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知床の嵐(東北、北海道スクーターひとり旅⑨)
恐怖の一夜は明け
清々しい北海道の朝
襟裳岬までは200キロ余り。
今にして思えば、帯広でばんえい競馬を楽しんでから襟裳岬で一泊して海岸線を楽しみ根室へ向かう。
これがベストルートで北海道ほぼ全周になったんだけど、、、
(失業中の身、早く再就職しなきゃ)のエゴに支配されて襟裳岬は割愛して、直根室へ向かう。
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生憎の天気で水平線は霞んでるけど、北方領土返還要求の嘆願書に署名した。
ここで「浜松」ナンバーのバイク発見!
「昨日の朝、浜松を出たんですよ」
「ええっ?!じゃ、高速で?」
「いや下道で」
「ええっ?!、、、、、」
「いや、そう言うの好きだもんで」
いくら「好き」ったって、高速使わず丸1日で千キロ以上走り続けるとは、、、、、
出来ないしょフツー。
絶句しました。
もしかして8耐ライダーか、メーカーのテストライダーかな?
聞けば良かった。
こっちは1週間かけて辿り着いたのに、凄まじい体力気力ですね。
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ところで署名運動の記帳には、意外にも静岡勢の比率が多かった。
やっぱしバイクの本場だから、ライダー天国目指して来てるのかな。
出発前から「道東は寒いよ」と聞いてたけど、まさか9月中旬にそんなに寒くもないでしょ。
ましてや横浜、東京は暑いし防寒着なんて、、、、
と甘くみてたのが間違い。
持参したトレーナーやダウンベストでは足りず、
「しまむら」でガチャピンだかムックみたいなモコモコと、股引き買ってみた。
これでようやく寒さをしのげそう。
イマイチ天気の冴えない納沙布岬を戻る事にして、いよいよ北海道中の北海道、知床へ。
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ぼんやりだけど、ついに知床半島を発見!!
「あれ、知床じゃね?!」
一気にテンションはMAXに。
ところがまさか知床で、北海道の旅も最大の試練が待ち構えていたとは、この時はまだ知らぬが仏でした。
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珍しく暗くなる前にキャンプ場の予約を済ませ、知床半島のどん詰まりまで行ってみた。
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滝があったり、「知床旅情」通りに遥か国後が見えたり。
でもあんなに近くなのに、ロシアに占拠されてるとは不自然にも程がある。
返しなさい!!
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相泊までで舗装路は終わり、ここから先は極地探検だからとても無理。
あとは想像の世界です。
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テントサイトの周囲にはヒグマ避けの電線があっても、下にトンネル掘って通り抜けるらしい。
スティーブ・マックウィーン並の知能ですかね。
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国営のキャンプ場だけど、知床は熊銀座、いや熊のスクランブル交差点なので、周囲にテントが張ってあるなるべく内側を選ぶ。
熊が出ても若い人達に先に食べられてもらう作戦。
ニュースなんかで事故で若い人が犠牲になると、どうせなら年寄りが犠牲になれば、、、
なんて思うけど、いざ自分の事だとうらはらですね(^.^;
夜になって道路の向こう側の「熊の湯」を地元民に紛れ込んで楽しむ
「チン◯ン洗ってから入るんだよ」とか冷やかされたけど、熱くて1分も入ってられない。
熱湯風呂じゃん。
亡くなった上島竜兵さんを思い出した。
ま、後々テレビで「知床の秘湯」って紹介されたし、ほっこり気分で名所のひとつを楽しんどいて良かった。
星空こそ見えなかったものの、タダで温泉も入れたし、穏やかな気分で寝たのがたぶん9時すぎ。
隣のテントのおにいさんが、走ってテントに戻る足音で目が覚めてしまった。
起きついでにトイレに行く事に。
少し雨が振り始めてたけど、まだ小降りだし小走りでトイレを済ませた。
まだ11時か、、、
異変で目が覚めた。
ビューーーーー、バサバサバサ!!左側遠くから強風がやってくる。
天井の金属ポールが右に30cmばかしひしゃげて揺れる。
床がめくれ上がって左に置いといたバッグに体を押される。
凄まじい嵐。
テント下に敷いといた断熱マットが滑り、体が右に右に持って行かれる。
早い例えがディズニー・シーの「タワーオブテラー」
隙間から雨が侵入して足元が冷える。
今度は足の方へ押される。
四つん這いになって、勢いでテントごと滑らせてマットの上に戻る。
まだ2時だ。
時折静かになるんだけど、またあの絶叫マシンがやって来る。
他の人達はどうしてるのかな?
とか思いつつまだ余裕があって、揺れるポールの動画を撮ったりしてた。
いよいよ困ったのがトイレ。
60代も後半になって、夜中に2〜3回トイレに行くのが慣習。
我慢するしかない。
ところでこの旅行記、
何人かの方々が読んで下さり始めている様子で、有難うございます。
ここから先は恥を忍んで実体験を正直に綴ります。
不愉快に感じられる方もいらっしゃるかも知れませんので、冒険記に関心の薄い方は読み進まないようお願い致しますm(_ _)m
さて困った。
小は勿論、大の方も模様して来た。
寝ているハズの悦子さんにメールしながら、下半身不随で紙オムツしてた愛犬
「ジジみたいにするしかない」
と告げつつ考えた。
時折静かになるので小走りでトイレに行っても、用をたしてるうちにまたあの絶叫マシンが来たらテントが吹っ飛ばされるのは間違いない。
近隣住民にケガでもさせたらヤバいし。
結果論だけど、20分位静かだったタイミングを逃した。
究極の仕方なくだけど、一束持参したティッシュを3分の1位重ねて、和式姿勢でティッシュの上にニュルリ。
ビニール袋で包んだけど、
なんとなく罪悪感もあり、生温かいビニール袋を3重に縛った。
でもまくら元に自分の分身が置いてあるのって、
ホッとしたけどスッキリしないなあ。
次はこの状況からどうやって脱出するか?
嵐が収まるまで?
いつになったら収まるの?
段々明るくなって来たので覚悟を決めて、ヘルメットを被って荷物もまとめて靴も履き、片足でテントを踏んづけながら外に出た。
ひしゃげてしまったポールを外して、
しぼんだテントを踏んづけながらレジ袋に丸め込む。
畳む余裕なんてないよ。
作戦成功。
命からがらみたいな脱出劇のこの日に、さらなる恐怖が待っていたとは。
走行距離383㌔。
※追記ですが、
検索したらエベレストなど登山する場合、やはりテント内で用を足すのが常識とか。
それをベースキャンプ脇の空のドラム缶に溜め込む。
重くて運び下ろす事も出来ず、シェルパも含めて1パーティ数十人から最大二百人分が、、、、、、
なんて正当化したくなる程の罪悪感に苛まれた一夜でした。
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