映像シナリオ「もっとグレーに」

概要:シナリオ講座にて執筆。尺は約46分。2017/03/01作。

【登場人物】
 秋山真希(24・21)派遣社員、後に無職
 秋山俊一(29・26)真希の兄、清掃会社経営
 秋山茂樹(61)真希の父、ゴミ屋敷の住人
 秋山真智子(享年58)真希の母、故人
 仁科里佳子(47)真希の上司
 板垣大輔(24)真希の同僚
 近藤明美(22)真希の後輩
 ホームレス(69)
 酔っ払い(32)
 田中(36)清掃の依頼者
 鈴木(37)清掃の依頼者


〇秋山家・玄関前
   ゴミ屋敷となっている家。
   秋山真希(24)、その家の前で立ち尽くし見上げている。
   玄関先まで大量のゴミが溢れて、入口がどこにあるのかわからない。
   真希、ゴミをどけようと手をのばすが、不快そうにすぐ引っ込める。
   秋山茂樹(61)、コンビニの袋を持って帰ってくる。
茂樹「真希……」
   茂樹、久しぶりに会う真希がいる事に少し驚く。しばし、気まずそう
   に向かい合う真希と茂樹。
   気まずそうに向かい合う真希と茂樹。
   真希、耐えきれず帰ろうとする。
茂樹「ま、待て!」
   立ち止まる真希。
茂樹「まあ、なんだ、その……折角帰ってきたんだ。ゆっくりしていきなさ
 い」
   茂樹、家の中に入ろうとする。
   躊躇する真希。
真希「ねぇ……ちゃんとゴミ捨ててよ。これじゃあ入れない」
   玄関先に置いてあるものを指さす真希。
茂樹「それはゴミじゃない!」
   真希、茂樹の迫力に驚く。
茂樹「(小さく)すまん……」
   気まずそうに沈黙する真希と茂樹。
茂樹「……とりあえず、中へ」
   茂樹、ゴミの間を器用にくぐり抜けて家の中に入る。
   茂樹の態度に呆然とする真希、茂樹に続いて家の中に入ろうとする
   が、一歩も前に進めない。
   真希、家を見上げると黙ったまま、その場を離れる。

〇道
   真希、スーツケースを引きながら歩いている。

〇(回想)真希の職場・オフィス内
   真希、自分のデスクでパソコン作業中。
   隣のデスクの板垣大輔(24)、ハサミを探している様子。
   板垣、真希のハサミをひょいと取る。
板垣「借りるよ」
   真希、「あっ」といった表情。
板垣「サンキュ」
   真希の様子に全く気づいていない板垣、ハサミをデスクの上に置いて
   返却。
   真希、除菌シートを取り出し、嫌そうにハサミを拭く。
   それに気づく板垣、ムッとする。
   真希、近藤明美(22)から書類をわたされる。
明美「秋山さん、これ今度の会議の」
   真希、汚そうに親指と人差し指だけで書類をつまむ。
   不満げな表情の明美。
   つまんだ指を拭く真希、仁科里佳子(47)に呼ばれる。
里佳子「秋山さん、ちょっと……」

〇(回想)同・会議室
   誰もいない会議室で向かい合う真希と里佳子。
真希「それって、クビって事ですか?」
里佳子「まあ、そうなるかしらね」
真希「そんな……」
里佳子「うちも厳しくて……申し訳ないけど、人員削減のため、まず派遣を
 切るしかないのよ」
   うなだれる真希、里佳子から慰められるように、肩をポンポンと叩か
   れる。
   叩かれた肩を見る真希、しばらく我慢するが、耐えきれずに叩かれた
   肩を除菌シートで拭く。
   険悪な表情の里佳子、大きくため息をつく。
里佳子「本当の理由はそれなんだけど」
   真希、怪訝そうに里佳子を見る。
   冷ややかな目を向ける里佳子。
里佳子「皆、言ってるわよ。潔癖モンスターって」
   里佳子、部屋から出る。
   真希、除菌シートで手や肩を拭きながら、立ち尽くす。

〇(回想)真希の部屋(夜)
   真希の一人暮らしの部屋。
   ある程度きれいに片付いているが、床の上は、丸めた使用済みの除菌
   シートで散らかっている。
   真希、ぼーっと求人情報サイトを見ている。
   真希、通帳を取り出して確認。
   残り少ない残高にため息をつく真希、手が気になり、除菌シートで拭
   く。
   真希、自分の手と除菌シートを見比べる。

〇(回想)真希の部屋(夜)
   真希、払拭するように、除菌シートで手をゴシゴシ。
   真希、拭いた除菌シートを丸めて、ゴミ箱に投げるが外れる。
   真希、散らかった部屋を見て、立ち上がる。
   片づけ始める真希。
    ×    ×    ×
   カーテンの隙間から日が差す。
   真希、すっきりと片付いた部屋を一瞥した後、スーツケースを引きな
   がら出ていく。

〇道
   歩く真希、立ち止まり、回れ右して足早に歩いていく。

〇俊一の会社・入口前(夕)
   小さな雑居ビルの中にある会社。
   『秋山ホームクリーニング』と書かれた扉の前に立つ真希、意を決し
   た様子でインターホンを押す(押す時は曲げた指の関節で)。
   出てくる秋山俊一(29)、驚いた様子。
俊一「どうした?」
   真希、遠慮がちに話し始める。
真希「あのさ……家が、その散らかっているというか、ゴミだらけで……お父
 さんも……その、なんていうか……」
   冷めた表情になる俊一。
俊一「知ってる」
   気まずそうに黙り込む真希。
俊一「それだけ? 他に用がないなら」
   俊一、さっさと扉を閉めようとする。
真希「ちょ、ちょっと待って!」
   真希、それを制し、慌ててオフィスの中へ入る。

〇同・オフィス内(夕)
   棚の上の物は整然と片付いているが、床の上は多くの物が置かれてい
   る。
   真希が勢いよく入った反動で、扉付近の棚の置物が倒れる。
俊一「ああっ! 何してんだよ!」
   俊一、慌ててその置物を元の位置に戻すが、ミリ単位で置こうとす
   る。
俊一「(ぶつぶつと)ったく……ああ、また動いた……(ため息)」
   俊一の様子に後ずさる真希、持ってきたスーツケースが別の棚にあた
   り、棚の置時計が少し動く。
   俊一、真希を押しのけて、慌てて置時計を同じくミリ単位で元の位置
   に戻そうとする。
   嫌気がさしてくる真希、ため息をつく。
真希「ねぇ、今日泊めてくんない? なんか、疲れた……」
俊一「(嫌そうに)え~?」
真希「だって、実家はあんな事なってるし」
俊一「(渋々といった様子で)仕方ねぇな」
   俊一、置時計の位置を戻すのに集中。
   真希、冷めた目で俊一の様子を眺める。

〇俊一のアパートの部屋・玄関前(夜)
   俊一の一人暮らしの部屋。
   俊一、部屋の鍵を開けながら、真希に厳しく注意する。
俊一「いいか? 部屋の物は勝手に触るなよ」
   中に入る俊一。
   真希、少し躊躇しつつも俊一に続こうとするが、足を止める。

〇同・部屋の中(夜)
   俊一が開け放った部屋の中は、棚の上の全ての物が平行・等間隔に並
   べられている。
   呆然と立ち尽くす真希。
   俊一、真希の手からスーツケースを取る。
真希「ちょっと!」
   真希、慌てて取返し、取り乱した様子で手とスーツケースを除菌シー
   トで拭く。
俊一「またぶつけられたら」
   俊一、再び真希からスーツケースを取り上げようとする。
真希「触らないでよ!」
   取り合いになる真希と俊一。
   真希、取り合いの中、俊一の手が自分の手に触れ、慌てて手を放す。
真希「嫌っ!」
   その拍子で周りの物を散らかしながら尻餅をつく真希と俊一。
俊一「おい! 何してくれてんだよ~!」
   パニックになる俊一、慌てて元の位置に正確に戻そうと奮闘する。
   真希、自分の手とスーツケースを除菌シートで拭きまくる。
俊一「(ぶつぶつと)もうちょっと右に一ミリ、いや、左か……」
   真希、俊一を睨む。
真希「ムリ! こんな所で寝るくらいなら、外の方がマシよ!」
俊一「ああ、出ていけ! こっちもこんな事されると迷惑だ!」
   真希、乱暴に扉を閉めて出ていく。

〇公園(夜)
   薄暗い明かりの公園。
   真希、公園のベンチを除菌シートで念入りに拭いている。
   通りすがりのホームレス(69)、不審そうに真希を見ている。
   真希、警戒するようにホームレスが去っていくのを拭きながら見る。
   真希、拭き終わり、嫌々ベンチに寝転がろうとしていると、酔っ払い
   (32)に声をかけられる。
酔っ払い「ねぇ、おねえさん、何してるの?」
   無視する真希。
酔っ払い「こんな所で寝ると危ないよ? ウチに泊めてあげるからさ、ほ
 ら」
   酔っ払い、真希の腕を掴む。
真希「ひっ!」
   真希、慌てて腕を引き払い、一心不乱にその場から逃げる。

〇住宅街(夜)
   必死に走る真希、後ろを振り返り、酔っ払いが追ってきていない事を
   確認すると、立ち止まり息を整える。
   泣きそうな表情の真希、除菌シートで掴まれた腕を拭く。

〇俊一のアパートの部屋・玄関前(深夜)
   真希、恐る恐るインターホンを押す。
   俊一、扉を開け、無言で真希を見る。
   真希、気まずそうに俯く。

〇同・部屋の中(深夜)
   真希、周りの物に触れないように体育座りで小さくなっている。
   俊一、そんな真希の傍らで、部屋の物をミリ単位で真っすぐにしてい
   る。
真希「ねぇ?」
   集中している俊一、真希を無視。
真希「ねぇ!」
俊一「……何?」
真希「掃除の仕事してんでしょ? 実家の方はやってくんないの?」
俊一「……」
真希「最近、お父さんと会ったりしてる?」
俊一「……」
真希「いつだっけ? 集まったの、お父さんの退職祝いの焼肉以来だから、
 一年」
俊一「(遮って)どうでもいい」
真希「えっ?」
俊一「実家はどうでもいいって言ってるんだよ」
真希「どうでもって」
俊一「(遮るように)几帳面だった母さんはもういないし、掃除しても父さ
 んズボラだから、どうせまた散らかる」
真希「でも……」
俊一「あのままにしとけばいいんだよ」
   真希、背を向けて物を真っすぐにしている俊一をじっと見つめる。
    ×    ×    ×
   寝ている俊一。
俊一「(寝言で)あと一ミリ、あと一ミリ……」
   真希、不思議そうに俊一を見る。
   真希、やれやれと伸びをすると、伸ばした手がキッチリ真っすぐタワ
   ーのように積み上げられていた本の山にあたり崩れる。
   慌てる真希、俊一を見る。
   気づかず寝ている俊一。
   ホッとする真希、本の山を元に戻していると、一冊のアルバムを見つ
   ける。
   真希、アルバムを開く。
   アルバムの中は、風景や食べ物等の人が写っていない写真ばかり。
   真希、俊一をチラッと見て不思議そうにしつつ、アルバムを元の場所
   に戻す。
    ×    ×    ×
   次の日の朝。
   部屋の隅に縮こまって寝ている真希。
俊一「おい! 起きろ!」
   真希、目を開ける。
俊一「お前、これ触っただろ?」
   本の山を指さす俊一。
真希「いやぁ? 知らないよ」
俊一「(ぶつぶつと)仕事前なのに……ったくよ……」
   俊一、本の山をミリ単位で真っすぐにする。
   起き上がる真希。
真希「ねぇ……掃除の仕事ってどんな事してるの?」
俊一「(面倒くさそうに)個人の家を対象に、依頼があったら掃除に行くっ
 て感じ」
真希「……手伝わせて……くれない?」
俊一「はぁ?」
   俊一、真希を見る
真希「実家……私、掃除するから……」
   真希の傍らに置いてある除菌シートを一瞥する俊一。
   真希、俊一の視線に気づき、除菌シートに気まずそうに隠す。
   俊一、真希の目を見つめる。
俊一「できるのか?」
   真希、俊一を真っすぐに見つめ返す。
真希「できる」
   俊一、視線を反らし背を向けて、再び本の山を真っすぐにする。
俊一「……仕方ねぇなぁ」

〇車の中(朝)
   俊一の仕事用のハイエース。
   運転する俊一。
俊一「旅行で家を空けるから、その間に掃除をとの依頼だ」
   助手席に座る真希、俊一から隠すようにしながら除菌シートで熱心に
   手を拭いている。
   俊一、運転しながらそれを横目で見る。

〇田中家・玄関前(朝)
   俊一、田中(36)から預かっていた鍵を使い中に入る。
   真希、除菌スプレーを至る所にかけながら中に入る。
俊一「おい! 失礼だろ!」
   さっさと奥へ進む俊一。
   真希、何か言いたげにしつつも黙り込んで口を尖らせる。

〇同・リビング(朝)
   真希、部屋の中に入ると、俊一がすでに清掃作業を始めている。
   俊一のテキパキと作業を進める様子に驚く真希。
真希「そんなにできるんならさ……ウチもきれいにしてくれたらいいのに」
俊一「(作業を続けたまま)仕事とプライベートは分けるタイプなんだよ、
 俺は」
真希「はぁ?」
   真希、呆れつつ自分も清掃作業を始める。

〇同・寝室(朝)
   田中とその家族の写真が、大量に写真立てに飾られている寝室。
   真希、その一つ一つをきれいに拭いてまっすぐに並べていく。
   真希、ふと手を止め、笑顔で写る家族の集合写真をじっと見つめる。

〇車の中
   真希と俊一、コンビニで買った昼食を食べながら、次の依頼者の家へ
   移動中。
   真希、俊一の方を気にしつつ、自分の手を見つめる。
   俊一、運転しながらその様子を一瞥。
俊一「(吐き捨てるように)拭きたきゃ拭け」
   俊一をチラッと見る真希、少し躊躇するも我慢できず、除菌シートを
   取り出して手を拭き始める。
   俊一、運転しながらそれを横目で見て、小さくため息。

〇鈴木家・玄関先
   玄関先に待機している真希と俊一。
   鈴木(37)、忙しそうに身支度をしている。
鈴木「出張で忙しいってのに、離婚調停に手間取るし。別れる時くらい、ス
 パッと別れさせてくれよってな」
   愛想笑いの真希と俊一。
鈴木「じゃあ、すまん。あとの事は頼むよ」
俊一「はい」
   さっさと出かける鈴木。
俊一「さて、お前は洗面所の掃除しろ」
   俊一、さっさと奥へ入っていく。
   ため息をつく真希。

〇同・廊下
   除菌スプレーをかけながら洗面所へ向かう真希。
   真希、散らかった廊下の途中、リビングの扉が開いており中の様子が
   目に入る。
   脱ぎっぱなしの服、食べ終わってそのままのコンビニ弁当、大量のお
   酒の空き缶と空き瓶。
   真希、それらを一瞥して洗面所へ入っていく。

〇同・洗面所
   真希、無心で辺りを除菌スプレーでシュッシュッと何度もかける。
   一心不乱にスプレーをかける真希、ハッと我に返りため息をつく。
   うなだれる真希、ふと洗面台に並んだ三本の歯ブラシが目に入る。
   青色の歯ブラシ、ピンクの歯ブラシ、黄色の子供用の歯ブラシ。
   そっぽを向くように毛先がそれぞれ逆を向く青とピンクの歯ブラシ、
   その間にある黄色の歯ブラシの毛先は、ピンクの方を向いている。
   それらをじっと見つめる真希。
俊一の声「おーい! ちゃんとやってるか?」
真希「やってるよー!」
   真希、慌てて洗面台の掃除を始める。

〇車の中(夕)
   仕事帰りの車の中。
真希「今度さ、お父さんと、家族そろって何か食べに行かない?」
   真希、恐る恐る俊一を見る。
   真っすぐ前を見て運転している俊一。
真希「……お母さんの三回忌も近いし」
俊一「仕事クビになって金ないくせに」
   黙り込む真希と俊一。
真希「……止めて」
俊一「は?」
真希「ここで止めて!」
   俊一、車を止める。
   車から降りる真希。
俊一「おい! どこ行くんだよ!」
   真希、俊一を無視して歩いていく。

〇秋山家・玄関前(夕)
   実家の前に佇む真希、ゴミの前で一人、触ろうとして触れない様子。
   真希、除菌スプレーを取り出すが、かけようか迷う。
茂樹「おい」
   茂樹に、後ろから声をかけられ驚く真希。
茂樹「そんなところで遊んでいないで、中に入れ」
   真希、躊躇する。
   さっさと中へ入ろうとする茂樹。
真希「い、今! 兄さんとこにいるの……掃除の仕事手伝わせてもらって
 て……」
   背を向けて立つ茂樹。
真希「久しぶりに家族三人でご飯食べに行こうよ。せっかくだから……」
茂樹「……お前たちだけで行けばいい」
   茂樹、背を向けたまま家の奥へ入る。
   佇む真希、ため息をつき帰ろうとする。
   真希、ふと顔を上げると『秋山』の表札が目に入る。
   手作り感丸出しのその表札が、周りのゴミに押され傾いている。
   真希、じっと表札を見つめた後、意を決して素手でその表札が傾いて
   いるのをまっすぐに直して走り去る。

〇(回想)秋山家・俊一の部屋(三年前)
   秋山俊一の部屋で倒れている秋山真智子(58)。
   傍らに俊一が職場のゴルフコンペで貰ったトロフィーが落ちている。
   真希(21)、帰ってきて真智子を発見。
真希「お母さん? お母さん?!」 
   真希、声をかけながら起こそうと真智子に触る。
   真希の手に血がベッタリ。
   赤い手を目を見開いて見つめる真希。

〇俊一のアパートの部屋・洗面所(夜)
   真希、一心不乱に手を洗っている。
   洗い過ぎて荒れた手をじっと見つめるが、再び洗い始める真希。
   その様子を通りかかった俊一が見る。

〇同・部屋の中(夜)
   真希、周りの物に触れないように体育座りで小さくなっている。
   俊一、そんな真希の傍らで、部屋の物をミリ単位で真っすぐにしてい
   る。
真希「変わったね」
俊一「は?」
真希「昔はCDの中身とパッケージがバラバラで、それに文句言ったら、神
 経衰弱みたいで楽しいだろとか笑っていたくせに」
   無視する俊一。
   真希、少しムッとする。
真希「なんで清掃会社なんて始めたの? ズボラだったくせに、脱サラまで
 してさ」
   無視する俊一。
   俊一を睨む真希、俊一にきづかれないように、近くの物を(除菌シー
   トごしの指先で)動かす。
真希「掃除の仕事、いつから始めたんだっけ?」
俊一「(少し躊躇してからぶっきらぼうに)母さんが亡くなってから」
   黙り込む真希。
真希「(恐る恐る)まだ気にしているの? お母さんが、兄さんの部屋で亡
 くなっていた事」
   整理整頓の手を止める俊一。
真希「何でも度が過ぎると生きていけないよ? いちいち気にしていたら、
 発狂してしまいそうになるし……」
俊一「(遮って)お前が言えた立場か!」
   真希を睨む俊一。
俊一「自分の手を見てみろ! 洗い過ぎて荒れてんじゃねぇか!」
   黙り込む真希。
   俊一、真希の方に近づく。
   身構える真希。
   俊一、真希には目もくれず、舌打ちをして、真希が先程動かした物の
   位置を戻す。
   俊一をじっと見つめる真希。
   俊一、真希を避けるように部屋から出ていく。

〇秋山家・玄関前
   実家の前に立つ真希、マスクに手袋、ゴーグル、頭をタオルで覆い、
   つなぎの作業服を着た完全防備で、玄関のゴミの間をくぐり抜けて中
   に入る。

〇同・一階の廊下
   茂樹が生活する上で出たゴミで溢れている廊下。
真希「お父さん? いるの? お父さん?」
   真希、中にいるであろう父の茂樹に声をかけつつ奥へ進む。
   仏間にたどり着く真希、中の様子を覗く。

〇同・仏間
   部屋の中は、真智子の生前のまま、ただ埃にまみれた状態になってい
   る。
   真智子の遺影が仏壇にある。
   すべての物が真っすぐに並んでいる。
   真希、入り口付近から、三年前から時間が止まったような部屋を、複
   雑な表情で見つめる。

〇同・廊下
   真希、居間の方から物音が聞こえ、そちらへ向かう。

〇同・居間
   真希、居間に入ると、茂樹がゴミの中でぼーっと座り込んでいる。
真希「お父さん?」
茂樹「ああ、真希、おかえり」
   無気力な状態の茂樹が座っている周りには、数冊のアルバムが開いて
   いる。
   そのどれも、所々写真が抜き取られ歯抜け状態。
真希「ちょっと、お父さん! しっかりしてよ!」
茂樹「なぁ……」
真希「何よ?」
茂樹「母さんの写真、知らないか?」
真希「え?」
茂樹「久しぶりにアルバムを開いてみたんだ。少しは気も紛らうだろうと思
 って……したらさ、ないんだよ。母さんの写真」
真希「何言ってんの……とにかく、仏壇だけでもきれいにしてよね。お母さ
 ん、かわいそうじゃない」
   黙ったままアルバムを見つめる茂樹。
   真希、ため息をついて居間を出る。

〇同・廊下
   真希、ゴミで溢れた階段を見上げる。
   足元を注意しながら二階へ向かう真希。

〇同・二階の廊下
   短い廊下に二つの扉、それぞれに真希と俊一の名前に手作りプレート
   が掛かっている。
   真希、自分の部屋の扉を開けようとするが、ゴミが邪魔して開けにく
   い。
   諦める真希、俊一の部屋の前に立つ。
   真希、俊一の部屋に入ろうとするが、一歩も踏み出せない。
   戸惑う真希。
   何度も入ろうとするが動けない真希、諦めてその場から去る。

〇俊一のアパートの部屋・洗面所(夜)
   真希、一心不乱に手を洗っている。

〇同・部屋の中(夜)
   真希、手を拭きながら入ってくる。
   真希を見る俊一。
俊一「洗い過ぎ。いい加減やめたら?」
   ムッとする真希。
真希「ねぇ、ウチのゴミ、頼むからどうにかしてよ」
俊一「断る」
真希「(ため息)息子として動きたくないんなら、業者として動いたらいい
 じゃん。私が仕事として依頼する」
俊一「はぁ? タダじゃないよ? 無職のお前が払えんの?」
真希「お金は働いて返すから……お願い!」
俊一「う~ん……」
真希「もう! いい加減にしてよ!」
   真希、渋る俊一に、その場にあったアルバムを投げつける。
   アルバムの中身が散らばる。
   風景写真の下から昔の家族写真が出てくる。
真希「何これ?!」
   驚く真希、そのアルバムを手に取り確認する。
   写真が全て二枚重ねになっている事に気づく真希。
   風景写真の下に昔の家族写真。
   写真の中で笑顔で並ぶ子供の俊一と若かりし頃の茂樹。
   その隣には、同じく若かりし頃の母の真智子が、まだ生まれたばかり
   の真希を抱いて立っている。
   他にも家族の何気ない日常を撮った写真や旅行の時の記念写真等があ
   り、特に母の真智子が写ったものが多い。
   真希、そのアルバムを真剣な表情で見つめる。
俊一「返せ!」
   俊一、アルバムを取り上げようとする。
   抵抗する真希。
真希「これ何? どういう事?」
   黙り込む俊一。
真希「ねぇ……もう現実を見てよ! 兄さんも、お父さんも……」
俊一「……お前に……お前に言われたくない!」
真希「何でよ! 私はちゃんと受け入れてる! あの日から前に」
俊一「(遮って)何もわかってねぇんだな! つくづく能天気な奴だよ、お
 前は!」
真希「はぁ? どういう意味? ちょっと! どこ行くの!」
   俊一、真希を無視して、乱暴に扉を閉めて部屋を出ていく。
真希「何よ……」
   真希、アルバムをギュッと持つ。

〇同・洗面所(深夜)
   真希、一心不乱に手を洗っている。
   苛立った表情の真希、何かを洗い流すように必死に洗うが、洗うのを
   やめ、洗面所を出る。

〇秋山家・玄関前(深夜)
   実家の前に佇む真希、真剣な表情、手には俊一の部屋にあったアルバ
   ム。

〇同・居間(深夜)
   真希、居間に入ると、茂樹が明かりもつけっぱなしでうたた寝してい
   る。
真希「お父さん、お父さん?」
茂樹「う、うん、ん?」
真希「お父さん、これ」
   真希、茂樹を起こして、アルバムをわたす。
茂樹「(ぼーっとしながら)ん? 何だ? これ」
真希「兄さんの家で見つけた」
   茂樹、中の家族写真を確認する。
茂樹「(ボソッと)あいつ、まだあの事を……」
真希「ねぇ、何があったの? 兄さんとお母さんに何かあったの?」
   何も答えない茂樹。

〇同・二階の廊下(深夜)
   真希、俊一の部屋の前に立つ。
   入ろうとするが入れない真希、自分自身に苛立ちつつ、思い切って扉
   を開ける。

〇同・俊一の部屋(深夜)
   床に物が散乱しているが、床以外の場所は整理整頓されている部屋。
真希「何よ……もう!」
   真希、俊一に対する八つ当たりのように、俊一の部屋の床の上の物を
   片づけていく。
   絨毯の床が見え、そこに赤黒いシミを見つける真希。
    ×    ×    ×
(フラッシュバック)
   俊一の部屋で倒れている真智子、棚から落ちてきたトロフィーで頭を
   打った様子。
   真希、帰ってきて真智子を発見。
真希「お母さん? お母さん?!」
   真希、声をかけながら起こそうと真智子に触る。
   真希の手に血がベッタリ。
   赤い手を目を見開いて見つめる真希。
    ×    ×    ×
   真希、過去のフラッシュバックに反射的に後ろに下がり尻餅をつく。
   手をついた場所にあったゴミの中に飲み残しのコーヒーがあり、それ
   がこぼれて床にひろがっていく。
   コーヒーで汚れた手を見つめる真希、母の血がついた赤い手のイメー
   ジと重なり絶叫する。
茂樹「真希?! おい! どうした?!」
   真希の叫び声に驚き駆けつける茂樹。

〇同・真希の部屋(朝)
   真希、実家の自分の部屋の布団に寝かされている。
   茂樹、傍で心配そうに座っている。
茂樹「真智子がいたら……」
   真希、そんな茂樹をじっと見つめ、遠くを見つめる。

〇(回想)同・居間(三年前)
   真希と真智子、言い争っている。
真智子「ちゃんと部屋を片付けなさい!」
真希「うるさいな! ほっといてよ!」
真智子「ほっといたらゴミ屋敷になるじゃない!」
真希「ならないよ! 一人暮らししたら、ちゃんと自分でするもん!」
真智子「今のあなたには無理よ!」
真希「なんで? ズボラな兄さんだって、卒業後に家出たんだから、私だっ
 て!」
   真希、部屋を出ていく。
真智子「真希! 待ちなさい! 真希! 真希!」

〇同・洗面所(朝)
   真希、顔を洗った後、手を洗おうとするが、やめる。
   じっと手を見つめる真希。

〇(回想)病院・女子トイレ(三年前・夜)
   真智子が亡くなった日。
   真希、固まった血がついた手を無表情で洗っている。
   何度も石鹸で洗い、綺麗になってもずっと石鹸で洗い続ける真希。

〇秋山家・洗面所(朝)
   逡巡する真希、手を洗おうと蛇口に手をかけたところで、茂樹から声
   をかけられる。
茂樹「真希……これ」
   真希、茂樹と向き合うと、茂樹から真智子お手製の人形をわたされ
   る。
茂樹「お前の部屋で見つけた」
   真智子が作った家族の人形の一つ、真希の人形。
   真希、人形をよく見ると、人形の服のポケットに小さく折られた紙が
   入っているのに気づく。
   その紙には、『家族が再び集まれますように』と書かれている。
   その紙をじっと見つめる真希。

〇(回想)同・居間(三年前)
   真智子、真希の人形を作っている。
   微笑む真智子。

〇同・洗面所(朝)
   真希、人形をギュッと握りしめる。
真希「もしかしたら……この家のどこかに他の家族の分もあるかも」
茂樹「え?」
真希「人形。一緒に探そう」

〇同・居間(朝)
   ゴミ山を見つめる茂樹。
茂樹「散らかしてたら、いつものように母さん、掃除しにきてくれるんじゃ
 ないか……そんな事思ってしまったんだよ」
   真希、茂樹の隣に立つ。
真希「お母さんが生きていても、自分で散らかしたものは自分で片づけなき
 ゃ」
茂樹「そうだな……」
   力なく笑う茂樹、ゴミ山を少しずつ片付け始める。
   真希、その横でテキパキとゴミ(弁当のゴミ等の有機ごみ)を捨てて
   いく。
   躊躇していた茂樹、次第にゴミを捨てられるようになっていく。
   茂樹、携帯電話を見つけて拾う。
   片付き始めた部屋の片隅に、茂樹の人形を見つける真希と茂樹。
真希「あった……」
   真希、茂樹の人形を拾い見つめる。
   茂樹、掃除の途中で見つけた携帯電話を使い、電話をかける。
   緊張した様子で応答を待つ茂樹。
   真希、茂樹の行動には気づかず、居間から出る。

〇同・俊一の部屋
   真希、俊一の部屋の片付けの続きを始める。
   床の血の跡に躊躇する真希、片付けの手が止まる。
   埃まみれのままぼーっと座り込んでいる真希。
   ドアがノックされ、俊一が入ってくる。その後ろに茂樹がいる。
真希「何で……?」
俊一「父さんから……掃除の依頼があったから来た」
   じっと見つめ合う真希と俊一。
    ×    ×    ×
(回想・三年前)
   俊一(26)、久しぶりに帰ってきた様子。真智子、入ってくる。
真智子「俊一~今晩何食べたい? あら何? それ」
俊一「この間、職場のゴルフコンペで貰った」
   棚の上にトロフィーを置く俊一。
    ×    ×    ×
   ギュッと拳を握りしめる俊一。
俊一「あの時、邪魔だからと持って帰らなければ、もう一ミリ離れて置いて
 いれば……母さんの頭に落ちなかったかもしれないのに……」
真希「……」
俊一「床に母さんの血の跡があったろ? あれ隠すようにだんだん物置くよ
 うになっちゃってさ……隠したらなかった事にならないかななんて……」
   力なく笑う俊一。
俊一「今の仕事、母さんが死んでから始めたんだ。何かに集中する事で払拭
 したかったんだよ」
   俊一、床の血の跡を見つめながら呟く。
俊一「これを消せば、お前の手の見えない血の跡も消えるかな」
   真希、じっと自分の手を見つめる。
    ×    ×    ×
   血の跡が消えた床と見つかった俊一の人形。
   部屋の中もきれいに片付いている。

〇同・居間
   それぞれの人形を手に持つ真希、俊一、茂樹。
真希「あとはお母さんの人形だけ……どこだろ?」
俊一「俺たちのはそれぞれの部屋にあったんだろ? じゃあ、母さんのだっ
 て」
真希「お母さんの部屋って?」
   黙り込む真希、俊一、茂樹。
茂樹「母さん、自分の物は家中の隙間に収めてたっけかな……」
真希「じゃあ、その中に?」
   真希と俊一、動き始める。
茂樹「わしらの心の隙間に収められているようだな、母さん」
   少し笑う茂樹。

〇同・台所
   真希、食器棚を開けて探す。
   戸棚の片隅にある裁縫箱。
   それを開ける真希。
   中には真智子が作った物で溢れている。
   懐かしそうに取り出して見つめる真希、その底に真智子の人形がある
   のを見つける。
   真希、それを大事そうに手に取り見つめる。

〇同・仏間
   きれいに片付いた部屋。
   真智子の仏壇に家族四人の人形を並べる真希。
   安堵の表情で見つめる俊一と茂樹。
   その傍らには、俊一が抜き取った家族写真が元に戻されたアルバム。

〇同・玄関前(夕)
   きれいに片付いた実家前に立つ真希、俊一、茂樹。
   真希、きれいに磨いた真智子手作りの表札をまっすぐ玄関にかける
   と、すっきりしたようなほっとした表情。
茂樹「これで終わったな……」
俊一「ああ……」
真希「いや……まだ一つ残っている」

〇霊園(夕)
   真智子の墓の掃除をする真希、茂樹、俊一。
   真希、素手で掃除をしている。
   掃除が終わり、真希に除菌シートをわたす俊一。
   首を横に振る真希。
真希「もういらない」
   真希、微笑む。
   俊一、微笑み返す。
   真智子の墓の前で手を合わせる真希、茂樹と俊一。
真希「さてと、お腹すいたね~」
俊一「何か食おうよ」
茂樹「何食いたい? お前たち」
俊一「焼肉!」
真希「いいね! 焼肉!」
真希、俊一、茂樹、楽しそうに話しながら去っていく。

                              (了)

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