【アイマスSS】千早「星空を眺めたいです。貴方と、2人で」

 突然、千早がそんなことを言い出したので、僕たちは夜の屋上に連れ立った。
 千早が歌のこと以外で我儘を言うのは珍しいな、と思いながら。

「私たちから見て真ん中にあるのが、うお座です。私の星座ですね。プロデューサーはたしか、さそり座、でしたよね。……ここからは、見えそうにないですけど」

 母親が娘に教えるような優しい口調で夜空を指さしていた千早だが、すこし気まずそうに腕を下ろし、僕の顔色をうかがうように見上げた。

「そっか。それは、少し残念だな」

 千早の隣にいられないなんてさ、というと、千早は、

「もう、からかわないでください!」

なんて怒り出す。けれど一瞬だけ、目元が嬉しそうな形で泳いでいたのを、僕は見逃さなかった。

「……コホン。でも、プロデューサーはラッキーです。今日は、11月3日。木星が一番見頃になる、“衝(しょう)”を迎える日なんです」

 再び掲げられた指先の延長線上には、確かに肉眼でもはっきり認識できるほど煌々と光を放つ星があった。

「うお座の隣りでひと際輝いているあの星が木星……"Jupiter"です。……貴方に教えていただいた曲でも、ありますね」

「……ああ、平原綾香さんの曲を、カバーしてもらった時のことかな」

「原曲を書いたグスターヴ・ホルストがつけた副題は、“快楽をもたらすもの”。……もっと言い換えるなら、“しあわせをもたらすもの”、でしょうか」

 千早はひとつ、深呼吸をして、意を決したように僕と向かい合う。
 冷たい夜風が通り過ぎ、長い黒髪とコートの裾が目の前ではためいては、何事もなかったかのように元に戻る。

 千早が、優しく微笑んだ。

「……お誕生日おめでとうございます、プロデューサー」

「 ♪ Every day I listen to my heart ひとりじゃない 」

 冴え冴えとした夜に、千早の澄んだ歌声が響き渡る。
 ……これは、誕生日プレゼント、ということなのだろうか。  

「 ♪ 深い胸の奥で つながってる 」

 胸元に手を当て、何かを伝えようと懸命に絞り出しているようにも見える。
 僕は、それを見守ろうと思った。
 それこそ、深い深い胸の奥にあるものを、僕に、繋げようとしてくれているみたいだったから。

「 ♪ 果てしない時を越えて 輝く星が 出会えた奇跡 教えてくれる 」
 
 満点の夜空、輝く星々たち、響き渡る壮大なJupiter。
 すべてが手を取り合って、ひとつになり。
 千早が、まっすぐ僕の眼を見て。――その瞬間、僕と千早の想いはたしかに繋がった。
 
 ……ああ。そういうこと、だったのか。

 例えるなら、つまり、その。
 うお座の千早のとなりに、さそり座の僕がいなかったとしても。
 僕が教えたJupiterは、いつだって千早のそばにいる、ということ。

 僕が教えてきたもの、伝えようとしてきたことは、今、たしかに千早のなかで息づいている。
 千早を、支えてくれている。

 それを伝えたくて、千早は。

 胸の奥から熱い何かがせりあがって、目元までじんわりと拡がっていく。

「 ♪ 愛を 学ぶために 孤独があるなら 」

 温かい涙が頬を滑り落ちていくけれど、僕はもう、どうすることもできない。
 止めるすべを、すっかり見失ってしまっていたのだ。
 気が付くと、僕も千早と同じように、歌を口ずさんでいた。

「 ♪ 意味のないことなど 起りはしない 」

 千早の歌声も少しくぐもり、つっかえがちになった。
 千早も泣いてくれているんだ、と分かった。
 けれど、歌は途切れない。
 ……途切れさせたくなんか、なかった。

 僕たちはただ涙の流れるままに、手を取り合いながら、感謝の歌声を夜空の木星に響かせてゆく。

ー了ー

(歌詞引用:平原綾香『Jupiter』より)
(アイマスBBSに投稿したものを加筆修正)


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