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50代になった。無職になった。その②

その人から仕事の依頼が来たのは、理不尽な出来事に心が折れた直後のことだった。

出来事そのものへの不満や失望というよりも、この程度のことで自分はいとも簡単にやる気を失ってしまうのかということにショックを受け、半ば茫然としていた。
「この程度のこと」と割り切れる強さ・ある種の「鈍感力」とでも呼べるものを半ば無理やりにでも身につけなければ、この仕事を続けていくことは遅かれ早かれ難しくなるだろうと思った。

家事代行に限らず社会に出て何らかの仕事をしていく上では「鈍感力」はある程度はあった方がいいのだろうと思う。
それが自分を助け、支えてくれる力になる場面は少なくないだろう。
でも、「好きなこと、得意なこと」を仕事として自ら選んだという事実と「鈍感力」を身につける必要性は、私の中で両立させづらいものだった。

私の場合であるが、一般的な会社勤めをしているのであれば「鈍感力」の必要性・有用性は納得しやすく、身につける努力もある程度まではできる。
その努力・我慢の限界を超えたから会社を辞めたのであり、「好きなこと・得意なこと」をあえて仕事として選んでみたのだった。
もちろん、ある程度の「鈍感力」が必要になるであろうことも覚悟していたつもりだった。
その結果として分かったことは、「鈍感力の絶対的な不足」ということだけではなく「自分の甘さ・弱さ・本気度の低さ」だった。

「好きなこと、得意なこと」とはいえ、それを仕事として始めるのは私としてはかなり勇気のいることだった。
それでも、少しでも可能性がある方へ一歩でも進まなければと、不安や億劫な気持ちと戦いながらひとつずつ課題をクリアしていった。
ふとした時に湧き上がる「楽しい」「嬉しい」「好き」という気持ちを取りこぼさないように集めて、時折消えそうになる「やる気」の小さな炎に必死で焚き付けていた。
そう、必死で・・・

なぜ、「好き」や「楽しい」を維持するのに「必死」にならなければいけないのだろう。
それらは自分の中から自然とわいてくるものではないのだろうか。
そうであれば、今の自分はそういう状態ではない。
だとしたら、今感じている「好き」や「楽しい」は「本物」ではないということだろうか。
私が「本当の気持ち」だと思っているものは、実は違うのだろうか。

そんな悶々とした気持ちを抱えたまま、私は依頼者のお宅へ伺った。

私よりいくつか年上のその女性は、エプロンをつけようとしている私を大きなダイニングテーブルの椅子に座らせた。そして、自分は歌手であること、会社を立ち上げたばかりでスタッフを探しているところだということなどを話し始めた。
歌に対する思いや手がけていく事業のコンセプトなどを熱く語る彼女の話は、それらの原点となっている自身の生い立ち・半生のことにまで及び、私は彼女の持っている世界にすっかり引き込まれてしまっていた。

波乱に満ちた半生の中で心を病んでしまい、自分を癒しながら在り方を模索してきた彼女が手にしたのは「好きなことを好きな人とやって生きていく」という強い思いだった。
ひたすら話を聞く私のどこを気に入ってくれたのか明確な理由は今でもはっきりとは分からないのだが、彼女は私に事業の手伝いをしてほしいと言ってくれた。
自分の進むべき方向を見失いかけていた私は「これも縁・出会いなのだろうか。自分を変えるきっかけになるのだろうか」と思いを巡らせつつ、「少し考えさせてください」と答えた。

スピリチュアルな世界観を持つ彼女からは、その後も様々なメッセージが送られてきた。
私との出会いの意味や今私が置かれている状況についての記述など、数秘術やタロット占いで出てきたものを紹介してくれた。
私自身はそのような世界観を否定せずハマり過ぎずという立場でいたいと思っていたので、彼女との多少の温度差はそのままに、送られたメッセージの中で腑に落ちる部分だけを取り込むようにしていた。
それでも、いつの間にか私の内側はじわじわと影響を受けていたようで、眺めていたいくつかのメッセージにピンときたある日「お手伝いさせてください」という返事を送っていた。
それから数日間、期待と一抹の不安を抱きながら彼女からの具体的な指示を待った。

「予感」がし始めて2,3日が経った頃、彼女から連絡が来た。
彼女は、再び心の病を発症してしまっていた。
傷ついた過去の記憶を乗り越えたつもりでいたけれど、「好きなことを好きな人とやって生きていく」という思いで記憶に蓋をして心の奥にしまいこんだ状態だったのだと思う。
彼女からの最後のメッセージは「家の掃除を今後もお願いしたいけれど、入院するかもしれない。あなたはあなたのことを最優先にしてほしい。」という内容で終わっていた。

実はこのメッセージが届いたのとほぼ同じ時期、私も原因不明の体の痛みに悩まされていた。
体の状況や病院での医師の様子から見て、「もしかしたら難病を発症したかもしれない」という不安に襲われ、難病指定医を探したり公的補助について調べたりと、かなり現実的な覚悟をもって準備?をしていたところだった。
難病診断が確定すれば彼女の仕事を手伝うことは難しくなるかもしれない。
断るなら早めに連絡をしなければ・・・そんなことを考えていた矢先に、彼女からのメッセージが届いたのだった。

診断の結果は、シロだった。
処方された抗生物質を一週間飲み続けたら、嘘のように治ってしまった。
はっきりした原因は分からないままだ。

ここまでの一連の出来事は「私が進むべき方向はそちらではない」というサインだと捉えてみよう。そう思った。
私はスピリチュアル的思考にどっぷり浸かるつもりはないけれど、「直感・ひらめき」といったものを信じて行動したいという気持ちはずっと持っていた。
彼女との出会いをきっかけにタロットの世界を知り、そこからのメッセージに深く納得し、少なからぬ影響を受けていることも事実で、そのことも含めて全ての流れがいわゆる「引き寄せ」なのではないかと強く思った。

私が今まで一番やりたかったこと、それが分かった気がした。
私は自分の感覚・直感・ひらめきを信じて選択・行動したい。
それによって起こってくることを受け入れ、追いかけてみたい。
これが今の私の「本当の気持ち」なのだとようやく気づき、そして受け入れた。

50代に足を踏み入れた大人が、身近な人たちに堂々と言えることではないと思っている。
自分でも「おかしい、甘ったれている、現実をきちんと見ていない、弱い」という言葉を心の中で何度も繰り返しつぶやいてきた。
そうやって私も「本当の気持ち」に蓋をして、何とか周りに合わせて生きてきた。ずっとそうやって生きていくしかない、それが当たり前だと思っていた。

でも、半年前からそれができなくなった。
おそらく多くの人ができているであろうことー毎日きちんと会社に通って仕事をしてお給料をもらうーが、私には様々な点で難しいということを改めて認めなければならなくなった。
そんな自分が無理なくできる働き方を真剣に探っていく必要性も痛感し、思い切って始めた新しい仕事に対しても現れてきたいくつもの不安。
何かが違う。何かを見落としている。何かが見えていない。
言葉に表すのが難しいもやもやとした「感じ」。
私が信じるべきは、目の前にあるその「感じ」だったのだ。
続く。

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