『The Coffin of Andy and Leyley』game jam version翻訳後記
まえがき
これはなんですか?
『The Coffin of Andy and Leyley』は2023年にNemleiがリリースしたADVです。2023/3/31 - 2023/4/8にかけて日本語訳を作成し、4/8に日本語版をリリースしました。本記事は日本語訳の作成に際しての工夫や苦労を、個人的に記録するために書かれています。しかし、私は他人の翻訳後記を読むことが好きです。あなたにとっても、有意義な読み物であることを願います。
海外のオタクの高い期待という耐え難きを耐え忍び難きを忍んで作りました
Nemleiは個人開発者で、グラフィック、ライティングを手掛け、サウンドはフリーのものを使用しています。以前からitchで高品質なADVを作り続けており、本作は5作目となります。かわいいグラフィックに毒のあるシナリオが特徴で、本作は大きなヒットとなりました。
ぜんぶやれ
あなたはだれですか?
日本のNemleiファン。生きているすべてのみんな……感想や配信や二次創作をほんのちょっとだけわけてくれ……!!
なんで訳したんですか?
より多くの人々にプレイしてほしかったからです。他に訳す人もいなかったろうと思います。生きているすべてのみんな……もっとフリーゲームを気軽に訳してくれ……!!
せっかくなので、本作がヒットした流れを簡単に記しておきます。
まず、itchにおけるNaNoRenO 2023というゲームジャムで発表されました。NaNoRenOは毎年開催されるビジュアルノベルを1ヶ月で作るという由緒正しいゲームジャムで、由来などは調べれば詳しい方の記事が出るはずです。3/1 - 4/3という期限で、本作は3/25と比較的早い段階でリリースされました。その時点から最も高い人気を集め、個別ページのコメント欄はオタクたちのコメントで盛り上がりました。自分が知ったのもこのタイミングです。
そして4chのVideo Game板にクソコラやファンアートが投稿されはじめました。4chは海外版ふたばちゃんねると思っておいてください。海外の人が「/v/」のように書いたら、4chの各板のことです。(/v/はVideo Game板)
4chはスレッドがどんどん流れていく仕組みなので、ファンはredditにコミュニティを作り、オタクたちは移っていきました。2人の年齢であったり、近親相姦だったり、そんな話題でやや荒れつつもブームが盛り上がりました。
さらに、URLは貼りませんが、discordに非公式サーバーが立てられ四六時中意味不明のミームやクソコラやGif画像やファン作品がやり取りされています。また、フランス語翻訳が真っ先に作成され、ベレー帽をかぶりバスクシャツを着てジーンズを穿いたアシュレイの画像が投下されるなどしました。
その間もitchでのコメントは盛り上がり続け、Nemleiは親切に対応していました。そして4/3、続編を含めた完全版の制作発表と、Steamのストアページが公開されました。同時に、いまitchでリリースされているものがgame jam versionと名付けられました。
NaNoRenOも投票期間に入りましたが、現時点においても本作は最高人気の座から揺るがないままでいます。
さらなる二次創作を求める海外のオタクたちの日本語翻訳への期待は高く、人気作ということもあり自分はtwitterで細かく進捗を共有するようにしました。結果的に、フランス語翻訳に次ぐ速度での翻訳リリースとなりました。
本編
概要
ここからは本編のネタバレを含むため、未プレイの人はプレイ後に読むことをおすすめします。もちろん本記事は自分の見解に過ぎず、またこの場で解釈は語りません。感想や考察をお待ちしています。
おはよおおおおおおおおおう アシュレイ!!
プレイ後は、称賛はNemleiに、日本語部分の賛否や動作不良の問い合わせは自分(https://twitter.com/nicolith)に送っていただけるとありがたいです。NemleiはSNSの類を一切やらないためitchでコメントするとよいでしょう。
まず、ゲーム起動後すぐにアシュレイへ話しかけてくるナレーターは、ですます調にしました。そのほうが皮肉な物言いが活きるし、突如として罵倒しはじめたときに面白いためです。
アンドリューとアシュレイの口調は、キャラクターの印象ですんなり自然に決めました。やや大げさなキャラ付けを意識したぐらいで、基本的に手癖というか、好きなタイプのキャラクターなので。
最も頭を使ったのは、アシュレイがアンドリューをなんと呼ぶかです。結論から言うと「お兄ちゃん」で、この単語自体はシスプリを引くまでもなく一瞬で決めました。また、英語における「brother」が兄なのか弟なのか問題ですが、Nemleiのコメントでアンドリューが22歳、アシュレイが20歳であることは判明しています。まあ、二人の年齢が不明でもこの関係にしたと思いますが。問題は、英語でアシュレイはアンドリューのことを、基本的に「Andrew」と名前で呼ぶ点です。これは英語では一般的ですが、日本語で兄妹を名前で呼ぶことはあまりないと思うんですよね。ただ、本作においてはアシュレイが「アンドリュー」と呼ぶか「アンディ」と呼ぶかが重要な意味を持ちます。そこで、「アンドリュー」を「お兄ちゃん」とし、「アンディ」はそのままにしています。いくつかの場面では、「アンドリュー」であることの意味があるため、そちらを使いました。場面によっては「お兄ちゃん」とは別の兄の呼び方がふさわしそうな箇所もありますが、英語圏でもアシュレイはヤンデレキャラとして捉えられており、「お兄ちゃん」を貫き通しました。この段落長過ぎませんか?
また、本作で試みた工夫がいくつかあります。
1つ目は、句読点を使わないことです。読点に相当する箇所を半角スペース、句点に相当する箇所を改行で処理し、句読点をなくしました。本作は流れるような会話の応酬がメインのため、約物を減らして滑らかに読めることを目指しました。
2つ目は、半角スペースの活用による区切りの明示です。自分は一般よりも漢字を使わず平仮名に開くことを好む傾向にありますが、問題は平仮名が多いと言葉の区切りがわかりづらい点です。これは特に、文章をすべて読み上げる実況配信で配信者への認知負担が大きいと、これまで自分の訳したゲームの配信を見てきて感じました。そこで、適宜半角スペースを挿入することで、可読性を高めようとしました。
3つ目は、セリフの鉤括弧の撤廃です。ほとんどのテキストがキャラクターのセリフである本作は、英語版だと大半のテキストが「"」で囲まれています。しかしキャラ名が明示され、テキストの色までキャラに応じて変わるため、会えて鉤括弧で括らずともセリフであることはわかると考え、すべてなくしました。結果的に入れ子になったときに二重鉤括弧を使わずにすみましたし、すっきりとした見栄えになったと思います。
これらの工夫は、本作の翻訳の前後にプレイしていた『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』から得た学びに基づいています。やはりプロの手で彫琢されたテキストに触れることは勉強になるため、これからも注意してプレイしていきたいと深く感じました。
戦いの中で成長している……!!
飢餓
「so greedy all the time」を「いつも いつも そんなに 欲張るんじゃない」と、「いつも」を二度重ねて表現しています。本作では言葉を重ねることでの強調表現を、何箇所かで取り入れています。生々しく、子供っぽい言葉遣いが合うと考えたためです。
英語は文章をすべて大文字にするという強調表現があるんですが、日本語だとこの味わいをうまく出せるちょうどいい方法が難しいという悩みが常にあります。ニュアンスとして、鉤括弧を使うとちょっと強すぎるし、固すぎるという感じです。本作ではフォントサイズを上げることにしました。RPGツクールでは波括弧でテキストをくくることで、その箇所だけフォントサイズを上げられます。これはちょうどよく、今後も使いたい方法ですね。
意図的に「アンドリュー」呼びを使った箇所です。もったいぶった言い方をしているためです。本作はこの手の話し方を二人ともするため、普通と異なる喋り方になる箇所が多いです。この後は特に取り上げません。
英語のややこしい表現シリーズです。このように大文字と小文字を交互に混ぜて表記することで、おどろおどろしい声であると表現することがよくあります。日本語でストレートに表現できない厄介なものですが、今回はひらがなの代わりにカタカナを使うとともに、カタコトっぽい話し方にしました。
脱出
「whore」は「売笑婦」という意味で、かなり汚い表現です。この手の言葉を翻訳する際、売買春をダイレクトに想起させたくないな、といつも思います。英語に比べ、日本語ではあまり使わない表現なので。とはいえ次のアシュレイのセリフにつながるよう、相手を誘うような人間であるという罵倒である必要があったため、「小悪魔」と訳しました。まあ、この場面のアンドリューの言葉選びとしては柔らかすぎるかもしれませんが。
ここは今後の直すかどうか考えている箇所です。文意としては、アンドリューが自分の意志の弱さを言っているのですが、「spineless」を「芯がない」と訳しました。「意気地なし」のように訳される単語ですが、アンドリューにとってカルト信者の背骨(spine)をくり抜いたというトラウマから、この単語が選ばれているはずです。ただ、「背骨がない」だと、そもそも文意が伝わりづらすぎるため、「芯がない」としました。ただ、いま思えば中途半端な感じがして、「背骨」を使えるような文章にしようか考えています。
あとがき
ありがとうございます
ここまで読んでいただきありがとうございます。この記事が、あなたにとって多少なりとも有意義なものであることを祈ります。
本記事の重要な箇所を繰り返します。プレイ後は、称賛はNemleiに、日本語部分の賛否や動作不良の問い合わせは自分(https://twitter.com/nicolith)に送っていただけるとありがたいです。後者については、ポジティブなものでも、ネガティブなものでも、気軽にご連絡ください。
ではさようなら
前述した通り、本作は続編を加えた完全版としてSteamでリリース予定です。ウィッシュリストに入れるなり、フォローするなりしてお待ち下さい。
素晴らしい作品を生み出し、快く翻訳の許諾をくれたNemleiに感謝します。
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