エシカルってなんなんだ

先日、ゼミの友人と共に渋谷で行われた「エシカルエキスポ2024」に行ってきた。エシカルの祭典と言うことで、学生団体から企業まで様々な立場の人たちが集まり、様々な展示やイベントを行っていた。
エシカルエキスポ2024|ワカモノが連携して創る日本最大級のエシカル祭典 (ethical-expo.com)


デザインが美しいチケット。

エシカルって言葉ではよく聞くけど、実際にはどんなものなのか、なかなかイメージできていなかった。辞書的には、エシカルとは「倫理的にいいと思われること」らしい。曖昧過ぎて実態がよく掴めなかったので、それについてよく知るために行ってみた。

入場してすぐ、出展企業の一つだったデンゾ株式会社さんの展示を見た。この会社はプラスチックのリサイクルに力を入れており、ブースを見ているとリサイクル素材でもここまできたのか、と感じさせてくれた。
以前、別の企業さんの展示会に訪れた時には「プラスチックのリサイクルをすると、どうしても黒っぽくなってしまう」という話を聞いていた。スマホケースやハンガーなど、色があっても大丈夫なものへの再利用が中心になると聞いて、「リサイクル先がそのようなものなら、しないよりマシ程度だな」と正直思っていた。
だがデンゾさんは色素を無色透明にまで戻す技術を獲得しており、ペットボトルのフィルムをリサイクルで作り出そうとしているらしい。「こちらがリサイクルしたものです」と見せてくれたビーズ状のそれをかざすと、自分の手が透けて見えた。今はその透明なリサイクル素材に色を混ぜ込む方法を探しているらしい。透明に戻せるのなら、素材としての使用用途も格段に増えるだろうし、リサイクルに積極的になる企業や団体も増えるだろうと思った。プラスチックのリサイクルが軌道に乗る可能性を感じた。

一方で、「これはエシカルと言えるのか?」と疑問を抱く場面もあった。別の学生団体のブースでは、木を切り倒した時に出るおがくずを使った食品やインテリアを販売していた。アイデア自体は面白いと思ったのだが、それはエシカルなのか、と疑問に思った。先ほどのデンゾさんがやっていたプラスチックリサイクルのような、放っておいたら環境に悪影響を与えるものをどうにかするという活動をエシカルだ、とするのはよくわかる。しかし使われていないだけの、放っておいても勝手に自然分解され、環境的にも特に害のないものを使う行為もエシカルに含めていいのかと疑問に感じた。

他にもさまざまなブースを見て回って、思ったことがある。全員が全員そう考えていたわけでは勿論ないだろうが、「有効活用されていないものを使うことがエシカルだ」という認識があるように感じた。もったいないの精神が非常に強いように思った。だが、私はこれに関して少し違和感を抱いてしまった。

その違和感を解決するために、AIに頼ってみた。ChatGPT-4oに、「環境に良いことをするという意味でエシカルを考えたとき、無理やり漢字変換するならあなたならどうする」と投げたら、”善環”という言葉を提案してきた。「エシカルって本来こうじゃね」って私が思っていたことを見事に言語化してくれた。

AIすげえって思った見事な言語化。

「もったいない」の見方は、”循環”の観点を含んでいない。いまそこにある、使われていないものを使うことだけをフォーカスしているのでは真の環境保全や維持に繋がらない。だから違和感を感じていたのだと気づいた。

またそれと同時に、その活動によってもたらされる結果を気にしている自分がいることも気づいた。エシカル活動の例がポスターでいくつか示されていたが、リサイクルをしてごみや有害物質を減らそうという取り組みや、短期でものを捨てないようにする、長く使い続ける、不要なものを買わない・貰わないという関わり方、俗にいうエシカル消費には自分は共感できると思った。

今回このイベントに参加してみて、エシカルに対する見方が深まった気がする。だが私は未だエシカル初心者だ。これからもエシカルや環境倫理についてもっと深く知っていけたらと思う。それと同時にリサイクル製品や詰め替え用品など、環境を意識した購買活動を始めていきたい。

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