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『クッキング・コンパニオンズ』実績翻訳後記

まえがき

これはなんですか?

『クッキング・コンパニオンズ』は2021年にDeer Dream Studiosがリリースしたサイコホラーノベルで、2023年に翻訳ゲーム実況者の「スロースタートのやつ」(ここまで名前)によって日本語翻訳されました。3/11に実績のみ自分が日本語訳を作り、同日リリースされました。本記事は日本語訳の作成に際しての工夫や苦労を、個人的に記録するために書かれています。しかし、私は他人の翻訳後記を読むことが好きです。あなたにとっても、有意義な読み物であることを願います。

無事に修正済み

Deer Dream Studiosは本作の制作のために設立されたアメリカのデベロッパーです。本作は東欧の伝承をモチーフとしつつ、DDLCのデートシム要素やPTのホラー要素の雰囲気を持ち、複雑なサウンドや可愛くも恐ろしいアートに深く切ない謎のあるストーリー、そしてなによりもユニークなホラー体験を目指して作られました。

食うか食われるかの世界(食うか食われるかの世界)

あなたはだれですか?

暗闇にひそむゲーム翻訳者。ゲーム開発者に突如として噛みつきます。

なんで訳したんですか?

より多くの人々に楽しくプレイしてほしかったからです。私は2023/3/9に全実績解除しました。

日本語版リリース翌日

ゲーム本編はすべて日本語訳されていましたが、実績は英語のままでした。そこで開発者に日本語翻訳を申し出、翻訳しました。

概要

ここからは実績のネタバレを含むため、未プレイの人はプレイ後に読むことをおすすめします。解除条件など攻略情報は出てきませんが、内容上どうしても本編のネタバレを含みます。もちろん本記事は自分の見解に過ぎず、またこの場で解釈は語りません。感想や考察をお待ちしています。

このゲームはお子様、またはショックを受けやすい方には適しておりません

プレイ後は、称賛はDeer Dream Studios(https://twitter.com/DeerDreamStudio)および「スロースタートのやつ」(https://twitter.com/SlowStartMe)に、実績の日本語部分の賛否については自分(https://twitter.com/nicolith)に送っていただけるとありがたいです。

実績翻訳過程

まず、本作とは離れますが、実績の翻訳プロセスについて紹介しようと思います。自分も経験豊富なわけではありませんが、何作かで通して行ってきた方法があるので、参考となれば幸いです。

まず、以下のようなスプレッドシートを作成します。

実績翻訳例

内容はシェイクスピアさんに例としてご協力いただきました

まず考え方として、実績は多数のテキストを一対一対応させる必要があります。一般的なゲーム翻訳作業はこのようなスプレッドシートですべてのテキストを管理しますが、自分が翻訳する小規模インディーゲームにおいては直接ファイル修正するなど、必ずしもそうとは限りません。作業コストの問題もあれば、そもそもこういう方法を知らないという背景もあるでしょう。ただ、実績については大抵の場合、多くのファイルを直接修正する以外の形でテキストを一対一対応させる必要があるため、この方法が良いと思います。

中身の話に移ります。まずB列に原文、C列に日本語訳を書いています。1行目が言語名ですね。(D列はあとで説明するので一旦無視してください)後々、他言語に対応することになったとき、開発者が一つのシートで全言語を管理できるようにこのような形を取っています。次にA2セル、A3セルですが、ここで実績のどの部分のテキストかを示しています。

クッキング・コンパニオンズ例

シェイクスピアさんはまだSteamでリリースしていませんでした

Steamでの説明になりますが、上の画像のクッキング・コンパニオンズの例で言う「バター塗る?」が「NAME (1)」、「バター塗る?それともまな板にのる?」が「Description (1)」に相当します。「NAME」と「Description」が要素名で、「(1)」が上から順番に振った連番です。このようにしてテキスト位置を示し、B列およびC列でテキストを対応させています。どちらかだけでも実は作業できるのですが、この形にすることでお互いにどの箇所かわかりやすく、コミュニケーションもしやすくなります。今更ですが、シェイクスピアの出番は不要というか、わかりづらくなったことをお詫びします。

D列に移りましょう。ここはメモ列で、翻訳過程で自分が気づいた注意点を書いています。自分の作業効率もありますが、なにより制作者が翻訳内容の良し悪しについて確認しやすいよう設けています。翻訳過程でQ&Aを行うことは通常行い、自分もこれまでそのように確認していました。しかしクッキング・コンパニオンズは実績数が80あり、英語のジョークや作品のパロディになっているものも少なくなく、また3/11が土曜にあたり日本のプレイヤーが目覚める朝にはリリースしたかったため、作業効率を考えこの列を作成して確認してもらいました。

ちなみに、今回の翻訳作業は自分の意向で3/11に日付変更した直後あたりから徹夜で行われ、早朝にリリースを終えました。

実績翻訳解説

前置きが長くなりましたが、実績の翻訳時のメモの内容を紹介します。すべて「NAME」です。

まずはパロディシリーズから。

  1. They Call The Wind(風が呼んでる):歌「They Call the Wind Maria」のもじり。

  2. Dead To Me(さようならの裏に):ドラマ。邦訳ママ。

  3. I Think We're Alone Now(ふたりの世界):Tiffany Darwishの歌。邦訳ママ。

  4. Leave It To Cleaver(肉切り包丁にお任せ):ホラー小説。

  5. No More Tears(もう泣かないで):Ozzy Osbourneの歌。

  6. I Know Why the Caged Bird Sings(歌え、翔べない鳥たちよ):Maya Angelouの本。邦訳ママ。

  7. The Room Where It Happened(事件現場):John Boltonの本。

  8. O' Cellar of Plenty(おお、貯蔵庫はいっぱい):ドラマWitcherの歌「O' Valley of Plenty」のもじり。

  9. Future Past(未来と過去):映画。

まず 1. は、マライアとの好感度をMAXにしたときの実績名で、元ネタの「Maria」とキャラ名の「Mariah」をかけたものですね。
2. と 3. はいずれも邦訳があり、そのまま使用して違和感がなかったため、元ネタを示すためにもそのまま使用しています。ちなみに 3. は古い歌のカバーです。
4. は邦訳がなく訳しました。
5. は邦訳が「ノー・モア・ティアーズ」と英語のままで、重要なシーンの実績なのにわかりづらいだけなので訳しました。余談ですが、Ozzy Osbourneが好きなので、面白い邦題で名高い「Shot In The Dark(暗闇にドッキリ!)」が出て来ないか少しワクワクしていました。
6. も邦訳がありそのまま使用しています。
7, も邦訳が『ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日』だったため、やや意訳気味に訳しました。ちなみにこのフレーズは更に元ネタの歌があり、政治風刺を題材としたものです。
8. はこの中で唯一質問した箇所です。調べてもわからずCharles Aznavourの「おお、我が人生(Ô toi! la vie)」のもじりかと思い確認して教えてもらい、邦訳がなく訳しました。
9. も邦訳がなく訳しました。

次にダジャレシリーズから。

  1. Gregor the Glutton(グルメな大食いグレゴール)

  2. Anatoly Analysis(頭で思案アナトリー)

  3. Absent Anatoly(アナトリーに会えない)

  4. Goodbye Gregor(グッバイ・グレゴール)

  5. Appetizer Apprentice(前菜見習い)

  6. Potato Gives Pause(ポテトでポーズ)

  7. Corny and Classic(コーてン的)

  8. Ready to Roll(ばっちり準備ばんたん!)

  9. Fishing For Food(お魚をお食事に)

基本的に見てもらえれば説明不要だと思います。英語の頭韻を日本語の頭韻として訳しました。強引な苦肉の策が見受けられます。言い訳に移ります。
5. は思い浮かばなかったのと、そもそも普通に使う言葉でダジャレにこだわる場面でもなかったため諦めています。
7. はご覧の通り最も苦肉の策です。これが他より難しいのは、「Corny」が「ダサい」と「コーンの」のダブルミーニングになっており、二重のジョークだからです。灰色の脳みそが瞬時に弾き出した閃きをそのまま採用しました。Descriptionの「ラザエルの古典的ジョークを『楽しんだ』!」と合わせて見てもらえればダジャレまみれの本作をプレイしてきた人ならわかってくれると託しました。あなたを信じました。

最後に、その他の実績です。

まずは「Note Taken(メモ書き)」と「Taking Notes(メモ魔)」の2つの実績について英文解釈を。前者がメモを取る行為そのもの、後者がメモをその後清書するまでの工程全体を意味します。また、実績のNAMEはゲーム中に表示されるポップアップ表示でプレイヤーに意味が通じる必要があるため、端的な言葉が求められます。そこで、前者が最初のメモ取得時、後者がすべてのメモ取得時の実績であることを踏まえ、程度の差を示しました。

「Jokes On You(ジョークをどうぞ)」これは「因果応報」の意味をもつ慣用句ですが、実際に皮肉なジョークをもらう場面でプレイヤーには因果応報であることはわかると考えたのと、もとはその意味から派生した慣用句のため、素直に訳すことを優先しました。

「Nothing To Be Scared Of(もう怖くない)」はほとんどそのままの訳ですが、『加奈 〜いもうと〜』というゲームの有名な台詞を持ってきています。『加奈 〜いもうと〜』はいわゆる泣きゲーに属しデートシムではないのですが、本作にとってこうした古典的ビジュアルノベルからのささやかな引用があることには意味があると感じました。元ネタにない不要なパロディを入れることは通常しませんが、ここは普通に意味が通るためこうしました。

「Metamorphosis(変態)」は辞書通りの訳ですが、なにせ変態なのでこのままでいいものか悩みました。「変質」「変容」のように言い換えることも考えたんですが、やはり生物的な変態をイメージしてほしい言葉なので、プレイヤーを信じることにしました。

「Dread Weight」と原文をそのまま使っているのは、これが2023年に予定されている続編のタイトルで、Descriptionでそれを匂わせているためです。

あとがき

ありがとうございます

ここまで読んでいただきありがとうございます。この記事が、あなたにとって多少なりとも有意義なものであることを祈ります。

本記事の重要な箇所を繰り返します。プレイ後は、称賛はDeer Dream Studios(https://twitter.com/DeerDreamStudio)および「スロースタートのやつ」(https://twitter.com/SlowStartMe)に、実績の日本語部分の賛否については自分(https://twitter.com/nicolith)に送っていただけるとありがたいです。後者については、ポジティブなものでも、ネガティブなものでも、気軽にご連絡ください。

ではさようなら

前述の通り、Deer Dream Studiosは今年続編『Dread Weight』をリリース予定です。興味のある方はSNSをフォローなどすると良いでしょう。Steamのストアページも近々公開予定のようですので、その際はぜひウィッシュリストへご登録ください。

まダ足リなイわ

また、日本語翻訳を担当し、英語しかないころに字幕プレイ動画で本作を紹介した「スロースタートのやつ」はYoutubeで絶賛活動中です。まだ英語しかない未知のホラーゲームの動画を多数上げているため、本作が気に入った方におすすめです。

動画作りだけでも死ぬほど大変なのに翻訳まで……

素晴らしい作品を生み出し、日本語版リリース直後の忙しい中で自分の勝手な提案と質問、度重なる修正遺体に対応してくれたDeer Dream Studios、および素晴らしい作品を雰囲気のある日本語へ翻訳し紹介してくれた「スロースタートのやつ」に感謝します。

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