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セレモニーは終われない!〜怪人シンク、三度現る〜(完結済 3/5)

掲示板の理念
「広場」の利用について。ここは皆さんの為の広場です。ここで沢山話して下さい。沢山考えて下さい。死にたい人、色々なことに絶望している人、悲しい人、沢山の人と、色々な人と出会って、話して、気持ちを紛らわせて下さい。気持ちを共有して下さい。皆さんの為の広場です。悩みを解決させたり、考え直したり、勇気をもらったりして、そしてもうこの広場にやって来なくても良いようになって下さい。それが管理人の願いです。

謹呈

※掲示板「広場」では以下の行為を禁止します。

1.ハンドルネームを入力しないままコメントすること。
2.自身の意見について根拠を明示しないこと。
3.自身の意見について根拠を明示しないこと。
4.自身の意見について根拠を明示しないこと。
5.この掲示板での会話を外に持ち出すこと。
6.掲示板の理念を無闇に信奉すること。
7.掲示板の理念に感銘を受けること。
8.会話以外の行為を行うこと。
9.相手に暴言を吐くこと。
10.脅迫・恐喝すること。
11.誹謗中傷すること。
12.冷静さを欠くこと。
13.荒らし行為。
14.勧誘行為。

此処は皆さんの為の広場です。此処での論争は議論のみで行って下さい。管理人は貴方達の自由を尊重し身勝手を無視します。意見は受け付けていません。改善案も同様に受け付けていません。
そしていつまでもこんな文章を読んでいないで掲示板に参加することをお勧めします。

恐惶謹言


「・・・・・・あの、間中。俺はAmazonとGoogle以外あんまりネットに触らないから分からないんだが」
「掲示板だよ。顔の知らない相手と喋ったりできる。学校裏サイトとか見たことあんだろ?」
「ある、と思う・・・・・・」
 浦辺は曖昧な返事を返す。少年課にいた頃にそういった案件を聞いたことはあったが、どちらかと言うと浦辺は夜の繁華街を歩いて少年少女を補導することのほうが多かった。当時の先輩がExcelに悪戦苦闘する新入りを見て向き不向きを察したからだった。浦辺は「パソコンのことは間中に任せよう」と思った。
「違法性のあるサイトなのか?」
「いや、全然そんな感じはしないけど。ダークウェブだったら専用の入り口からじゃないと入れないんだが、これは普通にアクセス出来るから、ホントにただの『広場』って感じだな。色んな奴と喋るためだけの掲示板」
 間中は画面をスクロールしては一人で頷いている。
「雑談のジャンルが幅広くて面白いな。構造主義についての議論からミレニアム懸賞問題まで。変態ばっかだな」
「知らない人のことを変態呼ばわりするなよ」
 間中が一つのスレッドをクリックしてみる。少しの間を置いて画面に新しいウィンドウが開いた。一番上に新しい投稿が表示される設定になっているようで、最新の投稿はほんの数秒前にされたものだった。そして一分も経たないうちに新しい投稿が現れる。それが絶え間なく続いている。投稿者は全員それぞれのハンドルネームを使っていた。どのコメントも最低六行以上書かれていて、末尾に「~~論文引用」や「~~誌○月号引用」と文献が書かれている。浦辺にはまるで内容を理解出来ないが、どうやらこのスレッドでは「新しい宗教を作る場合、資本金100万円以内で500人規模の団体にまで拡大するにはどの程度時間が掛かるのか」ということを語り合っているらしい。何の目的でそんなことを語り合っているのか、浦辺は全く理解出来ない。文献を調べて引用したり、一瞬も間を置かずに投稿したりすることの何が面白いのか、一切理解出来ない。
「いいな、みんな楽しそうで」
 間中は彼と正反対の感想を述べた。怪訝な顔をする浦辺は他に何かないかと学習机の引き出しを開ける。備え付けの三段引き出し、その一番下を開ける。キャンパスノートが何冊も隙間無く入れられていた。二十冊以上はある。浦辺は奥側の物を一冊抜いて開く。中は小学生が鉛筆で書いたらしい日記だった。学校や塾のことが書かれていた。反対に、手前側の一冊を取って開くとボールペンで書かれた小さな文字がびっしりと紙面を埋めていた。最後のページは自殺する前日の日付が書かれていた。
「なんか見付けたのか?」
「日記があった。几帳面に付けてたみたいだな」
 浦辺は日記として使われていたノートを全て取り出した。部屋の中央にどかりと腰を下ろして、最初の日記から読み始めた。自殺した、この部屋で暮らしていた優子は、テレビアニメの主人公を真似て日記を書き始めた。
「浦辺、変な話だよな」
 間中が唐突にそんなことを言い出した。浦辺は顔を上げずに「何がだ」と返す。間中は様々なスレッドを開いたり閉じたりしながら言葉を続ける。
「パソコンのパスワードは分かってる。日記もあった。それでなんで、家族は自殺した理由が分からなかったんだ? そんだけあれば幾らでも理由が思い付くだろ? 検死結果は自殺だけど、ホントに自殺なのか?」
 日記のページを捲ると家族でピクニックに行ったと書いてあった。もうすぐ塾内のテストがあると書いてあった。優子は国語が苦手だった。浦辺は間中の問いに、正直に答えた。
「分からないから、こうやって日記を読んでる。彼女は掲示板に何かコメントとかしてないのか? それも読みたいんだが」
「コメント投稿のところにハンドルネームの履歴残ってたから分かるぞ。スマフォからでも掲示板アクセス出来るだろ」
 浦辺はスマートフォンを取り出し、Safariで「広場」と検索する。しかし表示されるのはウィキペディアや近場の公園ばかりで、肝心の掲示板は出てこない。
「出てこないぞ」
「名前が普通過ぎて出て来ないんだろ。ちょっと貸せ」
 間中に携帯を貸すとURLを直接打ち込んで掲示板を開いてくれた。優子は「キリンリキ」というハンドルネームでコメントしていた、と間中が教えてくれた。スレッドは沢山あるし、今この瞬間にも新しく立てられている。ハンドルネームだけを手掛かりに探すのは至難の業だろう。スレッド一覧を流し見する。浦辺が気になったのは、一定の割合で「死ぬこと」や「生きる価値」といったことを議論しているスレッドがあることだった。楽しい雑談をするのに、こんなことを語るものだろうか。浦辺はそう思って「命の価値はどのように決めるべきか」というスレッドを試しに開いてみた。どれもこれもネガティブなコメントが多い。陰々滅々な投稿者達に浦辺は反論したくなった。
 浦辺はインターネットに疎かったので、ハンドルネームの欄に「浦辺誠司」と本名を入れた。そして『人間の命はみんな同じ重さです。価値を決めることはできません』とコメントした。次の瞬間、スマートフォンの画面は『根拠は?』というコメントで埋め尽くされた。あっという間に浦辺の投稿は彼方へと押し遣られていった。
「ネットって怖いな・・・・・・」
「何がどうしたんだよ。言っとくけど、無闇に投稿とかするなよ、危ないから」
「もう少し早く忠告してくれ」
 スレッドを閉じて、浦辺はまた一覧をスクロールしていく。そこに「お葬式について」というスレッドがあった。脳裏に先程会ったあの変な葬儀屋が浮かんだ。スレッドを開く。其処にはあまり人数がいないようで、投稿ペースは停滞しているらしかった。一番最新の投稿は一週間前だった。コメントの中に「キリンリキ」の名前があった。優子はこのスレッドに書き込みをしていた。優子と遣り取りをしていたのは主に「虚無虚無トレイン」と「あそぱそまそ」という二人だった。最後の投稿は「あそぱそまそ」だった。
『私も後から参加しますね^_^』
 その前に「虚無虚無トレイン」がコメントしている。
『キリンリキさんのに懸賞で当てたグッズで参加しまーす』
 浦辺は気付いた。このスレッドは「優子の葬式」なのだと。一番最初の投稿は優子の、「キリンリキ」の『死んだ人は葬式をメチャクチャにはできない」というものだった。
「間中」
「んー?」
「コメントの投稿者って調べられるのか? 本名とか、住んでるところとか」
「分かるぞ。何かあったのか?」
 振り返る間中に浦辺は「お葬式について」というスレッドを立てた優子と、優子と話していた二人のことを話した。浦辺には確信があった。
「多分だけど、この『虚無虚無トレイン』て奴が斎場で自爆した奴だと思うんだ」
「なんでだよ」
「投稿が停まってて、優子と喋ってるから」
 浦辺の推理とは言えない話に間中は鼻白んだ顔をするが、否定はしなかった。
「パソコンは署に持って帰るわ。分かったら教えてやるけど大人しく待ってろよ」
「ああ、悪いな」
「そういえば葬儀屋さん達って帰ったのか?」
「多分。一人だけだったし」
 彼の答えに間中は首を傾げる。
「片付けって、普通は他にも人連れてくるんじゃないのか?」
 言われてみればそうだ、と浦辺は葬儀屋から貰った名刺を取り出す。「国定葬儀社 国定 青沼」と名刺に書かれている。脇に小さく住所が書かれている。優子の家や菩提寺のあるこの場所からは距離がある住所。文字通り山を越えねばいけない海辺の住所だった。何故、こんな遠くから葬儀屋はやって来たのか、浦辺は不思議だった。
 考え込む浦辺を置いて、間中は一旦パソコンを閉じた。そして次に本棚や押し入れやらを調べ、次に家族の部屋に移る。間中が作業をしている間に浦辺はひとまず優子の日記を読み進めていった。
 優子は近所の公園が好きだった。秋の今頃になると金木犀が咲く。それを拾って同級生とおままごとをするのが好きだった。優子は漢字が苦手だった。小テストの前には必死になって勉強した。お陰で間違えるのは一問か二問だった。間違えると母親が怒った。弟は「勇太」という名前で、両親は弟ばかり可愛がった。弟と喧嘩すると優子ばかり怒られた。「お姉ちゃんなんだから」と。優子はそれが嫌だった。両親は共働きで優子より仕事を優先した。優子の授業参観には母親しか来てくれなかった。父親は弟の参観日には出席した。学校で好きな人の話題になるのが嫌だった。優子は誰かを好きになったことがなかった。優子は理系に進んだ。数学や科学が好きだった。祖母が死んだ。悲しくなかった。祖母は痴呆症で優子や弟のことを「知らない子」として扱った。祖父が死んだ。祖父は優子に「結婚はまだか」と言い続けて死んだ。優子は高校生になっても恋人が出来なかった。恋をしなかった。理数系で同年代の女の子の数が減っても、恋などしなかった。好きな人などいなかった。流行を理解出来なかった。バラエティの何が面白いのか分からなかった。どうして自分が結婚しなければいけないのか分からなかった。子供を好きだと思ったことは一度も無かった。研究者になりたかった。ガンの治療法を見付けたり接着剤の原理を解明したりする科学者になりたかった。家にいるのが嫌で友達と学校の近くにあるファミレスに通った。大学に行くことを決意した。大学受験に父母はいい顔をしなかった。第二志望に合格した。父親が嫌味たらしく入学金を支払った。一人暮らしをしたかったけれど母親が酷く反対した。大学では恋人はおろか、友達も作らなかった。アルバイトもしなかった。勉強をしていたかった。誰もいらなかった。理解出来ないし自分は決して理解されないと分かっている。両親が恋人の有無を聞いてくる。弟は遊び呆けている。自分を境遇をからかわれる。無我夢中で就職した。安い月給の事務職で一人暮らしは未だに反対されていた。結婚する気はなかった。両親が嫌いになった。弟が嫌いだった。自殺サイトを閲覧するようになった。ずっと前から死ぬことを考えていた。誘われた「広場」で話すことは楽しかった。みんなと喋ったり調べたりしている間は我を忘れられた。死にたかった。毎日それを考えていた。明日死ぬことを選んだ。
 浦辺が優子の日記を読み終える頃には、間中が鑑識作業を終えていた。間中が優子の部屋へ入ってくる。
「終わったから帰るか?」
 そう問われて浦辺は首を横に振る。
「まだちょっと調べたいことがあるから、先に帰っててくれ。車は貸すから」
「署まで結構距離あるぞ?」
「タクシー呼ぶから平気だよ」
 浦辺は間中に車の鍵を放る。危なげなく鍵を受け取った間中は「そうか。家の鍵は居間のテーブルに置いとく」とだけ言って、優子のパソコンを回収して帰って行った。優子の部屋で一人になった浦辺は窓から差し込む光の眩しさから、日が西へと傾き始めていることを理解した。浦辺は優子のことを悲しく思った。「独りで良い。独りが良い」と思うことの寂しさを、本当に悲しく思った。誰も理解出来なくて、誰も理解しないだろう優子は、この狭い田舎が息苦しかったのかも知れない。肉親や同級生の中で味わう疎外感が苦しかったのかも知れない。浦辺は優子のような感覚を持ったことがない。それでも「辛いだろうな」と思うことは出来た。そして、家族がこの苦しみを理解出来なかったことが一番悲しかった。
 優子が死んだのは、これが原因だ。浦辺はその結論に至った。彼は日記を引き出しにしまった。時系列順になっていた日記。家族が整理したのだろう、と浦辺は想像した。「こんなことで死ぬわけがない」と遺族は思ったかも知れない。彼等は「何故自殺したのか分からない」と答えたのだから。
 浦辺は立ち上がる。優子が学生時代に通ったというファミレスに行ってみようと思った。


 優子の母校近くにあるというファミレスは一軒しか無かった。県道沿いにぽつんと建っているチェーン店のファミレスは繁盛しているのか怪しかった。大型トラックでも駐車出来そうなほど広い駐車場に車は駐まっていない。駐輪スペースには数台の自転車が駐められている。浦辺はタクシーから降りて、店の中へ入った。
 窓際のテーブル席に案内された浦辺はドリンクバーだけを注文する。年増の店員は愛想良く持ち場へ戻っていく。ホットコーヒーを淹れて、広い四人掛けのテーブルへと戻っていく。窓の外は少しずつ日が傾いていっている。もう少しすれば空が赤くなっていく。優子が友達と来る頃であれば、もっと日が暮れていただろう、と浦辺は思った。スマートフォンを取り出して彼は優子のコメントが何処かに無いかと掲示板を彷徨うことにした。
 掲示板で、優子は様々なところにコメントを投稿していた。家父長制の存在意義や、数学の問題について、死ぬことについて。優子はいつも冷静で、端的にコメントしていた。優子は頭の中で意見を整理するのが上手だった、と浦辺は思った。そうして掲示板を眺めながらコーヒーを啜っていると来客を知らせるベルと店員の声が聞こえて、足音が近付いてきた。足音は浦辺の座る席まで来て止まった。
 えっ、と浦辺が顔を上げると向かい側に三十半ばくらいの、体の前側に子供を抱くタイプのベビーキャリーを装着した、痩せた女が「よいしょ」と腰を下ろした。女は机の下にどさりと重たい何かを置いて、店員に「生ビールください!」と叫ぶ。重そうに抱えられている、子供の体がすっぽりと入る大きなベビーキャリーは頭部保護のガードが付いているせいで子供の顔は見えない。眠っているのか声も上げない。浦辺は彼女に面識などない。ショートボブの茶髪で、ピアス穴は空いているがアクセサリーは何も身に付けていない。服装からすると主婦に見える。化粧をした顔には焦燥感と興奮が混在している。雨は降っていないのに何故か女はずぶ濡れだった。何か刺激臭に近い臭いを纏っていた。
「あの、すみません、何ですかいきなり」
 恐る恐る浦辺が声を掛けると女は「気にしないで!」と笑った。
「ウラベさんでしょ? はじめましてだけど私のことなんてすぐ忘れちゃってね! 肝心なトコじゃないからココ!」
 何故彼女は自分の名前を知ってるのだろう、と浦辺は思った。彼女の纏う臭いが何なのか分かった。ガソリンだった。浦辺は思わず腰を浮かすが、女の言葉に遮られた。
「ねえ座ってよ。私まだ喋ることあるんだから。途中退場したり、邪魔が入ったりして、お土産が爆発したら私たち死んじゃうんだから」
「お土産・・・・・・?」
「お葬式の会場も屋根が吹っ飛べば良かったのにね。飛ばなかったね。案外威力ないのね」
 女が足元の何かを数度蹴る。ガチャンガチャンと音がした。浦辺は自爆した弔問客のことを思い出し、目の前の赤ん坊を抱いた女にリンクし、静かに腰を下ろした。それから言葉を慎重に選んで発言する。
「どうして、俺と話したいんですか?」
 女は運ばれてきたビールを一気に半分まで呷ってから質問に答えた。
「それがウラベさんのしなきゃいけないことでしょー? 私、あっ、私ユミコって言うんだけど」
「ユミコさん」
「そー。それで、私は答えを聞きに来たの。ウラベさん、なんで自分が巻き込まれたのかって分かった?」
 ユミコはじっと浦辺を見詰める。穴のような目だった。虚ろで、その中には誰もいないような目だった。ガソリンの放つ臭いが眼球を刺激するだろうに、彼女は瞬きをしなかった。浦辺は正直に答える。
「いや、まだ。正直見当も付きません」
「そうだよねぇ、人の考えてることなんかなーんにも分かんないよねぇ」
 きゃあきゃあと女は笑う。浦辺は応援を呼びたいが、うっかりテーブルの上に携帯を置いてしまったので触るに触れない。女は紺色のベビーキャリーをポンポン叩いてリズムを付けてながら話す。
「虚無さんがさぁ、なんでウラベさんを巻き込んだかなんて、本人かスワンプマンさんから教えてもらうしかないよ多分」
「虚無さん・・・・・・虚無虚無トレインさんのことですか?」
 スワンプマン、という名前についても浦辺は聞きたかったが女のほうが先に喋った。
「そうそう。名前なっがいよねー。で、じゃあ次にいってみよう! ね、キリンリキさんがなんで死んだのかって分かった? 家族が殺された理由は?」
 優子のことについて、浦辺の中ではある程度の推理が固まっていた。優子の遺された家族のことも。言葉がきちんと紡げるかどうか自信が無かったが、浦辺は答えなければならなかった。
「優子、さんは、キリンリキさんは・・・・・・周囲と自分の間にあるズレを感じていて、それが苦しかったし、理解してもらえないって分かっていた・・・・・・それで自殺を選んだ。家族は多分、その理由を理解出来なかったと思う。優子と、その、虚無さんはよく話していたから、虚無さんは、憤りを感じたんじゃないか・・・・・・? だから、あんなことをした」
 俺はそう思う、と浦辺は話し終えた。そしてはたと気付いた。
「貴方は、『あそぱそまそ』さん?」
 ユミコは顔の筋肉を緊張させる。笑顔を作ろうとしている。酷く不格好だった。
「そうだよ。私が『あそぱそまそ』だ。その回答は赤点回避くらいだけど、まあ良いんじゃない? ほぼ正解で良いか。でもちょーっと惜しい」
 ユミコは残念、と肩を竦めるジェスチャーをする。浦辺は理由を訊ねる。
「何が惜しいんですか?」
「私が入ってないじゃん。『あそぱそまそ』は? なんでウラベさんの前にわざわざやって来たの?」
 分かりません、と浦辺は返した。頭の中は優子と自爆犯で埋め尽くされていたから、目の前にいる「三人目」を勘定に入れ忘れていた。ユミコは大きく瞳を見開く。教えてあげるよ、と口火を切った。
「私たち三人はね、試すことにしたの。人って、生きる価値が無いでしょ? じゃあ死ぬ価値は? ある? 私たちはあるって考えた。少なくともキリンリキさんの死は、意味があったって。虚無さんと私はお葬式の最中なの。キリンリキさんのね。お葬式をしてるの。貴方や他の人が理解出来るように、分かり易くお葬式をしてあげてるの。貴方たちが完全に消化するまで終わらないよきっと。折角のセレモニーだし。虚無さんが葬式会場に行くまで何をしたんだろうね? 私が此処に来る前に、何をしたと思う?」
 ユミコは「分かる? ウラベさん」と彼を見詰める。浦辺の元に斎場で抱いた嫌な予感が再来した。首を横に振るだけに留めた。ユミコは点数が良かったテストの報告をするように、彼に教えた。
「私、結婚しててさ、旦那の母親と同居しててさ。これがもーすっごいムカつくクソババアで、不妊治療してる間はずっと嫌味言ってくるしやーっと生まれた子供が女の子でまた文句言ってくるの。嫌でしょこんなの。旦那は旦那で仕事忙しいって逃げるし。はーホントにカスだわ。まあね、ババアは旦那と結婚する前から要介護2ぐらいだったけど、優しくされると付け上がるんだよね人間て。育児も疲れるしさ、子供可愛いかっつったらまービミョーだし、欲しかったけどね、出来るとまた別問題だったね。ウケる。超絶死にたくて自殺サイト巡りしてたんだけど、其処にさ『広場』のリンクが張ってあってさ、それでハマっちゃったんだよね。あそこ居心地良くてさ。でももう今日で最後にしたの。人生終わりにするから」
 ユミコがビールを飲み干してジョッキを空にする。おかわりは頼まなかった。一息ついて、ユミコはすっきりしたような顔で結末を話す。
「それで、今日家を出てくる前に子供を乳児院の前に捨てて旦那の母親殺してきた」
 一瞬、浦辺の時間が停まった。唐突な子捨てと殺人の告白に言葉を失い、そして思わず聞き返してしまった。
「えっ・・・・・・?」
「ババアがさ、風呂に入りたいって言うからお望み通り頭まで浸からせてやった。旦那が昨日北海道の学会に参加しに行ったから、帰ってくる頃にはスープになってたら良いな」
「その、抱っこしてるのは・・・・・・?」
「これ? ガソリン入れたペットボトル。重くてやんなっちゃう」
 あはは、と女は快活に笑う。人生が終わる日にこんな笑い方をするものなのかと、浦辺は理解に苦しむ。それから自爆した弔問客もこんな風に笑っていたと気付く。
 ユミコは長く息を吐いて、「さてと」と立ち上がる。
「私そろそろ行くけど、ちゃんと考えてねウラベさん。貴方が抜けたりしたら、セレモニーは終われないの。頑張ってね」
 彼女はテーブルの下に入れた荷物を置いたまま、机に濡れた千円札を置いて店から出て行った。車の鍵が開く音が聞こえた。それから走り去っていく音。浦辺はそっとスマートフォンを取る。足元が吹き飛ばないように半ば祈りながら電話を掛けた。
『警察です。事件ですか? 事故ですか?』
「県警機動隊の浦辺です・・・・・・爆発物処理班をお願いします・・・・・・」
 浦辺は人生で一番間抜けな電話を掛けている気がした。

 結論として、浦辺の足元に置かれたのは唯のボストンバッグで、中身は不燃ゴミだった。そして「佐藤 優子」の家が放火で全焼し、中から女の焼死体が見つかった。
 浦辺はその死体がユミコだと分かっていた。



つづく

次回予告
「バカスカ人が死ぬぜ! 仕方ないよね。お葬式はまだ続くから。浦辺の旅はもうちょっと続くんじゃ。可哀相な浦辺は上司のおじさんと一緒に作文しようね。反省文と記者会見用の発表だオラ! 次回はほぼ作文なのであんまり楽しみにしなくて良いです」
怪人シンクカウント:1

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