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論文博士と課程博士のちがい(メリット・デメリット)

こんにちはニックです。

社会人ドクターは多くのケースでは、大学院の博士課程後期に入学し、3年間、大学へ通い教育を受けた上で、論文審査に合格することで、博士の学位を授与されます。(「課程博士」といいます。)

私は近年はレアケースになりつつありますが、大学院に入学はせず、執筆した博士論文を審査してもらい、合格することで博士号を取得しました。
(いわゆる「論文博士」(ろんぱく)というやつです。以下、参照)

大学は,博士の学位を授与された者と同等以上の学力があると認める者に対し,博士の学位を授与することができるとされており,これにより授与する学位のことをいわゆる「論文博士」と呼んでいる。

出典:文部科学省HP

本記事では、論文博士と課程博士との違いについて解説していきます。
博士取得を検討している人の参考になれば幸いです。


(1)学歴に反映されない

論文博士として博士号を取得した場合、どの大学で取得しても学歴には反映されません

仮に東京大学で博士論文の審査を経て学位が授与された場合でも、東大卒とはなりません。大学院に入学しておらず、博士課程後期の教育カリキュラムも受講していないわけですから、当然といえば当然です

ただし、博士号としての価値は同じです。いずれの方法でも、所定の審査機関(=大学院)での論文審査を合格することが要件となるためです。

また、学歴は新卒採用時にはポテンシャルを測るものさしにはなり得ますが、第2新卒を超えたあたりから余り意味を持たなくなります。
このため社会人ドクターを目指す人でここを気にする人は少ないのではないかと思われ、個人的には社会人ドクターにとっては学歴に反映されないことはデメリットではないように思います。

ただ、「どの大学のどの先生の下で学位を取得したか?(誰の弟子か?)」については、聞かれることがあります。

大学入試と同様に、大学によって審査の厳しさに幾分かの差があるのかも知れません。

(2)学費が不要

論文博士は、大学院へ入学はせず、論文審査だけをお願いしている形であり、大学院での教育を受けるわけではないので、入学金や授業料といった学費は不要です。

国立大学に課程博士として通う場合、3年間で約200万円弱の学費が必要になります。

入学金: 282,000円
授業料:1,562,400円(520,800円/年×3年)

決して少なくない出費ですので「学費が掛からない」ことは有難いことだと思います。

ただし、論文審査料は必要です。

審査料は大学によってかなり差があります。
例えば東京工業大学では6万円弱ですが、東京大学では16万円(※)です。

※ 教職員若しくは課程博士や元大学院生の場合は6万円。

もしも、不合格であっても金銭的には論文審査料のみロスで済みます。
(時間ロスの方が痛いとは思いますが)

課程博士の場合は入学金や授業料が全て無駄になります。ちなみに、課程博士で論文審査に不合格だった場合でも、博士を名乗ることは許されず、課程満期退学という学歴だけが残ります。

(3)通学が不要

論文博士は、論文審査だけをお願いしている形であるため、大学院に通う必要はありません。(というか、その資格がありません。)

社会人ドクターとして過程博士に入る場合、周りの話を聞いていると、多いところでは週2~3回、少ない研究室でも1~2カ月に1回は大学に顔をだして、研究の方向性や進捗状況について議論をしたり、ゼミに参加したりといったことが必要となります。

私が学生時代の頃に所属していた研究室にも社会人ドクターの方がいらっしゃり、その方は、年間2~3カ月くらい休職して、その間は研究室に毎日顔をだして研究生活をされていました。

このように、働きながら、社会人ドクターとして研究活動をするというのは、本当に大変です。

特にご家庭をお持ちの人の場合、普段から家庭と仕事の両立はご苦労されている人が多いと思いますが、そこから更に博士号を取るための時間を捻出しなくてはなりません。

これは論文博士でも同様ですが、課程博士のほうがより時間的制約が厳しくなるといえます。論文博士はある程度、自分のペースで進めることができるという意味で、やりやすい部分があるでしょう。

また、通学費用や短期の宿泊施設を確保するための費用も、論文博士では不要になる為、学費不要と併せると経済的な負担は大きく下がります。

ただ、最近はWeb会議が簡単に出来るようになったので、課程博士の負担も以前よりは大幅に減少しているのではないかと思います。

なお、私のケースでは、博士論文を執筆・審査してもらった期間は1年程でしたが、査読付論文を執筆したり、論文の素地となっている現場での下積みや検討期間を含めると5~6年の時間が掛かっています。

この課程博士だと3年で全てを終える必要があり、素地が整ってから挑戦できるという所でも、論文博士は時間的に楽な気がします。(それでも、二度とやりたくないくらいに大変ではありましたが。)

(4)入口が狭い

論文博士の審査申請書を提出するには、一般的な研究機関では、主査の先生のサイン入りの確認書を添付する必要があり、申請の前段階で、予備審査と呼ばれる口頭発表等を経る必要があります。(これは課程博士も同じです。)

すなわち、論文博士として審査してもらうための主査の先生を探し、「論文博士」の審査を引き受けて頂く必要があるのです。(当然ですが、勝手に申請出来ないようになっている。)

主査の先生を探すことは、可能であっても、そこから「論文博士」での審査をお願いすることの難易度が高いです。

私の場合、たまたま一緒に仕事をさせてもらった先生が紹介してくれたのですが、レアケースであり、そうでない場合は難易度がグンと上がります。

具体的には、自分の恩師や職場の上司等のツテを頼りに、大学の先生に博士取得を目指していることの相談を持ち掛けることになります。

この際、博士論文のテーマに沿った査読付公表論文が複数あるとか、何らかの技術的成果が既に確認されているという事実があれば、『論文博士を考えている』という相談も可能かも知れません。

しかし、以下、<参考>に示すとおり「論文博士が減少傾向にある」ことを踏まえると、かなりの実績がなければ了解を取るのも難しいかも知れません。(特に私大では学費が取れない論文博士は敬遠されそう。。)

<参考:論文博士の推移>
論文博士という制度は、日本のみの制度であり、「将来的には撤廃すべき」のような意見もあります。現状としては『今後の検討課題』としてお茶を濁しているのが実情です。
(詳細は、文部科学省HPをご参照ください。)

ただ、論文博士については学費が不要なこともあり、大学経営上は、「手間ばかり掛かって、お金にならない」ように感じるのではないかと思います。また、日本独自の制度ということもあいまって、論文博士の制度はあるものの適用件数が減っていると聞いています。

論文博士による博士号取得者の推移を調べようと思いましたが、ずばりの公表資料は見つかりませんでした。

ただ、東京大学が論文博士の取得者数をまでの過去10年(平成24年度~令和3年度)のデータを公表していたので、こちらを参照してグラフ化してみました。少子高齢化の影響等もあるかと思いますが、直近10年でも減少傾向、それ以前の50年間と比較すると平均値で半数以下に減少しています。

人づての話では、「東京大学は論文博士に対して寛容」らしいのですが、それでも「入口は狭い」と言わざるをえません。

nick-blog調べ

(5)難易度が高い

「論文博士は課程博士と比べて難易度が高い」と言われています。

理由として、以下の3つが挙げられます。

理由1 指導的助言が得られにくい

あくまで作成した論文の審査をしてもらうだけなので、大学としては論文内容について指導をする義務は負いません。

ただし、全く指導がないという訳ではなく、「序論については、全体構成が分かるようなポンチ絵をつけた方がよい」のような全体構成についての簡単な助言は幾つかしてもらえました。論文の内容によっては主査の先生の納得が得られなければ推薦はもらえませんので、『推薦にするためにはこの部分の追加検討が必要』などのコメントは頂けました。

※ 構成案や初稿の出来にもよるのかも知れません。

一方で、研究の具体的な中身や、研究の方向性については著者に任されているため、個別具体なアドバイスというのは少なかったと思います。
当然ながら、査読付論文を通すのは自力となります。

「『博士論文を審査する立場』からの最低限の助言を頂いた」という認識です。

※ なお副査面談では課程博士と同様に副査の先生から厳しくご指導を頂けます。(クリアできなければ不合格)

理由2 必要な論文数が異なる

研究機関によるとは思いますが、申請に必要な論文数が課程博士に比べて多いことがあるようです。
課程博士では1報以上を要件とする大学もありますが、論文博士の場合は大学にもよりますが少なくとも2〜3報以上は必要となる場合が一般的なようです。

例えば、東京大学の場合、建前では『〇本の査読付論文が必要』というルールはなく「博士論文として適切な水準に到達していれば合格」ということのようですが、実情としては「査読付論文が3本以上」が暗黙のルールになっているようでした。

※ 査読付論文は、初稿提出から半年位の査読校正期間が必要なので3本は割と大変です。
※ 私は英語論文も必要になったので計4本の査読付論文を執筆しました。

理由3 主査からの力添えは基本的にない

また主査はOKでも副査がNGなら合格はもらえません。これは課程博士でも同じですが、副査からの反対意見に対して、主査からの力添えは期待できません。

これは、主査の先生は、指導教官ではないからです。

なお、課程博士であっても難しい挑戦であることには変わりありません。念のため補足しておきます。

おまけ

大学によるのかもしれませんが、「博士の学位を授与された者と同等以上の学力」の中に、語学力が含まれる場合があります。

私のケースでも英語力の確認が必要で「査読付きの英語論文の執筆」により確認されました。(『英語力がある』と言って差し支えない程度のTOEICのスコアをもっていましたが、そこは聞かれませんでした。今思えば、大学院試の免除条件で交渉も出来たのかも知れません。)

人によると思いますが、英語論文の難易度が中々高いです。(英語の査読付論文はやはり大変)

英語論文の場合、投稿料が跳ね上がるケースが多く、金銭的なハードルも高いです。
私の場合、会社の理解が得られたので、会社のお金で国際学会への投稿をさせてもらいましたが、こういった調整が苦手な人が自腹で投稿となると、大変かも知れません。

(6)メリットとデメリット(まとめ)

本記事で紹介した特徴の一覧表を再掲します。

論文博士と課程博士

結局、どちらがお奨めなのか?という点でいうと、論文博士の方が経済的、時間的な負担が小さいので、社会人ドクターならば論文博士のほうが良いと私は思います。

ただし、色々な面で人を選ぶ部分があります。

次の条件に当てはまる人であれば、論文博士という選択肢も現実的になってくると思います。

  • 既に、研究活動により、博士論文に書く内容が概ね固まっている

  • 博士論文に記載する内容の一部が既に、査読付論文として公表されている

  • 論文に関連する分野で国立大学の先生のコネクションがある

  • 博士論文に記載する内容に新規性、有用性、信頼性が確保されている(※)

※ 最後の項目は課程博士でも必須ですが、以下の2点で難易度が高いため記載しています。
①相談する段階である程度担保されている必要がある
②副査面談等で主査とは違う角度で厳しい指摘を受ける場合もあり、その場合のリカバリーのハードルが上がる

おわりに

本記事では、「論文博士と課程博士の違い」について、まとめてみました。

私自身は論文博士で学位が取得できたことは有難かったと感じていますし、論文博士でなければ博士論文をまとめることは難しかったと感じています。

色々な議論はあるかと思いますが論文博士という制度は今後も残してほしいと思います。

また、条件は厳しいですが、論文博士を選択できる人は、論文博士でトライしたほうが時間やお金については多少余裕ができるとは思います。(それでも時間は足りませんが。。)

この記事が、博士取得をご検討されている方にとって、何かしらの参考になれば幸いです。

なお、私のケースでは、博士論文を執筆・審査してもらった期間は1年程でしたが、査読付論文を執筆したり、論文の素地となっている現場での下積みや検討期間を含めると5~6年の時間が掛かっています。このあたりの詳細についてはまた記事にしてみたいと思います。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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