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山田尚子作品について けいおん!~たまラブ

山田尚子監督の新作「平家物語」のPVが公開されました。
私はその制作会社が長年やってきた京都アニメーションではなくサイエンスSARUであったことに驚きました。
山田監督はミクロな関係を丁寧に描くことに注力してきました。一方で平家物語は動乱の時代の群像劇であるため、これはかなりの挑戦だと思っています。
ニュース記事には京アニを離れて..とあり、私は京アニを退社された可能性が高いと考えています。これを機に山田尚子作品について整理したいと思います。なお作品紹介の章についてはネタバレを多分に含むのでご了承ください。


作風

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山田尚子作品について分析的にみるとその特徴は心情描写、構図、メタファーという要素に強く表れています。其々が有機的に結びついていて作品を形成していると考えています。では其々についてみていきましょう。

心情描写

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私見ですが、京アニは総じてキャラクターの芝居が他の追随を許さないレベルで上手です。細かいカットの積み重ねでキャラクターの行動原理を説明しています。例えばヴァイオレット・エヴァーガーデンの一話でホッジンズとヴァイオレットが面会した場面でホッジンズが拳を強く握りしめるシーンが印象的です。作中で「人は口に出したことがすべてではない」という言葉が出てきますがそれはまさに京アニが体現してきたことでしょう。

その中で山田尚子作品に着目すると、その密度が突出しています。
聲の形以降は牛尾憲輔氏が劇伴を担当しており、より重厚感が増しています。
例えば、リズと青い鳥ではわずかなまばたきにキャラクターの心情を籠めています。劇伴と作画が静謐な雰囲気を支えるとともに、二人の関係性を暗喩する役割をも果たし、独特な世界観を創り上げているのです。感情の機微をここまで精緻に描くアニメ監督を私は他に知りません。

構図

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山田尚子作品では真ん中に線があって左右にキャラクターを置く構図が頻出します。これは二人の関係性や心の距離を表しています。
ローアングルやキャラクターを真正面から撮るなどのカメラワークから小津安二郎の影響を受けているとされています。
監督のインタビューによると他にも実写映画から多様なインスピレーションを受けているようです。以下参考動画です。


メタファー

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硝子が抱えるシクラメンの花言葉は「はにかみ・内気」

花言葉や小道具を使ってキャラクターの心情やテーマを表現していることも少なくありません。たまこラブストーリーではたまこが扱うバトンやもち蔵の部屋でぐるぐる回っている鉄道模型に意味が込められているといえます。

エンタメ性

ここまで理屈をもって色々と述べてきましたが、要は1カット1カットの情報量が多く、それ自体で楽しめる部分が大きいということです。二回三回観ても楽しめるし、新たな発見があります。
一方で一般向けする感動をしっかり提供しているのも山田作品の良いところと言えるでしょう。これはたまこラブストーリーや聲の形のラストにみられます。

具体的な作品についても語っていきます

けいおん!

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原作 : かきふらい(芳文社 「まんがタイムきらら」連載)
監督 : 山田尚子
脚本 : 吉田玲子
キャラクターデザイン : 堀口悠紀子
アニメーション制作 : 京都アニメーション
https://www.tbs.co.jp/anime/k-on/k-on_tv/staffcast/staffcast.html より

原作付きですがアニオリが非常に多いとされています。

個人的に一期の評価は高くないです。(番外編はかなり好き)が二期と映画を高く評価しています。
光の演出などはこれが初出でしょう、何より女子高生の機微を丁寧に捉えているのには舌を巻きました。
個人的には響けユーフォニアムの方がストーリーとしては好みなのですがけいおんは演出のクオリティーが非常に高く、自然に引き込まれ、気づいたときには強く感情移入していました

2期26話の走るシーンは派手なことは全くしていませんが、感動的なシーンです。これは1期と2期で積み重ねた描写と物語がなせる業だと思っています。

現在でも日常系アニメの金字塔といえる作品なのではないでしょうか。

たまこまーけっと/ラブストーリー

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監督 : 山田尚子
脚本 : 吉田玲子
キャラクターデザイン : 堀口悠紀子
アニメーション制作 : 京都アニメーション
http://tamakolovestory.com/staff-cast/  より

レトロな雰囲気に包まれています。商店街、糸電話、ガラケー、レコード、ラジカセ、上をむいて歩こう...など。その雰囲気がとっても素敵な作品です。

たまこまーけっとは商店街の人たちの温かさが感じられる作品になっています。デラという鳥が来ても商店街の日常は何一つ変わりません。平凡な日常が描かれます。逆に言えばしゃべる鳥がくるぐらいでは変わらないある意味強固な商店街を描いていると言えます。

山田監督がけいおん!で描き切れなかったテーマを描くために創ったのがたまこまーけっと/ラブストーリーなのではないかと思うのです。
ローカルなコミュニティとのつながり、家族とのつながり、同級生との比較、恋愛、進路選択などなど

続編のアニメ映画たまこラブストーリーは恋愛ものの傑作と言っていい出来になっています。TVシリーズと違って非日常が描かれていてメリハリが感じられます。
そのストーリーは古典的なものですが過程をしっかりと描くことによって感動的な作品に仕上がっています。ここから内容の本質に関わるニッチな話をします。まだ観ていない人は読まない方がいいかもしれません。



この作品のメインストーリーはたまこともち蔵の恋愛ですが他にそれと同じくらい重要な関係性があります。それはたまことたまこの母親,ひなこの関係性です。なぜ重要なのかというとメインストーリーのトリガーを引いているのがひなこだからです。というのもメインストーリーは

もち蔵は告白するかどうか悩んでいる

みどりともち蔵の駆け引きをきっかけにもち蔵が告白を決意する

もち蔵がたまことの会話で告白する気を一時的に失う



もち蔵は告白を再び決意する

もち蔵がたまこに告白する

たまこは調子を悪くする。

たまこは平常心を取り戻していくがもち蔵にどう接したらいいかわからず、もち蔵への好意をもったまま返事を保留する。他の女子に相談する。彼女らから背中を押してもらうが失敗する。



たまこは告白の返事をする心の準備を完了する

バトンを掴むことに成功する

もち蔵に告白の返事をする。

となっています。①と②という重要なタイミングでひなこが関わっています。順にみていきましょう

「あのさ、お餅ってさ。ちっこいのに色んな人を幸せにするんだよね。私なんかお餅の何倍も大きくなったのにまだまだ全然かなわないよ」
(ここからたまこが子供のころの、母親ひなこについての回想が挿入される)
「柔らかくてさ...白くって...優しくって...いい匂いがしてさ」
「あったかいんだもんなあ」
(もち蔵の子供のころの回想、ひなこがいる)
(もち蔵は目を見開く、風が吹く)
(たまこが笑顔になる)
「わたしもそんなひとになれないかなと思ってるんだ。なれるかな...」
「御免、私の話ばっかりしちゃったね」
以下告白のシーン

夕日の色味も相まって私の大好きなシーンですが、ここでは重要なことを語っています。

まずお餅について語るときにひなこを回想していることからこれはひなこを語っていることを暗示しているように思えます。たまこにとってはお餅=ひなこなわけです。たまこはお餅が好きなわけですからたまこは亡きひなこをこの上なく大事に思っているということが分かるわけです。

ここで大事なのはもち蔵もそれを共有していることです。

これがトリガーとなってもち蔵はたまこへの思いを取り戻し、告白に至るわけです。

その後たまこにとってはお餅=もち蔵になります。面白いですね

たまこはもち蔵との関係を変えるのが怖いと言っていました。なにもこれはたまこだけではなくもち蔵もそうです。たまこに告白はなかったことに..と言ってしまうのもそういう心理だと思います。

豆大が録った恋の歌をあんこと聞いていたあとにひなこが録音した歌を偶然聞くことになるのですがその後たまこはお餅スランプを脱却します。
亡きひなこからここで大切なものを受け取ったと思います。(具体的に書くとめっちゃ長くなりそう)

考察については正直自分だけでは網羅できない(し根気がない)のでいろいろな方のサイトを参考にされるといいのではないかと思います。
そのうえで印象的なシンボルについては少し話したいと思います。

りんご

りんごがよくでてきます。ニュートンの万有引力を連想させるアイテムとして使われているようです。惹かれあうみたいな感じですか。

By always thinking unto them 
年がら年中、そのことばかりを考えていただけです。

はニュートンの言葉ですがもち蔵の心のうちでしょう

月が地球の周りをまわっているところが一瞬出てきますがそれはみどりの「もち蔵はたまこの周りをぐるぐる回っている」という指摘とリンクするところがあります。

たんぽぽ

花言葉は「愛の神託」「神託」「真心の愛」「別離」です。この作品にぴったりですね。
高校卒業後は進路が分かれます。綿毛が飛んでいくのがよくでてきますが別離を象徴していると言えますね。かなり効果的に使われていると感じました。

この後はキャラについて話そうと思います。

史織

最初のたまこバトンキャッチ失敗の時の、外から体育館を撮ったカットが史織とたまこ,みどりの対比になっています。

留学という決断をする史織と保守的なたまこや進路があまりしっかり決まらないみどりという対比です。

みどり

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常盤みどりはこの作品の中で一番リアルを感じられ、生々しささえあるキャラクターです。
進路はなんとなくというのも周りでよく聞く話ですし、たまこへ複雑な感情を持ちながら言葉に出さないというのもシンパシーを感じるところです。最後はたまことかんなの背中を押して疾走して終わったわけですが彼女の胸中がとても気になります。
みどりのもち蔵への台詞が矛盾していますが、裏の心を考えると納得できます。結構好きなキャラです。

たまラブの総括

平凡に観れば丁寧に作られた王道恋愛映画です。
緻密な映像表現など素晴らしいものばかりで本当に何回観ても飽きないです。
少し注意深く観ると亡き母親、日常との対比、常盤みどりという観察者の存在、無数のメタファーなど随所にこの作品の深みを感じることが出来ます。
テレビシリーズというハードルはありますが多くの方々に是非観てほしいと強く願う作品の一つです。

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