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雑記17 山のガキ共と街のガキ共

 坂の途中を大きく切り拓いて建てられた小学校。私が通っていた小学校はそうだった。狭苦しく、ごみごみとしてはいるが、それでも一等地と呼ばれる街中で育ったガキ共。草を布団、石を枕として育ったような山のガキ共。そんな毛色の違うガキ共がわらわらと集まって、一つの教室で過ごしていた。われわれ山のガキからすると、街のガキ共はなにやら気取った小金持ち感を漂わせていて好きになれなかったし、もちろん街のガキ共はわれわれ山に住む野卑で薄汚い猿のようなガキ共を嘲笑っていた。

 そしてもちろん山に住むガキ共の中にも等級があった。誰かが口にした訳じゃあないさ。それでも山の奥に住むやつほどより馬鹿にされたんだ。山に住む、うん、要するに街に住めない貧乏人って事だね。だが貧乏人ってのは、僅かな貧富の差にひどく敏感なんだ。その棲家が坂のより上にあるか、下にあるのか、そんな馬鹿々々しい事が人々の優劣を決めていたんだ。

 私の家はというと、やまの中腹よりは少し下、うん、「中の下」ってところさ。私の家から少し斜面を登ると、そこには舗装された道路も無い、要するに「下」の地域って事になるんだ。自然石を乱雑に積み上げて作った石段、文字通りの獣道、生い茂る草を掻き分け、時折は枝から垂れ下がる蔓に助けられながら、大人たちは職場へと、ガキ共は学校へと、せっせせっせと毎日通い続けたのさ。

 「下」の地域、そこは元々国有地だった。鉄条網で遮られていた、「何人タリトモ立チ入ルベカラズ」だったその地域に、大きな戦争が終わったばかりのどさくさに紛れたやつらが棲家を求めて入り込み、勝手に家を建て始めたんだ。ガキ共が喜んでやる陣取りゲームみたいにさ。年寄りたちに言わせると、元々やつらが住んでいるあたりには所番地すらなかったそうだ。

 街に住む者、街からはじき出されるように山に住む者、だがAはそのどちらとも違っていた。うん、上手く言えないが雰囲気ってものが他の誰ともまったく違うんだ。強いて言うなら、もっと深い山から降りて来た、そんな感じだね。おかしな言い方かもしれないが、私などよりもはるかに山そのものだった。Aは確か低学年の頃、どこかから引っ越してきたらしかった。でもそれがどこか、私には見当もつかない。峰続きのどこかもっと深々とした山、そこから降りてきていつのまにかここにいる、まさにそんな感じだったんだ。

 もっともガキってのはそんな事は大して気にしない。大方の疑問は日々の遊びに蹴散らされてしまう。Aの存在が不思議に思えてきたのは、随分と後、大人になっていろいろな事を知り、日々の暮らしに追われ、もうAの顔も曖昧になってきた頃さ。

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