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「熱」 4年龍前 大翔

小学生の頃、ロン毛がトレードマークでセレクションや選抜のコーチに覚えてもらえるように母に髪を切るなと言われ、色んなところで「あのときのロン毛のやつ」って言われるようになっていた。

それから10年以上が経ち、大学サッカーも残りわずかとなった。

去年のこの時期、引退間近の4年生のnoteを見ながら

来年どんなこと書こうかな、良いこと書きたいな、

そんなことを考えているうちに、気づけば自分の番になってしまいましたか…



ご挨拶遅れました、
10人に1人の逸材こと、日大の広報部TikTok長
4年龍前大翔です。



バスケットボール日本代表がパリ五輪出場を決めたテレビを見ながら、

「日本代表以上の感動を与えるnoteを書く」

そんな冗談はさておき、このnoteを読んで少しでも良かったと思ってもらえるように、そして後輩のみんなが書く番になったとき、もう1度読み返したいなと思ってもらえるそんなnoteにできたらいいなと思います。

1日を通して、睡眠とサッカー以外は無意識にふざけている僕ですがこれまでの大学サッカーを本音で振り返ろうと思います。

長いかもしれませんが、少しだけ時間をください。


高校ではなんの活躍もできなかった自分が、
「大学卒業後にプロになる。」そう決意して日本大学サッカー部に入部した。


しかし、スタートラインは全員が同じではなく、当然Bチームからのスタート。


それでも絶対にトップチームに上がる、そう思いながら毎日を過ごしていた。



サッカーをやってきたみんななら必ず「きっかけ」があると思う。




例えば、あの試合があったからスタメンになれた、あの大会で活躍したから何かに選ばれた、もしくはあのミスで試合に負けた、あの怪我でメンバーを外れた、人それぞれ必ず「きっかけ」があり、



自分にとってもそんな大きな「きっかけ」があった。



それは大学2年の12月に行われた新人戦全国大会



それまでBチームだったが自分は、新人戦の全国大会のメンバーに選ばれ、優勝は逃したものの、全国3位という結果を残し、翌年には目標としていたトップチームにあがることができた。



本当に嬉しかった。





やっと関東リーグに出られるチャンスが来た。





それ以上に嬉しかったことがもう1つ。





背番号の発表、「7番」だったこと。






今でも覚えている。群馬の遠征帰りに発表されたあの日、確かに7番に名前があった。


まさかだと思った。写真を何回も見返した。こないだまでBチームだったやつが7番をつけるなんて、誰が想像できただろうか。



プレッシャーなんかよりも、嬉しくて、帰りのバスで寝れなかったのを覚えている。



結果を出せばプロに…



そんなことさえも思った。


そして関東リーグ開幕。必ず活躍してやる。


しかし、そんなに甘くはなかった。


あんだけ意気込んでいたものの、前期は何の活躍もできなかった。


メンバーには入っていたし、スタメンに選ばれた試合もあった。でもなかなか結果を出すことができないまま前期のリーグ戦が終了した。



前期は活躍できなかったが、後期は絶対に活躍してやる。



しかし、トップチームでの活動はここまでだった。



後期のリーグ戦に入る前、自分の不注意で入院をすることになった。サッカー中ではなく、私生活での怪我だった。



退院後、試合メンバーに戻れるどころかBチームに落ちてしまった。それでもすぐにトップチームに戻れるであろう。そんなことを思いながら、チームは好調だった。そして最後まで自分がトップチームのメンバーに戻ることはなく、後期が終了。チームは1部昇格。



嬉しかった反面、心の底から喜べない自分がいた。正直、本当に悔しかった。



完全に過信していた。なんの結果も出してないのに7番をつけた自分が情けなくなった。
あの昇格の日、部屋で自然と泣いていた。



こうなったことは当然だったと思う。



怪我をしても、チームとして絶対的な存在であればすぐに戻れたであろう。でもそこまでの選手ではなかった。努力が足りなかった。自分では怪我のせいだと言い聞かせていたけど、ただ能力がなかっただけだった。


それでも来年こそはトップチームで活躍してやる。




そして遂に最高学年となり、ラスト1年となった。ここで活躍しなければプロになれない。そう思いながら登録の発表があった。




自分は社会人チームの登録だった。悔しくて悔しくてたまらなかったし、認めたくなかった。でもなんとなく予想はしていた。





同時に、今までのチームメイトが次々と内定のリリースを出していた。すごく嬉しいことなのに、焦りがあったし、どこかで悔しさや劣等感を抱くようになっていた。



それでも社会人登録された自分は、なぜかサッカーに対しての熱だけは冷めることがなかった。それは今も変わらず。目標としているプロになるための土台にも立てていないのに。 


なぜだろうと考えたときにここまで変わらずいれたのは、同期の存在が自分にとってすごく大きかったんだと感じるようになった。


まずは、中学から大学までの約10年間、寮生活で一緒に過ごしてきた同期は、大学1年からトップチームでプレーをしていた。多くの刺激をもらっていたし、ポジションは違えど負けたくないと思わせてくれた。



その他にも、早くにプロ内定を獲得し、絶対的存在となっている選手や、




大怪我を負っても諦めずリハビリやトレーニングを重ねて、今ではチームの中心人物として熱くプレーしている選手、



誰よりも自主練や筋力トレーニングをしている選手、



朝練終えた後に、寝る間も惜しんで何時間も試験勉強を行う選手など


挙げだしたらキリがないが、そんなチームメイトがいつも自分の心を奮い立たせてくれた。こんなに1つのことに頑張っているチームメイトがいて熱くならないわけがなかった。



例年の4年生を見ていると、トップチームとBチームではサッカーに対しての熱量に差があった。もしかしたらしょうがないことなのかもしれない。思い描いていた大学サッカーとは違い、どうしてもサッカーを本気でできなくなってしまった人を見てきた。でもそんなことを言い訳にしたくなかった。


自分の立ち位置なんか関係なく、頑張ろうと心から思えたのは、間違いなく同期のおかげだった。



プロにはなれないかもしれないけど、



“最後まで上を目指したいと本気で思った。”



ピッチ内外問わず、4年間仲間には感謝しかないです。本当にありがとう



この大学サッカーを通して後輩達に伝えたいことは、隣にいるライバルや仲間を大切にして欲しいということ。説得力がないかもしれないけど、今プレーがうまくいっていない人や試合に出れていない人、いい意味で上のやつに引っ張られて欲しい。「あいつ頑張ってるな」じゃなくて、「俺もやらなきゃ」になってほしいです。そしていつかはそんな人がチームを引っ張っている存在になっていることを期待しています。



そして先日社会人のリーグ戦最終節を迎え、昇格戦の出場権を獲得した。



どのカテゴリーも上位にいるなか、社会人の昇格戦が11月に控えている。



まずは社会人チームの目標を成し遂げ、トップチームとアイリーグチームに勢いを持たせられるように必ず昇格してみせます。
現地での応援やSNSを通しての応援よろしくお願いします!!




ありきたりにはなってしまうけど、この場を通してたくさんの人に感謝をしたい。

妹と弟へ
12歳で家を出てから大学まで寮生活だったから、長男らしいことができなくてごめん。年が離れてる分、寂しさがあったと思うけどそれでも長期休みに帰るたび喜んでくれる2人の姿を見ると、またサッカーを頑張ろうって心から思えた。本当にありがとう。

両親へ
これまで何不自由なく好きなことを続けさせてくれてありがとう。だいぶお金がかかったと思うけど、それでもずっと信じてくれてありがとう。プロになることが1番の恩返しだと思ってたけど、2人はいつも気を追いすぎなくて良いからと声をかけてくれた。サッカーの話をしてこなかったのも、サッカーの試合を観に行きたいって言わなかったのも、気を遣ってくれてたことも全部知ってる。いつも「頑張れ」って言ってくれたことが本当に嬉しかった。色んなことがあったけど感謝してもしきれない。本当にありがとう。


家族だけじゃない、他にも自分のことを支えてくれた人がいる中で、たくさんの迷惑をかけたのに、自分は何の恩返しもできてない


だから残り数ヶ月しかないこの期間で、自分のために尽くしてくれた人、支えてくれた人への感謝を示したいと思った。それは




「最後まで本気でサッカーをすること。」




恩返しとは言えないかもしれないけど、それでもせめて、やりきったと胸張って言えるようにしたい。



この13年間、振り返れば辛いことの方が多かった。それでも大好きなサッカーのためなら苦しい選択を惜しまず選べた。



「サッカーを通して培った経験は、大切な財産です」




最後までまとまりのない文章になってしまい申し訳ありません。自分の大学サッカーを振り返るだけになってしまいましたが、最後まで読んでくださり本当にありがとうございます。





そんな僕からもう1つだけ、普段は恥ずかしくて言えないけれどこの場を借りて言わせてください。












































卒業してもマツキヨ行く時は呼んでください。

龍前 大翔(りゅうまえ ひろと)

〈経歴〉
東京ヴェルディジュニア→JFAアカデミー福島U-15→JFAアカデミー福島U-18

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