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『HOPE LEFT ME』翻訳後記

まえがき

これはなんですか?

『HOPE LEFT ME』は2023年にAstrophysicsがリリースしたビジュアルノベルです。2023/3/13 - 3/19にかけて日本語訳を作成し、3/31に日本語版をリリースしました。本記事は日本語訳の作成に際しての工夫や苦労を、個人的に記録するために書かれています。しかし、私は他人の翻訳後記を読むことが好きです。あなたにとっても、有意義な読み物であることを願います。

あなたはだれですか?

ポストアポカリプス好きのゲーム翻訳者。ただし世界の終わりを静かに味わうタイプに限ります。

なんで訳したんですか?

より多くの人々にプレイしてほしかったからです。他に訳す人はたぶんいただろうと思います。私は2023/3/11にプレイしました。

リリース10時間後の様子

爆音でノイジーな音楽が流れるゲームをやりたかった夢を叶えてくれたゲームでした。AstrophysicsもBandcampで以前から聞いていましたし。もともとアルバムのほうが出た当時に日本でも話題になっており、本作は誰かすぐ訳すと思ってました。それで2日ほど様子をうかがってたんですが、誰も訳しそうになく待ちきれなくなったため、作者に連絡を取りました。

ブラジルの人聞こえますかー?

好きなミュージシャンが好きなゲームを作っていて、翻訳ができるんです。やらない手はありませんよね。

また、アルバム収録曲の歌詞も日本語訳しました。ゲームの内容と密接に関わっているため、よければこちらもご覧ください。

アルバムを聞きながらどうぞ

本編

概要

ここからは本編のネタバレを含むため、未プレイの人はプレイ後に読むことをおすすめします。もちろん本記事は自分の見解に過ぎず、またこの場で解釈は語りません。感想や考察をお待ちしています。

プレイ後は、称賛はAstrophysics(https://twitter.com/astrosynth)に、日本語部分の賛否については自分(https://twitter.com/nicolith)に送っていただけるとありがたいです。

まず、NoirとSashaの名前を訳さないのは早い段階で決めました。というのも本作は名前入力が可能、かつ特定の名前で解除される実績があります。名前を翻訳すると多言語対応するたびに手を入れる必要が出るため、翻訳しないほうがいいと判断しました。幸い、どちらも難しい名前ではありません。

Noirはどの性別でも通用するようにしています。逆に言うと、性別をはっきりさせていません。これは作中でそう描かれているからです。また、言葉遣いも汚く、子供っぽいところがあります。これも作中の言葉遣いがそうだからです。スラングも多めですね。比較的簡単でした。

Sashaは難しく、二度ほどセリフ全体を直しています。Sashaは見た目と裏腹に優しい人だし、たまに変な会話になるけど言葉遣いは汚くない、というところの表現を重視しました。かといって固くも柔らかくもない言葉遣い。Sashaの孤独や、Noirを求める心や、世界への諦めや意思、そんな部分を出すために試行錯誤を重ねました。そのように感じてもらえたなら幸いです。

出会い

さて、翻訳後記らしい話を始めましょう。

この凍結地獄はかつてアタシの家だった

日本語

this frozen hellscape used to be my home

英語

「hellscape」はそのまま訳すと「地獄絵図」ですが、自分はこの単語は絵巻物に描かれた東洋的な地獄をイメージしてしまいます。「hellscape」は「ひどい光景」として用いられる単語ではあるものの、ここでは地獄そのもののイメージも感じるため、そこは変えたくありませんでした。というところで、ダンテの『神曲』におけるコキュートスのイメージを借り「frozen」とくっつけて「氷結地獄」としました。

また、「home」は本作で何度も出てくる重要な単語です。はじめは心理的な意味合いを出すために「故郷」と訳していましたが、途中で素直に「家」としました。Sashaの使う言葉として具体的なほうがふさわしいと思ったのと、心理的なつながりの意味合いを含んでいると、Sashaの言葉遣いに注意すれば、最後までプレイすれば充分に感じてもらえると思ったためです。

部屋

侵入思考、イヤな考えが勝手にわいてくる

日本語

intrusive thoughts

英語

「intrusive thoughts」は「侵入思考」と訳される精神医学用語ですが、「侵入思考」と言われても少しイメージがつきづらいと思いました。また、「侵入」には外から内という指向性があるように感じるんですが、ここで肝心なのは内から外へと思考がわくという逆の指向性です。そこで、違和感のない範囲で補足を加えました。自分は基本的に制作者の表現をなるべく活かしたいと考えているので、あまりプレイヤーに対して原文以上にわかりやすくも、以下にわかりづらくも、ならないことを目指しています。なのであまりこういうことはしないのですが、ここは言葉から受けるイメージに解離があり、かといって「侵入思考」というタームを外したくもなかったため、こうしました。補足しておくと、文化の差なんかで生まれるイメージの違いは普通に埋めるように訳しています。それがローカライズなので。

パンケーキみたいなのを作ってくれた

日本語

she made a dumpling of sorts

英語

さて、そこでやっかいな「dumpling」です。「焼き団子」のように訳される単語ですが、「ダンプリング」は日本語の「焼き団子」とはかなりイメージが違います。また、「ダンプリング」と言われても恐らく大半のプレイヤーはなにもわからないと考えました。また、ここでSashaが作るのは「シルニキ」という東欧の料理ですが、ダンプリング以上に馴染みがないでしょう。少なくとも自分は今回はじめて知りました。そこで、シルニキのイメージが伝わり、かつ材料が少なく手軽な料理という点で、「dumpling」を思い切って「パンケーキ」としました。舞台設定からして、シルニキという単語はそのまま使いたかったので。

風船

自家製即席気象観測風船
のようなもの

日本語

this is my improvised weather balloon
sort of

英語

すごそうなものの説明に「のようなもの」と言い添えるおかしさを出すために、「自家製即席気象観測風船」とあえて漢字のみを列挙しました。一つ一つは単語に対応した訳語ですね。「my」を「自家製」としてちょっとゆるい感じを狙ったぐらいです。

「dead ends (feat. Machine​+​)」の歌詞からして「balloon」は風船ではなく気球のような気もしましたが、絵がどう見ても風船なのと、風船の紐から手をはなす行為が希望につながるというエンディングの面白さがあるため、風船と訳しました。

あとがき

ありがとうございます

ここまで読んでいただきありがとうございます。この記事が、あなたにとって多少なりとも有意義なものであることを祈ります。

本記事の重要な箇所を繰り返します。プレイ後は、称賛はAstrophysics(https://twitter.com/astrosynth)に、日本語部分の賛否については自分(https://twitter.com/nicolith)に送っていただけるとありがたいです。後者については、ポジティブなものでも、ネガティブなものでも、気軽にご連絡ください。

ではさようなら

AstrophysicsはミュージシャンとしてBandcampなどで活動しており、精力的に音楽作品をリリースしています。本作のタイアップアルバムはじめユニークな作品揃いのため、気に入ったなら他の作品に触れるのがおすすめです。

次に聞くならSashaっぽい子がジャケの『Cute Tragedies』が一推し

また、グラフィックはpantsu_ripper(https://twitter.com/pantsu_ripper)が担当しています。絵が気に入ったならフォローするとよいでしょう。

素晴らしい作品を生み出し、リリース直後の忙しい中で自分の勝手な提案と質問に対応してくれたAstrophysicsに感謝します。

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