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雑記12 ほぼ廃墟と化した仕事部屋で呆然と立ち尽くす

 何はともあれ仕事部屋を片付けなくてはならない。その仕事部屋、一体何年間足を踏み入れてないだろう。ともかく家主が下宿屋を止めると宣言した以上、速やかな対処が必要だ。

 古く、汚い部屋だが思い入れは深い。この部屋でいくつの作品を拵えただろうか。一年の四分の一ほどを毎年この部屋で過ごす事数十年、住居の方は度々引っ越しを繰り返したが、仕事部屋はずっと変わらない。仕事部屋に入るたびに毎度「帰ってきた」という気持ちになるのだった。

 だが十年ほど前に体を悪くして、大きな仕事を引き受けられなくなり、部屋を利用する頻度は極端に減った。家賃、そいつは随分と安かったが、毎月自動で引き落とされるという気軽さから、いつのまに部屋の存在自体を忘れている事もしばしばだった。

 さて、どういう手順で片付ければいいのか、ともかくまずは部屋の荒れ具合を見てみようと、特急電車に揺られる事二時間、仕事部屋のある街に降り立ったんだ。仕事部屋は山の中腹にある。夏の日照りに嬲られながら三十分ほどかけて坂を登る。そうしてようやく部屋の前に立った私は、うん、恐る恐るさ、「何が出るかな?何が出るかな?」と随分と昔に流行ったお昼のテレビから流れていた歌を無意識に諳んじながら開かずの扉と化している部屋のドアに手を掛けたんだ。

 人が忘れた家は、恐ろしい速さで老朽化する。天井は崩れ落ちかけ、壁は何となく傾いで見える。床は、うん、サーフィンでもするにはいい塩梅にぶよぶよと波打っているじゃあないか。その真ん中に鎮座する仕事机、もうすっかり内容も忘れたが、ともかく書きかけの原稿用紙が広げられたまま乗っている。その光景を見た瞬間、思わずどきりとした。その空間が何だか私自身の抜け殻のように見えたんだ。元々私はこの部屋の一部だったんじゃあないだろうかって、そんな馬鹿な事を思ったのさ。

 まあ何にしろ、もう私はこの部屋の住人ではなくなるんだ。何を持ち出して、どこをどう修復するべきか、部屋の中に籠る熱気に蒸し上げられながら、呆然とした頭であれこれ考えを巡らせ続けたんだ。

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