お金よりも欲しいもの

 もしも自分の望みがひとつだけ叶えられるとしたら、何を望みますか?
以前はロト6の1等(キャリーオーバー付き)を望んでいましたが、お金だけではどうにもならないことがあるのです。
 今、わたしが欲しいものは標準サイズの『 アゴ 』 と、それに伴う頑丈な歯質の歯、そして健康的な歯茎です。


 少々、昔話をさせてください。
昭和時代にわたしが産まれたとき、出産に立ち会った産科医は
「身長も体重もふつうの新生児の半分しかない。おそらくこの子は20歳まで生きられないだろう。」
と、両親に言いました。
 そのとおり体重が1600gしかない未熟児で産まれたわたしは、標準的な新生児3000gと比べると身体がひとまわり小さかったため出産直後から保育器に入れられました。そして3ヶ月後、体重が2500gまで増えてから退院したそうです。

 そのような経緯があったせいか両親は、長く生きられないならせめておいしい物をいっぱい食べさせてあげようと甘いお菓子を大量に与え、なにかにつけて甘やかして育ててくれました。
 長く生きられない我が子になにかしてあげたいというその気持ちを責める気はありませんが、おかげで小学校入学前には口の中が真っ黒。
 毎日毎日、ご飯のあとに甘いお菓子、飲み物は甘いジュースばかり飲んでいたので前歯も奥歯もぜんぶ虫歯になってしまったのです。
 さすがに保育園の歯科検診で両親に指導が入ったらしく、このころから歯科医へ通い始めました。

 そして月日は流れ、永久歯に生え変わったあともまだ歯科医に通っていました。乳歯が虫歯になると歯茎の中に膿袋ができてしまい、そのあとに生えてくる永久歯は膿に毒されながら形成されるため、歯のエナメル質が通常よりも弱くなります。そうなるとわずかな酸だけでも歯が溶けてしまうので虫歯になりやすいのです。
 極端なことをいうとオレンジやグレープフルーツなど酸味が強い果物を日常的に食べているだけで、歯の表面がどんどん溶けていくようなものです。
今でこそ、「酸蝕歯」 という症状や病名がありますが、当時は歯磨き不足という診断で片付けられていました。

 わたしの場合、さらに悪条件が重なりました。もともと頭蓋骨が小さかったうえに、甘い物や柔らかい物ばかり食べていたせいでアゴの骨がほとんど成長しませんでした。そのまま永久歯に生え変わったので下の前歯は横1列に生え揃うスペースを確保できず、ガチャガチャに重なり合って生えてきたのです。おかげで重なり合った部分や、上下の噛み合わせが複雑になった部分に歯ブラシが届かず、様々な場所にくりかえし虫歯ができてしまうので、歯科医へ行くたびに受付のお姉さんから
「また来たの? そんなに歯医者が好きなの?」
と、言われる始末でした。


 もちろん見た目にも健康的にもよくないので、就職して貯金ができてから歯列矯正の相談に行きました。 
 しかし当時の歯科医は難色を示したのです。その理由として 
① わたしのアゴが小さすぎて一般の歯科医では技術的に無理だし、そもそも設備が足りない。整形外科と口腔外科、歯科専門医が常駐していて、なおかつ専門的な設備がそろっている大学病院でないと難しい。

② やるとしたら、まずスペースを確保するために上下の奥歯を1本ずつ抜いて、そのスペースを埋めるように全体的に少しずつずらしていって、全体のかみ合わせを調整しながらになるので完治には3~4年かかる。

③ 実際には親不知が4本、それも収まるスペースがないゆえに4本とも横倒しに埋まっているのでこれを先に処置する必要がある。しかもまだ出てきていないから歯茎を切り開いての分割抜歯×4本分をやって、それから親不知を抜いたスペースを活用できるかどうか、それによって上下の奥歯を抜くか抜かないかを検討せねばならない。それだけで半年はかかる。

④ 歯質が弱いので矯正器具を装着すると、そこから歯が欠けたり虫歯になる可能性が非常に高い。それらを治療しながらになると手間も時間もかかるし、さらにお金もかかってしまう。

⑤ 上記の診察、手術、経過観察、薬の処方、矯正器具の作成や細かい調整などが保険適用になるかどうか分からない。保険適用になったとしても全部終わるまで最終的に100万円以上かかるだろう。


 ちょっと待って? なんで保険適用外になるの? 治療なんだから適用になるはずじゃないの? どうなってるのよ?

 当時の歯科医の考え方は、たしかに私の歯並びは悪いけど、すでに親不知以外の歯が全部生えそろった状態で噛み合わせも完成されている。
 親不知も横倒しだけどまだ出ていないので炎症も起きてないし、痛みも出てないからわざわざいじる必要がない。つまり治療扱いにならない。
 歯並びをいじりたいのは完全に患者本人の意志であるから、治療の範囲を超えた美容整形の域に入る可能性が高いため、保険適用外になる。
 適用外になった場合、これだけ複雑な歯並びとアゴの小ささを考慮すると最終的な金額が200~300万円になってもおかしくない。

 この頃は、まだ歯並びの予防歯科という考え方が一般的ではなかったので保険適用外になるのが当たり前だったようです。どうにか保険適用にならないかと色々検討してもらったけど、当時は適用外しかなかったので諦めました。
 結局自分の歯並びはガチャガチャのままです。それでも一応、人並みに結婚できたし子供もいないので虫歯の心配も歯並びの心配もしなくて済みます。 結果オーライ! めでたしめでたしで終われば良かったのですが。

 今現在、まだ歯科医に通ってます。加齢による歯茎の劣化と、歯槽膿漏の前段階に片足を突っ込んでいる状態だと診断されました。歯の治療が終わったのに、次は歯茎の治療です。
 フロスも歯間ブラシも使って丁寧に磨いているし、歯槽膿漏専用のマウスウォッシュも使っています。

 もう、お金なんかいらないから誰か、わたしに頑丈な歯と健康的な歯茎をください。 お願いします。


                        おわり
 



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