ゲーム感想『春ゆきてレトロチカ』

 ここで触れていく作品は『春ゆきてレトロチカ』。
 2022年5月に発売されたばかりのゲームで、実写ドラマで展開される事件の謎を解く新本格ミステリアドベンチャーと称している。

 知ったきっかけはtwitterだったろうか。
 ゲーマーな私は子供の頃からミステリ小説も好きで、あまり多くの作品を読んだわけではないけれど『そして誰もいなくなった』『オリエント急行殺人事件』なんかで受けた衝撃は凄まじいものだったのを覚えている。そういえば小学生の頃はいわゆる安楽椅子探偵に憧れてもいたっけ。
 そんな嗜好に直撃するもので、しかも制作は天下のスクウェア・エニックス。本作を手に取るのは必然だったのかもしれない。
 ただ、同ジャンルには名作『かまいたちの夜』があって。手に取った時には、本当に自分を満足させてくれるのか期待と不安が半々といった処だった。それが今こんな文章を一生懸命に書いているのだから、私からの評価は推して知るべしと言っていい。

 はじめに感想を一言で述べると「まだまだ足りない、もっと謎を解かせてくれ!」だ。
 これは作品のボリュームが少ないという事ではない。ゲームの仕様上、ADVの割にはプレイ時間に個人差が出てくるとは思うが、ひとつひとつの事件を慎重に進めた私にとっては十分に満足できるものだった。
 それでも上記の言葉が出てくるのは他でもない。推理の楽しさ、閃きの快感、それを披露する緊張感。この刺激と快楽を強烈に叩き込まれてしまったからだ。それでいて同ジャンルのゲームなんてろくに無いわけで、飢えた犬みたいな感想にならざるをえない。何とも罪作りな作品を世に出してくれたものである。

 この作品、個人的には「探偵シミュレーションADV」と言えるのではと考えている。
 一般的なミステリ小説や『かまいたちの夜』に代表されるADVでは、推理の材料となるのは基本的には文字情報で、それと僅かな挿絵の組み合わせから読者/プレイヤーは思考を積み上げていく。しかし本作は違う。進行する実写ドラマから、現場の詳細な状況、登場人物の視線や声色、果ては物音のひとつひとつにまで注意を巡らせる。ゲームシステムの助けを得ながら要点にアタリをつけ、気になる場面をを何度も何度も見返して少しずつ自身の推理を構築していく。
 必然、時間がかかる。体力や集中力も消耗する。小説と違って、パラパラとページをめくるだけで勝手に事件を解決してくれる名探偵はいない。プレイヤーは(厳密には総当たりすれば思考停止してもクリアできるのだが)高いスコアを得るために、あるいは推理を外した際の猛烈に恥ずかしいバッドエンドを回避するために、必死に自身の頭を運動させて事件の結論を導こうとする。
 そんな中で一筋の閃きが舞い降りた時の快感ときたら! その閃きを信じつつも、一抹の不安を抱えながら推理を披露する時の緊張感ときたら! 思い返すだけでも名状しがたい興奮に包まれてしまう、このような感情を提供してくれるゲームは世にそうあるものではないだろう。ひょっとしたらこの興奮こそが、私に今この文章を書かせている原動力なのかもしれない。

 ここまで感情に任せるままに述べてきたが、ゲーム面でもシナリオ面でも、決して不満点がないわけではない。多くのレビュー記事にもあるように、特に推理パートのUIは課題点だらけだ。
 私はPS4でプレイしたのだが、左右スティックの役割は逆のほうが良かったのではと強く思うし、仮説を作る際の演出も冗長な印象を受けた。推理パートはプレイヤーが最も長く時間を使うだろう箇所なので、もう少し何とかできなかったのかと思えてならない。また後半では主人公の周囲を探索する場面があるのだが、視点移動は遅いしオブジェクトの調査可否も分かりづらい。残念さを感じながらプレイしていたのを強く覚えている。
 シナリオについても、これもレビューなどでは「怒涛の伏線回収!」などと言われているようだが、それだけで評価すべきではないだろうと私は考える。確かに終盤の勢いは凄まじく、いくつかの小さな違和感を全て押し流して余りあるものだった。しかし、犯行に至る動機や流れがあまりに短絡的だったり、100年の時を越えて繋がった事件の割には行動に一貫性が無かったり。後者はそれ自体が手がかりでもあるのだが、推理の雲をもくもくと膨らませていた私としては結構な肩すかしを食らってしまった。

 それでも、これら不満点を帳消しにしてプラスに転じさせるだけの強さと魅力がある作品だったと、私は胸を張って言える。もし続編が出たら当然のように買ってクリアして、当然のように「続編はよ」と口にする自分が明確にイメージできてしまう。
 この記事を読んで、あるいは読む以前から、少しでも興味を持っているならば是非おすすめしたい。きっと素晴らしい知的な刺激と、今までにない緊張や興奮をもたらしてくれると信じている。
 最後に、この作品を生み出してくれた制作者と役者の皆様に最大の感謝を。私だけでない多くのプレイヤーの声が、更に素敵な次回作に繋がることを祈りつつ。



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