映像シナリオ「ちょうだい」

概要:シナリオの勉強会にて執筆。尺は約63分。2018/03/25作。

【登場人物】
 宮原智(24)市役所の臨時職員
 竹中俊介(28)フリーター
 宮原悦子(49)宮原の母親
 松井義孝(51)市役所職員、宮原の上司
 鈴木友章(37)番組ディレクター
 中村浩二(72)骨董商、鑑定士
 高峰朋美(24)宮原の彼女
 大木伸恵(53)竹中の母親
 岸(56)壺を捨てる男
 子供たち
 撮影クルー
 記者
 骨董マニア
 食堂の店員
 依頼者
 依頼者の子供


〇公園
   昼下がりの公園。
   リクルートスーツ姿の宮原智(24)、ベンチに座り、返却された履歴
   書を持ち、うなだれている。
   履歴書を見つめる智、破ろうとする。
   隣のベンチで暇そうに智を眺めている竹中俊介(28)が声をかける。
竹中「なぁ、それちょうだい」
   智、手を止め竹中を怪訝そうに見る。
竹中「いらんのやったらちょうだい」
智「はぁ?」
竹中「なぁ、いらんのやろ? それちょうだい」
   竹中、手を差し出す。
竹中「ちょうだい」
智「いるし」
   智、履歴書を鞄に入れると、足早に立ち去る。

〇宮原家・智の部屋(日替わり)
   狭い部屋。
   くしゃくしゃの履歴書やエントリーシート、不採用通知で散らかって
   いる。
   智、ベッドに寝転がりながら、求人情報誌をパラパラめくっている。
   乱暴に部屋の扉を叩かれる。
   宮原悦子(49)が間髪を入れず顔を出し話し始める。
悦子「内定もろたん?」
智「もろてへん」
悦子「(大げさなため息)」
智「閉めろや」
悦子「(閉めようとして)あんた、市役所で臨時職員募集してんで」
智「えっ? うそ?!」
悦子「もうどこでもええから、さっさと決めてほしいわ~」
   悦子、乱暴に扉を閉める。
   智、扉の方を一睨みして、パソコンに向く。
   市役所の職員募集のページを見る智。

〇市役所・会議室(日替わり)
   緊張した面持ちで入ってくる智。
智「失礼します!」
   松井義孝(51)、智の大きな声に顔をしかめる。
松井「そこ座って」
智「はい!」
   松井、履歴書と智を見比べる。
松井「えっと、まず志望動機は?」
智「今回の募集を知り、地元の環境、地域の皆様のより良い生活のために貢
 献したいと思いまして」
松井「(遮って)あーはいはい。家はこの近所?」
智「はい! 徒歩圏内です!」
松井「ああ、そう……アルバイトの経験は?」
智「ファミリーレストランで接客の方をした経験があります!」
   うるさそうに片耳をおさえる松井、履歴書を置く。
松井「はい、もういいですよ」
智「へっ?!」
   拍子抜けした表情の智。

〇ファミリーレストラン(日替わり)
   智と高峰朋美(24)、向かい合って座っている。
   智はドリンクのみ、朋美はパフェをつついている。
朋美「ふーん、じゃあ今度もあかんのんちゃう?」
智「そんなこと言うなや」
朋美「だって、智、いっつもあかんやん」
智「今度は大丈夫! めっちゃ手応えあるもん」
朋美「どこにそんな手応え感じんのよ。アホちゃう」
智「アホ言うなって、おい、どこ行くねん?」
   朋美、立ち上がり、千円札をテーブルの上に置く。
朋美「あ、それから、もう連絡してこんといてね」
   朋美、微笑んで去ろうとする。
   智、朋美の腕を掴む。
智「ちょっと待ってや! どういう意味やねん?!」
朋美「えっ? わからん?」
智「別れるって事?」
朋美「わかってるやん」
智「なんでやねん!」
朋美「やっぱわかってないんやね」
   朋美、智の手を振りほどいて去る。うなだれる智のスマホが鳴る。
智「もしもし……」
   智、慌てて立ち上がる。
智「はい! ……はい! ……ありがとうございます!」
   電話を切りガッツポーズの智。

〇市役所・廊下(日替わり)
   スーツ姿の智、緊張した面持ちで松井についていく。
   松井、資料室の扉を開けて中へ入る。

〇同・資料室
   埃っぽい物置と化した部屋に机と椅子が一つ。
智「ここが僕のデスクですか?」
松井「そやで」
   戸惑う智。
智「あの……」
松井「何や?」
智「今回、僕が採用されたのって……」
松井「地域環境保全課の臨時職員」
智「臨時ですか……やっぱり」
松井「対策を急がなあかん問題があるっちゅうのに、辞めた奴おってなぁ。
 もうかなんで」
智「そ、そうなんですね。で、僕の仕事っていうのがその……」
松井「そっ! その対策急がなあかん問題。西区にね、近隣住民からクレー
 ムが多い家あるん知ってる?」
智「いえ……」
松井「いわゆるゴミ屋敷ってやつかな」
智「ゴミ屋敷……ですか?」
   松井、資料が入ったファイルを智にわたす。
松井「ほんまはワシも一緒に行ったらなあかんねんけど、忙しくてなぁ。す
 まんけど、これから一人で行ってくれんか」
智「えっ?! 一人でですか?」

〇竹中家・玄関先
   智、古い木造二階建ての家を見上げる。
   がらくただらけで家の周りにも溢れかえっている。
   智、家の周りをゆっくりと歩きながら、様子を窺う。
   智、手元の資料を見る。
智「えっと、竹中俊介、二十八歳、フリーター、がらくた収集癖あり……近
 所の子供から『ちょうだいおじさん』と呼ばれている? なんじゃそら」
   智、顔を上げ玄関の様子を窺う。
智「とにかく片付けさせたらええんやろ」
   智、中に声をかける。
智「ごめんくださーい!」
   応答なし。
智「ごめんくださーい!」
   応答なし。
   智、扉を叩きながら何度も呼びかける。
智「竹中さーん、いますかー?」
   ヨレヨレのTシャツにジャージ姿の竹中、面倒くさそうに扉を開けて
   顔を出す。
智「あっ……」
   驚いた表情の智。
智「あの時の……」
竹中「? ……誰や、おまえ」
智「え、あ、ぼ、いや、私、市役所から……」
   黙って扉を閉めようとする竹中を止める智。
智「ああ、待ってください!」
竹中「なんやねん」
智「こちらの大量のゴミの処理をお願いします!」
竹中「嫌」
智「でも、迷惑だってクレームがきてるんですよ」
竹中「知らんがな。勝手にほざいとけ」
智「でも、ほら、こうして家の外まではみ出してたら、他の人の邪魔になる
 じゃないですか。せめて、少し片づけて……」
竹中「しゃあないやん。家の中に収まりきらんのやから」
智「じゃあ、収まる量にしていただいて……」
竹中「なんでおまえにそんな指図されなあかんねん。関係ないやろ!」
智「関係あるとかないとかじゃなくて……(ため息)なんでこんなにゴミを
 溜めているんですか?」
竹中「おまえらにはゴミかもしれんけどな、俺にとっちゃ宝やねん。ほっと
 いてくれ」
   竹中、扉を閉める。
智「(ため息)面倒くさい奴やなぁ」
   智、立ち去ろうとすると、竹中が再び出てきて、智を無視して出かけ
   る。
智「あの、ちょっと!」
   智、竹中についていく。

〇住宅街
   閑静な住宅街。
   竹中、ぶらぶら歩く。
   その後をついていく智。
智「竹中さん、片づけてくださいよ」
竹中「なんやねん、おまえ、ついてくんなや」
   竹中、粗大ゴミ置き場で古い壺を捨てようとしていた岸(56)を見つ
   ける。
竹中「いらんのやったらちょうだい」
岸「は?」
竹中「それ、いらんのやろ?」
岸「いらんけど……」
竹中「じゃあ、ちょうだい」
   岸、不審そうに壺を差し出し、逃げるように去る。
智「ちょっと、それゴミでしょ?!」
竹中「ゴミちゃう、宝物や」
   竹中、壺を大事そうに抱えて歩きだす。
   智、慌てて後をついていく。

〇商店街
   古い店が並ぶ商店街。
   智と竹中、駄菓子屋の前を通りかかる。
   子供が三人、店前で駄菓子を食べている。
子供1「何これ」
子供2「しょぼいおまけやな」
子供3「いらねー」
   笑いながらおまけの玩具を捨てようとする子供たち。
   手を差し出す竹中。
竹中「いらんのやったらちょうだい」
   一瞬止まる子供たち、捨てるように玩具を竹中に投げる。
子供1「ちょうだいおじさんや!」
子供2「こっわ!」
子供3「早よ行こ!」
   子供たち、走り去る。
   竹中、気にする様子もなく玩具を拾おうとする。
智「それゴミですって! 拾ってまで要りますか?!」
竹中「うるさい奴やなぁ。ゴミちゃうわ」
   竹中、玩具をポケットに入れて歩きだす。
   智、面倒くさそうについていく。

〇竹中家・玄関先
   智と竹中、帰ってくる。
   竹中、家の前に壺を置く。
智「またゴミ増やして……置くとこなんかないでしょう」
   竹中、無視して壺を丁寧に磨く。
智「ちゃんと片付けてくださいよ」
   竹中、無視してポケットから玩具を出して眺める。
   智、ため息をつき、その場から去る。

〇市役所・廊下(夕)
   疲れた様子で歩く智、松井を見つけると近づく。
智「あの」
松井「おう、どうやった?」
智「それが……」
松井「あかんかったとは言わさんで。与えられた仕事ができんかったら、こ
 れやからな」
   首を切るジェスチャーをする松井、豪快に笑いながら去る。
   智、呆然と立ちつくす。

〇竹中家・玄関先(日替わり)
   智、憂鬱そうな表情で扉の前に立つ。
   ため息をつく智、意を決して扉を叩き呼びかける。
智「ごめんくださーい!」
   竹中、扉を開けて顔を出す。
竹中「またおまえか」
智「あの、皆さん迷惑しているんです。片づけてください」
竹中「嫌やって言ってるやろ」
智「嫌でも片づけないと。これは市からの要請です」
竹中「その要請とやらに、こっちが断る選択肢はないん?」
智「え? ないですよ、そんなん」
竹中「選べんのか」
智「選べる選べないとかじゃなくて、市の条例で決まってるんです」
竹中「勝手に決めんな」
智「(ため息)前任者が竹中さんに、いついつまでに片づけてくださいよー
 って文書送ってるはずですが」
竹中「知らん」
   智、ダイレクトメールでいっぱいの郵便受けをチラッと見る。
智「でしょうね……」
竹中「じゃあいいやろ」
智「よくないから、こうして伺ってるんです。このままじゃ行政代執行いう
 て強制的にやらなあかんし、それにかかった費用も請求されて面倒です
 よ?」
竹中「たしかに、それは面倒やな。金ないし」
智「(ぼそっと)ゴミはめっさあるけど」
竹中「ゴミちゃう! 宝物や言うてるやろ!」
智「あ、すんません。その宝物、勝手に持っていかれたくないでしょ?」
竹中「でもな……」
智「これ以上、お役所相手も面倒でしょ?」
竹中「面倒やけど……」
智「ね? 面倒ってわかってらっしゃるなら、ほら、早く片づけましょ!」
   智、玄関先に置いている物を触ろうとする。
竹中「勝手に触んな!」
   智、竹中に押され尻餅をつく。
   智、その拍子に鞄の中身をぶちまける。
智「いった~……押さなくてもいいじゃないですか」
   鞄の中身を戻す智を無視して、扉を閉める竹中。
智「あ、ちょっと?! 竹中さん!」
   ため息をつく智、立ち去る。
   竹中、扉を少し開けて様子を窺う。
   去っていく智。
   竹中、玄関わきに紙が落ちているのを見つけて拾う。
   以前、智が破りそこなった履歴書。

〇宮原家・智の部屋(夕)
   智、疲れた様子でベッドに寝転がる。
   乱暴に叩かれる扉。
   悦子、間髪を入れず顔を出す。
悦子「あんた、暇なら風呂の掃除やって」
智「勝手に開けんなや」
悦子「いいから掃除やっといてな」
智「こっちは仕事で疲れてんねん」
悦子「何を疲れるような仕事やってんのよ」
智「(ため息)それより、また行ってたんか? いい加減やめろよ」
悦子「なんや、お母ちゃんに命令するんか」
智「命令やなくて心配してんねん。これから二人で頑張ろう言うてたくせ
 に」
悦子「偉そうな事言うんは一人前になってからにしぃ!」
   睨み合う智と悦子。
智「俺かてもう大人や」
悦子「そうやな、ほな、毎月ちゃんと家にお金入れるんも簡単やな」
智「(ため息)いちいち言わんでもわかってる」
悦子「念のためや」
   悦子、無言で手を差し出す。
智「今月分はもうわたしたやろ?」
悦子「ちゃう。ほら、明日の」
   智、渋々財布から一万円を出してわたす。
悦子「これだけかいな。あ~早くお母ちゃん楽にさしてほしいな~」
   悦子、出ていく。
   智、深いため息をつき、天井を見上げる。

〇竹中家・玄関先(日替わり)
   智、憂鬱そうな表情で扉を叩き呼びかける。
智「ごめんくださーい!」
   竹中、勢いよく扉を開けて出てくる。
竹中「どっちがいい?」
   竹中、綺麗なリンゴと少し傷んだリンゴを見せる。
   驚く智、咄嗟に綺麗なリンゴを選ぶ。
智「こっち」
竹中「じゃあ、はい」
   竹中、綺麗なリンゴを智にわたし、傷んだリンゴを一口かじる。
   智、わたされたリンゴに戸惑う。
智「何ですか? これ」
竹中「昨日の詫び。押して悪かったな」
智「いや、べつに……」
   智、わたされたリンゴを見つめる。
竹中「ほなな」
   扉を閉めようとする竹中に慌てて詰め寄る智。
智「あの! 今日はとことん片づけてもらいますからね」
竹中「しつこいなぁ。これをどうしようが俺の自由やろ」
智「周りが迷惑してるんです。ここは清掃業者に頼んで強制的に」
   鈴木友章(37)率いる撮影クルーが、智と竹中に近づいてくる。
鈴木「突撃! 隣のお宝鑑定団!」
   面食らった様子の智と竹中。
竹中「(智に)こいつらが業者?」
   首を横に振る智。
鈴木「すみませ~ん。我々こういう者でして……」
   鈴木、智と竹中に名刺をわたす。
   名刺には『OTV ディレクター 鈴木友章』。
智「テレビ……ですか?」
鈴木「はい。『突撃! 隣のお宝鑑定団』って番組でして。これだけのが
 ら、いや、骨董品。もしかしたら、お宝が眠っているかもしれないのでぜ
 ひ鑑定させていただけませんか?」
智「ですって……どうします?」
   竹中、つまらなそうに名刺の裏表を見ている。
竹中「お好きなように」
鈴木「ありがとうございます! では、早速」
   鈴木、中村浩二(72)に合図する。
   中村、粗大ゴミ置き場でもらった壺に注目する。
中村「こ、これは! 中国の宋時代の茶道具の一つじゃないですか。いや~
 かなりの代物ですよ」
智「えっ? こんな普通の壺が?!」
竹中「いや、おまえ、ゴミ言うてたやん」
智「だって……」
   中村、その隣にある抽象画を手にする。
中村「これは、今ロンドンで人気の新進気鋭の画家の作品!」
智「このモヤモヤっとした絵が?!」
   竹中、興味なさそうに欠伸。
中村「これもそれも! こんなにゴロゴロと……いや~貴重な品々だ」
鈴木「マジですか?! 先生!」
   盛り上がる撮影クルー。
   智、驚き楽しそうな様子で竹中の肩を叩く。
智「すごいじゃないですか! ほんまにお宝だらけやったんですね」
   竹中、興味なさそうに吐き捨てる。
竹中「欲しけりゃやる」
智「えっ?!」
   竹中、すたすたと歩きだす。
   智、慌てて追いかける。

〇道
   智、竹中にやっとのことで追いつく。
智「嬉しくないんですか?」
   無視する竹中、歩き続ける。
智「あんなに宝だって主張してたのに……なんで冷めてるんですか」
竹中「今までないがしろにしてたくせに……」
智「えっ?」
   立ち止まる智、去っていく竹中を見つめる。

〇竹中家・玄関先
   智、一人戻ってくる。
   撮影クルー、変わらず盛り上がっている。
鈴木「いや~ざっと調べただけでも十点以上あるみたいですよ。すごいです
 ね~」
智「そんなに?!」
鈴木「あの~、仮にですよ。こちらの骨董品を譲ってほしい場合は……」
智「あ、いや、えっと、ちょっと僕の一存ではその……」
   智、竹中が戻ってこないか周りを見る。

〇宮原家・智の部屋(日替わり)
   寝ている智、目を覚まし眠そうにスマホを見ると朋美から『今夜、会
   える?』とLINEがきている。
   智、険しい表情で起き上がる。

〇同・居間
   智、居間に入るが誰もいない。
   智のスマホにメールが届く。
   智、メールを確認、母から『いつものとこにおるから』とだけ書かれ
   たメール。
   ため息をついて出ようとする智、ふと食卓の上を見ると、傷んだリン
   ゴが二つ。

〇競艇場
   賑わう競艇場内。
   智、きょろきょろ辺りを見回す。
   悦子、舟券を握りしめ騒いでいる。
悦子「捲れ! 捲れ! あぁ、もう~捲れや」
   智、ため息をついて近づく。
智「またここか」
悦子「持ってきてくれた?」
   智、銀行の封筒をわたす。
   悦子、受け取り、中のお金を数える。
智「(ため息)息子には安定した職を求めるくせに、自分はこれかい」
悦子「ギャンブルは仕事やない、遊びや」
   悦子、鼻で笑う。
悦子「それに公務員言うたかて臨時やん」
   智、呆れた様子でそっぽを向く。
悦子「(独り言のように)いつになったら正式に雇ってもらえるんやろな
 ~」
智「ほどほどにしときや」
   去ろうとする智の背中に言い放つ悦子。
悦子「どうするかはウチの自由やろ!」
   智、振り向かず歩いていく。

〇ファミリーレストラン(夜)
   智、ジュースを飲んでいる。
   朋美、パフェを食べている。
智「連絡するなって言ってたのに」
朋美「いる?」
智「いらん」
朋美「せっかく公務員になれたのに。相変わらずシブチンなんやな」
   笑う朋美。
朋美「おばちゃんから電話あってん」
智「オカンから? おまえらほんま仲良いな。てか、俺と別れたのにまだ連
 絡取り合ってんの?」
朋美「だって、おばちゃん関係ないやん」
智「そやけど……」
朋美「めっちゃ喜んでたで。智に安定した収入が入るって」
智「(鼻で笑って)結局金か……」
朋美「どんな仕事してんの?」
智「べつに、大したことやってへん」
朋美「ふーん」
智「それに臨時やし」
   そっぽを向く智。

〇市役所・廊下(日替わり・朝)
   智、廊下の先から松井が歩いて来るのに気づく。
智「おはようございます。松井さん、今日は」
松井「(遮って)今日も悪いけど一人で行ってきてくれるか」
智「またですか? この間もそう言って……規則で決まってるんじゃ……」
松井「忙しいねん。まあ、今まで一人でやってこれてるんやから大丈夫や」
   松井、あくびをしながら去っていく。
   智、ため息をつく。

〇道
   智、歩いていると記者や骨董マニアたちに取り囲まれている竹中を見
   つける。
記者「あのお宝はどうされるんですか?」
骨董マニア1「ぜひあの絵を売ってくれ!」
骨董マニア2「いや、わしに!」
   竹中、うっとうしそうに記者や骨董マニアたちを睨んでいる。
   智、記者や骨董マニアたちを追い払う。
智「はいはい、皆さん、あんまり騒ぐとご近所の方々のご迷惑になりますの
 で」
   竹中、智たちを無視してさっさと歩いていく。
   智、慌てて竹中を追いかける。
智「すごいですね! 有名人みたいじゃないですか」
   仏頂面の竹中。
智「(少し笑って)嫌ですか? 有名になるの」
竹中「だって……あいつら」
智「いいじゃないですか。売ったらお金にもなるんですよ。タダ同然のゴミ
 やったのに」
竹中「だからゴミちゃう言うてるやろが!」
   岸が現れる。
岸「あの壺、返してくれへんか?」
   呆然と立つ智と竹中。
岸「あれは元々俺の」
智「でも、あなた、いらんかったから捨てたんですよね?」
岸「あの時は知らんかってん。そんな価値のあるもんやって」
   岸、土下座する。
岸「頼む! あの壺が必要やねん! 二千万の借金があって……このままや
 と一家離散や……頼む! この通りや!」
智「ちょ、ちょっと?!」
   智、無言の竹中と岸を見比べる。
智「竹中さん、あの壺、この人に返してあげた方がいいんじゃないです
 か?」
   竹中、岸を無視して歩き去る。
智「竹中さん?!」
   智、慌ててついていく。
岸「返せや! この人でなし!」
   まっすぐ前を向いたままの竹中。
   智、岸の方を気にしているうちに竹中とはぐれる。
   智、辺りを見回すが竹中はいない。

〇市役所・資料室(夕)
   智、帰宅準備をしている。
   松井が慌てて入ってくる。
松井「おい! ちょうだいおじさんの件、どないなっとんねん!」
智「えっ?」
松井「またえらいクレームの電話きとんねん」
智「クレーム?」
松井「テレビの取材がうるさいとか、ちょうだいおじさんに物盗られたと
 か」
智「えっ? そんな、盗ってないですよ!」
松井「(遮って)おまえ、今まで何しとってん! サボってたんか?」
智「サボってなんか……」
松井「この責任はちゃんと取れよ! (ため息)最近の若いもんは……」
   松井、ぶつぶつぼやきながら出ていく。
智「なんやねん……サボってたんは自分のくせに……」
   智、面倒くさそうに頭を掻く。

〇竹中家・玄関先(日替わり)
   智、扉を叩いて呼びかける。
智「ごめんくださーい!」
   応答なし。
   智、再び呼びかける。
智「竹中さーん!」
   応答なし。
   首を傾げる智。

〇市役所・廊下(日替わり)
   智、松井に声をかけられる。
松井「おい、どうなった? ちょうだいおじさんの件」
智「あの、それがまだ……」
松井「いつなったら片づくねん! お前の仕事やろ!」
智「すみません!」
松井「(嫌味ったらしく)あ~あ、もっとできる奴やと思ったんやけどな
 ~」
   去っていく松井を恨めしそうに見る智。

〇竹中家・玄関先(日替わり)
   雨の日。
   智、強く扉を叩いて呼びかける。
智「竹中さーん、おらんの~? おーい!」
   心配そうに家を見上げる智。

〇市役所・資料室(日替わり)
   智、険しい表情で座っている。
   松井、入ってくる。
   智、身構えるが、松井は機嫌が良い様子。
松井「ようやったなぁ」
智「はい?」
松井「ゴミ屋敷問題、無事解決や」
智「えっ?」
松井「あの家にあったお宝をご近所さんらに譲ったら、クレームがなくなっ
 たんやて」
   智、苦笑い。
智「現金なもんですね」
松井「解決すりゃなんでもええねん」
智「あっ……そうすると、僕の仕事は……」
松井「ああ、その事やけどな、まだもうちょい仕事残ってるから」
智「何の仕事ですか?」
松井「ま、それは追々とな」
   松井、ニヤニヤしながら出ていく。
   不審そうに見つめる智。

〇竹中家・玄関先(日替わり)
   智、以前と違って片づいている玄関周りに心配そうな表情。
   智、おずおずと扉を叩いて呼びかける。
智「竹中さーん……」
   竹中、何事もなく扉を開けて顔を出す。
竹中「よお」
智「竹中さん! 生きてましたか!」
竹中「まあ、入れや」
   竹中、扉を大きく開けて、先に奥へ行く。
   智、中へ入る。

〇同・居間
   整然と片づいており、生活感がない。
   定位置となっている様子の場所に座る竹中、その周りだけ、がらくた
   が集まっている。
   智、片づいている側におずおずと座る。
智「あの壺とか絵とか……お宝手放しちゃってよかったんですか?」
竹中「べつに……たっかいものに価値があるとは思わんしな」
   智、竹中の近くに以前子供たちからもらったお菓子のおまけが並んで
   いるのを見つける。
智「なんで、こんなん欲しがったんですか?」
   智、改めて竹中の近くにあるがらくたを見る。
   書き損じた書道作品、くしゃくしゃに丸められた手紙、薄汚れたぬい
   ぐるみ、売れ残った未開封のキャラクター商品等で溢れている。
竹中「じゃあ、逆に聞くけど、なんでいらんの?」
智「えっ? だって、こんなんゴミじゃないですか。ゴミは捨てないと、い
 つまで経っても片づかないじゃないですか」
竹中「あの男もゴミやと思って捨てたんやろ?」
智「壺の?」
竹中「そう。ゴミやから捨てた、いらんから捨てたくせに、価値があるとわ
 かると必死に取り戻そうとして」
智「そりゃ、借金ある言うてましたし……」
竹中「価値があるってわかった途端、興味を持つ、その根性が気に食わん」智「でも、そういうもんじゃないですか? 欲しいものが目の前にあったら
 手に入れたいでしょう。竹中さんだって、ちょうだい言うてるじゃないで
 すか」
竹中「俺は……ただ選ばれなかった方をもらってるだけ。壺とか手放したん
 は、それを必要と選んだ人がおるからあげただけ。あ、そうや、わたすの
 忘れてた」
   竹中、智の履歴書をわたす。
智「これって……」
竹中「玄関とこ落ちてた」
   智、履歴書を見つめる。
竹中「せっかく就職できたのに、こんな仕事とはなぁ」
智「あなたが言いますか」
竹中「でも仕事は仕事。生きるのに必要な金稼ぐ手段なんて、結局何でもい
 いねん」
智「それもあなたが言う事じゃないです。僕だって……選べるもんなら選び
 たかったですよ」
   竹中、近くのがらくたを指差す。
竹中「おまえ、これと同じみたいなもんやな」
智「はぁ? ゴミって事ですか?」
竹中「いや、おまえにとっちゃゴミかもしれんけど。そうやなくて」
智「もう何なんですか(ため息)」
   立ち上がる智、持っていた履歴書を見る。
竹中「いらんのやったらちょうだい」
   智、履歴書を竹中にわたして出ていく。

〇コンビニエンスストア(日替わり・朝)
   昼食を買いにきた智、求人情報誌に目がとまり手にする。
   智、一旦戻そうとするがレジに持っていく。

〇市役所・資料室
   智、デスクに座って求人情報誌をパラパラめくっている。
   松井、ノックなしで入ってきて声をかける。
   智、慌てて求人情報誌を隠す。
松井「ちょうだいおじさんの件やねんけどな」
智「はい」
松井「区画整理で、あの家取り壊さなあかんねん」
智「えっ?!」
松井「だから、立ち退くよう頼んできて」
   さっさと去ろうとする松井を呼び止める智。
智「ちょ、ちょっと待ってください!」
松井「なんやもう。ちゃんとできたら、臨時から正規の職員になるチャンス
 あるから、はよ行ってこい」
智「ほんまですか?! でも、立ち退きって、あの人はこれから……」
松井「知らんがな。立ち退き料はちゃんと出んねんから、適当にするやろ。
 ほな、頼んだで」
   さっさと出ていく松井。
   智、戸惑いの表情。

〇竹中家・玄関先
   智、竹中の家に来る。
   再び家の周りに増えつつあるがらくた。
   竹中、新たに引き取ってきたであろう置き物を丁寧に磨いている。
智「また増えてるやないですか」
竹中「しゃあないやん。皆いらん言うねんから」
智「(ため息)昔っからそうなんですか?」
竹中「そうって?」
智「すぐ拾ってきて、親に怒られたりとか」
竹中「べつに……おまえは?」
智「まあ、子供の時、捨て犬とか猫とか拾ってきて、捨ててこいって言われ
 たことくらいありますけど」
竹中「仲良いねんな」
智「(笑って)どこが?! どうしようもない親ですよ……オトンが死んで
 からオカンと二人暮らしなんですけどね。これがギャンブル好きのオカン
 で息子から金せびって……」
   竹中、置き物を磨く手を止め、智を見る。
   智、竹中の視線に気づき、慌てて謝る。
智「あ、すみません。なんでもないです」
竹中「……親は選べんからな」
   竹中、再び黙々と置き物を磨き始める。
   智、緊張した様子で切り出す。
智「あのですね、今日は大事なお願いがありまして……」
   竹中、黙々と置き物を磨き続ける。
   咳払いをする智。
智「じつは区画整理で、その、立ち退きをしていただかないといけなく
 て……」
   竹中、しばらく黙々と磨き続ける。
智「あの……嫌なら断っても……」
竹中「(ぼそっと)わかった」
智「えっ?」
竹中「出て行ったらええんやろ?」
智「ええ、まあ、そうですけど、いいんですか?」
竹中「は?」
智「そんな簡単にこっちの言う事聞いて」
竹中「べつに。そっちが選んだ方に従うだけやから」
   竹中、家に入る。
   慌てて後に続く智。

〇同・居間
   智、入ると竹中が荷物をまとめている。
智「行く当てあるんですか?」
竹中「選ばんかったらいくらでもある」
   竹中、智の履歴書を手にする。
竹中「おまえも選ばんかったら仕事あったやろ?」
   智、部屋の片隅に古い家族写真を見つけて手に取る。
   両親と小学生くらいの男の子が一人写った写真。
智「まあ、そうですよね……捨てる神あれば拾う神ありって言葉もあります
 し……でも」
   竹中、智が持つ写真を少し乱暴に取り上げ、代わりに履歴書をわた
   す。
竹中「何も拾わん神もおる」
智「えっ?」
   竹中、写真を荷物の中に入れ、出ていく。
   立ちつくす智、慌てて後を追う。

〇同・玄関先
   智、出てきて辺りを見回すが、竹中はいない。

〇市役所・廊下
   智、松井を見つけて呼び止める。
智「松井さん!」
松井「おお、どうやった?」
智「立ち退いてくれるそうで……」
松井「おお、よかった。これでちょうだいおじさんが引っ越したらおしま
 い。短い間やったけどお疲れさん」
   松井、智の肩をポンポンと叩いて去ろうとする。
智「あ、あの、正規雇用の件は?」
松井「は? 何の事やったかな~?」
智「待ってください! この仕事やったらチャンスくれるって言うてたやな
 いですか!」
松井「チャンスってのは口約束みたいなもんや。あってないようなもんに本
 気になってたらあかんで」
   松井、笑いながら去っていく。
   智、呆然と立ちつくす。

〇竹中家・玄関先(夜)
   智、家の前まで来る。
   家の周りにあったがらくたが、きれいになくなっている。
   智、家の中の様子を窺うが、誰もいない模様。

〇公園(夜)
   智、ベンチに座りうなだれている。
   竹中から返された履歴書を鞄から取り出し、くしゃくしゃに丸めて捨
   てようとする智。
竹中「いらんのやったらちょうだい」
   智、隣のベンチを見ると、竹中が座っている。
   智、履歴書をあげようとする。
智「(あげるのをやめて)やっぱいる」
竹中「あっそう」
   興味なさそうに前を向く竹中に少し嬉しそうな智。
智「また仕事探しですよ……あ~あ、クビになったって知ったら、またうち
 のオカンから、ネチネチ言われまくるんやろなぁ……これからどうしたら
 ええんやろ……」
竹中「……選ばんかったらいくらでもある。ただ……」
   竹中、手に持った家族写真を見つめる。
竹中「どうしたいのか選ぶのは自由」
智「竹中さんはどうするんですか?」
竹中「べつに。好きなようにする」
智「(少し笑って)相変わらずですね」
   竹中、立ち上がり歩いていく。
   智、慌てて追いかける。
智「どこ行くんですか?」
   竹中、振り返らずに答える。
竹中「実家」
智「竹中さんの実家ってどこですか?」
   竹中、適当な方を指差す。
竹中「こっからもうちょっと港の方へ行ったとこ」
   竹中、振り返って写真を見せる。
竹中「親にでも会いに行ってみよか思ってんねん」
智「ご両親にですか?」
竹中「(笑って)一緒に来る?」
智「え、でも……」
   竹中、寂しそうに微笑むと去っていく。
   智、しばらく立ちつくすが、竹中についていく。
   二人並んで歩いていく智と竹中。

〇港町・海岸沿い(日替わり)
   寂れた海岸の倉庫街。
   智と竹中、ゴミの浮いた海を見つめている。
智「(くしゃみをして)さむ……」
竹中「何もないとこやろ?」
智「え? いや、べつに。潮風が気持ち良いじゃないですか」
竹中「排ガスまみれで、めっさ汚いで(笑う)」
   つられて笑う智。
智「実家ここから近いんですか?」
竹中「うん、あっち」
智「え? あ、ちょっと」
   さっさと歩いていく竹中に慌ててついていく智。

〇海の子寮・門前
   小学生から高校生くらいの子供たちが生活する寮。
   門の外から寮の運動場で遊ぶ子供たちを眺める智と竹中。
竹中「ここが俺の実家」
智「えっ? ここって……」
竹中「うちの親、二十年前に離婚してんねん。それからここが俺ん家」
智「……どっちか選ばなかったんですか?」
竹中「は?」
智「母親か父親、どっちかについていきたいって」
竹中「選べるかいな。どっちか選ぶ前にここに入れられたんやから」
   楽しそうに遊ぶ子供たちから少し離れた所に、一人ぽつんといる少
   年。
   その少年をじっと見つめる竹中。
智「ご両親は今……?」
竹中「ああ、こっちにおる」
智「え? (ため息)」
   さっさと歩いていく竹中。
   智、呆れた様子でついていく。

〇港町・道
   メモを片手に歩く竹中。
   智、その少し後ろをついて歩く。
智「意外と近くにいたんですね」
竹中「近くにいても、こっちは学校と寮の往復のみ。会う道なんてなかっ
 た」
   竹中、少し立ち止まり、角を曲がる。
   智、周りを見るが民家がほとんどない。
智「どこに住んでんのやろ?」

〇墓地
   倉庫街の間にブロック塀で囲まれた墓地。
   その中にある竹中家の墓。
   その前に佇む智と竹中。
   戸惑いの表情の智、無表情で墓を見つめる竹中に問いかけるような視
   線。
竹中「これが父親」
   享年三十九歳と彫られている。
竹中「離婚して出ていってすぐ事故ったんやと。飲酒運転やったとか」
智「いつ知ったん……?」
竹中「寮に入ってすぐ。でも俺、お通夜も葬式も出んかった。墓参りもこれ
 が初めて」
智「何で……?」
   あっけらかんと答える竹中。
竹中「行かんってその時の俺が選んだから」
   竹中、ポケットからミニカーの玩具を出して、墓に供える。
   それをじっと見つめる智。

〇港町・道
   先を歩く竹中とそれに続く智。
   竹中、急に立ち止まる。
竹中「腹減ったな。何か食べに行こか」
智「え? ちょっと(ため息)自由やなぁ」
   回れ右して歩いていく竹中についていく智。

〇食堂・店内
   個人経営の小さな食堂。
   智と竹中、窓際の席に座る。
   店員がお冷を出す。
店員「ご注文は?」
智「えっと……Aランチで」
竹中「じゃあ俺はB」
   店員が去ってから尋ねる智。
智「もう一人の……母親の方は?」
竹中「生きてるよ」
   ほっとした様子の智。
智「この辺に住んでるんですか?」
竹中「うん」
   窓の外を眺める竹中。
   向かいの診療所が見える。
   診療所の出入り口から大木伸恵(53)、おぼつかない足取りで出てく
   る。
智「……どんな人やったんですか?」
竹中「……」
   智、返事のない竹中を見る。
   伸恵を見ている竹中、おもむろに立ち上がり店の外へ駆け出す。
智「え、おい!」
   智、慌てて追いかける。

〇同・店前
   竹中、店から飛び出して立ちつくす。
   後に続く智。
   竹中に向かって俯き加減で歩いてくる伸恵、竹中の横をそのまま素通
   り。
   竹中、しばらく前を向いているが振り向き、伸恵に声をかけようとし
   てやめる。
智「竹中さん? どうしたんですか? 急に飛び出して」
竹中「え、あ、いや……」
   竹中、伸恵の後ろ姿を見つめる。
智「知っている人ですか?」
竹中「……べつに」
   竹中、伸恵と反対の方へ歩いていく。
竹中「帰ろか」
智「えっ? でも、まだ……」
   智、伸恵の方を気にしつつ、竹中を追いかける。

〇港町・道
   智、早足の竹中を追いかける。
智「竹中さん!」
   どんどん先を行く竹中。
智「竹中さん!」
   智、竹中の肩を掴む。
智「どこ行くんですか? さっきから変ですよ?」
竹中「べつに、なんでもない。帰るで」
智「帰るって、まだ母親に会ってないじゃないですか」
竹中「もうええねん」
智「もうええって、どうしたんですか?」
竹中「うるさいな! もうええって言ってるやろ!」
智「竹中さん?」
竹中「……」
智「もしかして、さっきの人ですか?」
竹中「……」
智「なんで声かけなかったんですか?」
竹中「……」
智「竹中さん!」
竹中「ああ、もううるさい奴やな! どうするか決めるんは俺の自由やろ! 
 おまえが決める事ちゃう!」
智「……」
竹中「ここまでついてきてもらっておおきに。俺は帰る。あとはおまえの自
 由や」
   智、去っていく竹中を見つめる。
   智、竹中を追いかけ腕を掴む。
智「行きましょう! まだ間に合うかも」
   智、行こうとするが竹中は動かない。
智「竹中さん!」
   智、動かない竹中を置いて行く。

〇食堂・店前
   智、伸恵が行った方向へ走っていく。

〇港町・住宅街
   市営団地が並ぶ住宅街。
   智、伸恵を探す。
   智、適当な道へ走る。
    ×    ×    ×
   伸恵を探す智。
智「これじゃ探しようがないな」
   智、適当な道へ走る。
    ×    ×    ×
   走ってくる智、諦めたように立ち止まる。
   智、戻ろうとしたところ、伸恵がゆっくり歩いてくるのに気づく。
   智、伸恵に近づく。
智「あの……竹中さん……ですよね?」
伸恵「え? 違います」
智「え、違う? ……あ、あの! 竹中俊介さんはご存知ないですか?」
伸恵「竹中俊介……?」
智「はい……」
伸恵「……知りません」
智「そうですか……すみません」
   戸惑う智の後ろから竹中が来る。
智「あっ……」
   智、竹中に気づくが動けない。
   竹中、躊躇うが伸恵に話しかける。
竹中「大木さん……ですよね?」
伸恵「(竹中をじっと見て)はい」
竹中「息子さん……大木俊介……さんは?」
伸恵「大木俊介……」
   伸恵、じっと遠くを見つめて考え込む。
伸恵「ああ……俊介の友達ですか?」
竹中「ええ、まあ……」
伸恵「(竹中の後ろの智に)おたくも?」
智「えっ? は、はい……」
   智、心配そうに竹中を見ると、竹中の上着の裾を強く握る手が震えて
   いる。
   伸恵、ぽつぽつと呟くように答える。
伸恵「俊介は……息子は……二十年前に亡くなりました」
竹中「……そうですか」
   伸恵、一礼すると、そのままゆっくりと歩いていく。
   その後姿を見つめる智と竹中。
   心配そうに竹中を見る智に振り返る竹中。
竹中「これがどっちも俺を選ばんかった理由」
   竹中、微笑む。

〇港町・海岸沿い(夕)
   寂れた海岸の倉庫街。
   智と竹中、ゴミの浮いた海を見つめている。
竹中「父親からのDVで、精神的にもやられた母親は、事故で俺も死んだと
 思い込んだ」
智「じゃあ……」
竹中「今更会いに行っても、こうなるんわかってたんやけどな」
   竹中、智を見て笑う。
竹中「もしかしたらと……確かめる方選びたくなった。お前のせいやで」
   智、少し笑う。
智「なんでやねん……」
   去ろうとする竹中。
智「どこ行くんですか?」
竹中「べつに、決めてへんけど、あっち?」
   竹中、適当に前を指さす。
智「よかったら、一緒にこっち行きません?」
   智、竹中と違う方向を指さす。

〇宮原家・智の部屋(日替わり)
   智、部屋の掃除をしている。
   散らかっていた履歴書やエントリーシート、不採用通知をゴミ袋へ捨
   てる智、求人情報誌を手に取り、それも捨てる。
    ×    ×    ×
   すっきりした部屋。
   智、まとめた大量のゴミ袋を持って部屋を出る。

〇同・廊下
   智、居間の方を見ると、悦子が競艇新聞を見ている。
   悦子、ちらっと智を見るが興味なさそうに再び新聞を見る。
   そのまま去ろうとする智。
悦子「今日の夕飯、あんたが作ってな」
智「は?」
悦子「あんた暇やろ? 仕事してへんねんから。お母ちゃん忙しいから、今
 日からどんどん家の事やってもらうで」
智「……仕事あるから」
悦子「はぁ? こないだクビになったばっかりやのに?」
   大きなあくびをする悦子、競艇新聞から目を離さない。
智「今まで世話になった。ありがとう。オカンもいい加減ギャンブル控えろ
 よ」
悦子「何アホな事言ってんの。冷蔵庫ん中、何もないから買い物からやで」
   智、新聞に釘付けの悦子を見てため息、黙って去る。

〇ゴミ捨て場
   智、大量のゴミ袋を捨てるが一つだけ持ったまま、中からスーツケー
   スを出して歩いていく。

〇古いアパートの一室
   部屋に入る智。
   一通り家具や家電が揃っている部屋で、片づいている。
   寝転がっている竹中、智に気づく。
智「(部屋の中を見回して)これ全部、もらってきたんですか?」
竹中「そやで」
智「さすが、ちょうだいおじさん」
竹中「黙れ」
   笑う智と竹中。

〇ファミリーレストラン(夜)
   ハンバーグセットを食べる智。
   ジュースだけの朋美、じっと智を見ている。
智「いる?」
朋美「いや、珍しいなと思っただけ」
智「おまえだって、いつも甘いもんばっか食ってたのに、それだけでええ
 の?」
朋美「ダイエットしてるから」
智「ふーん……うちのオカン、負けが続いてるんやな。ギャンブルなんかさ
 っさとやめたらええのに」
朋美「な、何言ってんの?」
智「オカンからスパイ活動費、あんま貰えんかったんやろ?」
朋美「そんなことないわ! あ……」
智「(ため息)俺の方は何とかやっていくから、心配するなって言っとい
 て」
朋美「何してんの? まさか、やばい事に手出してへんやんな?」
智「してへんわボケ!」
朋美「今、どこ住んでるん?」
智「友達んとこ」
朋美「誰?」
智「おまえの知らん奴」
朋美「誰よ?」
智「だから知らん奴やって」
朋美「名前は?」
智「ちょうだいおじさん」
朋美「はぁ?」
智「ほら、知らんやろ? とにかく、俺は大丈夫やから」
朋美「……」
智「朋美」
朋美「何?」
智「どうするかはおまえの自由やけど、もしよかったら……オカンの事、頼
 むわ」
朋美「……」
智「たまにでええねん。飯行ったり買い物に付き合ってくれるだけで。それ
 でギャンブルから離れてくれたら……」
朋美「(笑って)ええよ」
智「ほんま?! ありがとう! あ、こっちからもちゃんとスパイ活動費出
 すで。まあ、まだそんなに多く出せんかもやけど……」
朋美「いらん。仕事ちゃうもん」
智「そっか……え? じゃあ、俺との飯は仕事やったん?」
朋美「今まではね」
智「マジか……なんやねん」
朋美「やっぱちょうだい」
   朋美、フォークを持って智のハンバーグを食べる。
智「あっ、おい! 全部食べんなや~」
   頬張る朋美、笑う。
   智、微笑む。

〇住宅街(日替わり)
   作業服を着た智、軽トラックを運転している。
   トラックの荷台に『いらないもの引き取ります』と書かれている。
   助手席には作業服を着ている竹中、眠そうに座っている。
智「ほら、仕事っすよ」
竹中「はいはい」
   智と竹中、ある家の前に車を止める。
    ×    ×    ×
   智、依頼者にサインを書いてもらっている。
   竹中、トラックの荷台に受け取った家具や家電を積み込んでいる。
   その様子をじっと見つめる依頼者の子供。
   子供、食べているお菓子のおまけのシールを捨てようとする。
竹中「いらんかったらちょうだい」
   子供に手を差し出す竹中。
   子供、じっと竹中を見つめ、シールをあげるとニコッと笑う。
   竹中、照れたようにニッと笑う。
   二人の様子に微笑む智、サインを書き終わった依頼者に礼をして、竹
   中に声をかける。
智「さあ、行きますよ。ちょうだいおじさん」

〇幹線道路
   智と竹中、軽トラックを走らせている。
   助手席のグローブボックスに子供からもらったシールを入れる竹中。
   その中には、もらったシールや玩具が沢山入っている。
   智、その様子をチラッと見て少し笑い、前を見て車を走らせる。
   軽トラック、走り去る。

                              (了)

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