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カナイと八色の宝石⑭

 チチの声に、カナイは渡り廊下の外へと飛んだ。渡り廊下の下を、青い鳥が潜り抜ける。カナイは青い鳥の背中の上に落ちると、首に腕を回した。

『アラカジメ、手綱ヲ付ケテアルノ。シッカリ掴マッテ』

 カナイは手探りで手綱を見つけると、両手でしっかりと握った。

『掴んだよ』

『ソレジャ、高度上ゲルワヨ』

 青い鳥が大きな翼を動かすと、徐々にカナイの頭が上を向いていく。カナイは落ちないように、手綱を持つ手に力を入れて、鳥の胴に足を回して、必死になってしがみついた。耳には常にゴウゴウという風を切る音が聞こえ、景色を楽しむ余裕なんて少しも無い。

 しばらくすると、今度はカナイの頭が下を向いた。高度を下げているらしい。カナイは歯を食いしばって、チチの胴に回した足の力を強めた。

 カナイの頬が涙で光る頃になって、ようやく青い鳥は地面に降り立った。地面にへたり込んだカナイの腕は、力をずっと入れ続けたことと恐怖とで、小刻みに震えていた。

『鳥って、大変なんだね』

『慣レレバ、意外ト快適ナノヨ』

 チチはカナイの頭よりも大きなくちばしで、器用に手綱をはずしている。その横に、二匹のネズミを乗せた白いフクロウが降り立った。ネズミが地面に足を付けると、フクロウは大きなあくびをして飛び立ち、近くの枝へと移動する。

『まったく。フクロウ使いの荒い奴等じゃ。昼間は寝るものじゃぞ』

『悪いね、じいさん。もう、寝てて良いからさ』

 ネズミは適当にフクロウをあしらうと、カナイの前までやって来る。座り込んだカナイは、ネズミとフクロウを交互に見た。

『よく食べられないね』

『あのじいさんは、グルメなのさ。僕達は、臭くて食えたもんじゃないって』

『失礼しちゃうよな』

 一匹のネズミが鼻を摘むと、もう一匹のネズミは肩をすくめた。二匹のネズミはそっくりで、首に七色の石をぶら下げているところまで一緒だ。しかし、昨夜のネズミの耳がきれいな円を描いているのに対して、もう一方のネズミの耳は先が少し欠けている。

 カナイは二匹のネズミを見ると、頭を下げた。

『助けてくれて、ありがとう』

 すると、二匹のネズミは照れたように笑った。

『止してくれよ。約束を果たしただけさ』

『アーク兄貴を助けてくれたんだ。当然のことをしたまでさ』

『アーク兄貴?』

 首を傾げるカナイに、きれいな円を描いた耳を持つネズミが胸を張った。

『僕の名前さ。隣りにいるのは、弟のオーク。同時に生まれた兄弟は、僕達を含めて五人いるんだ』

『他に、三ヶ月に生まれた兄貴達が六人と、四ヶ月後に生まれた妹達が五人いる』

 両手を挙げたネズミ達に、カナイは瞬きを繰り返した。

『ずいぶんと子だくさんなんだね』

『ネズミだからね』

 アークは、肩をすくめて笑った。

『身内には、退治されたネズミも多いんだ。人に優しくされたことなんて無かったから、本当にお嬢さんには感謝しているんだよ』

 オークがアークと顔を見合わせて、頷きあった。

『それに、お嬢さんが椅子をどかしてくれたおかげで、壁の文字が解読できたんだ。こちらこそ、お礼を言わなくちゃ』

『解読できたんだ。すごいね』

 カナイは、目を輝かせた。カナイは自分の名前も読み書きできないのに、目の前のネズミは人間の言葉を読めてしまうのだ。

 対してオークは、『止してくれよ』と頭をかいた。

『それより、お嬢さんは元の世界に帰りたいかい?』

『もちろんだよ。友達も助けたいし』

 カナイはネズミに、シュリとテンデとシスカのこと、遺跡で団長に見つかってから城の物置に出るまでの経緯を話した。時折、チチのおしゃべりも混じって、話し終えた時にはすっかり霧が晴れていた。気温も上昇して、暖かな気候で育ったカナイでも寒さが気にならない。

『大冒険だったんだね』

 長い話を、時折相槌を打ちながら興味深そうに聞いていたネズミ達は、飛び跳ねて喜んだ。

『なかなか経験できないことだよ。白い石が光って、別の世界に飛ばされるだなんて。実はお嬢さんが現れるまで、白い石の使い道がよく分からなかったんだ。まさか、別の世界に行けるだなんて』

 アークは感慨深げに、自分の胸を両手で押さえた。オークは頭の上で、立てた指を横に振る。

『もちろん、帰るにも白い石が必要さ。壁にも書いてあったし、間違いないよ』

 確かに石が輝いているのは見たし、実際に遺跡の部屋から城の物置へと移動した。それでもカナイには、白い石のせいというのが、いまいち飲み込めない。眉を寄せているカナイに、アークは指を振った。

『宝石には力があるのが常識だって、昨日言っただろ? 僕達の世界の創造主は、八枚の羽を持った神様なんだ。神様が羽を宝石に変えて、地上に分けてくださった。だから、僕達も神様の力の一部が使えるんだ。宝石の色によって効果が異なるのは、八枚の羽にそれぞれの色と力が備わっていたからなんだよ』

『お嬢さんには、神話を聞かせるよりも、やってみせた方が早いよ。お嬢さん、ちょっと立って歩いてみてくれないか』

 カナイは訳も分からず立ち上がると、歩いてみせた。恐怖はすっかり抜けていて、ふかふかする草の上でもしっかりと歩くことができる。

『はい、止まって。ここで登場するのが、黒い石』

 オークは、首から提げた黒い石を両手に持った。黒い石は、大麦の粒くらいの大きさだ。ネズミは黒い石を手にしたまま、カナイの影の上に立った。

『準備完了。さあ、お嬢さん。もう一度、歩いてみて』

 カナイは言われたとおり歩こうと、足を出そうとした。しかし、体が硬直してしまい、足どころか指も舌も動かすことができない。オークがカナイの影の上から退いた途端に硬直が解けて、カナイは草の上に転んでしまった。

 倒れたカナイの顔の横まで走ってきたオークは、小さな手で彼女の額をなでた。

『ごめんね、お嬢さん。でも、これが黒い石の力なんだ。黒い石を持った奴に影を踏まれると、動けなくなるんだよ』

『それに、お嬢さんは青い鳥を見て、驚かなかった?』

 アークが、緑の石を手にしながらカナイの目の前にやって来る。

『青い鳥が大きくなったのは、緑の石の力だよ。緑の石で擦った食べ物を食べると、一時的に体が大きくなってしまうんだ』

『私ガ食ベサセラレタノハ、キノコダケドネ。初メテ食ベタケド、私ニハオイシクナカッタワ』

 チチが羽ばたいて、倒れたままのカナイの頭の上に下りる。チチは既に、元の大きさに戻っていた。カナイが体を起こすと、チチはカナイの左肩にとまり直す。

『石に力があるのは、なんとなく分かったよ。でも、白い石はシュリが持ってるんだ』

『ジャア、シュリト合流シテ、帰リマショウヨ。今スグ』

 肩の上で跳ねるチチに、カナイは首を横に振った。

『シュリは、ここに残ってもらおう』



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