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退職者から【未払残業代】請求訴訟や労働審判を起こされ、【解決金】名目で支払合意した場合の【源泉徴収義務】の有無と源泉徴収方法

この記事のポイント

【解決金】という名目で未払残業代支払の合意をしたのであれば当該解決金は非課税になるのではないか?
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【解決金】名目なら給与ではないのだから所得税の源泉徴収義務がないのでは?
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この記事をご覧いただきありがとうございます。

 まず前提として、「和解金」「解決金」は非課税のことが多いですが全てが当然に非課税になるわけではありません。名目で決まるのではなく実態に沿って課税・非課税が判断されます。
 そして退職済みの元被用者(退職者)から元雇用者(事業者)を訴える場合、一般的には色々な請求の根拠(訴訟物)が考えられます。
 例えば解雇無効を理由とした地位確認であったり、解雇有効を前提として支払われなくなった通常の賃金の請求であったり、在職中は黙っていた未払の残業代請求であったり、ハラスメントを理由とした慰謝料請求であったり、これらの複数が一括の手続で請求されていることもあります。

 これらの紛争を和解等で解決する場合によく用いられる「解決金」は、紛争を一挙に解決するための名目であり、その性質を請求している費目のうちのどれだと特定したり解決金のうち○○円が未払残業代分などと分類したりはできないでしょう。従ってこの場合は源泉徴収対象外と扱えば問題は生じないと考えます。

 問題は、自分の労働時間が過少に扱われていた(タイムカードを改ざんされた、キチンと記録してあるのに給与計算にあたり一部をカットされた、そもそもタイムカードがなく「定時に上がった」ことにさせられていた)、深夜や休日の割増がされていなかったため未払となっている残業代があるとして、これのみあるいはこれと付加金(労働基準法114条)の二本立て請求に留まっていた場合です。仮にこの労働審判や訴訟が「解決金」名目で解決したとしても、残業代しか請求されていなかった場合の当該解決金は実質的には未払残業代として評価すべきでしょう。前者の場合は未払残業代という給与のみを請求して訴訟等しているのですから当該手続上における解決金=給与は否定し難いですし、後者であっても付加金は判決で命じられて発生するものですから和解等による「解決金」には含まれていないと解釈すべきです。

裁判所は、第20条(解雇の予告)、第26条(休業手当)若しくは第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)の規定に違反した使用者又は第39条9項(年休手当の計算)の規定による賃金を支払わなかった使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあった時から5年以内にしなければならない。

引用:労働基準法114条

そうなると未払残業代のみあるいは未払残業代+付加金のみが請求されたときは解決金からの源泉徴収を考えなければならない場面と言えます。


未払残業代請求に対して解決金名目での支払いを約束した上で源泉徴収をしなかった場合はどうなるのか?

 先に述べたように解決金名目であってもその実質が未払残業代に相当すれば、当然に、その支払の際には源泉徴収義務を負うことになりますので、仮にこれを怠って漫然と満額を支払ってしまうと源泉徴収すべき額について元被用者に払いすぎとなり、他方で本来源泉徴収すべきであった税額分は納めるよう国から求められますので国と元被用者との二重払いになってしまう危険性があります。
 もちろん払いすぎですので元被用者に返還請求ができますが、費消済など無資力の場合は事実上回収困難になってしまいます。


未払残業代請求訴訟において、解決金名目で和解する場合の源泉徴収の扱いについてどうしたらいいのでしょうか?

 元被用者側と和解成立前・和解成立後、いずれに段階でも協議した方が望ましいでしょうね。それはその通りです。

 しかし実際の未払残業代請求訴訟・労働審判の現場で、源泉徴収をどうするかの確認をしながら解決金で和解することは稀です。
 労使とも給与に源泉徴収が付き物なのは当然分かりきっているのですが、特に被用者の側は「本来はキチンと支払うべき残業代を会社のせいで弁護士を立てて請求せざるをえなくなった。会社が悪い!源泉徴収分くらい会社で持て!!」という感情もあります。他方で労働審判や訴訟の解決そのものには源泉徴収はあまり必要無いこともあり裁判官からその点の指摘はまずありません。あえて源泉徴収の話を持ち出したら当事者間の利害調整だけでなく条項上の思案どころなど揉める要素が増えるのでまとまるものもまとまらないおそれも出てきます。
 従って多く支払ってほしい申立人・原告:元被用者と、なるべく支払いを少なくしたい(あるいは支払方法などで経営への負担を軽くしたい)相手方・被告:雇用者事業者との綱引き、金額のすり合わせに終始してしまい「源泉徴収はどうなるのか」という懸念が棚上げのまま合意に至ることが多いのです。
 そして未払残業代請求手続の当事者である労使双方は「あんな会社潰れればいいのに」「ろくな仕事しなかったのに何が残業代だ」など往々にして「感情のしこり」がくすぶっていることが多いです。いったんは和解による解決で収まったのに「源泉徴収」なんてワードを出そうものなら新たな紛争の火種が再度燃え上がる可能性もあるのです(これが後述する【強制執行申立】の伏線になります)。

 従って現実的な元雇用者(事業者)の対処方法としては次の3つになります。

  •  ①源泉徴収を元被用者に切り出し合意と理解に基づいて徴収後の金額を支払う

  •  ②元被用者から合意も理解も得られなかったが一方的に源泉徴収を行い徴収後の金額を支払う

  •  ③元被用者から合意も理解も得られなかったのでやむなく源泉徴収はせずに満額で支払い、課税リスク・二重払いのリスクは元雇用者(事業者)が負う


②の「源泉徴収への合意も理解も得られなかったので一方的に源泉徴収を行い徴収後の金額を支払う」ことにしました。どのようなリスクがあり、どのような対抗手段がありますか?

 元被用者が「解決金が合意通りに支払われなかった。源泉徴収と称して減額された分が未払である」と主張して、裁判所に対して取引金融機関への預金差押などいわゆる強制執行を申立するリスクがあります。
 これに対する元雇用者(事業者)側の防御方法として、請求異議訴訟(原告:元雇用者(事業者)・被告:元被用者)を裁判所に提起し「源泉徴収後の額を支払ったことで未払はない」という主張に基づき当該強制執行手続の不許を求めることになります。

参考裁判例のご紹介

 参考裁判例として旭川地方裁判所令和4年7月28日判決を紹介します。これは当職(足立敬太)が原告:事業者側で担当した案件です。
 この件では主に次の争点が設定されました。

争点1  本件債務名義上の「解決金」の性質。
(原告の主張)
  前件訴訟は純然たる未払(割増)賃金請求権の支払のみを求めた訴訟である。したがって、本件債務名義上の「解決金」は未払賃金請求権のみである。
(被告の主張)
長崎地判平成30年6月8日では、和解調書上の解決金の全部又は一部が退職所得の性質を有していたとは認められないと判示しており、本件でも、「解決金」との記載があるのみで、同金員の法的性質や内訳についての記載がない以上、同裁判例の射程が及び、「本件解決金」の法的性質が、源泉徴収義務を負う未払賃金であるとはいえない。
(なお長崎地判平成30年6月8日判決は、雇用者弁護士・元被雇用者法律事務所事務員間の紛争で、「解決金」名目で終了した本訴は解雇無効と地位確認・解雇が無効であることを前提とした賃金等の支払を求めた案件です)。

争点2  「本件解決金」は源泉徴収前の金額か否か。
 (原告の主張)
  源泉徴収制度は国と支払者、支払者と受給者の法律関係から成り立つものであり、支払者と受給者の間の訴訟の経緯や債務名義の記載事項によって、国と支払者との公法関係が左右されることはない。本件解決金は源泉徴収前の額である。
 (被告の主張)
  原告被告間では、「本件解決金」が源泉徴収後の金額であるとの前提で、調停が成立した。

 なお被告からは「解決金が源泉徴収後の額であると認識して解決金の額に合意したから、意思表示に対応する意思を欠く錯誤があるとして本件債務名義の錯誤取消」も主張されたのですが、その点は「4 結論」のなお書きで一蹴されています。

 争点1は評価の問題で、前件訴訟の訴訟物が未払残業代請求権+付加金請求権だったので(書証:前件訴訟の訴状)順当です。

 争点2については「国税通則法により使用者には労働者に賃金等を支払う際に源泉徴収すべき義務を負っている、源泉徴収前の額を定めなければ、納付すべき税額が定まらず、また源泉徴収後の額も定まらない上、上記のとおり、当事者が合意によって源泉徴収の額を定めることはできないことからすれば、本件債務名義上の「解決金」は、源泉徴収前の額と解するのが相当である」と判示しました。
 この判示は源泉徴収制度の立て付けからしても妥当です。同制度は広く使用者(事業者)に徴収義務を課しています。顧問税理士がいない事業者、社内に有資格者や税務に明るい人材がいない事業者も無数にあります。そんな事業者にも徴収額が簡単明快に分かるようでなければ源泉徴収制度は成り立ちません。国が源泉徴収前の額から納付すべき税額を一覧できる「源泉徴収税額表」を広く配布しているのもそういった理由からです(逆に納付すべき額から逆引きして源泉徴収前の額は決められません)。

控訴もなく一審で確定しております。

雑感と事業者・元被用者にとってのBESTとは?

 今にして思い返せばもっと上手くやれたなと思うところもあります。解決金支払が分割だったのですが分割払いを完了したその時点で執行力を排除するために請求異議訴訟を提起すれば預金差押でゴタゴタすることもなかったのではと反省しております(ただそれはそれで費用や金銭的負担がかかるためどんな事業者にとってもベストではなく、執行された後に提起することがベターなやり方だったのだろうと考えています)。
 他方で、前件訴訟の段階から源泉徴収については念頭に置きながら解決金合意を目指しておりましたので依頼者である事業者には十分説明をしながら事にあたっておりました。漫然と全額を元被用者に支払わせ、国税からの指摘を受けて「二重払いじゃないかどうしてくれるんだ!」と怒られるような 事態は回避できたのが大変良かったです。
 ということで、「解決金」の性質を客観的に見て給与債権であると説得できる証拠があるのであれば一方的に源泉徴収を行い、差押えに先回りして請求異議訴訟を提起して裁判所の判断を仰ぎ、負けたら源泉徴収は止める。これが一つのBestAnswerではないでしょうか。

 他方、このケースを元被用者・請求側として参考にするポイントとしては、無理くりでも慰謝料請求権などを請求(訴訟物)に盛り込んでおけば、解決金名目で解決する場面で「慰謝料はゼロです」など白黒はっきり付けることがない以上、純然たる給与とは言いにくいため源泉徴収が難しくなるイコール解決金満額が支払われる可能性(ひいては依頼者満足度)は上がるだろうと考えます(事業者側からも、慰謝料が入っているので源泉徴収を要する給与債権ではありませんと国税に説明が付きやすくもなります)。

以上が解説ですが、本件と同様に、未払残業代請求訴訟で解決金・和解金の支払いがきまったものの徴収すべき税額をどのように決めればいいのか、STARBUCKSのご褒美フラペチーノ®価格にて公開しております。

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