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VA-11 Hall-Aとことば DAY 7 「今はまだ“悲しみの5段階”中の3段階目と4段階目の間ぐらいだ」

目の前に悲しむ人がいるとき、ましてやそれが知り合いであるとき、どのような言葉をかけるべきか、かけられるかというのは悩ましい問題です。この日のジルもまた同様の問題に直面しますが、VA-11 Hall-Aはバーで、自分はバーテンダーで相手は客。少なくとも、サービス提供の義務があります。

12月19日 月曜日

ステラはキャットブーマーと呼ばれる亜人で、幼いころナノマシン拒絶反応が出たため遺伝子操作手術を受けています。財閥のお嬢様であり、子供の頃に襲われたため右目が機械化しており、胸を隠すために縦ロールにしており、などなど。かなり属性を盛られたキャラクターですが、なによりもセイとの親友関係が魅力的です。セイが職務上のトラブルで失踪してバーに足を運ぶのがこの日で、感情的になりながらも強く前向きに振る舞おうとする姿にステラらしさがあります。どんなに悲しいときでも、お伽噺のように都合よく一瞬で時が飛んだりはせず、一瞬一瞬を生きていくしかありません。

原文は「I'm somewhere between Bargaining and Depression right now.」。「Bargaining」と「Depression」が大文字で始まることにまず注意が必要です。これはエリザベス・キューブラー=ロスという精神科医が提唱した悲しみの受容プロセス、その名を取ってキューブラー=ロスモデルの各段階を示しています。もともとは末期患者が自らの死をどのように受け入れていくかという話のため、日本語では死の受容モデルと呼ばれることが多いですが、英語だと「five stages of grief」、つまり悲しみの5段階として周囲の人たちにも用いられるモデルです。近年のゲームだとGRISの章名で用いられたのが有名でしょうか。「今はまだ“悲しみの5段階”中の 3段階目と4段階目の間ぐらいだ」は、本モデルが英語圏ほど馴染みのない日本語圏のプレイヤーでもわかるように、端的にステラの悲しみの程度を示した翻訳となっています。

翻訳としてより興味深いのは、続く「And I'm afraid to let go of Bargaining.」が「これが最終段階の“受容”に進まないことを願っているが」となっている点です。前文の翻訳にならって原文を直訳すると、「4段階目に進まないか恐ろしい」といったところでしょうか。3段階目のBargaining"取引"から4段階目のDepression"抑鬱"への進行という話です。「最終段階の“受容”」と意訳されているのは、まずこれが悲しみの進行への恐れという点で原文と同意であるという点を前提として、この悲しみの段階論が死の受容モデルの参照であることを示すためかと思われます。また、注意点として、このモデル自体に先の段階へ進むことが悪いという意味合いはなく、ここでステラが恐れているのは、行方不明のセイの死という悪い考えの実現です。だからこそ、その死を受け入れてしまう"受容"を恐れるという言葉選びは見事と言えましょう。

2023年も残り三週間となった今日このごろですが、自分はこの三連休を少し書き物をする他は、寝て過ごしました。ご安心ください。すでにこの運命は受容していますので。うっ……

VA-11 Hall-Aとことば Advent Calendar 2023 12日目

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