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雑記15 消え去った夢の街

 さらに坂を下る。すっかり坂を下りおえるとそこは商店街で・・・・商店街?一体どこが?店なんて一軒もないじゃないか。いやいや、一軒もないってのは言い過ぎだぜ。ほら、そこに古びた中華料理屋があるじゃないか。かつては鮮やかな赤だったのだろう、今はくすんで海老茶色とでもいうのだろうか、そんな色になってしまった木枠の中、ちゃんと蝋細工の食品サンプルも並んでいるぜ。

 私が子供の頃には、ここに来さえすればほとんどの生活必需品が揃う、そう思わせるほどの賑わった商店街だった。食の百貨店とでも謳っていそうなスーパーマーケットが街の中心に在り、そこから次々に枝分かれして広がる路地には商店がびっしり、魚屋、肉屋、八百屋、薬屋、洋品店・・・われわれガキには何とも嬉しい駄菓子屋が二軒、何故か貸本屋が三軒もあった。

 ばたばたと音を立てて幟が風に揺れる。おいおい、今日は縁日かい?いやいや、何でもない夕方さ。行き交う大人たちの間を縫って、立ち話に興じるおばさんたちの大声にたじろぎながら、われわれは意味もなく賑わう街を、何か面白いものはないかと目をぎらつかせながら駆け回ったんだ。

 商店街の一番端には酒屋があって、夕方になると仕事帰りの男たちが集まり、酒を飲んでいた。ふと、男の一人が私に気づき、店のガラス戸を開け手招きをする。仲の良かった友人の父親だ。見上げる私に男は笑顔を作り、咥え煙草のままジュースを一本くれた。私は礼もそこそこに、どきどきする胸の鼓動に耐えられず、ジュースを持ったまま駆け出した。うん、ともかく格好良く見えたんだ。大人の男ってやつがさ。

 そこに集まっていた人々は一体どこにいってしまったんだろう。街が随分と広く見えるのはもちろんそこに人がいないからだ。かつての商店街。夢のような路地。その路地は降り注ぐ真夏の光の下、種を明かされた手品のように間抜けに横たわっている。人ひとりいない道をゆっくりと猫が渡ってゆく。うん、街にも終わりってものがあるのさ。

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