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カナイと八色の宝石⑫

『宝石が力を持つのは、常識じゃないか』

『そんな常識、私の村には無いよ』

 ネズミは大きな口を開けると、手にしていたクッキーを落とした。クッキーが水の中に落ちて、跳ねた水滴がネズミの腹に掛かった。

『そんな馬鹿な。お嬢さんの村は、どんな田舎にあるんだい?』

『確かに、首都から離れてるし、田舎だけどね』

 カナイは眉を吊り上げ、口をとがらせた。森の緑が濃くて、川と海の水がきらめいて、風が歌うように吹く、とても大好きな村なのだ。馬鹿にされっ放しのままではいけない。

『人はあったかいし、自然は綺麗だし、大きな遺跡もあるんだ。遺跡の部屋に入ったら、白く光って、なぜかこの城の物置に来ちゃったけど。でも』

『ちょっと待った』

 ネズミは頭の上で両手を大きく振って、カナイの言葉を止めた。

『お嬢さん、そこ、もうちょっと詳しく。もしかして、お嬢さんは池の底の遺跡から来たのかい?』

『うーん、たぶん』

 自分でも確信が持てなくて、カナイは首を傾げた。カナイが入った遺跡は池の上に立っていたので、池の底の遺跡と言われると、どうにも違和感がある。

 対してネズミは、飛び跳ねて喜んでいる。

『あの物置には何かがある、と思っていたけど、やっぱりだ。壁に、何か書いてあっただろう? 椅子の山が邪魔になってて、半分読めないやつ』

『椅子なら、倒れちゃったよ。腕が当たって』

 ネズミは手を打って、カナイの顔を見上げた。ひげとしっぽが、ぴんと上に立っている。

『つくづく、素晴らしいお嬢さんだ。こんな所にいるだなんて、もったいないよ』

 素晴らしいと言われて、カナイは眉を寄せた。椅子の山が崩れたのは、単なる偶然だ。本当なら怒られこそすれ、ほめられる行いではない。

『そうかな? ここにはいたくないけど、素晴らしくはないよ』

『いいや。僕を退治しようとしないどころか、良い事ばかりをしてくれる人間なんて、お嬢さんが初めてさ。お嬢さんは僕達のために、もっと動き回るべきだよ。うわっ』

 床に映った月明かりの中に突然影が現れて、ネズミは飛び上がった。カナイとネズミは格子窓を見上げて、突然現れた影の正体を知る。カナイは、目を見開いた。

『チチッ』

『コンナ所デ、何シテルノヨ? アラ? 通レナイワ。太ッタノカシラ?』

 外からやって来たチチは、牢屋の中に入ろうと格子窓の間に頭を入れた。しかし、腹の部分がつかえてしまい、どれだけチチが体重を掛けても通り抜けることができない。

『チチ、もう止めて。羽が折れちゃうよ』

 眉尻を下げて心配するカナイを見て、チチは格子窓の間から頭を外へ出した。体を小刻みに震わせた後、首を傾げる。

『デ、カナイハドウシテ捕マッテイルノカシラ? 私、外カラ見テイタケド、言葉ガ分カラナカッタノヨネ』

『シュリをさらった罪人だって、疑われたの』

『ナンデスッテッ。カナイハ、シュリヲ助ケタノヨ。友達ナノヨッ』

 悲しみが込み上げて、カナイはうつむいた。また、涙が落ちてしまいそうだ。

 しかし、興奮したチチが、くちばしを格子に打ちつけ始めたので、カナイは慌てて顔を上げた。

『チチ、止めて。くちばしが折れちゃうよ』

『ダッテ、悔シイジャナイノ。コウナッタラ、逃ゲルワヨ』

 羽をばたつかせるチチに、カナイは困惑した表情を浮かべた。逃げたいのは確かだが、逃げ方が分からない。牢屋は高い位置にあるようだし、扉も窓も鉄格子でふさがれている。壁と床は石でできていて、カナイの力では壊すことができない。

『逃げるって、どうやって?』

 呆然と座り込んでいるカナイのひざを、ネズミが叩いた。カナイが見下ろすと、ネズミは胸を張って、ひげをなでた。

『今すぐ脱獄とはいかないけど、僕に良い案があるよ。賭けてみないかい?』

 ネズミの声に耳を傾けていたチチが、目を瞬かせる。

『アラ? ネズミノクセニ、私ノ言葉ヲ話スノネ。カナイミタイヨ』

『それは、黄色い石の効果だよ。それより、君にも協力してほしいんだ』

『カナイノタメナラ、良イワヨ。モシ裏切ッタラ、承知シナイカラネ』

 チチに頷いたネズミは、真っ黒な瞳でカナイを見上げた。

『準備のために、僕は彼女と牢屋を離れる。でも、必ずお嬢さんを助けに来る。食べ物の恩は、大きいからね』

 しばらくの間、カナイはネズミの目を見つめた。出会ってから、まだ間もないネズミだ。しかし、なぜかカナイには、ネズミが自分を裏切るとは思えなかった。

『分かった。賭けに乗るよ』

『そうこなくっちゃ。では、さっそく僕を、あの窓まで連れていってくれるかい?』

 カナイは両手でネズミをすくい上げると、窓の高さまで持っていった。ネズミは、カナイの手から窓へと飛び移る。それから、格子の間を難なくすり抜けると、チチの背に飛び乗った。

『一つ、良いことを教えてあげるよ。お嬢さんを牢屋に入れた人間は、今すぐにお嬢さんを死ぬほど酷い目にあわせたい、とは思っていないんだ。その証拠に、水も毛布も用意しているし、寝台や水場もある。他の牢屋には、寝台すらないんだよ』

 確かに渡り廊下を歩く時、シヤークはカナイの両脇に護衛を侍らせた。下は池だ、とも忠告していた。とりあえず、シヤークに殺意は無いのだ。明日の裁判次第では、どうなるか分からないが、ほんの少しだけカナイの心は軽くなった。

『それでは、お嬢さん。良い夜を』

 ネズミが手を振ったのを合図に、チチは窓から飛び立った。ネズミとチチの姿は、あっという間に夜空に溶け込んでしまう。

 カナイは水差しを牢屋の中央に寄せると、寝台に腰掛けた。寝台は、木の板にわらを敷いて、上から布を被せてあるだけの粗末なものだった。カナイがいつも使っているハンモックの方が、まだ寝心地が良い気がする。

 クッキーを一つ口の中に放り込んだカナイは、包みに視線を落とした。

 今日は、シスカに随分と助けてもらった。彼女がくれた腕輪のおかげで、動物とも会話できたし、シヤーク達が何を言っているのかも聞き取ることができた。クッキーのおかげで空腹がしのげるし、ネズミとも仲良くなれた。遺跡の中でも、つぼを転がしたり、分かれ道で指示したりしてくれた。シスカは優しくて、とても勇敢な女の子だ。

「シスカとテンデは、どうしてるんだろう?」

 カナイとシュリが消えてしまったので、シスカとテンデに矛先が変えられたはずだ。もし捕まってしまっていたら、カナイとシュリが見つかるまで、彼等は遺跡の中にい続けるのだろうか。だとしたら、寝台も水場も無い場所で、彼等はどう過ごすのだろう。

「どうか、無事でいますように」

 カナイは鉄格子の窓を見上げると、月に向かって祈った。



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