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カナイと八色の宝石⑦

『厄介ナ奴トハ何ヨ』

 羽音が更に大きくなったかと思うと、一羽の青い鳥がテンデの頭を目掛けて急降下した。鋭い爪を頭に立てられて、テンデは大きな悲鳴を上げる。鮮やかな青い羽を持つ小鳥のチチは、シュリをとても気に入っていて、彼に強気な態度を取るテンデを目の敵にしているのだった。

「結局、動物から攻撃を受けるわけだ」

 シュリの口から漏れた言葉に、カナイとシスカは笑い声を上げる。鳥はテンデの頭の上で首を傾げると、羽を小刻みに動かした。

『今日モ良イ男ネ、シュリ』

「やあ。おはよう、チチ」

 シュリは笑顔でチチを見上げ、チチは満足そうに喉を伸ばす。しかし、一人と一匹の会話はかみ合っていなくて、カナイは困ったように笑った。

「私も、こんな感じだったのかな?」

『コンナ感ジッテ、ドンナ感ジ?』

 チチはテンデの頭から羽ばたくと、カナイの頭の上を飛び回る。それをルルが目で追って、ついには手を伸ばし始めた。

『チョット、アナタ。何スルノヨ。ダイタイ、ソコハ私ノ場所ヨ。アナタ、邪魔ナノヨネッ』

 チチは、ルルの両腕の間を縫うように飛ぶと、くちばしでルルの頭を突いた。ルルは甲高い声で鳴くと、シスカの肩に飛び移る。今までルルがいたカナイの左肩にとまったチチは、シュリを見上げると目を細めた。

『ヤッパリ、コノ角度カラ見ルノガ一番ヨネ』

 カナイとチチが出会った時から、チチの特等席はカナイの肩の上だった。カナイはチチと仲良くなれたと喜んでいたが、まさかシュリの顔見たさゆえの行動だったとは思いも寄らなかった。

「だから、私の肩に乗ってくれてたんだね」

 しょんぼりと肩を落とすカナイに、チチは小刻みに首を横に振った。

『違ウ、違ウノヨ。チャント、カナイトモ仲良シヨ。アラ?』

 そこまで言って、チチは首を傾げた。

『私ト会話デキテルノネ。チットモ、オカシクナイワ』

「いつも、おかしいって思ってたんだね」

 トットや野ネズミ達とも、本当は会話になっていなかったのだろうか。カナイは少し悲しく思いながらも、右手を上げてチチに腕輪を見せてやった。

「この腕輪で、話せるようになったんだよ。シスカが、くれたんだ」

『シスカッテ、アナタノコトネ』

 チチはカナイの肩の上で跳ねながら、シスカに体を向けた。

『森ノミンナノ話題ニナッテルワヨ。オカシナ集団ガ来タッテ。私、鐘ノ上カラ見テタワヨ。軟体人間トカッテ、変ナノ』

「変なのって」

 シスカは、チンとエレの細長い顔を思い浮かべて、苦笑した。

「彼等は、団長と一緒に雑技団を作った人達なのに」

『ソレヨッ。ヤッパリ、怪シイワ』

 くちばしを突きつけられて、シスカは目を丸くする。

『軟体人間ッテイウノト、団長ッテイウ丸イノ。遺跡ノ方ニ歩イテイクノヲ見タノヨ』

「え? 団長達、遺跡の方に行ったの?」

 目を丸くしたシスカに、カナイとシュリも顔を見合わせた。テンデだけは頭の後ろで手を組んで、呆れたようにシスカを、次いでチチを見る。

「珍しいから見に行ったんだろ」

「いいえ。私も怪しいと思うわ」

 カナイ達がシスカを見ると、彼女は眉をつり上げてチチを見ていた。チチは何度も頷くが、テンデは馬鹿馬鹿しいというように息を長く吐いただけだった。カナイがどうして良いか分からずシュリを見上げると、彼はテンデとシスカを交互に見て一つ頷いた。

「どうせ秘密基地に行くなら、遺跡の方に向かうんだし。覗いて声を掛けるくらい、しても良いと思う。下手に森に入って、迷子になられても困るし」

「それも、そうだね」

 カナイは、シュリの意見に同意した。

 村を囲う森は、とても深い。村の人でも、幼い頃は大人と一緒に入り、徐々に慣れていく。森の中には、どれだけ晴天が続いてもぬかるんでいる場所や、毒蛇の住処もある。そういう場所を村の人は知っていて、滅多と近付かない。知らない人間が森の中で迷えば、無事に帰れる保証は無かった。

 テンデを先頭にして、カナイ達は秘密基地へと歩いた。シュリの顔を朝から見ることができて浮かれているのか、チチが甲高い声で歌っている。しかし、内容は年寄りの船頭が口ずさむ舟歌だ。

「チチ。それ、意味分かって歌ってるの?」

『恋ノ歌ジャナイノ?』

 首を傾げるチチに、カナイは苦笑する。

「違うよ。船を漕ぐリズムを取るための歌だよ。家族のために、魚獲ってこないとって歌ってるの」

『ソウナノネ。ウッカリシテイタワ』

 チチはつぶらな瞳をぱちくりさせると、別の歌を歌いだした。今度は収穫祭の時に使用される歌だ。音程から曲が分かったのか、時折テンデが合いの手を入れ始める。テンデは、お祭り騒ぎが好きなのだ。

 カナイは、気持ち良さそうに歌うチチに水を差すのはやめて、シスカを見た。彼女は、飛び跳ねるテンデを見て、笑っている。

「そういえば、ルルって無口だよね」

 シスカはルルの顔を見て、優しく腕をなでた。ルルが気持ち良さそうに目を細める。

「今は、まだ環境に慣れていないだけよ。本当のルルは、おしゃべりも踊りも大好きなの。さすがに、チチには負けるけど……あら?」

 シスカが声を上げて立ち止まると、三人も足を止めて彼女を見た。

「あそこにいるの、団長達じゃないかしら」

 シスカが指差す先を、三人は見た。道の脇に立つ木が邪魔をして顔などはよく見えないが、人が三人いるのは確認できる。しかも、一人は丸くて、二人はひょろっと長い。団長と軟体人間の二人に違いなかった。

 三人組は、遺跡の階段の一番上にいる。扉の前で入れ代わり立ち代わりして、扉を押したり削ったりしているようだった。カナイ達が固唾を呑んで見守っていると、ついに三人は扉の向こうへと消えた。

『怪シイワ。怪シイワ』

 チチが騒ぎだしたのと、テンデが走り出したのは同時だった。カナイ達も、慌ててテンデの後を追う。テンデは遺跡の前で立ち止まると、階段の上を見上げた。次いで、カナイ達も遺跡を見上げる。扉があったはずのところに、扉以上に大きな穴が開いていた。

 階段を上ると、カナイとシスカは割れ目を眺め、シュリは床に目を向け、テンデは穴の中を覗き込んだ。

「割れ目には触らない方が良いわ。見て。崩しやすくするために、酸か何かを掛けたのよ」

 シスカが指を差した壁には、液体がしみ込んだ後がある。割れ目の所々が、他の壁よりも黒っぽく変色していた。

「扉が開かなかったから、周りを崩したんだね。シスカの言う通り、瓶が転がってるし」

 カナイ達の足元には、崩れた壁だけではなく、空になった瓶や折れ曲がった工具が転がっていた。ため息を吐いてシュリが立ち上がると、テンデが三人を振り返り見た。

「中は薄暗いけど、歩けないほどでもないぞ」

「行くわ」

 一斉に、シスカに視線が集中する。彼女は目を輝かせ、不敵に笑っていた。



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