『Radio Wave Bureau』翻訳後記
まえがき
これはなんですか?
『Radio Wave Bureau』は2021/12/30-2022/2/1に開催されたTugaJam - Narrative Editionでkiririn51が作成したビジュアルノベルだ。2023/2/19 - 2/26で日本語訳を作成し、2/27に日本語化パッチをリリースした。本記事は日本語訳に際しての苦労や工夫を、個人的に記録するために書いている。ただ、自分は翻訳後記を読むのが好きなので、あなたにとっても面白ければいいと思う。
おもしれえ女がいます
作者のkiririn51はFIFAワールドカップカタール2022でアルゼンチンが優勝したとき、兎田ぺこらの抱き枕(いだきまくら)を掲げた漢だ。
愛は無料だよ
世にはばかる裏の姿はベネズエラのゲームメーカーSukeban GamesのディレクターでアーティストでCEO。彼らの出世作VA-11 Hall-Aでもアーティストを担当している。もしあなたがVA-11 Hall-Aを未プレイなら、ぜひプレイしてみてほしい。
おい!ゲームだ!
本作においてはライティング、サウンドも手掛け、一人で製作している。
あなたはだれですか?
VA-11 Hall-Aのファンであり、Sukeban Gamesのファンであり、kiririn51のファン。
なんで訳したんですか?
もっと多くの人にプレイしてもらいたくて、他に誰も訳しそうになかったから。自分は2023/2/18に本作をプレイした。
あなたは言葉で語る
2週間で作成された20分程度で終わる短編だが、ゴダールばりのタイポグラフィとショットに、須田剛一風味のテキストと作者の趣味が全開かつ自分の趣味でもあり一発で痺れた。
本編
ついに概要
ここからは本編のネタバレを含むので、未プレイの人はプレイしてからがおすすめ。あと、ここまでもここからも、すべて自分の意見でしかなく、公式な見解でもなんでもない。
殺戮ギグ開演
プレイしたなら、称賛はkiririn51(https://twitter.com/kiririn51)に、日本語部分の賛否や動作不良の問い合わせは自分(https://twitter.com/nicolith)に送ってもらえるととてもとてもありがたい。
コネクト、ワイヤード
まずは技術的な話から。本作はUnityで作成されており、ゲームジャムで作られた短編であるため当然翻訳など想定されておらず、テキストはフォントファイルではなくTextMeshProを用いて表示されていた。前者はファイルの山をgrepしてコードの山からテキスト部分をかき集めれば解決したが、後者は先人の知恵に大いに助けられた。翻訳後記は人を救うのだ。
フォントの話をする。苦労話でもあるし、本作の重要なポイントでもあるから。大きく3つのフォントが使用されているが、大事なのは2つだけ。
1つはFutura。タイトルにも使われており、作中でもテキストウィンドウ下部のキャラクター名表示や、章タイトルでも用いられている。両端揃えの太いサンセリフはみんなマネしたゴダールのタイポグラフィのようでめちゃくちゃかっこよかった。というか内容からしてもリスペクト先に違いない。
あるがままに見ればいいのよ
映画や音楽のジャケットではよく見るが、ゲームではあまり見たことがない。これはそのままにしておきたい。当然だ。だが、章タイトルも訳したい。というか英語と並べて漢字とカタカナで日本語訳をつければかっこよくないか?と思った。思ってしまった。問題は、Futuraには英数字しか含まれておらず、漢字もカタカナも当然ひらがなも表示できないことだった。そこで、フォントファイルを合成して新たに作り、TextMeshProで作り直した。
もう1つはキアロ B。本文で使われている特徴的なフォントで、『シルバー事件』で使われたものだ。明らかなリスペクト先で、そのままにしておきたい。当然だ。問題は英数字しか含まれていない点だった。もともと日本語フォントのため本来は日本語を表示できるが、TextMeshProを作る上で省かれていた。余計な文字を削るのは軽量化の基本だ。なので新たに作り直した。
縫い目が見えた
サブリナはスラングまみれで話すのでそれ相応の口調とした。「ない」を「ねえ」、「たい」を「てえ」と発音するのはやりすぎ感があり一度やめたが、まあ過剰なぐらいでちょうどいいと世に言うのでそうした。「クソ」が多いのは原文ママ。増やしてないはず。冗談を言うしごっこ遊びまでするので訳すのがやたら大変だった。表面はぶっきらぼうだが中身は湿度が高く、すぐナンパするけど線は引き、冗談めかして本音で話す、そんなイメージ。
バートンはオタクだ。「nerd」を「オタク」、「geek」は「ギーク」と訳しわけた。ギークが人口に膾炙した単語か自信がないがこのゲームをプレイするあなたは間違いなくオタクだしギークぐらいは理解してくれる。あなたを信じてそうした。口調は普通だが「クソ」ぐらいは普通に言う。これは原文もそう。記憶がないしはっきり喋らないから訳すのがやたら大変だった。根っこの気弱さを態度で隠してるような、でも中身は自分のことばかりで他人については案外ドライ、そんなイメージ。
I She broke and needs assistance
本作はスラングまみれで、すべてを取り上げると膨大な量になるため、特に悩んだ部分だけを取り上げる。
御存知の通り、本作は濃厚な百合ビジュアルノベルだ。そのことを念頭に、まずBurtonの最後の「closet」は隠している同性愛の暗喩の意味として解釈し訳した。ついでに罵倒を加えた。Sabrinaの「straight」はそのまま「整理」の意味でもあるし、「異性愛者」とのダブルミーニングと解釈した。
「お時間」はどこから出てきたんだ…?最初は「ノンケに整理させてくれ」だった記憶がある…なんかふざけてる感じを出したかったような気がする。
II My friend Mitch
訳文と原文を並べるのが気に入ったのでまた並べる。
「resting bitch mug」について英文解釈から。まず、「resting bitch face」で「きつい顔」という意味がある。「mug」はこれ自体が「顔」の意味で、逮捕後に撮られる写真を「mug shot」なんて呼ぶ。合わせて「きついツラ」、素直な訳だ。結果的にそのままにしたが、なんだか元の単語一つ一つの面白さが失われていて、このあたりが今回の翻訳の悩ましさだった。試みにGoogle翻訳に突っ込むと「安静時の雌犬マグカップ」と訳してくれる。文脈が通らないのでこのままでは使えないが、こっちのほうがどう考えても面白い。このあたりの原文の面白さをもっと出せるようになりたいと感じた。
「tough wall to overcome」が「そり立つ壁」なのは当然だ。「そり立つ壁」は「tough wall to overcome」なのだから。
III Missing something, an attempt was made
この章はイチャイチャしててとても楽しかった。あとのことは覚えてない。
IV It was just a computer game
ここに限らず、章タイトルの翻訳は見た目重視で、内容は二の次にしている。ここは英語が難しくないこともあり、特にその傾向が強い。「コンピューター」と伸ばすと7文字となり、両端揃えしたときに次の文も7文字にしないと美しくなく、それが難しかったためJIS式表記で最後の長音を省いた。これはこれでレトロなゲムのようで、やってみると案外悪くない気がした。
ターミナルの話し方は意図的に翻訳っぽく、それも直訳っぽくした。機械みがあるので。自分自身、翻訳っぽい文章が好きな癖があると感じていて、なるべく脱臭するよう気をつけているけれど、こういうときは気にせず出せるので楽しい。単調の文章が繰り返すにつれ、不思議なリズムを持ちつつ徐々にテンポを変えるような感じ?そういう文章が好きだ。
最後にサブリナが故郷の姉妹の話をするが、原文は「subsling」で別に姉妹とは言っていない。しかし御存知の通り、ハイパー百合ビジュアルノベルのため姉妹とした。チーフのメールももちろん女のイメージで訳した。殺伐とした百合が好きなのだが、百合タグでは不思議とあまり見つからない。
あとがき
ありがとうございます
ここまで読んでくれたのなら感謝の念しかない。この記事が、あなたにとって多少なりとも興味深いものであることを祈る。
繰り返しになるが、称賛はkiririn51(https://twitter.com/kiririn51)に、日本語部分の賛否や動作不良の問い合わせは自分(https://twitter.com/nicolith)に送ってもらえるととてもとてもありがたい。後者については、ポジティブなものでもネガティブなものでも、Twitterででもコメント欄ででも、気軽に書いてもらえるとはしゃいで喜ぶ。
ではさようなら
kiririn51はじめSukeban Gamesは新作に取り組んでいる。いくつか並行でPJが進んでいるが、VA-11 Hall-Aの続編となるN1RV Ann-AはSteamにストアページができているため気になったならウィッシュリストに入れておくと吉。
サイバーパンクは死なない
また、Project Dと呼ばれる作品も開発されている。これまで公開されている情報を見るに『パラサイト・イヴ』っぽいアクションに見え、期待している。続報はkiririn51のTwitterアカウントを追うとよいはず。
仁義なき戦い
素晴らしい作品を生み、素晴らしい百合を与えてくれるkiririn51に感謝を。
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