見出し画像

雑記14 土へと還り行く生家

 戦後のどさくさの中、多分空いた土地に次々と家を建て続けたのだろう。無秩序に建ち並んでいた家々、だが、それらが焼け落ち、さらに焼け残った家の住人達もいつの間にか去って行った。人がいなくなって改めてその土地の狭さを知る。

 急な斜面を切り拓いて拵えた土地、その土地の中央に背中合わせに建てられた六つの小屋があり、その小屋を取り巻くように崖を背にした家が何軒も並んでいた。その並んだ一番奥の小屋、そこで私は生まれた。ふとその小屋を見てみようかと、妙な気持ちを起こし、崖沿いに並ぶ朽ちかけた家々の中を何気なく覗き込みながら、一番奥の自身の生家へと向かった。

 人気のない空間を塗り潰すように無数の蝉の声が鳴り響き、油断していると意識をその響きの中に吸い取られてしまそうな気分になる。真上から垂直に落下を繰り返す光の粒が、礫のように私の半袖のシャツから伸びた腕を、サンダルから覗く足の甲を嬲り続ける。

 崖を背にした小さな路地の突き当り、そこに私の生家がある。いや、もうない。実は数年前にこの地を訪れた時に、その小屋が朽ち果て地面に横たわっているところを確認していた。家、そいつは来るたびに家というものから残骸という名のものに少しずつ姿を変えていた。まずは屋根が落ち、次に来た時には壁が崩れ、柱が折れ曲がり、最後に来た時には無様な廃材となっていた。そして今、目の前にあるかつての家、それは凶暴な夏草に覆い隠された巨大な土饅頭のように姿を変えていた。

 私はじっと目を凝らす。横たわった壁板や柱と、それらに直に触れ合っている地面の境目を。その境目はすっかり曖昧になっていて、廃材の一部は土と化しているかのようだった。まるで家を成していた廃材が土に飲み込まれかけていると、私にはそう思えた。すべてが土に還る。うん、いいじゃないか。大地を汚すように存在していた人間が消え去り、すべては自然に呑み込まれてゆく。潔いとはまさにこういう事さ。などと勝手な事を思い、一人笑みを浮かべていると、やはり朽ちかけている向かいの家から老人が顔を出し、驚きとも怯えともつかない表情を浮かべじっと私を見つめる。えっ?まだ誰か立ち退かない人がいるのか。あるいはホームレスが棲みついているのだろうか。私はその老人に、近い将来の自分の姿を重ね合わせながら、足早にその集落跡を立ち去った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?