映像シナリオ「ドラマチック人生」

概要:シナリオ学校の自由課題にて執筆。尺は約46分。2009/12/01作。

〇登場人物
高橋ノリコ(24)中堅商社・庶務課OL
白沢ヒデオ(37)監督
四谷ユウキ(28)助監督
島本ソウイチ(35)撮影部
加藤シンジ(32)照明部
国重タカシ(32)録音部
白沢カズコ(36)記録・白沢の妻
森野(50)庶務課課長
鎌田(23)庶務課社員
ノリコの伯父(36)
ノリコの母(28)
 
                                他


〇 高橋家・寝室(朝)
   ベッドで寝ている高橋ノリコ(24)。
   七時になり目覚まし時計のアラームが鳴り始める。
   ノリコ、さっとアラームを止めて起きると、寝室から出て行く。

〇 同・洗面所(朝)
   眠そうな顔で歯を磨くノリコ。

〇 同・玄関(朝)
   仕事着に着替えたノリコ、靴を履き出て行く。

〇 道(朝)
   スタスタと歩いていくノリコ。

〇 駅・改札(朝)
   改札を通るノリコ。

〇 同・ホーム(朝)
   電車を待つノリコ。
   ホームに電車が来る。
   電車の扉が開くと大勢の乗客たちが乗り降りする。
   ノリコ、他の乗客たちと共に駅員に電車の中へ押し込まれる。

〇 電車内(朝)
   満員電車の中で埋もれているノリコ。

〇 会社・全景(朝)
   ノリコが勤める、ある中堅商社のビル。
   そのビルに入っていくノリコ。

〇 同・庶務課
   オフィスの片隅にある庶務課。
   課長の森野(50)のデスクとその他2名の社員のデスクが並んでい
   る。
   その中の一つのデスクで黙々と仕事をするノリコ。

    ×    ×    ×

   夕方になり、帰り支度をしてオフィスから出て行くノリコ。

〇 電車内(夕)
   窓の外をぼーっと眺めているノリコ。

〇 高橋家・玄関(夜)
   帰宅してくるノリコ。

〇 同・居間(夜)
   テレビを観ながら夕食を食べるノリコ。
ノリコM「これを繰り返す私の毎日」

〇 同・寝室(夜)
   パジャマに着替えたノリコ、部屋の明かりを消し、ベッドに横にな
   る。
ノリコM「起きて会社行って、帰ってきて寝る。それだけ」

〇 たい焼きの屋台(ノリコの妄想)
   あるたい焼きの屋台。
   中年の男が鼻唄を歌いながら、たい焼きを焼いている。
ノリコM「まるであの歌のたい焼きみたい」
   鉄板の上で焼かれるたい焼き。

〇 高橋家・居間(夜)
   パジャマ姿のノリコ、テレビを消そうとするが、放送されているドラ
   マに見入る。
   仕事モノのドラマ。
   主人公が上司と言い争っている様子。
ノリコM「こんなドラマの一つや二つ起これば、少しは私の生活も変わるだ
 ろうが」
   冷めた様子で見つめるノリコ。

〇 会社・庶務課
   自分のデスクで黙々と仕事をしているノリコ、森田の方をちらっと見
   る。
   森田、新聞を読みながら大あくびをする。
   森田の頭には申し訳程度のカツラがのっかっている。
ノリコM「ここでは無縁のようだ」
   ノリコ、ため息をつく。
森田「高橋君、悪いけどお茶淹れてくれ」
ノリコ「はい」
   面倒くさそうに立ち上がるノリコ。
   ノリコ、森田の前にお茶を淹れた湯のみを置く。
   新聞を読んでいる森田をじっと見るノリコ。

    ×    ×    ×

   ノリコの妄想。
   森田のカツラを被った頭をじっと見るノリコ、そのカツラを鷲掴みす
   ると、窓から外へ投げ捨てる。
   突然のことに驚く森田。
ノリコM「たまに、こんなことをしてしまいたい衝動に駆られるが……」
   放物線を描いて飛んでいくカツラ。

    ×    ×    ×

   現実に戻る。
   お茶をすすりながら新聞を読む森田を見るノリコ。
ノリコM「今のところ理性というブレーキがかかってくれているようだ」
   自分のデスクへ戻るノリコ、ため息をつく。

〇 道(夜)
   会社帰りのノリコ、つまらなそうに歩いている。

〇 マンション・ロビー(夜)
   ノリコが住むマンション。
   ノリコ、郵便受けから郵便物を取り出す。
   大量のダイレクトメールやチラシ。

〇 高橋家・居間(夜)
   疲れた様子のノリコ、部屋に入り明かりをつける。
   テーブルの上に郵便物を無造作に置き、テレビをつける。
   恋愛ドラマが放送されている。
   テレビを観て鼻で笑うノリコ、部屋を出て行く。

    ×    ×    ×

   夕食を食べながらつまらなそうにテレビを観るノリコ。
   テーブルの上の郵便物を物色し始める。
   その中から一枚のチラシを発見する。
   “あなたの人生を演出します”と書かれたチラシ。
   ノリコ、そのチラシを手に取り、まじまじと見つめる。
ノリコ「何だこれ?」

〇 会社・庶務課
   自分のデスクで仕事しているノリコ。
   新聞を読んでいる森田、あくびをする。
   ノリコ、書類の下に隠していたチラシを少し出して眺める。
ノリコM「人生を演出するとは何なのか。ただの悪戯か? 新手の勧誘
 か?」

〇 商店街(夕)
   仕事帰りのノリコ、スーパーの袋を持って歩いている。
   俯き加減のノリコ、ふと顔を上げるとたい焼きの屋台がある。
   鼻唄を歌いながらたい焼きを焼く中年の男。
   塾帰りの少年たちが屋台に集まっている。
   屋台を見つめるノリコ、そのまま去っていこうとするが、振りかえり
   再び屋台を見つめる。

〇 高橋家・居間(夜)
   たい焼きを食べながらテレビを観ているノリコ。
   テーブルの上にはたい焼きの紙袋が置かれている。
   仕事モノのドラマ。
   主人公がいきいきと活躍している様子。
   たい焼きをムシャムシャと食べながら、ドラマの主人公をじっと見つ
   めるノリコ。
   ノリコ、次第にたい焼きを食べる手を止め、ドラマに見入る。

〇 会社・廊下
   ノリコ、一人で廊下を歩いていると、女性の社員が上司を必死に説得
   している場面に遭遇する。
   あるプロジェクトについて説得している様子。
女性社員「ここは思いきって実行するべきです!」
   上司、難しい表情で悩むが承諾する。
上司「いいだろう、やってみなさい」
女性社員「ありがとうございます!」
   いきいきとした表情の女性社員、嬉しそうにしている。
   去っていく女性社員とその上司。
   ノリコ、突然のことに呆然としている。

〇 同・女子トイレ
   手を洗うノリコ、ふと顔を上げて鏡にうつる自分の顔を見つめる。

〇 同・廊下(回想)
   上司を説得した後の女性社員のいきいきとした表情。

〇 同・女子トイレ
   鏡にうつる自分の顔をじっと見つめるノリコ。
   真剣な表情のノリコ。

〇 路地裏(夕)
   人通りの少ない道をチラシを片手に歩くノリコ。
ノリコM「くだらないと思いつつ、訪ねてみることにした」

〇 雑居ビル・全景(夜)
   古い雑居ビルの前に立つノリコ。
   ノリコ、チラシと見比べながらビルを見上げ中へ入って行く。

〇 白沢組事務所・入り口(夜)
   入り口の扉の前に立つノリコ。
   扉には“白沢組事務所”と書かれている。
   不安そうにそれを見るノリコ。
   ノリコ、帰ろうとすると後ろから四谷ユウキ(28)に声をかけられ
   る。
四谷「あの、うちの事務所に何か?」
ノリコ「えっ?」
   振り返るノリコ、ひょろっとした四谷がコンビニの袋を片手に立って
   いる。

〇 同・事務所内(夜)
   大量の映画に関する書籍、DVD、撮影機材等が置かれている狭い事
   務所。
   そんな中に囲まれた応接セットのソファに座るノリコにお茶を出す四
   谷。
四谷「ごめんね~、べつにやましい仕事してるわけじゃないんですよ。映画
 じゃ撮影チームを監督の名前に組つけて呼ぶからさ。ね、監督」
   ノリコの向かいに座る白沢ヒデオ(37)、頷く。
白沢「監督が鈴木なら鈴木組、奥村なら奥村組。私、白沢で白沢組ってとこ
 ね」
四谷「あ、でも、山口さんちのツトム君が監督になったらややこしいっす
 ね、アハハ」
   四谷、白沢の隣に座り、白沢と笑い合う。
ノリコ「はぁ……」
   戸惑うノリコ。
ノリコ「ところで、この人生を演出って……?」
白沢「ああ、これね。これはちょっと良い役者探しにと思ってね」
ノリコ「役者?」
白沢「そう、人は誰もが自分という人間を演じている。真面目な私、ふざけ
 た私、いろんな私を時と場合に応じて振舞っている」
   熱弁する白沢。
   若干引いた様子のノリコ。
白沢「……と思ってるんだよね」
ノリコ「はぁ……」
白沢「でだ、そんな人たちのリアルな日常を映画にしたいと思ってね」
ノリコ「はぁ……そうですか」
   興味無さそうに返事するノリコ。
   何かを考えるかのように宙を見つめる白沢、ノリコに質問をし始め
   る。
白沢「例えば、君は火災報知機のあのボタンを押したくなったことはな
 い?」
ノリコ「ありますけど……」
   淡々と答えるノリコ。
   ノリコの方を見る白沢。
白沢「静かな会議中に踊りだしたくなったことは?」
ノリコ「う~ん、あるっちゃある……かな?」
四谷「へぇ~、あるんだ」
   ノリコをじっと見つめる白沢。
白沢「君は良い役者になりそうだ」
ノリコ「は? 私がですか?」
   驚くノリコ。
白沢「つまらなさそうにしている人ほど、ほんとは面白かったりするんだ
 よ。な、四谷」
四谷「はい」
ノリコ「いやいやいや」
   呆然とするノリコにかまわず、話を進める、白沢と四谷。
白沢「とりあえず、一度、現場を見てみてよ」
四谷「意外と楽しいっすよ」
ノリコ「でも……」
白沢「とにかく、君が主役ってことでよろしくね~」
ノリコ「え~?!」
   呆然とするノリコ。
ノリコ「あのぉ……私、演技なんてやったことないですし、ましてや映画の
 現場なんてなんにもわかんないですよ」
四谷「ああ、そんなの関係ないっすよ。最初は誰でも初心者なんだから」
白沢「そうゆうこと。まあ、なんとかなるって」
   笑顔の白沢と四谷を不安そうに見つめるノリコ。

〇 雑居ビル・入り口前(夜)
   雑居ビルから出てくるノリコ。
   ため息をつくノリコ、ふと横を見ると黒塗りの高級車が停まっている
   のに気づく。
   車の付近にはヤクザらしき男たちがいる。
   ノリコ、ビルの方を見上げると、足早にその場を去る。

〇 駅・ホーム(朝)
   通勤途中のノリコ、眠そうにあくびをする。
   ぼーっと電車を待つノリコ、前に立つ中年男の頭を見る。
   明らかにカツラとわかる中年男の頭。
   ノリコ、その頭をじっと見つめ、カツラを取ろうと手を伸ばしそうに
   なる。
   ホームに電車が来る。
   ふと我に返って慌てて手を引っ込めるノリコ、周囲を見回す。
ノリコM「私がこんなにも触れてはいけないものに執着するのには訳があ
 る」
   ノリコ、他の乗客たちに押され電車に乗り込む。

〇 ノリコの実家・全景(回想)
   静かな田舎町にあるノリコの実家。
   洗面所の鏡の前でカツラの具合を気にしているノリコの伯父(36)。
   その様子を物陰からじっと見つめるノリコ(8)。
ノリコM「伯父がヅラだと知ってしまった日」

〇 同・仏間(回想)
   仏間にて法事の最中、おとなしく正座しているノリコ。
   ノリコの前にはノリコの伯父がうたた寝をしながら座っている。
ノリコM「それを取ってみたらどうなるのか。そんな疑問が浮かんだ」
   ノリコ、伯父の頭を見つめ触ろうとする。
   隣に座るノリコの母(28)、それに気づくとノリコの手を叩き、静か
   にたしなめる。
   ノリコ、おとなしく手を引っ込めるが、残念そうに伯父の頭を見つめ
   る。
ノリコM「ダメと言われるとやりたくなる」

〇 道(朝)
   通勤途中のノリコ。
   道端にあるベンチに目を向けると“ペンキ塗りたて 触るな”の貼り紙
   が貼られている。
   そのベンチを見つめるノリコ、ベンチに触ろうと手を伸ばしかけるが
   やめる。
ノリコM「ダメとわかっていてもやりたくなる。そういうものなのだ」

〇 公園
   撮影の準備をしている白沢たち。
   カメラの前で待機しているノリコ、その様子を緊張した面持で見つめ
   る。
白沢「よし、じゃあやってみようか」
ノリコ「えっ?!」
   慌てるノリコ。
   カメラの前でカチンコを構える四谷。
四谷「シーン2、カット3、テイク1」
白沢「よーい、スタート!」
   カチンコが鳴り、撮影が始まる。
   ぎこちなく歩くノリコ、近くにあった空き缶につまづく。
白沢「カット! おい、そこの空き缶わらっとけ!」
ノリコ「笑う?」
   首を傾げるノリコ。
   ノリコの近くにいた国重タカシ(32)が答える。
国重「片づけるってことだよ」
ノリコ「へぇ~」
国重「いろんな現場用語があるんだ」
   国重、忙しそうに動き回る四谷の腰にかけた金槌を指差す。
国重「あれは、なぐり」
   国重、加藤シンジ(32)が持つ反射板を指差す。
国重「それは、レフ。ちょっとそこに立ってみて」
   国重、近くの縁石にノリコを立たせる。
国重「高さを出すために、被写体を台の上に立たせることをセッシュウって
 言うんだ」
ノリコ「へぇ~、そうなんですか」
   少し興味をもった風に答えるノリコ。

    ×    ×    ×

   撮影の休憩中。
   ノリコ、国重と話している。
ノリコ「えっ?! 国重さん、漁師だったんですか?」
国重「そ、親父も漁師でカツオの一本釣りしてた」
ノリコ「なんでやめちゃったんですか?」
   遠くを見つめる国重。
国重「うん……なんかね、毎日釣竿を振って
 るのに飽きちゃったんだよね~」
   国重、マイクの竿を持つ。
国重「ちなみに、このマイクの棒を竿とかフィッシングポールって呼んだり
 するんだけど……皮肉だよね」
   苦笑いをしながらマイクを構える国重。
ノリコM「そう言って笑う国重さんの後ろ姿は、まさしく海の男のそれだっ
 た」
   国重の後ろ姿を見つめるノリコ。

〇 河川敷(夕)
   撮影の準備をしている白沢たち。
   カメラの前で待機しているノリコに説明する白沢。
白沢「じゃあここであの夕日に向かって叫ぶ。いいね?」
ノリコ「さ、叫ぶ?!」
白沢「そう、叫ぶ。それから夕日に向かって走る」
ノリコ「……そんなことするんですか?」
白沢「うん。だって普段しないようなことしてるでしょ、映画の中では」
ノリコ「はぁ……」
   不安そうに恐る恐る尋ねるノリコ。
ノリコ「あの……これって何の映画なんですか?」
白沢「え? 君の映画だよ。僕の映画でもあるかな」
   ノリコ、納得しかけるが怪訝な表情で首を傾げる。
   そこへ四谷が声をかける。
四谷「準備OKです!」
白沢「よし、じゃあやってみよう」
   バタバタと撮影を始める白沢たち。
   ノリコも慌てて準備をする。
四谷「シーン12、カット1、テイク1」
白沢「よーい、スタート!」
   カチンコが鳴り、撮影が始まる。
   ノリコ、夕日に向かって叫ぼうとするが、何を言っていいかわから
   ず、言葉につまる。
白沢「カット! どうした~?」
ノリコ「あの、これって何を叫べばいいんでしょうか……?」
白沢「君の思いの丈を何でもいいから叫んじゃって」
ノリコ「何でも?」
白沢「そう、何でも。じゃあ始めるよ」
   さっさと始めようとする白沢たち。
   急いで準備をするノリコ。
四谷「シーン12、カット1、テイク2」
白沢「よーい、スタート!」
   ノリコ、意を決した表情で叫ぶ。
ノリコ「森田のバカヤロー!」
   夕日に向かって走ろうとするノリコ。
白沢「カット!」
   撮影を止める白沢。
白沢「ダメダメ。もっと心の底にある思いを叫んでくれないと」
   困惑するノリコ。
白沢「もう一回」
四谷「シーン12、カット1、テイク3」
白沢「よーい、スタート!」
   ノリコ、何を言っていいかわからず、意味のない言葉を思いっきり声
   を出して叫ぶ。
ノリコ「うわぁー!」
   夕日に向かって全力疾走するノリコ。
   必死な表情で走るノリコ、足がもつれ派手にこける。
白沢「カット! OK!」
   満足そうな表情でモニターを見る白沢。
白沢「う~ん、いいね~。やっぱりいいよ~」
   草むらで倒れているノリコ、痛そうな表情でぼそっと呟く。
ノリコ「何がOKなの?」
   次の撮影の準備を始める白沢たち。
   通行人がたい焼きを食べながら、物珍しそうに撮影の様子を見てい
   る。

〇 高橋家・寝室(朝)
   目覚まし時計のアラームが鳴る。
   ノリコ、ベッドで眠そうにしながら、アラームを止める。
   筋肉痛で痛そうな表情をするノリコ。
   ふらふらになりながらもベッドから起き上がるノリコ。

〇 同・洗面所(朝)
   鏡に眠そうな顔のノリコがうつる。
   ノリコ、自分の顔を見つめ、少し満足気にする。

〇 商店街(夕)
   本屋から出てくる仕事帰りのノリコ、
   本屋の袋とスーパーの袋を持っている。

〇 高橋家・台所(夜)
   夕食の準備をするノリコ、本屋で買った映画の撮影技術の本を片手に
   楽しそうに鍋をかき混ぜている。
ノリコM「なかば強引に関わってしまった映画の世界。その裏側には、普段
 何気なく観ている映画以上のドラマが潜んでいるようだ」

〇 撮影スタジオ
   撮影の準備をしている白沢たち。
   国重と加藤が照明とマイクの位置で揉めている様子。
加藤「お前、そこに立つとマイクの影が出るんだよ! どけ!」
   舌打ちをする国重。
国重「(小声で)黙れボケ」
加藤「はぁ?!」
   加藤を無視して別の位置に移動する国重。

    ×    ×    ×

   撮影が始まるまで待機している国重。
   その近くに照明機材が落ちてくる。
   驚く国重。
ノリコM「照明部の人を怒らすと、上から照明を落とされるらしい」
   安全第一のヘルメットを被って怯えるノリコ。
ノリコ「ひぃ~」
   脚立の上に立ち照明の向きを変えていた加藤が、悪気もなさそうに謝
   る。
加藤「あ~悪りぃ」
   国重、加藤を睨む。

    ×    ×    ×

   ノリコの部屋を再現されたセットで、食事をする演技をするノリコ。
   ぎこちない様子だが、楽しそうなノリコ。
白沢「カット!」
   白沢、モニターを確認する。
白沢「OK! 次いこうか」
   他のスタッフに指示を出そうとする白沢を呼び止める白沢カズコ
   (36)。
カズコ「監督、ちょっとここの動きがさっきと逆です」
ノリコM「彼女はスクリプター。撮影の記録係だ」
   白沢、面倒くさそうに答える。
白沢「あぁ? これくらい大丈夫だろ」
カズコ「これでは、前のカットとつながりませんけど、いいんですか?」
   強気に答えるカズコ。
   白沢、腕を組み考え込む。
カズコ「ま、監督がそれでいいとおっしゃるなら、べつにこの作品がくだら
 なくなってもかまいませんけど」
   たじろぐ白沢。
白沢「え、いや、それは……おい! もう一回やるぞ!」
   白沢、慌てて他のスタッフに指示を出す。
   勝ち誇った様子のカズコ。
ノリコM「影の監督とも言われるスクリプター。ほとんどが女性で、監督は
 自分の最も信頼するスクリプターを指名するらしい」
   白沢とカズコの様子を見ているノリコ、近くにいる国重に話しかけ
   る。
ノリコ「まるで夫婦みたいですね、あの二人」
国重「ああ、あの二人、ほんとに夫婦だよ。私生活も現場と同じく、カカア
 天下らしい」
ノリコ「えっ?!」
   驚くノリコ、再び白沢とカズコの方を見る。
   同じような姿勢で真剣にモニターを見つめる白沢とカズコ。

〇 会社・庶務課
   自分のデスクで仕事しているノリコ、楽しそうにしている。
   隣に座る鎌田(23)、ノリコに話しかける。
鎌田「あれ? 高橋さん、何か良いことありました?」
ノリコ「ううん、べつに~」
   森田、新聞を読みながら大あくびをする。
森田「高橋君、お茶くれ~」
ノリコ「はーい」
   快く返事するノリコ。
   森田にお茶を出すノリコに、鎌田が話しかける。
鎌田「高橋さん、このファイルどうします?」
ノリコ「ああ、それわらっといて」
鎌田「は?」
ノリコ「あ、いや、片づけといて」
鎌田「はい」
   不思議そうにノリコを見ながら去っていく鎌田。

〇 道(夕)
   仕事帰りのノリコ。
   そこへ男が一人、メモを持ってノリコに道を尋ねる。
男「すみません、ここへはどう行けばいいですか?」
ノリコ「ああ、この先を下手(しもて)に曲がって、そのままズーム・インし
 てください。その次の交差点で上手(かみて)にパンすると、小さなビルな
 めに大きなビルがフレーム・インしてくるので、そのままあおりで、ばみ
 っちゃってください」
   映像用語を並べて早口で説明するノリコ。
   怪訝な表情でノリコを見る男。
   ノリコ、我に返り苦笑いでその場を足早に去って行く。
ノリコM「だめだ。頭の中が映画のことでいっぱいになってしまっている」
   呆然と立ちつくす男。

〇 白沢組事務所・事務所内(夜)
   パソコンの前に座り、今まで撮影した映像を編集している白沢。
   事務所の掃除をしている四谷。
   ノリコ、事務所の扉をノックして入ってくる。
ノリコ「おはようございま~す」
四谷「あ、おはようございます」
   ノリコ、持って来た差し入れの袋を四谷にわたす。
   それを受け取る四谷、お茶を淹れる準備を始める。
   ノリコ、白沢に近づき話しかける。
ノリコ「どうですか? 順調に進んでますか?」
白沢「ああ、もうバッチリだよ。ただラストがちょっとね……」
ノリコ「ちょっと?」
白沢「なんかこう、もっとドラマチックにならないかなと思って」
ノリコ「ドラマチックに……ですか」
白沢「まあ、人生何が起きるかわからないんだけどさ」
ノリコ「はぁ……」
四谷「ほんとそうなんですよね」
   四谷、ノリコや白沢にお茶を運ぶ。
ノリコ「ふ~ん……お二人は人生でドラマチックなことあったんですか?」
四谷「ドラマチックなこと?」
ノリコ「映画に関わるようになったきっかけとか」
   考え込む四谷。
四谷「う~ん……どうでした? 監督」
白沢「いやぁ……流れ流されここまで来たなぁ……」
   そっけなく答える白沢。
四谷「そうっすよね~」
ノリコ「え~」
   ちょっと残念そうなノリコ。
白沢「結局、そんなもんだよ。何が起きるかわからない」
ノリコ「やっぱそうなっちゃいますか……」
白沢「でも、ここぞという時は自分から何かしなくちゃいけないもんでもあ
 るよね」
ノリコ「はぁ……」
   静かにお茶をすするノリコ、白沢、四谷。
   突然、何か物が壊れる音と男の罵声が廊下の方から聞こえる。
ノリコ「な、何?!」
   驚くノリコに何事もなかったかのように冷静に答える白沢。
白沢「この間からこのビルの空き部屋に引っ越してきたらしいんだ」
ノリコ「誰が?」
四谷「こんな人たちが」
   四谷、頬に指で線をいれる仕草をする。
   ノリコ、納得した表情で頷き、不安そうに廊下の方を見る。
ノリコ「大丈夫なんですか?」
白沢「さぁ……大丈夫なんじゃないの」
   気にしていない様子の白沢。
ノリコ「はぁ……そうですか」
   ノリコ、白沢と廊下の方を見比べる。

〇 電車内(夕)
   仕事帰りのノリコ。
   映画の撮影技術の本を楽しそうに読んでいる。
ノリコM「その後も何度か白沢さんたちと会って」

〇 商店街
   電器屋から嬉しそうに出てくるノリコ。

〇 公園
   休日の公園。
   DVカメラを構え、何気ない風景を撮影して楽しんでいるノリコ。
ノリコM「私はどんどん映画の世界に引き込まれていったのだが」

〇 道
   慌てた様子で自転車を漕ぐノリコ。
ノリコM「ほんと、人生何が起こるかわからないもので」

〇 雑居ビル・全景
   白沢組事務所があるビル。
   ビルの一室が火事で真っ黒になっている。
   ビルの周りには消防車や野次馬で騒然となっている。
   自転車でやって来たノリコ、驚いた表情でビルを見上げる。
   近くの野次馬の中年の女に尋ねるノリコ。
ノリコ「何があったんですか?」
女「ああ、なんかね、ヤクザの抗争があったとかなかったとかで、そのうち
 の一人が火を点けたらしいのよ~」
   小声でヒソヒソと話す中年の女。
女「でも、その火を点けられたとこが全然関係ない事務所だったらしくて
 ね。間違えられてしまったみたいなのよ。気の毒ね~」
   全然気の毒そうに思ってない風に話す中年の女。
   ノリコ、心配そうにビルを見上げる。

〇 高橋家・居間
   不安そうな表情で電話をしているノリコ。
ノリコM「彼らと連絡が取れなくなってしまった」
   ノリコ、電話が繋がらなく諦めて電話を切り、ため息をつく。

〇 道(夕)
   深刻な表情で歩くノリコ。
ノリコM「数日後、白沢さんから連絡があった」

〇 居酒屋(夜)
   店員に案内されるノリコ。
   案内された個室には、白沢、四谷、島本、加藤、国重、カズコが揃っ
   ている。

    ×    ×    ×

   食事をしているノリコたち。
白沢「いやぁ、今回はとんだ災難だったな」
   白沢、ビールを飲みながら笑う。
カズコ「笑い事じゃないよ、まったく……」
   呆れた様子のカズコ。
島本「事務所、なくなっちまったな……」
四谷「機材も今まで撮ったテープも全部パァっすよ」
ノリコ「……どうするんですか? これから」
白沢「う~ん、どうしようかなぁ……まあ、どうしようもないわな」
ノリコ「え~?!」
四谷「今回の火事って、あの日のこと思い出しません?」
国重「あの日のこと?」
四谷「トレペ焼失事件っすよ」
加藤「ああ、あれか」
   少し思い出し笑いをする加藤。

〇 旧白沢組事務所(回想)
   四年前。
   現在とは別の場所にある事務所。
   白沢たちが事務所の片隅で、あるシーンの撮影をしている。
   疲れた様子の白沢たち、険悪な雰囲気になっている。
   撮影のため点けていた小さな照明につけられたトレーシング・ペーパ
   ーから煙が出ている。
   白沢たち、撮影に集中していて気づかない。
   照明のトレーシング・ペーパーから火が出る。
   加藤、それに気づき慌てて照明を消し、火のついたトレーシング・ペ
   ーパーを取る。
   必死に火を消す白沢たち。
   火を消し終わった白沢たち、お互い顔を見合わせると、思わず笑い出
   す。
   和やかな雰囲気になる白沢たち、撮影を再開する。

〇 居酒屋(夜)
   遠い目をしている白沢たち。
白沢「あの時は焦ったなぁ」
加藤「よくあることですよ、あんなの」
四谷「でも、あれでなんか一致団結しましたよね」
   沈黙する白沢たち。
白沢「今回はこれで終わりだな」
ノリコ「そう……ですよね……」
島本「よくあることだよ。完成間際の中止なんて」
ノリコ「はぁ……そうなんですか」
白沢「また機会があればやろうじゃないか。な」
   沈黙する白沢たち。
   腑に落ちない表情のノリコ。
国重「カツオでも釣りに行くか……」
   静かに呟く国重。

〇 高橋家・寝室(朝)
   ベッドで寝ているノリコ。
   七時になり目覚まし時計のアラームが鳴り始める。
   ノリコ、アラームを止め、眠そうにあくびをする。
ノリコM「こうしてまた始まる、私の生活」

〇 同・洗面所(朝)
   眠そうな顔で歯を磨くノリコ。

〇 同・玄関(朝)
   仕事着に着替えたノリコ、靴を履き出て行く。
ノリコM「以前と何も変わらない」

〇 道(朝)
   スタスタと歩いていくノリコ。

〇 駅・改札(朝)
   改札を通るノリコ。

〇 同・ホーム(朝)
   電車を待つノリコ。
   ホームに電車が来る。
   電車の扉が開くと大勢の乗客たちが乗り降りする。
   ノリコ、他の乗客たちと共に駅員に電車の中へ押し込まれる。
ノリコM「それでいいのか?」

〇 白沢組事務所・事務所内(回想)
   パソコンの前に座る白沢。
白沢「でも、ここぞという時は自分から何かしなくちゃいけないもんでもあ
 るよね」

〇 電車内(朝)
   満員電車の中で埋もれているノリコ。
   誰かの携帯電話の着メロが聞こえてくる。
   “およげ! たいやきくん”の着メロ。
   その着メロをぼーっと聞いているノリコ。

〇 会社・全景(朝)
   ノリコが勤める会社のビル。
   そのビルに入っていくノリコ。

〇 同・庶務課
   自分のデスクで黙々と仕事をしている
   ノリコ、森田の方をちらっと見る。
   森田、新聞を読みながら大あくびをする。
森田「高橋君、お茶」
ノリコ「はい」
   面倒くさそうに立ち上がるノリコ。
   ノリコ、森田の前にお茶を淹れた湯のみを置く。
   新聞を読んでいる森田をじっと見るノリコ。
ノリコM「そうだ。今こそ変える時なのだ」
   森田のカツラを被った頭をじっと見るノリコ、そのカツラを鷲掴みす
   ると、窓から外へ投げ捨てる。
   突然のことに驚く森田。
   放物線を描いて飛んでいくカツラ。
   そのカツラを満足気に見つめるノリコ。
   そんなノリコを島本が構えるカメラの横で見つめる白沢。
白沢「カット!」
   白沢、カズコとモニターを確認して頷く。
白沢「OK! 撤収!」
四谷「これでクランクアップです! お疲れ様でした!」
   四谷、周りのスタッフや役者たちに明るく呼びかける。
   機材の片づけを始める島本、加藤、国重。
   森田のハゲ頭を見て大笑いしている鎌田。
   森田、なんとかしてハゲ頭を隠そうとしている。
   ノリコ、カツラを投げた窓の外をじっと見つめる。
   ノリコ、自分の手を見つめ、少し釈然としない表情になるが、次第に
   納得した表情になると、顔を上げて白沢たちのところへ向かう。
   白沢たちと楽しそうに笑い合うノリコ。

                              (了)

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