不器用で至らない私ではあるけれど
今与えられているものには感謝しなきゃね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?