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それはもはや「兄」ではなく「船」

 物心ついた時から虫の足を捥ぐのが好きだった。捕まえた虫を片っ端から。私はそういう子供だった。
「エリザ! そういうことはしちゃ駄目って言っているでしょう!」
 お母さんは見つける度に私を叱り、夕食の席でお父さんに言い付けて、お父さんにお説教をさせた。
「いいか、エリザ。虫だからといって無闇矢鱈に殺してはいけないんだ」
 お父さんのお説教はいつも同じ文句で終わる。だから私は虫の死骸をくっ付けて「元通り」にした。虫はちゃんと動き出した。頭がカブトムシになったってチョウチョは飛ぶし、ムカデは頭が両端についても歩いた。虫は馬鹿なのだ。
 お父さんとお母さんに見せると二人とも怖がった。それから私を憎むようになり、地下室に閉じ込めた。私の味方はお兄ちゃんだけだった。お兄ちゃんは私を庇ってくれた。「エリザ、死んでしまったものは生き返らないんだ」と私に何度も繰り返し教えた。
 お父さんとお母さんは私が地下室でも見つけた虫を殺しては繋ぎ合わせていることを知って、最後は私を殺そうとした。お兄ちゃんが私を助けてくれた。お父さんとお母さんを殺してくれた。
 お兄ちゃんは真面目だから警察に行こうとしていた。だから私はお父さんとお母さんを直してあげた。
「ほら、お兄ちゃん。二人は直ったよ。真ん中で切って繋げたから、半分半分でどっちもお父さんでお母さんになったけど。お両親さんになっちゃったね」
 私はどうしてだか、一度大きく分断しないとくっ付けて生き返らせることができなかった。お兄ちゃんは「お両親さん」を見て吐いて、「ただの死体じゃねぇか」と呟いて、翌朝にはクローゼットの中で首を吊っていた。
 私はお兄ちゃんが好きなので、お兄ちゃんを直した。折角だから家で飾っていた鹿の首や、虎の毛皮なんかもくっ付けてあげた。お兄ちゃんはとても格好良くなった。もっと格好良くしてあげたいから、私はお兄ちゃんと一緒に街へ出た。




つづく(795字)

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