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黒江真由が府大会でソリに選ばれなかったのはなぜか

関西大会・全国大会でソリに選ばれた黒江真由が、なぜ府大会ではソリに選ばれなかったのか?12話を中心に過去の場面も引用しながら考察してみる。この推測が間違っている、原作ではこのような根拠があるなどのご意見があれば教えてくれると嬉しいです。

真由はオーディションで手を抜いてない

6話「ゆらぎのディゾナンス」より引用

意味深に感じられた、6話の美玲が久美子を呼び出した直後の描写。ユーフォニアムの面々でお喋りしていた場面で、久美子の視線が真由から逸れた直後のシーンだ。真由はみんなと仲良くしたいと思ってるので、2年生の実力者より1年生の初心者がメンバーに選ばれたことから、部内の空気が悪くなるのを察して悲しい表情をしているのか。それとも、自分ではなく久美子がソリに選ばれて安堵しているのか。いずれにせよ真実は真由のみぞ知るといった感じだが、筆者の印象としてはなんだか実力を全部出しきれていないような、不完全燃焼といった表情に感じた。

筆者は当初、府大会で真由がソリに選ばれなかったのはオーディションで真由が手を抜いたからだと思っていた。しかし、12話を見れば真由が手を抜いて演奏した可能性はありえないと思われる。久美子の発言によれば、真由は演奏に嘘をつけないからである。

コンクールメンバーじゃなくてもみんなと楽しく吹ければいい。
でも、わざと下手には吹けない。 頼まれて辞退はできても、自分から降りることはしたくない。
演奏に、嘘はつきたくない。
知ってるよ。少なくとも、真由ちゃんの演奏はどうでもいいって思ってる人の演奏じゃないよ。

12話「さいごのソリスト」、久美子の発言より引用

これ対して真由が感情を露わにしたことからも、本心とみて間違いないだろう。だとすれば、真由はオーディションでの演奏で手を抜かなかったことになる。もちろん府大会のオーディションで久美子が選ばれたのは、オーディションでの演奏が単純に真由よりも優れていた、真由より実力があったと評価されたからだろう。

12話「さいごのソリスト」より引用

しかし物語が進むほど、どうやら真由の実力は久美子に劣らないどころか、ときには優っているように評価されるシーンも出てきた。そして関西大会・全国大会でソリに選ばれたのは真由だった。このことから、もしかしたら府大会で真由がソリに選ばれなかったのは、真由側に何か演奏技術以外の問題があるのではないかと考えた。

滝先生は全体の完成度でメンバーを選ぶ

北宇治のオーディションは完全な実力主義だが、個人の演奏技術の良し悪しだけで選ばれるわけではない。それは6話での滝先生の発言から明らかである。

釜屋さんは確かに拙いですが、音量は素晴らしい。全体のバランスを考えると、彼女の音は魅力的だと考えました。

6話「ゆらぎのディゾナンス」、滝の発言より引用

チューバのパートで2年生の実力者・鈴木さつきではなく1年生の初心者・釜屋すずめが選ばれた描写、あれは限られた人数での音量が重要なのが理由だった。この描写から、滝先生は個々人の演奏技術だけでなく全体の演奏の完成度が最も高くなるように編成を組むだろうし、その方針で相対的にメンバーを選んでいると考えられる。

滝先生は常に全体をみて、どうすればいい演奏になるか考えてると思う。私はその判断を信じるべきだと思ってる。

6話「ゆらぎのディゾナンス」、久美子の発言より引用

「響け!ユーフォニアム」の題材は吹奏楽であり、楽団での演奏は一人でやるものではない。だから、一人だけ演奏技術が高かろうと楽団全体の演奏が良くないとダメであり、つまり自分の演奏だけでなく周りの人たちの演奏と調和する・周りの演奏に合わせる必要があるのは当然である。

ソリとして府大会で真由に足りなかったもの

「演奏で手を抜いているわけではない」「滝先生は全体の完成度が最大化されるようメンバーを選ぶ」ことを踏まえて、府大会の時点でソリとして真由に足りてないものはなんだったのかを考える。一言でいえば、真由が他の生徒たちより圧倒的に不足していたのは個人の演奏技術ではなく、北宇治の音に対する理解なのではないか。以下、音の理解に必要そうないくつかの要素を例に挙げてみる。

まずは、北宇治のメンバーと過ごした時間の長さや深さがあるだろう。たとえば久美子は、入学した頃から北宇治吹奏楽部で過ごしてきたわけで、麗奈や緑輝などと2年以上共に練習し続けてきた。同じように同じパートの奏とも1年以上一緒に部活動をしてきた。一方で真由はというと、3年になって北宇治に転校してきたのだから、ゼロから人間関係を構築しなければならず、これまで一緒に過ごしてきた1,2年間の時間もない。過去の先輩たちとの人間関係もないので、代々受け継がれてきた北宇治の文化やノリなども全くわからないだろう。

次に、北宇治吹奏楽部の理念である。北宇治がなぜ、どういう経緯で実力主義になったのか、当然真由は全く知らない(もしかしたら描写のないシーンで他の部員に聞いているのかもしれないけど)。12話で久美子も、再三の真由の問いかけに対して「北宇治は実力主義だから」の一点張りで返答してきたと反省していた。

怖かったんだと思う、上手な子が転校してきて。焦った。
だから真由ちゃんの気持ち、みてみないふりしていたかもしれない。
転校してきたばかりの子が困らないはずないのに、実力主義って言って押し付けて。
ごめんなさい。

12話「さいごのソリスト」、久美子の発言より引用

人間は機械ではない、感情を持った生き物だ。だからスポーツや音楽に感情が少なからず影響を与えるはずである。組織の人間関係だったり、組織を構成する理由・理念だったり信念だったり。そういったあいまいで感情的な要素を軽視することはできないだろう。12話のラストでの久美子も、迷いが音に出たと分析している。このように、感情は音に現れるのである。

音大じゃないって思い始めた時からの迷い
それがわずかでも音に出た

12話「さいごのソリスト」、久美子の発言より引用

他にも、合宿の最中に釜屋つばめと花火をしたシーンもあったが、あのような交流も真由の音にプラスに働いたのではないか。感情が音に出るのであれば、技術的な交流だけでなく人間としての交流も音に影響を与えると考えるのが妥当だろう。たとえばTVシリーズ2期で、滝先生に亡妻がいると知った麗奈の演奏がガタガタになったのは悪い意味で心に影響が出たケースだ。

9話「ちぐはぐチューニング」より引用

余談だが、3年からの転校生にとってつばめのような友人ができるとグッと過ごしやすくなるだろうし、真由視点で見るとどれだけつばめに助けられただろうと思った。部内でつばめのようなポジションにいる人はとても重要な存在だと思う。もちろんつばめはそんな打算など一切なく、真由が友達だから優しく接しているだけなのだが。

真由が北宇治の音に馴染んだ最大の要因

5話「ふたりでトワイライト」より引用

府大会のオーディション前にも「サンフェス」や「あがた祭り」など、真由が北宇治に馴染むきっかけになるイベントはいくつもあった。それこそ放課後の部活動以外の、アニメで描写されていない普段の授業中だってそうだろう。この間にも、時間を増すごとに真由は北宇治の仲間たちと友情を育んでいったはずだ。これらの交流も、真由の演奏にじわじわと好影響を与えていったと思いたい。

しかし、北宇治吹奏楽部の音を理解する決定的な要因になったかというと疑問符が残る。これまでの説明を踏まえて、筆者の主張としては「黒江真由は府大会以降に北宇治との親和性を上げていき、それが関西大会に結実した」と言いたいが、とすれば府大会から関西大会までの間で何か決定的な影響を与えた出来事があったはずだ。真由が現在の北宇治吹奏楽部を理解する上で重要になったイベントとは一体何か。

それは、お盆休みにみんなでプールに行ったときの久美子と真由の会話だと思う。誰にも邪魔されない、久美子と真由二人だけの会話。おそらく真由は、この会話で久美子の本質的な部分に触れることができたのだろう。

7話時点、久美子のモノローグで少なくとも久美子側は真由に自分と似ている部分があると感じていた。12話で真由も久美子に同じことを思っていたと打ち明けたように、この瞬間に真由も久美子に自分と似た匂いを感じていたのである。

7話のわずかな会話だけで真由が久美子の本質全てを理解したとは思わない。しかし筆者は、この瞬間こそ真由が北宇治の音にフィットするきっかけに直結した出来事だったと思っている。なぜなら、黄前久美子こそ北宇治吹奏楽部の体現者であると考えるからだ。

7話「なついろフェルマータ」より引用

久美子が部長として先陣を切って北宇治の哲学(完全な実力主義)を体現しているのはもちろん、久美子は2年前の麗奈と中世古香織との事件に大きく絡んでいた。12話で久美子が言ったように、あの出来事こそ今の北宇治の哲学を誓ったきっかけだった。つまり久美子の本質を知ることができれば、自然に北宇治吹奏楽部の理念を知ることの繋がり、その組織が奏でる音の理解も深まるのではないか、ということである。

であれば、その久美子(の音)への理解度・解像度が上がれば北宇治の演奏全体に馴染みやすくなると考えるのは自然ではないだろうか?「奏者としての黄前久美子を理解することが、北宇治高校吹奏楽部の音への理解に直結する」というのは表現が強すぎるだろうか?全ての部員が久美子(の音)を理解すればいいという話ではなく、真由が久美子と同じユーフォニアム奏者だから、真由に限ればの話だが。

12話で久美子は、麗奈との出会いがあったから自分は変わったのだと話した。しかし真由は、それを聞いてもなお「それが正しいとは思わない」と久美子とは意見が異なると言っている。ここで強調したいのは、久美子の意見(つまり北宇治の理念)に賛同するかどうかではなく、意見(理念)そのものの本質・背景を知識として知っている・その正体を認識しているかどうかが重要だということだ。

7話「なついろフェルマータ」より引用

自分と同種の人間がいる、自分に近しい・似ているタイプの人が組織にいる。自分と同じタイプの人間が部長をやっていて、同じ楽器の奏者である。そういった親近感や共感といった類の感覚は、居心地の良さや帰属意識にプラスの影響を与え、そして何より肝心な音への理解につながるのではないか?というのは考えすぎだろうか。

再オーディションでさらに上がった真由の完成度

以上のことから筆者は、7話のこのわずかな時間の会話が、真由の北宇治吹奏楽部での演奏に多大な影響を与えたのではと考えている。真由はこの出来事をきっかけに、持ち前の「勘の良さ」で徐々に、そして確実に北宇治高校吹奏楽部の音にフィットしていったのだろう。時間が経てば経つほど真由のハンディキャップは埋まっていき、関西大会以降、真由の音は北宇治に完全にフィットしたと言っていいだろう。

加えて再オーディション前の久美子と真由の腹を割った対話は、双方に好影響を与えたと思いたい。久美子は言いたいこと・本心を真由に伝えることができたし、得体が知れないと無意識に避けていた真由の過去も踏まえて知ることができた。真由も久美子の言動が本音なのだと、2年前の北宇治の事件を知ることで、バックボーンを含めて理解できただろう。

8話「なやめるオスティナート」より引用

この対話により、再オーディションを経たことで真由の音の完成度は一層上がったと思っている。それは真由の表情にも現れているのではないだろうか。8話の、関西大会前のオーディションで選ばれた直後の複雑そうな表情と比べたら一目瞭然だ。あのときはどこか申し訳なさそうな顔をしていた。

12話「さいごのソリスト」より引用

一方で、12話の右足を一歩踏み出して前に行くシーンをもう一度見てほしい。同情も、心配も、そして遠慮も、この表情からは一切感じられない。それは演奏前に久美子が綺麗さっぱり取り除いてくれたからだ。このときの真由は、とても澄んでいて凛とした、すっきりとした表情をしているようにみえる。自分の信念を貫く覚悟を決めた表情といったところか。

この直後にはざわつく観客席の反応を見て、久美子ではなく自分がソリに選ばれてしまったゆえにユーフォニアムを持つ手がカタカタ震えているシーンがあるが、少なくとも前に踏み出したこの瞬間だけは堂々としていたと思う。

再オーディション直後の久美子の吹奏楽部全体への演説・喝を入れたのをみて真由は感情を揺さぶられ涙した。この演説で、真由を含めて北宇治は気持ちの面でも団結したし、北宇治にとっても完全に、真由は得体のしれない異物としての転校生ではなくなった。12話の再オーディションによって北宇治高校吹奏楽部は真の意味で最強の布陣として完成したのだと信じたい。


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