見出し画像

セレモニーは終われない!〜怪人シンク、三度現る〜(完結済 1/5)

 告別式は土砂降りの雨の日だった。最初、受付をしていた男はその弔問客が怪我をしているか、体調を崩しているのだと思った。弔問客としてやって来たその青年は背中を丸め、腹を庇うようにして記帳し香典を渡した。
 青年は何処にでもいるような平凡な青年だった。中肉中背で、黒い髪を清潔な長さで整えていて、安っぽい喪服を着ている。平時であれば印象になど残らないはずの風貌だった。何故受付が彼を記憶していたのかと言えば、へらへらと笑っているので「変な人だな」と思ったからだ。だから印象に残った。
 弔問客の青年は少し埋まっている親族席のほうへふらふらと歩いていった。それで受付は「ああ彼は親族なのか」と思い、記帳された名前を見て首を傾げた。枠の中で黒い線がのたくっている。凄まじい悪筆というものではない。最初から名前を書くつもりが無かったのだ、あの弔問客は。
 青年は着席後もへらへらと笑っていた。開始時間になり、火葬場が併設されたあまり広くない斎場の扉が閉まる。葬儀屋が進行を始める。僧侶が入場する。読経が始まり、焼香が始まる。喪主、近親者と順番が巡る。そして青年の番になる。
 青年はへらへら笑いながら祭壇へと近付く。この日、送られる故人は大学を出たばかりの新社会人だった。遺影は履歴書用の写真。ポニーテールを束ねてリクルートスーツに身を包んだ、少女の面影が残る遺影。喪主である父母は憔悴しきっていた。故人の家族は初老の父親と母親、そして吊るしのダークスーツを着た弟。茶髪でピアスも開けている故人の弟は大学生らしかった。
 笑う青年は遺影を仰ぎ見て、そして焼香はせずに、遺族のほうへと近寄った。
「はぁ、どうもこの度は酷い有様で」
 それから懐から拳銃を取り出した。銃に馴染みの無いこの国では、まず銃を向けられても「逃げる」ということが思い付かない。喪主とその家族は全員その場で射殺された。弔問者達が逃げ出したのはその後だった。

 第一報を受けて斎場へと向かった機動隊は祭壇に凭れて床に座り込んだ青年に銃を向けた。銃を向けられても相変わらずへらへらしている青年はゆっくりと着ているシャツのボタンを外した。機動隊に緊張が走る。服の下、皮膚の上に手榴弾が並んでいた。そして手榴弾とはまた違う、砲弾に似たものが一つ。それら全てのピンは一本の糸で繋がれている。決して余裕があるとは言えないその糸を、青年は左手の親指に括っていた。右手にはまだ銃が握られていた。
「やあ、どうもご苦労様で」
 彼に最も近い浦辺警部補は青年に名前を訊ねた。警部補にはこの青年が籠城犯になる予感があった。
「お前は誰だ? 何が目的だ?」
 青年はへらへらと笑うことを止めない。
「自分で考えなきゃ。それが大事なことなんだよ」
 浦辺は意味がその言葉の意味が理解できない。考える、考えるとは一体何だ。この犯人は何かを主張するために発砲事件を起こしたのではないのか。浦辺は思考する。無線機からは包囲完了の報告が聞こえてくる。浦辺は青年に忠告する。
「籠城はお勧めしない。二進も三進も行かなくなったら最後はスナイパーがやって来て、君の頭を撃ち抜く」
 浦辺は彼を生きたまま捕まえたかった。犯人は生きたまま捕らえるものだ、という考えもあったし、自分よりひと回りも下に見える青年の話を聞かないまま死なせるのは彼の道理から外れている。何故、こんなことになったのか。理由があるなら聞かなくてはいけない。
 神経を張り詰めさせている浦辺と機動隊員達とは対照的に青年は笑っている。春の日差しの中、近所の公園に花見をしに来たように、座り込んで自身に向けられた銃口を眩しそうに見上げている。何処までも穏やかな表情だった。
 何もかもが食い違う状況に浦辺は焦る。陣頭指揮が突入を思案し始めている頃だろう。青年をどうにか自首させたい。
 突然青年の胸元から電子音が鳴り響いた時は、彼を除く全員が引き金に指を掛けた。青年は「ああSkypeだ」と気付いて、「スマフォ取りますね」と宣言をしてから左手を持ち上げた。そっとシャツの胸ポケットからスマートフォンを取り出す。通知を見て青年は驚いていた。浦辺達に「すみません」と断りを入れながら通話に出た。
「もしもし、あっはじめまして、ええそうですそうです。すごい、チャットしかしたことなかったのに、ふふ、びっくりしましたよぉ。ありがとうございます。はい、はい、まあ、そうですね。想定内ではありますけど。まあ良い人はそんなにいないっていうか、ほら、一般の人達ですし、え、ああ、機動隊みたいな人と話しました。結構長めに。はいはい、えっそうします? 良いですけど、ちゃんと最後まで考えてくれるかなって疑問があります。連続化させるしかないんじゃないですか? 終わらせないために。ええ、ええ。提案します。続けましょうよ。折角なんですから。考えてもらいましょう。この刑事さんに」
 浦辺は嫌な予感がしていた。青年は早口で電話の向こうにいる人物と会話していた。会話の内容がどんどん嫌な方向へと進んでいく。青年が浦辺を見つめながら最悪な会話をしている。
 青年がスマートフォンから耳を離す。そして浦辺に訊ねる。
「刑事さん、階級とお名前を教えてくれますか?」
 戸惑いながら浦辺は答えた。
「浦辺警部補、県警機動隊員だ。君は、」
 青年は間髪入れずに電話口の相手に警部補の名前を伝える。
「ウラベさんですって。写真とか入ります? あっ大丈夫ですか。あー広報誌あるんですか。載ってるんですか。不用心ですねぇ、だからこんなことになっちゃうのに。ははは。はい、はい、じゃあお疲れ様でしたー」
 青年は笑って通話を切った。そして浦辺を見る。握っていた拳銃を床に置く。
「なんでこんなことが起きてるのか、分かりそうですか? 答えは出そうですか?」
 青年の問い掛けに浦辺は首を振る。銃を手放した彼に、浦辺は少し安堵していた。
「いや、だから署で聞かせてくれ。君がどうしてこんなことをしたのかを」
 その返答は青年の意に沿うものではなかったらしい。彼は呆れたように溜息を吐いた。
「違う違う。駄目ですよそんなんじゃ。自分で考えることが大切なんです、ウラベさん。ヒントじゃないけど、考え方の取っ掛かりを教えてあげます。一つ目『今日、葬式で送られるはずの故人は何故死んだのか?』、二つ目『今日、何故その喪主と家族は射殺されたのか?』、三つ目『何故、ウラベさんがこの問いに解答しなくてはならないのか?』」
 青年が三つの事項を浦辺に提示する。そのどれもが不可解でしかなかった。青年は詩でも諳んじるように続ける。
「考える。考え抜く。それが大事なこと。思考し続けるということ。それ以外はどうでも良い」
 考えてください、と青年が微笑んだ。
「少なくとも、これからあと二回は類似したことが起こります。どうか頑張って考えて、ウラベさん」
 「例えば」と青年が左手を顔の高さにまで持ち上げる。親指に括られた糸が張り詰める。隊員達に緊張が走る。
「手榴弾と白燐弾の組み合わせはどの程度の効果範囲で、どれぐらい威力があるのか?」
 浦辺は制止を叫んだ。しかし青年が左手を振り抜いて、腹の上の手榴弾全てからピンが抜けるほうが速かった。
 青年は俯せに倒れた。浦辺達はその場から駆け逃げた。逃げ遅れた部下の隊員に体当たりするように、浦辺は部下諸共に廊下へ倒れ、そのまま壁の裏へと逃げた。轟音。人体の何もかもが吹き飛んで粉々になる音。高温。火災が起きている。耳が聞こえなくなる。跳ね返って飛び込んできたのか、浦辺の左の耳殻を数センチほど切り裂いた破片が壁に突き刺さっていた。


 雨が降り頻る告別式で発砲事件が発生した。犯人は自爆、死亡。死者は喪主の家族三名。重軽傷者複数。葬儀は中止となり、県警は被疑者死亡の事件として扱うことにした。
 何故、この事件は発生したのか。青年は何者なのか。浦辺に残されたのは耳殻の縫合痕と解答されない問い、そして「あと二回起こる」という確定事項だけ。
 まだ続くということしか、浦辺には分からない。



つづく

次回予告
「ワクワク!浦辺さん、他人のお家探検!(なお一家全員死亡済)女の子のパソコンも勝手に調べちゃう! 現実では絶対やるんじゃねぇぞ。浦辺さんはちゃんと思考できるかな? 新キャラ、クソナードの香り漂う行き遅れ鑑識おじさん登場! なんJ語で喋るな。次回更新をお楽しみに!」
怪人シンクカウント:1

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?