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『tomorrow won't come for those without ██████』翻訳後記

まえがき

これはなんですか?

『tomorrow won't come for those without ██████』、略してTWC*(公式)は2020年にetheraneがリリースしたアドベンチャーです。2023/1/28 - 2023/2/14にかけて日本語訳を作成し、2/22に日本語化パッチをリリースしました。本記事は日本語訳の作成に際しての工夫や苦労を、個人的に記録するために書かれています。しかし、私は他人の翻訳後記を読むことが好きです。あなたにとっても、有意義な読み物であることを願います。

ジャンル名が無法

作者のetheraneは個人開発のゲーム制作者で、代表作『Hello Charlotte』シリーズで知られています。日本ではほぼ無名ですが、海外ではファンコミュニティが存在しています。これまで日本語に訳された作品としては、デビュー作でありHello Charlotteシリーズの第一作である『Hello Charlotte EP1: 「ジャンクフードと神とテディベア」』が存在します。作者と関係者によって翻訳されたと見え、ぎこちない部分はありますがプレイに支障はないレベルのため、興味のある方はプレイをおすすめします。また、私は『Hello Charlotte』シリーズの翻訳に着手しており、なるべく早く本編三部作を日本語でプレイできるようにしたいと考えています。

いまならタダ!

あなたはだれですか?

日本のetheraneファン、絶滅危惧種、いまは。

なんで訳したんですか?

より多くの人々にプレイしてほしかったからです。また、他に訳す人がいなかったからです。私は2023/1/27にプレイしました。

飲めよ。食らえよ。どうせ、明日は死ぬのだから。

本作は複雑で難解なストーリーとなっていますが、散らばった情報を繋ぎ合わせていけば筋道が見出だせるでしょう。もちろん本記事は自分の見解に過ぎず、またこの場で解釈は語りません。感想や考察をお待ちしています。

本編

概要

ここからは本編のネタバレを含むため、未プレイの人はプレイ後に読むことをおすすめします。

あの日、ぼくらは嘘をついた。

プレイ後は、称賛はetherane(https://twitter.com/etherane)に、日本語部分の賛否や動作不良の問い合わせは自分(https://twitter.com/nicolith)に送っていただけるとありがたいです。

かわいい絵がたくさん見られます。

技術的には、RPGツクールで作られているため難しくありません。テキストの書き換えおよびフォントの差し替えは直接ファイルを弄れば簡単にできます。デフォルトのフォントも日本語に対応していましたが、ウェイトが細く読みづらかったため、潰れない程度に太いものへ変更しました。

主に天人カード全12種類のために画像加工も行いました。テキストの背景がただれた肉のような画像のため、綺麗に文字だけを消すためにGimpのスマート消去プラグインを用い、若干の手直しを施しました。昔、手作業で修正していたことを思うと格段に早くて驚きました。できれば各カードの文字位置も合わせたかったのですが、テキスト量に差があること、フォントサイズを下げると可読性が落ちること、そもそも各カードを揃えて文字位置がズレていることに気がつくプレイヤーはあまりいないであろうため、やめました。

友人なくして明日はこない

オリとレム、二人の話し方はかなりあざとく子供らしいものとしました。平仮名も多くしています。承知の通り、二人とも演技をしているからです。また、二人の掛け合いの面白さは本作を牽引する大きな魅力だからです。

ストーリーの鍵にもなる「贖宥状」ですが、英語では「Indulgence」です。「免罪符」と呼んだほうが馴染み深いでしょうか。本作ではキリスト教から取られた用語がいくつか登場しますが、なるべく公式な用語を使うようにしています。他には「Confession」を「懺悔」ではなく「告解」にするなど。本物の宗教ではないため、インチキっぽさが出てもいいと思いましたが、しかし偽物は本物以上に本物らしく振る舞おうとするものだと考えました。

また細かい部分ですが、ナレーターの口調は、ゲームをしているときのマリ、および騒音エンドの最後に出てくる異星人と意図的に揃えています。語尾や人称の使い分けがわかりやすいでしょうか。

日本語翻訳について回る問題として兄弟姉妹どっち問題があります。本作でもマリが姉か妹かは明記されていません。どちらでもいいように思いますが、オリを諭し導くところや自分の趣味嗜好から姉としました。

またおなじみのことわざ問題は「Early bird gets the worm」です。意味合いとして「早起きは三文の徳」や「朝起き千両、夜起き百両」など日本のことわざを適用できますが、日本の通貨が指揮者の言葉に似つかわしくないことや、徳は少し東洋思想寄りな響きがある(キリスト教はじめ西洋思想でも使いますが)ため避けました。また、「worm」は本作で繰り返し登場するモチーフで、この言葉はダブルミーニングになっています。英語のことわざとしては比較的著名であること、意味もわかりやすいであろうことを鑑みて、「早起きの鳥は虫を捕まえる」とそのまま訳しました。

他のところでは「worm」を「ミミズ」と訳していることに気が付きました。「虫」だと蠕虫を想像しない人もいるかと思い、この後は「ミミズ」にしたのでした。次の更新があれば直します。いや、「蛆虫」のほうがいいですね。「蛆虫」に統一することを約束します。

信仰なくして明日はこない

「天人」の登場です。英語では「Celestials」で、聖書において天界を示す言葉として用いられる単語です。長い間、「天使」と訳していましたが、翻訳完了直前で「天人」としました。もちろん本物の天使ではありません。ただ、グロテスクな生態および特徴を持つ生命を天使と称することが面白かったためです。しかし、指揮者たちが天使をそのように扱うことはないであろうこと(実際、オリは座天使の階級にあります)、英語の「Angel」だと誤解を与えること、その正体である外宇宙の存在、などを鑑み、「天人」としました。これは本作の翻訳でもっとも悩んで決めたポイントです。最終的に、作品の整合性を重視して「天人」を採用することに決めました。

他に変わった用語としては「Dithyrambs」が挙げられます。「賛美歌」と訳しましたが、古代ギリシャでデュオニソスに捧げられた歌に由来するもので、キリスト教の荘厳な賛美歌とはイメージが異なります。「讃歌」のほうが適切に思えましたが、わかりやすさを考慮して「賛美歌」としました。

レムの書いたテキスト『大いなる幻滅』が登場します。このように作中に多くのテキストが作中作として登場するのがetherane作品の特徴です。作中でつながりのないテキストの間では敢えて表記の統一を行っていません。いま思うと、ボードリヤール風にするなど文体をガラっと変えても良かったのかもしれません。ただ当時考えつかなかっただけです。

ロザリオなくして明日はこない

「詩華」の登場です。英語では「PO-KA」で、「Poem Kaleidoscope」の略です。最初に英語でゲームをプレイした際に、「詩歌」と韻を踏める「詩万華鏡」の略としてふと思いつき、気に入ったのでこうしました。詩華から出る詩の翻訳は非常に楽しいものでした。詩の翻訳が好きなので。もともと韻が固い詩ではないため、七五調にすることで詩らしさを出しています。自分で口に出して何度も確認しました。お気に入りは「断片化クジラ」です。

オリは自覚なく演技をしていますが、レムは自覚的に演技をしており、独白も存在します。演技であることを明確化するために、オリと話しているときとそれ以外で、レムの話し方をキャラを崩さない範囲で調整しています。たとえば人称はそのままですが、少し難しい言葉使いをします。

████なくして明日はこない

ドアのメッセージ「████なくして明日はこない」の「████」をレムが2文字と断定する場面があります。ここは英語では6文字で長さも「██████」と半角6文字分です。ここの改変は悩んだポイントでしたが、日本語版のプレイヤーに6文字の英単語の謎を与えるのは混乱を招くと考え、当てはまる単語をもとに2文字とし、半角4文字分に縮めました。この選択に後悔はありませんが一つだけ残念なのは、本作のタイトルの「██████」とズレが生じてしまった点です。こちらも揃えるという案もありましたが、自分の考える当てはまる単語を日本語にすると2文字にはならないので諦めました。作中に登場して鍵となる6文字の英単語を考察してみると面白いでしょう。

浄化カプセル、略して「ジョーカ」の登場です。「浄化」の音そのままです。英語では「Purification Capsule」、略して「Purica」でかわいらしい響きが好きなのですが、まぬけっぽさは同じぐらいでしょうか。

注意した言葉として、「narrative」があります。本作では何度か物語るという行為自体に焦点が当てられた文章があり、そこで使用されています。翻訳では「物語」と訳し、一方で「story」を「話」として区別をつけました。

「異星人」について書くのを忘れていました。ここは「天人」の次に悩んだ箇所で、英語だと想像の通り「Alien」です。エイリアンではあまりにイメージがグロテスクになるし、宇宙人ではムー的で面白い感じになりすぎてしまうため、マリが宣言するシーンのコズミックホラー的なインパクトを重視して異星人としました。騒音エンドの中で彼らの星の話も出てくるため、この選択は良かったと考えています。

騒音エンドのラスト、レムの語りと、その後の異星人の語りは詩的な繰り返し表現を多くしています。もともと多いのですが、日本語版のほうが若干増やしている、ぐらいでしょうか。どちらも自分がはじめて本作を遊んだときに感銘を受けた箇所で、訳していて改めてお気に入りになりました。特に異星人の語りは一つ一つは異星人らしく固い表現、少し違和感のある喋り方にしていますが、最後にかけてマリへの思いが滲み出るように注意しました。異星人は、はじめマリに会ったときは「死ぬ(die)」と予言していますが、実際にマリが死んだあとは「亡くなった(passing)」と表現しています。その変化がわかりやすいように言葉を選びました。

少しだけ翻訳から離れた話をします。解釈ではなく感想として読んでいただきたいのですが、本作はすでに失われたものに焦点が当てられています。想像力、創造性、記憶、物語、人類、マリ、そして本物のレム。自分は失われたものについての物語が好きで、だから、騒音エンドが気に入っています。

あとがき

ありがとうございます

ここまで読んでいただきありがとうございます。この記事が、あなたにとって多少なりとも有意義なものであることを祈ります。

本記事の重要な箇所を繰り返します。プレイ後は、称賛はetherane(https://twitter.com/etherane)に、日本語部分の賛否や動作不良の問い合わせは自分(https://twitter.com/nicolith)に送っていただけるとありがたいです。後者については、ポジティブなものでも、ネガティブなものでも、気軽にご連絡ください。また、etherane作品のプレイヤー、感想が増えるだけで充分ですので、手短なものでもどこかに書いていただけると私が喜びます。

ではさようなら

etheraneは新作『Rehab Friday ~with Henry Huxley~』に取り組んでいます。また、日本語はありませんが『Hello Charlotte』シリーズに、昨年出た『Mr. Rainer's Solve-It Service』などの作品があるため、興味のある方はitchやSteamをご覧ください。最新情報はTwitterをフォローするとよいでしょう。

ほとんどSteamでもリリースされています。

etheraneさん、あなたに神のお恵みを。

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