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【連載小説】俺たちの朝陽[第12章]あの頃は、何も無かったが……

【ジャンケンの神】
 素人野球チーム『27時』が、まさかの3位になるとは。野球はやってみないと何が起こるか分からないものだと、思い知らされたシーズンだった。それは予想外の嬉しい出来事でもあった。
 2年目を迎えると、評判を聞き加入するチームが増え、総勢25チームになった。 
前年3位になったことで、次の年は、みんなの士気がより一層上がり、我先にスターティングメンバーへの売り込みが激しくなった。
 哲彌は、今年こそ俺がエースだということを知らしめるため、地金にアピールしていた。
 去年は三橋、三輪田、哲彌の3人でローテーションを組んでいたが、その3人に加え、オダチン、柄モンの2人の投手が加わった。オダチンは、コバの先輩で少々金と女にだらしない奴で、借金もだいぶ溜まっているらしい。柄モンは、ある有名なファッションメイカーの営業で柄物のシャツが好きで自分も良く着ていた。野球経験を買われて入社したという。パチンコが大好きで、恋人と一緒に事あるごとに台の名前であるフィーバー! と叫んでいるような陽気な現代っ子だ。
 だいぶチームらしくなってきたと、地金は思ったが、勝つだけが目的では無いというチーム全体の考えなので、20人を超えるメンバーを試合に参加させるにはどうするのか、監督の器量を問われることになり、頭を痛めていた。監督の悩みにもお構いなしに、相変わらず言いたい放題の連中ばかりなのだ。

 そんな仲間にもそれぞれの事情があり、モーやんこと森岡は、細君に野球と私とどっちが大切なのと問い詰められ、ある日グラウンドに持ってきた運動靴の箱の中に、ハイヒールが入れられていた。その情けない顔がみんなの餌食になったりしていた。履いてきたサンダルでは野球ができない。それでもモーやん森岡は裸足で外野を守っていた。
 また、電線工事の仕事をしていたナベちゃんは、試合の後、仕事に出かけたはいいが電柱の上で寝てしまい、上司から早朝野球は辞めてくれと言われたが、それでも仲間と一緒に野球がしたいとその要求を受け入れなかった。 
 その他にも、ショートで1試合に5連続エラーした挙句、試合中に相手チームと乱闘騒ぎを起こし、始末書を取られたものさえ出る始末だ。
 そしてもうひとり、どうしても欠かせないメンバーがいる。同点の場合、引き分けは無いので、勝負の決着は5人対5人の勝ち抜けジャンケンで決めるのがルールなのだ。そこで滅法ジャンケンに強いのが幸ちゃんだ。
 いつかの試合では、4人連続で負け続け、みんなが諦めそうになった時、最後に幸ちゃんが5人を連続で破り、見事サヨナラ逆転勝利! 
 それ以降の試合でも勝ち続け、ジャンケンの神となった。
 

 そして、2年目が始まろうとしていた。
 試合は朝6時開始なのに、まだ夜も明けきれぬ4時半頃には、ほとんどが餃子屋の店先に集まって素振りをしたり、キャッチボールを始める者もいる。そこから全員歩いて球場へ向かうのだ。
 その中で、朝に滅法弱い哲彌は、餃子屋の裏にある古ぼけたアパートに住んでいる亀ちゃんの三畳一間の部屋に泊まり込んでいたのだが、ふたりとも大概は飲み過ぎで起きられず、いつも洋助に叩き起こされるのが常だった。
 そこで哲彌は、いつまでも亀ちゃんの世話になってばかりじゃいけない、自覚を持たなくっちゃと、公園の真ん前にある2階建てのアパートを見つけ、住むことにした。
 そこにはゲジマユが先に2階に住んでいたが、風呂無し、トイレ共同の四畳半一間で、1階の入り口に窓口らしきものと下駄箱、手洗い場があるという、ちょっと風変わりな造りで、噂によるとその昔、精神病棟だったというが。
 1階に廊下を挟んで5室ずつ10室と、2階に同じく10室、合わせて20室あったが、2階にいるゲジマユと哲彌の他に居住者はいなくて、夜中などは薄気味悪いほどの静けさに覆われていた。玄関の下駄箱にはいくつもの督促状が入っていたこともある。
 勿論、空調設備などなく、冬は安酒をかっくらって薄い煎餅布団にくるまり、夏は、拾ってきた小さな冷蔵庫に足を突っ込んで暑さに耐え忍ぶばかりだった。その代わり、家賃は、普通のアパートに比べだいぶ格安だった。
 金目のものはふたりとも何も持っていないので、部屋の鍵などかけずにいた。入ろうとすれば、廊下に面したガラス窓から容易に入れるし、またそんな貧乏アパートに入ろうとする酔狂な泥棒もいないことは明らかだった。

 しかし、そんなロケーションに目をつけた劇団の舞台製作を手掛けていた綾ベーが、映画の一シーンに絶好の場所と監督に推薦し撮影が行われたこともあった。
 少年院の教官だった経験を基にした軒上泊の原作「九月の町」を寺山修司が脚色、「もう頬づえはつかない」の東陽一が監督した『サード』という映画だ。
 地方の退屈な生活から抜け出そうと資金を稼ぐため、男女4人の高校生が少女売春を中年男性に仕掛ける作品だ。その舞台に、うら寂れた哲彌たちのアパートがぴったりだと選ばれたのだった。エキストラにチームの面々も召集され、住人役になった。
 夜半過ぎまで撮影が長引き、みんなは近くで飲んでいたが、待ちくたびれてアルコールがだいぶ回った時に哲彌たちに声が掛かって出番となった。全裸で逃げていくヒロインの女子高生役の後ろ姿を血走った目で追いかけていると、哲彌に助監督から、  
「君、この廊下を歩いて部屋の物音に何か不審なものを感じて、聞き耳を立ててから自分の部屋に帰ってくれ」と言われ、酔っ払った住人の役をやらされていた。後に綾ベーにカットされるかもしれないと聞かされていたが、哲彌が映画館で観たところ、そのシーンが残っていたので、少し嬉しかった。出演料はなく、綾ベーがエキストラであるチームの全員に、近くの店のつけ麺大王1杯を振舞ってくれた。
 その席での話題は、逃げて行く女高生役の女優の全裸姿を部屋の中に引っ込んでいたため、彼女の後ろ姿さえ見られなかった面々の悔しがることだった。哲彌は、そのやりとりを聞きながら、出演料なんか無くても、仲間と参加できて、それはそれで楽しかった。 

 新入りのふたり、オダチンと柄モンは、野球経験者なので、地金は投手に起用したいが、去年の功労者の三橋を外すわけにはいかず、三橋を第1戦目は先発にした。
 その期待に応えるかのように、打線の大量得点に守られながら、時間切れ5回終了ではあったが、なんとビックリのチーム初の完封勝利。もっともそれ以上投げていたら、きっと打たれて得点をだいぶ取られていたと、誰もがそう思っていた。あのスロウボールは、慣れられると怖い。打線に助けられるという、試合の流れも味方していた。
 その後は、哲彌、三輪田、オダチン、柄モンというローテーションで地金は行くことにしたが、地金が仕事で参加できない時は、副監督の綾ベー次第ということになっていた。
その戦術が地金とはまるで正反対の事もあり、最初はメンバーは戸惑ったが先発メンバーの指名と交代以外は、無手勝流の面々の事、地金の時と同じく、監督は誰だっけ状態で我勝手に動く始末だった。
 そうして、2年目も予想外の大健闘で、自分たちも驚く2位になってしまった。これには、主催者側も驚いた。普通の上下のユニフォームを着ているメンバーはごくわずか。自前のユニフォームの下にジャージやGパン姿の輩やら、亀ちゃんなどは両手鍋をヘルメットにし悦に入るといった具合で、およそ野球する恰好では無い。しかし、主催者側も区民の健全なるリクリエーションの推進という名目のため、その点は目を瞑っていたようだった。

 だが、『27時』が勝ち進むににあたって、他のチームからそのユニフォームについてクレームがついたのだ。何事も出る杭は打たれるが如くである、情けない。
 主催者側もそれには抗することができず、参加チームのそれぞれの意見を聞くことになり、暮れに近い日に招集がかけられたのだった。
 監督になったばかりの哲彌の虚しくも必死な抗弁も通らず、票決がとられ、『27時』の初代ユニフォームはあえなく葬りさられてしまった。
 仕方なくユニフォームを初代のような、できるだけ安価なものを調達しなければならなくなった。誰もが気楽に参加して楽しめる物を探そう。
 そこで洋助は、道具係でファッション業界にいたコバにチーム存続の運命を託した。
「あれと同じ位安いもの、そんな無茶な」と、コバは思ったが、蛇の道は蛇というか、餅は餅屋というべきか、なんとユニフォーム上下一揃い500円、帽子1個500円で西神田の問屋から仕入れてきた。生地はだいぶ薄かったが、これでチームは存続できる。
「エラい!」と、面々がたいそう喜んでみんなで仕上げた。チームのマークは、菜っ切り包丁と出刃包丁を交錯させたデザインを基に完成させた。マークを包丁にしたのは、オーナーである洋助の顔を立てたのだ。そんなチームを新聞社が取材に来た事もあった。
 これで文句は言わせない。
 3位から2位、そして次は優勝だ! 
 ますます意気の上がる面々だった。〈つづく〉

#俺たちの朝陽 #連載小説

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