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カナイと八色の宝石②

「カナイー。火、起こせたー?」

 聞き慣れた声に、カナイが振り返る。声の主は、シュリだった。彼の後ろには、誰もいない。

「あれ? テンデは?」

「おじさんが来て、連れてっちゃったよ。船の修理、さぼってたんだってさ」

「また?」

 カナイは、呆れたように聞き返した。テンデは船大工の息子で、一年前から修行に入っている。しかし、実のところ、テンデは首都にいる騎士に憧れていた。船大工は嫌だと反発し、おじさんと何度ももめている。

「テンデは、船大工の方が似合ってると思うけどなー。弓だって、シュリの方がうまいし」

 カナイは、二本の矢が刺さったままの的を見た。的は、テンデが騎士の修行をするために設置したものだ。今のところ、矢を中央に当てることができるのはシュリだけだが。

「力じゃ、かなわないよ」

 シャツを脱いで絞るシュリの腕は、テンデより細い。それでも、カナイとはどこか造りが違う肩には、銀色の鳥の絵が描かれていた。

 シュリは何かと白とか銀色にまつわる特徴が多くて、髪や瞳の色も銀色だし、胸元には白い石が光っている。小さい時から、ずっと身に着けているペンダントだ。光を弾いて揺れる様子が、カナイに城を映す水面を連想させる。

「トットは?」

「カナイがいないって分かったら、帰っちゃったよ。城も無かった」

「そっか」

 カナイは焚き火の前に座ると、膝に顔をうずめた。

「お城が無くて、ちょっとだけ安心したんだ。シュリの家かもって、思ってたから」

「そんなこと思ってたのっ?」

 素っ頓狂な声を上げたシュリを、カナイは口をとがらせて、にらんだ。

「だって、シュリは覚えてないかもしれないけどさ。遺跡の前に倒れてたしさ。服だって、見たことない感じだったしさ」

 カナイがシュリと出会ったのは、遺跡の前だった。遺跡の東側の森では、赤くて甘い木の実がたくさん採れる。まだ五歳だったカナイは父親に連れられて、遺跡の前を通りかかった。そこで、白くて柔らかい毛皮を着た少年を発見したのだ。カナイと父親は、少年を村長のところへ連れていった。

 少年は、聞いたこともない言葉を話した。ただ、自分を指して「シュリ。シュリ」と言うので、彼の名前がシュリであることだけはわかった。

 しかし、彼の身元を探そうにも、当ては無い。シュリの言葉がわかる者が首都の役人にもいなかったし、毛皮の服も珍しい物だ。カナイ達が住む国は温暖なところで、首都にいる金持ちの人間でさえ毛皮を着ることはない。

 結局、シュリを家に帰すのは不可能だと分かり、彼は村長の家で暮らすことになった。

 カナイは、シュリと同じ年頃だし第一発見者でもあったので、毎日欠かさず彼の様子を見に行った。シュリが村で最初に覚えたのは、カナイの名前だった。それから、村長と奥さんの名前。

 カナイはシュリを連れ歩いては、あいさつや人と物の名前を教えた。数ヶ月後、さほど不自由なく話せるようになったシュリは、名前以外は覚えてなかったんだと告げた。

 遺跡の近くに秘密基地を作ったのは、カナイがシュリと会って三年後のことだった。村から秘密基地に行くには、必ず遺跡の前を通らなければならない。秘密基地に通うたび、池の中の城が視界に入る。いつしかカナイの中に、一つの不安が芽生えていた。

「シュリが着てた服、池の城に似合ってたんだ。だから、城に帰っちゃうかもしれないって思ってたんだ」

 カナイは、両膝を抱えた。今から、一番したくない質問をする。唇が震えたが、意を決してシュリを見た。

「もし、城がシュリの家だったら、どうする? 帰っちゃう? それとも、ずっと、ここにいてくれる?」

 シュリは目を見開いた後、視線をさまよわせて、やがてうつむいた。

「そんなの、分からないよ」

 唇をかむシュリを見て、カナイの目頭が熱くなった。手に力が入って、爪が抱えた膝に食い込んだが、今のカナイには気にならなかった。

「私は、ずっといてほしいんだ。シュリが帰っちゃったら……」

 寂しい、と言いかけたところで、村の半鐘がけたたましく鳴った。カナイもシュリも立ち上がって、互いに顔を見合わせる。

「火事かな?」

「火事じゃないよ。煙が見えない」

 村にある半鐘は、何か大きな知らせがあるたびに鳴らされる。出産などの喜ばしい事もあれば、誰かが亡くなるなど悲しい知らせもあるし、首都から騎士が視察に訪れた時にも使われる。

 しかし、一番多いのは、火事や転覆事故などの非常事態の時だった。

「とにかく、戻ろう」

 シュリが走り出したので、カナイも慌てて後を追った。不安で、心臓が早鐘を打つ。カナイは何度も唾を飲み込みながら、懸命に足を動かした。



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