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「またあとで」4年田中 丈流

お疲れ様です。スポーツ科学部競技スポーツ学科4年田中丈流です。インスタでおしゃれな写真とともに少しひねった文を投稿したり、これだけはやっておけ何選というようなSNSで世の中になにかを発信するのはあまり得意ではないですが、最後のnoteということで少し頑張ってみます。
 最後のnoteで感謝を述べるのは少しありきたりかもしれませんが、ここでは感謝を述べていきたいと思います。今からあまり何も考えず思ったことをずらずら書くので変なとこあってもそういうのは少し見逃してください。


 思えば大学4年。引退。この自己肯定感高め陽キャメンバーの中でやっていけるのかな、仲良くなれるのかな、あー辞めたい。とか思ってたあの頃が懐かしいと言えるような時期がきましたね。ほんとにあっという間でした。



 大学3年から4年にかけて就活というイベントがあったこともあり、色々過去のことや未来のことを考える時間が増えました。そんな中で出てくる嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、怒ったことの全てはやっぱりサッカー関連のことばかり。なんだか悔しいような嬉しいような。もちろんサッカーだけではありませんけどね。


 思えばサッカーをはじめたのは小学一年の頃、、とかやってるときりがないのでここでは大学でのことだけ書きます。


大学入学当初、まずスタートラインがみんなと違ったんだと思います。新入生紹介で将来の目標を書く欄があり、そこにみんなサッカー選手と書いていて、僕はピッチ内外で尊敬される選手になるみたいなことを書いた気がします。それで誰かにほんとにみんなサッカー選手になりたいんかな。って聞いたことを覚えています。そりゃそんな奴が試合なんか出れる訳もなく、1年の頃の記憶はずっとアテンドをしていたことくらいしかありません。2年になって少しずつ試合に出れるようになってきて、3年の9月頃にトップチームに上がり、4年の4月頃まではトップにいました。そこから社会人登録になり今に至ります。
1年の頃の目線から見れば結構頑張ったなと思うけど、今の目線から見ればもうちょい頑張れたかなと。でも何回この大学生活繰り返しても多分この結果なんだろうなと思います。



 早々に辞めてもおかしくなかった僕がなんでここまで続けられたんだろうと考えた時に思ったのはやっぱり周りの環境だったんだろうなと感じてます。

 3年でトップチームに上がる時に川津さんに、お前は上にも下にも引っ張られるからなと言われ、うわ、めっちゃ分かってるこの人。って心の中で思いました。そのくらい周りに影響されやすいので、オンとオフがはっきりし過ぎている人や、自分のカテゴリーじゃないのに朝早く起きてバスを送ってくれたり、次の日オフなのに荷物を寮まで運んでいる姿を見ればさすがの僕でも頑張れました。その時はオフぐらい遊べよ、暇かよ。と思ったけど、今思えば凄いなとしか言いようがないです。凄いです、本当に。
 学校生活でも同様です。学部ではほとんどサッカー部の人たちといるので、学校終わったらそのまま低酸素トレーニングに行く人、寮に帰ってそのまま筋トレに行く人、そんなエネルギッシュな人たちと一緒にいればそりゃ頑張れない訳がありません。大学でサッカーを続けたいと思ったのは、もっと凄い人達とサッカーをしてみたいと思ったからだったので、文句なし。言うことなし。です。


 こんな人達と巡り会えたのもここまでサッカーを続けさせてくれた両親、家族のおかげです。ありがとう。まさか大学までサッカー続けるなんて思ってなかっただろし、思ったより僕にお金がかかったと思います。すいません。後で返します。小学生の頃から、中学も高校もサッカー出来るのは当たり前じゃないってスタッフの方々や先生に言われてきて、その時はあまりピンとこなかったけど今確かに。と思ってます。感謝しています。
 夏に久々に家に帰ったら祖父が、多分タケルのサッカー見て元気もらってたから今まだ生きれてんだよ、多分見てなかったらすぐコロッとイッテタと言われ、うわ結構重めな話するなあと思ったと同時に嬉しかったです。大学入って見に来れる機会を全然作ってあげれなかったので、ラスト数試合ですが、すぐコロっとイカナイように頑張りたいと思います。


 他の人の最後のnoteを見てて、みんな書くこと似てるなー、とか思ってたけど結局みんな似ちゃうのだと、結局感謝だと思いました。本当にありがとうございました。

田中 丈流(たなか たける)

〈経歴〉

古河SS→FC古河→佐野日大

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