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シリウスの影

夜空にある1番輝く星。光があれば影が出来る。
光が強ければ強いほど、影は濃くなる──
影が覆うものはなにか?

注意)このお話は中国風にしておりますが、あくまでもファンタジーです!

〜登場人物〜
スー:殺し屋。10代後半から20代前半。偽名はユエ。性別不明、身軽。中性的な美しい顔立ちをしている。男女不問
イー:殺し屋。スーと同じ組織の一員。スーよりも少し年上で組織の先輩に当たる。皮肉屋。男女不問(男性推奨)
ラオ:組織の幹部。スーやイーたちを育ててきた老獪(ろうかい)な雰囲気を持つ男。年齢不詳
メイファ:ヤン メイファ。誰にでも優しい名家の娘。10代後半から20代前半。もうすぐ嫁入りが決まっている
家人:ヤン家に仕えている。30代後半から40代前半くらいの女性
薬草師:メイファの化粧品を取り扱っている(イーと兼役)

*少しだけ補足を…
この台本は多人数用台本です。
スーは主人公なので男性女性どちらでも可能です。
今回はスー以外は全役性別固定ですが、唯一!イーの薬草師を男性でも女性でもやれるかもしれませんので、女性がイーを男声でやれそうでしたら演じていただいても可能です。
子供と母親は本編には殆ど関係ないのでそれっぽければ誰が読んでも構いません。
お楽しみいただければ幸いです。

※※※※
子供「ねぇねぇ、お母様!あのキレイなお星様はなぁに?」
母親「あのお星様はねぇ、このお空の中でいちばん明るいお星様なのよ」
子供「いちばんなの?」
母親「ええ、そうよ」
子供「すごーい!いちばんなの!?すごいねぇ!」
母親「あのお星様にはね、兄弟がいるの」
母親「でもね、その兄弟星は探したらダメなの」
子供「どうして?なんでダメなの?探したらどうなるの?」
母親「探したらね……、」

※※※※本編※※※※

イー「よ、お疲れ」
スー「ああ…イーか」
イー「冷めてんなぁ、相変わらず。『あんな』ひどい任務の後でもホント変わりゃしねぇ」
スー「俺にとっては任務は任務、だ。何も変わらない」
イー「はっ、さすがだよ」
スー「……お得意の皮肉か?」
イー「いや、本音だよ。毎日血にまみれた仕事をしてるんだ、心が壊れるやつだって少なくはない。そんな中でもお前さんは長くこの仕事を続けてる。それはこの組織にとってみれば貴重な存在だろうさ」
スー「……どうでもいい、そんなことは」
スー「それに、長くこの仕事をしている、という点ならそれこそお前の方こそ長いだろうが」
イー「まぁ、そう言いなさんな。何事も長くやるにはコツがあるのさ。あとは幹部相手にどれだけ上手く立ちまわる事が出来るかってことだよ」
スー「…おい、何か用があったんじゃないのか、イー」
イー「ああ、そうだ悪い悪い。ラオが呼んでたぞ」
スー「戻った早々か…はぁ」
イー「戻ったから、でもあるんだろ。仕方ないさ。取り敢えず、行ってこいよ」
スー「……ちっ」

※※※※

スー「ラオ」
ラオ「来たかい。待ちかねたよ、スー」
スー「黙れ、ラオ。俺を呼ぶのにイーを使ったあんたが悪い」
ラオ「そう言うな。あれはあれで気を遣っているんだよ。まぁ、こちらに来て座りなさい。酒でも飲むかい?」
スー「そんな気回しなど余計なお世話だ。それで? 次の依頼が来てるんだろ?」
ラオ「話が早いな」
スー「フン、あんたの用事なんてそれくらいなもんだろ。組織にとって、俺たちは道具でしかないからな。道具は壊れたら補充すればいい、それぐらいにしか思ってないだろ、どうせ。だから幾らでも酷使出来る」
ラオ「そうでもないんだがねぇ」
スー「…もういい、早く依頼内容を話せ」
ラオ「いつも通りだ、手段は選ばない」
スー「期限は?」
ラオ「明後日の日からひと月、長くてもふた月の間に」
スー「なら、的の行動を見る時間があるな」
ラオ「期間は好きなように使ってもらって構わないとの事だ。確実に仕留めてさえくれれば、ね」
スー「…」
ラオ「的はメイファ、商家のお嬢さんだ。このお嬢さんが近々嫁ぐんだが、嫁がせたくないお方もいてね」
スー「よくある話だな」
ラオ「そういうことだ。それでこの話が私たちのところに来たんだ。結婚までに始末しろとの事だ」
スー「分かった」
ラオ「都(みやこ)の商家のお嬢さんだ、簡単だろう?」
スー「手段を選ばないなら簡単だな」
ラオ「さすがだ」
スー「…準備にかかる」
ラオ「つれないねぇ、もっとお前とは他の話もしたいものだよ」
スー「あんたと話す事は仕事の話だけで十分だろ」
ラオ「……これでも、お前の事を育てた身としては子供のように大事に思っているんだがねぇ」
スー「ふん、どうだかな。言うだけなら何とでも言える」
ラオ「悲しいもんだね(クスクス笑う)子供に信じてもらえない、というのも」
スー「…もう行く」
ラオ「ああ、頼んだよ」
スー「…なあ、何でこんな簡単な依頼を俺に回してきた?」
ラオ「お前が適任だからだよ」
スー「…適任、ねぇ(鼻で笑う)」

※※※※

スーM「潜入開始。今日から的をしばらく観察する」
スーM「家の者を買収が出来た。これならあのお嬢さんに近付くのもそう難しいことじゃないな」
スーM「的がどういう習慣があるのかを確認していく」


スーM「潜入7日目。護衛がいるものの、基本的にはこの屋敷のものは警戒心がそんなに強い方ではないようだ」


スーM「潜入15日目。的の習慣も大体掴めた。突発的な事態が起きない限りはほぼ毎日同じようにして過ごしている」
スーM「あとは…どういった方法でいつ決行するか、だな」
スーM「…だが、こんなに簡単で本当に大丈夫なのか?」
スーM「何か…罠があるんじゃないのか?」

※※※※


メイファ「ねぇ?」
スー「(上擦った声で)は、はいっ?」
メイファ「あなたでしょ!最近家に入った人って」
スー「は、はい。ユエと申します」
メイファ「ありがとう!家に来てくれて」
スー「…は?」
メイファ「だって、あなた達が来てくれて、家のことを手伝ってくれて家の商売は上手く回ってるんだもの。本当に助かってるのよ」
スー「はぁ…」
メイファ「いつもありがとう。これからもお父様やお母様と一緒にうちの商売を盛り立ててね」
スー「私はただの内働きですので…」
メイファ「店子(たなこ)じゃなくたって、うちを手伝ってくれてることには変わりないわ。家の中だってやる事は沢山あるんだし」
スー「はぁ……」
メイファ「改めて、これからもよろしくね。ユエ」
スー「…よろしくお願いいたします、お嬢様」


スー(ユエ)M「…あのお嬢さんの方から接触をしてくれるとはな」
 
 

メイファ「あ!ねぇ」
家人「おや、お嬢さん。なんです?」
メイファ「悪いんだけど、薬草師のところへ行って紅を受け取ってきてくれないかしら。お願いしていたんだけど、急なお客様が来る事になってしまったのよ」
家人「あらあら。婚約者の方ですか?」
メイファ「え、ええ(照れたように)…そうなの。だから準備してお待ちしていたくて」
家人「そうですか…行って差し上げたいのは山々なんですが、あいにく今私も手が離せなくて」
スー(ユエ)「…それでしたら、私が行きましょうか?」
家人「ユエ」
メイファ「いいの?」
スー(ユエ)「どちらまでです?」
家人「お嬢さんのものなんだけどね、愛用の紅(べに)を受け取りに行って欲しいんだよ。ヤン家御用達の薬草師が調合してくれてるのさ」
スー(ユエ)「直ぐに、ですか?」
家人「いや、その掃除が終わってからで構わないよ。そんなに掛からず終わるんだろう?」
スー(ユエ)「ええそうですね、なら大丈夫ですよ」
家人「そうかい!助かるよ!すまないねぇ、本当に」
スー(ユエ)「いえ、気にしないでください…」
メイファ「ありがとう、ユエ!お願いね」


スー(ユエ)「すみません、ヤン家(け)からメイファお嬢様の使いで来ました」
薬草師「はいはい、お待ちしてましたよ」
スー(ユエ)「紅を、と聞いておりますが……」
薬草師「ええ、こちらですね。お嬢さんに良く似合う紅でして。ご贔屓にしていただいてますよ」
スー(ユエ)「はぁ……」
薬草師「…あなたも着けてみたいのでは?」
スー(ユエ)「はぁ?(少し怒ったように)」
薬草師「あなたも使用人ではあるが美しいお顔をしていらっしゃる、きっと似合いますよ」
スー(ユエ)「興味がありませんので」
薬草師「そうですか?残念ですねぇ…きっと美しい死化粧(しけわい)になりそうなのに…」
スー(ユエ)「……」
薬草師「(クスクスと笑いながら)そんな怖い顔をしないでくださいよ」
薬草師「私は薬草師ですよ?ただの、ね」
スー(ユエ)「…ただの薬草師が、使いとはいえ客に向かってこんなに殺気を立たせるのか?」
薬草師「気のせいですよ(クスクス笑い)お品物はこちらです。はい、どうぞ」
スー(ユエ)「……確かに受け取った」
薬草師「毎度ありがとうございます。今後ともご贔屓にどうぞ…」

 
 

スー(ユエ)「戻りました…」
家人「あぁ、おかえり。悪かったねぇ、ありがとうよ」
スー(ユエ)「こちらでよろしかったですか?」
メイファ「そうそう、この色よ。本当に助かったわ!」
スー(ユエ)「気にしないでください。仕事ですので」
家人「ああ!そうだ!これ、良ければ食べとくれ!お嬢さんがお好きでね、食べたいって仰ってたから多めに作っておいたんだよ」
スー(ユエ)「ありがとうございます…」
メイファ「ううん、私がお礼をするのは当然なんだから!お礼がこんなので悪いけどね。それに私、これが大好きでね、ユエにも食べてもらいたかったのよ」
スー(ユエ)「いただきます…」

スー(ユエ)「っ、美味しい…」

家人「そうかい? 良かったよ。たくさん食べとくれ」

スー(ユエ)「ありがとうございます……」
スー(ユエ)「本当に、美味しい」

※※※※


メイファ「ユエーっ!」
スー(ユエ)「あ、お嬢様」
メイファ「あのね、ユエに手伝って欲しいことがあるんだけど今からいいかしら」
スー(ユエ)「何です?」
メイファ「あのね…ごにょごにょ……」


メイファ「ありがとう、手伝ってくれて!」
スー(ユエ)「いえそんな…」
メイファ「あなたが刺繍が得意だって聞いてね、ここが上手くいかなかったから是非教えてもらいたかったのよ。おかげで間に合いそうだわ」
スー(ユエ)「それなら良かったです」
メイファ「…私ね、お父様やお母様だけじゃなくて、この家の皆に恩返しがしたいのよ」
スー(ユエ)「…どういうことです?」
メイファ「私ね…この家の本当の子供ではないの。お父様やお母様には子供がいなくて…私は私でこの街の外郭の所に捨てられていたんですって。それで捨てられていた私のことを街の人から聞いてお父様とお母様が私を引き取ってくれたの。…お父様もお母様もとても私を愛してくれた、大切にしてくれた。そして、この家に仕えてくれた皆もそう。だからそんな皆のためにも私に出来る事はしたい。この結婚は私が出来る1番の恩返しなの」
スー(ユエ)「そう、なんですね…」
メイファ「だからね!私、どうしても皆に贈り物をしたかったの。大したものではないんだけど、この結婚が決まった時から少しずつ用意してきたの。それで本当は1人で全部頑張りたかったんだけど…縫い物は得意だけど細かい刺繍はそこまで得意じゃなくて。恥ずかしいわ、嗜(たしな)み1つ出来ないのかって言われちゃいそうで」
スー(ユエ)「そんなことはありませんよ。得手不得手は誰にでもありますし。私も料理は得意ですが菓子作りはどちらかと言えば苦手です」
メイファ「そうなの!?意外だわ!」
スー(ユエ)「そうですか?でも、必要最低限の事は出来ますからそれでいいかな、とも思っています。仕事であればそうはいかないですが」
メイファ「…ふふっ、あははっ!」
スー(ユエ)「え?」
メイファ「今日はユエの意外なところばかり見ているわ!ふふふっ、こんなに面白い人だったのね。ふふっ」
スー(ユエ)「…面白いことを言ったつもりはないのですが…」
メイファ「あなたには当たり前かもしれなくても私にはとっても意外な答えだったのよ。…ありがとう、ユエ。何だかあなたの今の言葉で何とか上手くやっていけるような気がしてきたわ」
スー(ユエ)「…婚家の方ではこの話は言わないでくださいよ?花嫁修業という意味では縫い物や刺繍は出来て当たり前、という風に言われておりますので得意ではないとお嬢様が言ってしまうと『そんなことも出来ないのか!』と夫婦喧嘩や婚家でのお嬢様への評判を落とす原因になるのはご免ですからね」
メイファ「ふふ、気を付けるわ」
メイファ「ありがとう、ユエ」
メイファ「けほっけほっ。やだわ、笑いすぎちゃったかしら」
スー(ユエ)「…気をつけてくださいね、お嬢様……」


※※※※

スー(ユエ)「…変なお嬢さんだと思わないか?なぁ、イー」

イー「さすがだな、いつからだ?」

スー(ユエ)「…お前だろう?あの薬草師は。妙に殺気を立たせていた事も気になっていた。明らかに俺を挑発してたからな。こんな所まで、見張りか?」
イー「くく」
スー(ユエ)「…ラオの指示か?」
イー「ああ、伝令でな」
スー(ユエ)「ラオはなんと?」
イー「ラオ、と言うより雇い主だそうだ。時期を早めろ、だとさ」
スー(ユエ)「…分かった」
イー「じゃあ、伝えたからな」
スー(ユエ)「イー、…1つ確認だが」
イー「なんだ?」
スー(ユエ)「薬草師はどうした?」
イー「言わずもがな、だろ?」

スー(ユエ)「……フン」


※※※※

メイファ「──それでね!お父様ったら、『もう少し慎ましやかに出来ないのか。そんなんじゃ呆れられて、離縁させられて出戻りになるぞ』なんて言うのよ!酷いと思わない、ユエ!?」
スー(ユエ)「……」
メイファ「…ユエ?」
スー(ユエ)「……」
メイファ「…ねえ?」
メイファ「ユエ!」

スー(ユエ)「!えっ、あ、お嬢様」
メイファ「もうっ!あ、お嬢様じゃないわよ!ずっと呼んでるのに!」
スー(ユエ)「すみません…」
メイファ「何か…あったの?ま、まさか嫌がらせとか?家の皆は嫌がらせをするようなひとはいないはずなんだけれど…?」
スー(ユエ)「いえっ、そういうことではなくて。ちょっと気掛かりがありまして」
メイファ「ご家族のことか何か?」
スー(ユエ)「…ええ、実は……」


メイファ「そうだったの…なら私からお父様とお母様にユエに暇(いとま)を貰えないか話してみましょうか?じゃないとお家に帰れないんでしょう?」
スー(ユエ)「ほ、本当ですか!」
メイファ「ええ、まだうちに来てくれたばかりのあなたが直接お父様やお母様に暇(いとま)をお願いするのは言いづらいだろうし。その点私から話をするならあなたがお願いするよりはうまくいくかもしれないじゃない?」
スー(ユエ)「……っ。お嬢様…すみません」
メイファ「いいのよ。任せて!」


スー(ユエ)「お嬢様、ありがとうございました」
メイファ「良かったわ、お父様もお母様もひと月あれば戻って来れるからって納得して下さって!」
スー(ユエ)「このご恩はどうしたら…」
メイファ「いいのよ。親御さんの事ですもの、心配な気持ちは私にも分かるわ。ね、ユエ、早く帰ってあげて」
スー(ユエ)「本当に…ありがとうございます」
メイファ「いいから!行ってらっしゃい。…お式の時にユエに見てもらえないのは残念だけど、親御さんの方が大事だもの」
メイファ「行ってらっしゃい、ユエ」
スー(ユエ)「ありがとうございました」
メイファ「気を付けてねーっ!」

メイファ「…ゴホッゴホッ」



スー「さて…上手く抜け出せたし外郭も出たからここら辺でいいか」

 
スー「あとは……待っていれば…」
 


家人「お嬢さん!お綺麗ですよ、本当に!」
メイファ「ありがとう」
家人「あんなに小さかったお嬢さんが…こんなにご立派になられて、あたしは嬉しいですよ……」
メイファ「やだ、もう、泣かないで」
家人「旦那様も奥様も大層お喜びで…それだけでも十分嬉しかったのに、こんなに美しい花嫁さんを近くで見られるなんて……あたしは幸せ者ですよぉ」
メイファ「今まで、本当にありがとう。どれだけお礼を言っても足りないわ」
家人「うう……っ!お嬢さん、本当に!本当におめでとうございます……っ」
メイファ「もう……。けほっ」
家人「あらお嬢さん、随分咳が長引いてやしませんか?大丈夫ですか?」
メイファ「ええ、大丈夫よ…ごほっ」
家人「何だかいやな咳ですねぇ…お式まで少し時間がありますし、まだあちらの椅子に掛けてお待ちになられては?」
メイファ「…そうね、そうしようかしら。お式のあとも色々あって一日長くなるしね」
家人「ええ、ええ、そうですよ」

家人「ゆっくり休んでください…お嬢さん(低い声で)」
メイファ「んぐっ!?」

メイファ「ん"──────────っ!」

メイファ「ん"─────っ!ん"───────っ!!」

家人「フーーッ!フーーーッ!!」

メイファ「…………」
家人「はーっ、はーーっ!」
家人「(小声で、頬を叩く)…お嬢さん…。お嬢さん……?」
家人「(震える声で)ははっ、綺麗な服を着て綺麗なままあの世に行けて良かったねぇ、お嬢さん……」

家人「…良し」

家人「すーっ、はーっ……」
家人「誰かぁっ!!誰か、来とくれ!お嬢さんが!!」

家人「お嬢さんっ!!」

 

 
※※※※
 
スー「来たか」
家人「お待たせしたね」
スー「ご苦労だったな」
スー「で?どうだった?」
家人「無事、始末出来たよ。くくっ、呆気ないもんだねぇ。名家のお嬢さんだろうが結局は非力な女だよ。簡単すぎてつまらなかったくらいさ」
スー「そうか…」

スー「なら」
 
家人「……え?」
家人「…血? あ…ああ!痛いっ!」
家人「なんで!…どう、し…て……っ」
家人「…ひゅーっ……ひゅーっ…(声にならない声)」

 
スー「お前にはこれから最後の仕事があるだろう?」

 

??「(拍手をしながら)いやあ、任務お疲れ様。それにしても、心臓をほんの少しズラして刺すなんて……息が出来ず苦しみながら死ぬのにはちょうどいいな」
スー「…イー、何の用だ」
イー「任務完了を見届けに来たのさ。あと、ラオからの伝言だ。終わったら来いとさ」
スー「お前が伝令だと?」
イー「それと、今回の依頼人に無事依頼が達成された事を伝えに行けとさ。ラオも人遣いが荒いよなぁ」
スー「……」
イー「んで?"コレ"の役割って?見ろよ、このババアの痙攣(けいれん)!ハハハッ!!みっともねぇ!」
スー「…分かってて聞くお前も大概だな」

スー「元々、ヤン家に手引きするよう買収したのはあの家に長くいるジジイの家人だ。今はまだ居るが、あのお嬢さんが嫁に行くタイミングで隠居することになっている。爺さんは強欲で、それなりに給金はもらっちゃいるが博打が好きでな。段々とその博打好きを博打の胴元どもに目をつけられて最近では借金するほどだ。それで胴元の名を使って手引きするように脅したって訳さ」

イー「そんないいもんよく見つけたもんだなぁ。んで?そのジジイが捨て駒にちょうどいいからって手引きしたのがこの死体のババアってわけ?」

スー「自分の旦那に若い女と逃げられてからは若い女という女を恨んでやがった。最近では綺麗になって嫁入りの年頃になったメイファを殺してやりたい、と思ってたってんだから相当だろ?」

イー「だから殺すように誘導したってか。…手口がえげつないねぇ…くくく」
スー「機会を与えただけだ…『そのうち、殺す絶好の機会が来るはずだからそれを逃すな』って」
イー「なるほどね」
スー「それに、お前もあの紅に毒にもならない程の微量な神経毒を入れてただろう」
イー「さすがだな」
スー「よく言うよ、変装も俺に気付かせる為に挑発したんだろう?…利用させてもらっただけだ」
イー「こちらが用意した毒に更にお前がごく微量な毒を混ぜ、そしてお嬢様の体が弱ったところでこの女にトドメを刺させる、ってか…怖い怖い」
スー「コイツには野盗(やとう)に遭って死んだっていう役割がお似合いだろ」


※※※※


スー「ラオ」
ラオ「ああ、今回も良くやってくれたね。お疲れ様。期限のことには…目を瞑ろう。お前にしては珍しいことだしね…。まぁ座りなさい」
スー「あんたと話すのには扉の前で十分だ。それに……労って(ねぎらって)くれるというのであれば少しはのんびり休ませて欲しいもんだ」
ラオ「ああ、今回はそのつもりだよ」
スー「……何のつもりだ?気持ちが悪いな」
ラオ「酷い言いようだねぇ…くく」
スー「……ひとつ聞きたいことがある」
ラオ「何だい?」
スー「今回の仕事の件だ」

スー「この仕事の前に俺が『適任だから』と言ったな?あれはどういう意味だ」
ラオ「言った通りの意味だよ」
スー「それを俺が信じると?」
ラオ「……信じないだろうねぇ」
スー「ならば答えろ。何を企んでいる?」
ラオ「スー」
スー「…なんだ」
ラオ「お前が自分は捨て子だという事は前に教えた通り知っているね?」
スー「それが何だ」


ラオ「お前『たち』はあの街の外郭に捨てられていた。それをお前だけ拾ってきたのが私だよ。お前『たち』が入っていた籠に手紙が入っていた」
ラオ「女が文字を書けるんだ、それなりの地位や学があったんだろうね。それが子供を産み落とし捨てざるを得なかった。憐れなものだね」
スー「……」
ラオ「『私の愛し子たち。…産まれてきた私の愛し子は双子だった』(芝居がかったように)」

スー「……っ」

ラオ「『双子は不吉の象徴。殺せと言われたけれど、そんな事は出来ない…ならば逃がさなくては』」
ラオ「籠に入っていた手紙にはこんな様な事が書かれていたよ。…詳しくはもう、忘れたがね…。何とも美しく憐れな親子愛だろう?」
ラオ「これでもう分かっただろう?この双子の赤ん坊『たち』…それはお前とあのお嬢さんだ」
スー「……るさい」
ラオ「籠の中の男の赤ん坊は泣くこともせずただ虚空を睨んでいたよ。赤子らしからぬ…そう、まるで全てを憎んでいるかのような瞳(め)だった」
スー「うるさい!」
ラオ「闇に生きるにはもってこいの瞳だろう!この赤子は腕利きの暗殺者になると、この時確信したよ!!暗殺者として育てなくては!と妙な責任感すら覚えた!」
スー「うるさい!」
ラオ「だが、完璧な暗殺者になるにはまだ足りない。血の繋がりや情なんてものが邪魔をするかもしれない」

ラオ「だからね、これは血や情などといったそんなくだらないものに惑わされない為にも全てを断ち切り、闇に沈む為の儀式だったんだよ」

ラオ「メイファ…あのお嬢さんはお前の双子の姉だよ」
スー「……」
ラオ「あのお嬢さんを殺す事でお前は真(しん)に暗殺者となった」
スー「…まれ」
ラオ「もう分かっただろう?『お前が適任だ』と言った意味が。お前の姉は暗殺者としての覚醒に実に役に立ってくれた!どうだい、片割れを殺した気分は?」
スー「だまれぇっ!」
ラオ「これでお前も立派な暗殺者だね」
スー「……きっ……さっまぁあああっ!!」
ラオ「その小刀を収めろ、スー。今まで殺してきた何人もの人間と何が違うんだい?ただ血が繋がっているというだけでお前とあのお嬢さんでは何もかもが違うだろう…なのに少し同じ刻(とき)を過しただけで今更家族ヅラかい?」
スー「黙れっ!!(切り掛る)」
ラオ「この程度で辛いなどと言わないでおくれよ?でないと…お前を壊さなくてはならない(攻撃を受け流す)」
スー「黙れ黙れ黙れっっ!!!(また切り掛る)」
ラオ「また新しい道具を見つけるのは大変なんだよ?しかも、最高傑作といってもいいお前を壊すなんて」
ラオ「そんなこと、私にさせないでおくれよ」

スー「……っ!!煩(うるさ)い、もう黙れ」
スー「黙れないのなら、その喉、切り裂いてやるよ」

ラオ「ぐ…ぅ……っ」

ラオ「ごほっ…双子は…不吉、だと言われる……それを引き離して…禍(わざわい)そのものに…した、だけだよ……私は…ガハッ」

ラオ「お前の…本当の名は……天狼(てんろう)…禍(わざわい)、だ…はは…は……お…似、合い……だ…」


イー「おいラオ?開けるぞ?何か変な音が…っておい、ラオ!?しっかりしろっ!」
スー「………イー…」
イー「…スーお前、…」
イー「あっ!おい、スー!!」


イー「嘘だろ……この人数を…あいつ1人でやったのか……すげぇ血の匂いだな」
イー「どうすんだよ、コレ……部屋中血まみれじゃねぇか…はぁ」



スー「…寒くなってきたな。天狼が…よく…見える」

スー「お嬢さん……、いや、メイファ……」
スー「姉……なんていたのか…」


(回想)
メイファM「ユエ!」

メイファM「今日はユエの意外なところばかり見ているわ!ふふふっ、こんなに面白い人だったのね。ふふっ」

メイファM「いいから!行ってらっしゃい。…お式の時にユエに見てもらえないのは残念だけど、親御さんの方が大事だもの」

メイファM「行ってらっしゃい、ユエ」

メイファM「気を付けてねーっ!」


スー「メイファ…………っ!」

スー「……すまなかった、とは言わない。許して欲しい、とも」
スー「お前を殺した。もうこれ以上の禍は俺にはない」
スー「…そうだ、これ以上なんてない」
スー「なら……」



イー「…こんな所にいたのか、スー」

スー「…ラオも、この組織の幹部だった奴らも全部俺が殺した」
イー「ああ、そうだろうな(ため息)…まぁったく…何してくれちゃってんだよ、お前」
スー「だから、この組織は俺のものだ」
イー「…はぁ?(大袈裟なくらいに)」
スー「ラオに代わって、俺が組織の頭目(とうもく)になる」

イー「……」
イー「ははっ!ハハハハハッ!!」
イー「そりゃ面白ぇな、傑作だ!」
イー「んで?じゃ何で俺は殺さない?」
スー「使えそうだからだ」


イー「……は?」
スー「納得がいかないか?何なら今ここで殺し合いをしてもいい」
イー「……いーや、やめておく」
イー「意外な答えだったから驚いただけだよ。もし、お前さんとやり合ったとしても結果は良くて相打ちだろうな。この組織で最強のお前さんとやり合ってみたい気もするが、自分が死ぬのはな…そんなの面白くねぇ」
スー「…そうか」
イー「んで?これからも組織の仕事は続けんのか?」
スー「ああ。やめたところで生きる術がないからな。情けないが」
イー「…しかし、ラオ達幹部共は始末したが…リィウ、ジゥ、シーがいるぞ? そろそろアイツらも任務を終えて戻ってくるはずだ」
スー「従わせるさ…力づくでも、な」
イー「仕事としては成り立つな。請け負い方だけもう一度考えれば続けることは可能だ」
イー「……なら、俺は現場を引退して組織の裏方になってやるよ」

スー「ラオ達のように育てる事はしない。俺達が居なくなればこの組織は終わりだ。もし、そうならないならその時は俺が全て片付ける。そして俺も自分自身にケリをつける」

イー「だが、本当にいいのか?俺はともかく、お前さんは任務の為とはいえある意味市井(しせい)に降りても生きていけるだけの手段があるだろうに」


(回想)
メイファM「あなたが刺繍が得意だって聞いてね、ここが上手くいかなかったから是非教えてもらいたかったのよ」
スー(ユエ)M「そんなことはありませんよ。得手不得手は誰にでもありますし。私も料理は得意ですが菓子作りはどちらかと言えば苦手です」


スー「…持っている、だけだ」
スー「…それにもう血にまみれ過ぎた」

イー「そうかい…なら、決まりだな」
イー「新たなる頭目の誕生だ」

スー「禍(わざわい)なら、禍らしく生きてやるさ」
スー「…どうせもう、闇からは逃(のが)れられないのだから」

※※※※

子供「ねぇねぇ、お母様!あのキレイなお星様はなぁに?」
母親「あのお星様はねぇ、このお空の中でいちばん明るいお星様なのよ」
子供「いちばんなの?」
母親「ええ、そうよ」
子供「すごーい!いちばんなの!?すごいねぇ!」
母親「あのお星様にはね、兄弟がいるの」
母親「でもね、その兄弟星は探したらダメなの」
子供「どうして?なんでダメなの?探したらどうなるの?」

母親「探したらね……、禍(わざわい)が起きるの」
子供「わざ…わ?」
母親「そうよ、禍(わざわい)。怖い狼に殺されてしまうの」

(了)

‪☆市井:一般社会

※無断複写、無断転載はお断りいたします。