カナイと八色の宝石⑧
「もちろん、あなたも行くわよね? 未来の騎士様」
「いいい、行くに決まってるだろっ」
テンデは顔を真っ赤に染め上げると、穴の中へと入っていった。次いで、シスカが彼の後を追う。カナイとシュリが顔を見合わせると、チチは首を傾げた。
『止メテオイタ方ガ良インジャナイ? キット、怖イ目ニアウワヨ』
カナイはチチの言葉をシュリに伝えることはせず、一人唸った。
「でも、放っておくわけにもいかないよね」
「確かにね」
シュリは穴の中に入ると、カナイに手を差し伸べた。
「倒れた扉で段差ができてるから、気をつけて」
カナイは素直にシュリの手を取ると、倒れた扉を踏み越えた。
テンデが言った通り、遺跡の中は薄暗いが、灯りを持っていないと歩けない、というほどでもなかった。壁には何もはめ込まれていない窓がいくつも並んでいるし、ところどころに天窓まである。石で造られているわりに、日当たりも風通しも良さそうだ。
「遺跡の中って、こうなってたんだね。外から見ただけじゃ、全然分からなかったよ」
遺跡の扉は硬く閉ざされていたし、団長達のような発想が村人には無かったので、遺跡に足を踏み入れた村人は誰もいなかった。だから、遺跡の中の形状も、何に使われていたのかも、まるで分からない。ただ、そこにあるのが当たり前になっていたから、祭りの時に祭壇代わりに利用されていたのだった。
「こうやって見ると、神様がいるとは思えないね」
「そうだね。部屋もあるし、誰かが住んでいたんじゃないかな」
カナイとシュリは手を繋いだまま、殺風景な廊下を歩いていく。たまに部屋と思しき場所を覗き込んでみるが、テンデやシスカはもちろん、団長達の姿も見当たらない。
「みんな、どこ行っちゃったんだろう?」
カナイは首を伸ばして窓の外を見たり、屈みこんでみたりと、忙しく体を動かす。左手にシュリの温かさを感じているから良いが、これが一人なら心細さで動けなくなってしまいそうだ。
シュリは、カナイとは逆で、体を大きく動かしたりはしない。淡々と歩きながら、たまに首を動かしている。ただ、彼の眉間にはしわが寄っていた。
「静かすぎて、気味が悪いな。テンデの足音も聞こえないなんて」
その言葉に、カナイは足を止めた。テンデは足が大きくて、がに股で、底が抜けかけたサンダルを愛用している。彼が歩くと、いつも騒がしい。それなのに、今は彼の足音が聞こえない。
「本当だ。どうしちゃったんだろう?」
青ざめるカナイの顔を、シュリは覗き込んだ。
「とりあえず、ここからは慎重に歩こう。もし人を見つけても、大声では呼ばないようにしよう」
シュリの提案にカナイが何度も頷くと、シュリは笑って歩き出した。引っ張られるようにして、カナイも何とか歩き始める。
しかし、カナイの足は目に見えて震えていた。空いている手はシュリの服を強く掴んでいて、完全にすがりつく格好だ。チチはたまらずカナイの肩から飛び立って、シュリの頭の上へと場所を変える。
『モー、テンデヨリ、カナイノ方ガ心配ヨ。私、先ニ行ッテ見テキテアゲル』
チチは言うが早いか、廊下の先へと飛んでいってしまった。小さい羽だというのに飛行速度は速くて、あっという間に青い姿が見えなくなる。シュリはチチを見送った後、立ち止まってカナイを見下ろした。彼女は、目に涙を浮かべている。
「池には、平気で飛び込んだのに」
「あの時は、トットがいたもん」
カナイは、鼻をすすった。目に留めきれなかった涙が、零れ落ちる。シュリは苦笑いを浮かべると、空いている手でカナイの頬を拭った。
「僕は、そんなに頼りない?」
「そうじゃないっ。けど、テンデがっ、テンデがっ」
カナイが本格的に泣き始めると、廊下の奥から羽音が戻ってきた。チチはシュリの頭の上に降りると、つぶらな瞳を瞬かせる。
『ナンテ顔シテルノヨ。私ノ次ニ、カワイイ顔ガ台無シヨ。アイツナラ、無事ヨ。シスカト丸イ男達ヲ見テイタワ』
カナイはシュリの服を離すと、自分の顔を強く擦った。まだ涙が残った目で、チチを見上げる。
「ありがとう、チチ」
『ドウイタシマシテ。シスカガ待ッテテクレルカラ、早ク追イツキマショウ』
チチが、再び羽を動かす。今度はゆっくりとした速度で進んでくれたので、二人はチチを見失うことなく歩くことができた。廊下の突き当りを右に曲がると、シスカが壁にもたれて立っていた。その数歩先には、テンデが部屋を覗き込んでいる。
テンデの背後からカナイが首を伸ばすと、部屋の中がかろうじて見えた。人影が、布を広げている。そっと後ろに下がると、シスカの隣りに並んで、彼女の顔を見た。シスカは顔を、カナイの耳に近づける。
「遺跡にある物を、物色してるみたい」
カナイが再びシスカの顔を見ると、彼女は唇の前に人差し指を立てた。静かに、ということらしい。カナイは両手で口を塞ぐと、頷いた。
シュリも部屋の中を覗こうと、テンデの背後に近付く。その時、テンデの背中が揺れた。カナイとシスカもテンデを見ると、彼は手を口に当てて、懸命にくしゃみを我慢している。そのまま我慢して、というカナイの祈りもむなしく、テンデのくしゃみは廊下に響き渡った。
「誰だっ」
振り向いた団長と目が合ったシスカは、笑顔で片手を振る。しかし、事態は好転しない。
「シスカッ。お前達も、そこで何をやってるんだっ」
団長の怒鳴り声に飛び上がったテンデは、悲鳴を上げて遺跡の奥へと走り出した。シスカがテンデを追い、シュリもカナイの手を引っ張って後に続いた。
「チンッ。エレッ。追えーっ」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?