多様性の浸透とともに増える過激派


海辺のカフカ

「僕がうんざりさせられるのは、想像力を欠いた人々だ。その想像力の欠如した部分を、うつろな部分を、無感覚な藁くずで埋めて塞いでいるくせに、自分ではそのことに気づかないで表を歩きまわっている人間だ。そしてその無感覚さを、空疎な言葉を並べて、他人に無理に押しつけようとする人間だ」

「ゲイだろうが、レズビアンだろうが、ストレートだろうが、フェミニストだろうが、ファシストの豚だろうが、コミュニストだろうが、ハレ・クリシュナだろうが、そんなことは別にどうだっていい。僕が我慢できないのはそういううつろな連中なんだ」

想像力を欠いた狭量さ、非寛容さ。ひとり歩きするテーゼ、空疎な用語、簒奪された理想、硬直したシステム。僕にとって本当に怖いのはそういうものだ。僕はそういうものを心から恐れ憎む。

多様性の浸透とともに増える過激派。Twitterのフェミニストとか、出版社に圧をかけて自分にとって不利になる可能性のある情報を世に出させないようにする人々。

情報の取捨選択は個人の自由。自分にとって不利になる情報を封殺するのは、プーチンと一緒なのでは?

こういうことがまかり通り始めたら、本屋にある本が半分ぐらい消滅するんじゃないか。
村上春樹はミソジニー的表現を含んでいるからダメとか、川端康成は女性を性的な目線で書きがちだとか、そういうあら探しに引っかかって本が消えていく。

「華氏451度」みたいな未来になりそ。

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