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セレモニーは終われない!〜怪人シンク、三度現る〜(完結済 4/5)

 浦辺警部補の証言、捜査を元に会見発表原稿を作成する。
 「佐藤優子」は計画的な自殺と断定。死因は自室のドアノブで延長コードを用いての縊死。検死結果に不審な点は見当たらず事件性は無し。自殺に至った要因は周囲との軋轢と断絶に耐えきれなかったからと推定される。対人関係が不得手であると同僚からの証言が取れており、家庭環境も膠着したものであったことが佐藤優子の日記やSNSから読み取ることが出来る。
 佐藤優子の葬儀当日に佐藤優子の遺族を射殺した不審人物の身元は「安田浩介」と判明。昨年の三月に勤め先の工場を退職。二十三歳。児童養護施設出身。拳銃及び爆発物の入手ルートは捜査継続中。退職後、工場から劇薬物が幾つか紛失していることが判明。安田浩介の自宅アパートからは発見されていない。安田浩介は夜間高校卒業後に工場へ就職。他者と関わることが少なく無口な人間だったという証言が多い。佐藤優子と安田浩介はネット上の掲示板で知り合い、通話アプリなどを用いて遣り取りを行っていたことが佐藤優子のパソコンから判明している。佐藤優子の自殺に対して安田浩介は憤りを感じ、遺族を射殺したと見られる。
 佐藤優子の実家に放火し、全焼させたのは都内に住む専業主婦の「菊原由美子」だった。菊原由美子は焼け跡から死体で発見されている。三十七歳。夫は大学病院の准教授。パーキンソン病を発病していた夫の母親と同居していた。不妊治療を五年続けた末、半年前に長女を出産。姑との関係は良好ではなかった。夫も家庭を顧みることがなかった。そのストレスが発端とされる。
 ネット上で交流のあった佐藤優子、安田浩介が計画していた自殺と襲撃に参加し、姑を自宅の風呂場で溺死させ、長女を乳児院の前に置き去りにした。そして佐藤優子の家に放火したのち焼身自殺した。安田浩介は予告とも取れる発言後、自爆。「同様のことがあと二回起きる」という予告らしき発言については、その後に同様の事件が発生していないことから安田浩介の無意味な発言と思われる。本件は被疑者死亡のまま送検。
 本件は「集団自殺とそれに伴う殺人」であり、危険思想や宗教的思想とは無関係と断定。被疑者達が使用していたネット掲示板「広場」については違法性は無いため閉鎖などといった措置は行わないものとする。
 以上を「葬儀襲撃事件」の概要及び草稿とし、記者会見で修正した完成稿を発表する。




 浦辺が署に戻ってきた時、玄関で出迎えてくれた上司が特殊警棒を握って立っていたのを見て浦辺は「俺は今から死ぬんだ」と本気で思った。上司が笑顔だったのもその予感を増幅させた。
「浦辺くん、反省会しよっか!」
「ひゃい・・・・・・」
 上司が子供のような笑顔で特殊警棒を振り抜くので、浦辺の声は裏返った。どうにか絞り出した「まだ死にたくない・・・・・・」という呟きは酷く惨めだった。


 浦辺の為に上司は小会議室をわざわざ貸し切って絞り上げてくれた。滾々と説教をされた上で事情聴取もされた。明けぬ夜のような気分で浦辺はパイプ椅子の上で頭を垂れていた。塩を振り掛けられた蛞蝓のようになっている浦辺を見て、上司は漸く手を緩めた。
「浦辺くんに怪我が無くて良かったよホント」
「はい・・・・・・ホントにすいませんでした・・・・・・」
「次は謹慎じゃ済まないよ」
「エッ今回は謹慎処分なんですか俺」
「今決まりました。後で部長にも提案します」
 首を締められた蛙の声が浦辺の口からまろび出た。上司に「自業自得」と窘められたところで扉がノックされる。扉を開けて入ってきたのは間中だった。鬱屈そうな目が眼鏡の向こうに見える。浦辺は「俺みたいに謹慎食らったのだろうか」と思った。
「あれ、間中くん。どうしたの?」
 上司にそう声を掛けられて間中は持っていたコンビニの袋を持ち上げて見せた。
「ちょっと同期の様子見に来ただけッス」
 一度浦辺のほうに目をやった上司は項を擦り「お茶にしようか」と言った。ひとまずのお許しだと浦辺は息を吐き、上司の気が変わらない内に給湯室へと走った。湯飲みと湯を目一杯注いだ急須を盆で運んできた浦辺はいそいそと上司に茶を淹れる。間中は浦辺にコンビニでおにぎりや肉まんを買ってきてくれた。ポテトチップスは恐らく自分で食べる分だったらしいが、上司が開けて食べ始めてしまった。間中は少し恨めしそうにしていたが何も言わなかった。
「間中、お前大丈夫だったか? 叱られたりしなかったか?」
 浦辺が肉まんを食い終わって訊ねると間中は「怒られました」とだけ返した。浦辺は申し訳なく思った。自分が一人で行動したから同期にも迷惑を掛けてしまった。しょげる浦辺はおにぎりを囓る。間中が同期を気遣ってが話題を変えた。
「犯人の身元、二人とも分かったそうですね」
「あ、そうそう。間中くんが掲示板のコメントを調べてくれたから、其処から割れたんだよ」
 上司が頷く。「虚無虚無トレイン」は「安田浩介」という名前の青年だった。「あそぱそまそ」は「菊原由美子」という名前の主婦だった。安田は孤児院の出身だった。菊原は中流家庭から医者の家に嫁いだ主婦だった。二人ともあまり友人が多くなかった。浦辺は上司と間中が話している内容を静かに聞いていた。人が自殺する理由や殺す理由を警察官である浦辺は当然知っている。それでも「しよう」と思ったことがない。だから三人がしたことを、受け入れることは出来ても容認することが出来ない。考えると気分が沈む。どうにかして助けることは出来なかったのだろうか、と思う。
「それで、発表どうするんですかね」
「上の方針だと被疑者死亡で送検だね。結局『二回起こる』っていう言葉はでまかせってことでさ」
 上司が浦辺のことを呼んだ。浦辺は慌てて顔を挙げて返事をする。提案の話だった。
「後日、原稿作るから君も手伝えってさ」
「原稿・・・・・・?」
「会見用のね。君の証言が骨子になるんじゃない? 直接犯人と話してるし」
 「つまり取り調べっスね」と間中は茶を啜った。浦辺の脳裏に「あそぱそまそ」の言葉が浮かんだ。

「私たち三人はね、試すことにしたの」
「人って、生きる価値が無いでしょ?」
「じゃあ死ぬ価値は?」
「お葬式の最中なの」
「貴方たちが完全に消化するまで終わらないよきっと」
「ちゃんと考えてねウラベさん。貴方が抜けたりしたら、セレモニーは終われないの」

 最後の取り調べが、自分の答えを出す唯一の機会になると浦辺は思った。自分の答えを出す為の、最後の機会になる。きちんと考えて結論を出さなければならない。浦辺は「はい」と噛み締めるように返事をした。





つづく


次回予告
「これから誰が死ぬんだろうね。私たちの死に意味はあった? 浦辺さん。私たちは死にたかった。死ぬことにした。誰かを殺すことにした。私の、佐藤優子の死に、虚無虚無さんやあそぱそまそさんのしたことに、そこに意味はある? 浦辺さんはどう思った? テメーだよテメー。浦辺コラ。安パイな回答してんじゃねーよ。いつまでも見下しやがって。許さんからな。次回、最終回。それじゃ、答え合わせといこう。スワンプマンさんとお話しようか」
怪人シンクカウント:0

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