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019.おとうさん

お父さんがガンになりました。

うちのお父さんはものすごい変わった人。ずっと宇宙人だと思ってた。満員電車が嫌だからと神奈川の実家から銀座までずっと大きいバイクで通勤してた、ところまではかっこいいのにフルフェイスのヘルメットが蒸れるからいやだってわたしが小学校の時に使ってた紅白帽子をかぶってからヘルメットしてた。朝起きるとスーツ姿に紅白帽子の父親が家の中をうろうろしてて、わたしはバイクに乗る人はみんな紅白帽子かぶってるんだと思ってた。そんなわけはなかった。
釣りが大好きなくせに釣り竿には興味がなくて、いっつも海で拾ったのを改造して使ってた。海にはそんなに釣り竿が落ちてるものなのか、と子供の頃は思ってた。魚釣りに飽きた人が捨てていくんだって言ってた。そんな釣り竿で釣った魚をどっかの社長の車と交換して急に車を持って帰って来たり、釣った魚を家の中で七輪で焼いて「バーベキューだぞー!」って食べさせてくれたり。だけどそれは帰って来たお母さんにめっちゃ怒られてた。今考えたら当たり前だ。
お酒も大好きで焼酎をざるみたいに飲んでた。わたしが大学生の時にバイトしてた銀座の居酒屋に行って、飲みすぎて転んで頭から血を流してタクシーで帰って来たこともあった、店長から「ふくちゃんのお父さんが転んで向かいの寿司屋まで転がっていった」ってメールが来たときはあやまるしかなかった。その寿司屋はあの九兵衛だった。転がっていくようなところじゃない。わたしが高校生の時は酔っ払って地元の駅の階段から落ちて鎖骨の骨を折って次の日に即手術だった。全身麻酔の同意書に家族がサインする必要があるからとお姉ちゃんとお母さんと3人で手術の立会いに行った。「じゃ、お父さんがんばってくるからな」っていうお父さんのことは3人で無視した。入院中はおなかがすいたからって抜け出してラーメン食べに行って怒られてた。お父さんが落ちた地元の駅の階段にはそのあとエスカレーターができて、お父さんはずっとそれを「俺のおかげだ!」って言ってた。さすがにないだろ、と思った。お姉ちゃんの結婚式の前日は飲みすぎて当日二日酔いだった。お姉ちゃんは呆れてた。わたしはお父さんみたいにはならないと思ってたけどお父さんに似てお酒は強いし焼酎が大好きになってしまった。

教科書を作る仕事をしてた父親の会社はものすごく古いビルにある出版社で、たくさんの本と文房具と、あんまり掃除されてない水槽と、理科の実験器具にあふれてた、そういう父親の会社を探検するのが大好きだった。お父さんが連れてってくれた銀座の古い喫茶店、なんかよくわからない古い道具、会社にあったたくさんのカラフルなペン、大きな紙、小さな撮影スタジオ、海でぼーっとすること、旅をすること、赤提灯がぶらさがってるみたいな居酒屋、わたしがいま好きなもののほとんどってお父さんが教えてくれたものばっかりだった。そしてわたしがこうやってなにかを作ることでごはんを食べているのは間違いなくお父さんを見て来たからだ。教科書の編集長をしていたお父さんはわたしがイラストレーターやグラフィックデザイナーになることをずっと反対してた。イラストレーターやグラフィックデザイナーに発注する側のお父さんは、たぶんいろいろ思うことがあったんだと思う。だけど去年、絵本を出した時に一番喜んでくれたのもお父さんだった。この絵本にはノンブルがついてないのがよくない、とかわけのわかんないこといってたけど、このページの絵はいい、とかめずらしくうれしそうだった。

変なお父さんだけど、自分の親の介護には、お母さんも、わたしも、お姉ちゃんのことも巻き込まなかった。ひとりで実家に帰って介護をすることをひとりできめて、さっさと行って、10年間ずっとひとりで両親の介護をしていた。変なお父さんだけど仕事の愚痴は家で絶対言わなかった。変なお父さんだけど、体調が悪くて検査してたことも、ガンになっていたことも、病院の先生に家族の人と病院に来てくださいって言われるまでずっとずっと、わたしに連絡してこなかった。わたしがお父さんのことを宇宙人だと思っていたことのほとんどは、お父さんなりの優しさだった。

いつか親は死んでしまう、ということはわかってた。特に私は両親が歳をかさねてからの子供だったから、その時がもうそんなに遅いわけではないこともわかってた。わかってるつもりだったけど、それがいまものすごい現実味を帯びてきたとき、ああやっぱり悲しいんだなって思うのと、悲しいと思わせてくれる親でいてくれたことにものすごく感謝してるのと、やっぱり悲しいのと、しっかりしなくちゃな、を行ったり来たり。

別に、「すぐに!お別れの時が来ます!」というわけでもないし、わたしが悲しんでたってお父さんが喜ぶわけでもない。これから手術があって、入院があって、不安や心配なんてたくさんあるけど、自分の機嫌は自分でちゃんととりつつ、お父さんとお母さんの前ではだれよりも機嫌良くいたい。暗くなってても仕方ないし、宇宙人みたいなお父さんはきっと自分のことでわたしやお姉ちゃんが悲しんでいるところを見るのが一番つらいと思うから。
ということを忘れないように、今日の日記を書きました。

お父さんの高校受験の時の写真でTシャツ作って売ってるとかもお父さんにしてみれば宇宙人みたいな娘なんだろうな〜。

わたしのTシャツすぐ着ちゃうからその報復です。

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今日も最後まで読んでくれてありがとうございました。
またね。



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普段考えていることはなるべく作品としてアウトプットしたいとおもっていますが、その前のぽつぽつとした言葉や気持ちをストックする場所としてこの日記をはじめました。仕事のこと家族のこと、いろんなことを書いています。

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