見出し画像

【連載小説】俺たちの朝陽[第3章]ユニフォームって何だ!

【ユニフォームって何だ!】
 能一が帰ろうかと思った頃、続々とチームの面々が集まって来て、狭い店の中は、男たちの熱気で一杯になった。監督の哲彌が、監督会議から帰ってくる時間だった。
「やあ、集まってるな」
 勢い良く現れた哲彌を見て、安心したかのようにみんなが一斉に、
「大丈夫だった?」と、声をそろえた。
「ダメ、完敗だわ」と、哲彌は努めて明るく大きな声で叫んだ。
「当事者の我々を除いて、1対23で却下された」と、哲彌は今度は投げ出すように言った。
「やっぱりか」
「賛成の1チームって、何処?」と、洋助が言う。
「大ガード近くのパチンコ屋で作っているチームの『MIYAKO』だった」と、哲彌。
「それは、凄い。良いチームだな」と、全員が感謝し、それからはパチンコやるなら『MIYAKO』に決めていた。
 今夜の会議の重要議題は、オーナーの洋助が率いるところの早朝野球チーム『成子坂フレンズ27時』のユニフォーム問題だったのだ。
『27時』が勝つに従って、他のチームがクレームをつけてきたのだ。野球のユニフォームとして相応しくないというのが、彼らの言い分だった。
 会議で哲彌はユニフォームの定義から始め、「ユニフォームのユニとは統一されたという意味で、フォームとは型であり、すなわち我々のユニフォームは統一された型であり、何ら問題は無いはず」と、主張したが、完全に無視されたのだった。

 この『成子坂フレンズ27時』は、餃子の店『ヒゲ』に集まってくる、貧乏なくせに食い物に関して、怪しい一家言持つといった連中の集まりなのだ。そんな彼らを見て、マスターの洋助が、
「食い意地だけではダメだ。何か一所懸命になれることをやろう」と言い出し、それなら何かスポーツをやろうと、結成したのだった。
『27時』というのは、午前3時頃からゴソゴソと動き出す彼らの習性から名付けたのだった。
 一家言あるといっても、美味を追求できるはずもなく、
「食い物は腐りかけが旨いっていうだろう。その境界のギリギリのところが俺ぐらい解る奴はいない」とか、
「畑になっている果物が、見るだけで食べ頃が解るのは俺ぐらいだろう 」とか、
「金が要らない一番の酒のアテを知っているか。歯で軽く噛みしだいた杉の箸に醤油と一味を染み込ませる。杉の香りが口の中でほのかに広がりこれがなんともいえないんだ」と、いったその程度のことではあったが。
 ただ、食欲だけは凄まじい。
 ある日、近くの焼肉屋が食べ放題を始めたと聞き、哲彌やコバたち4人で行った時のこと。
 大きな冷蔵庫から客が自由に肉を取り出すシステムなので、それこそ手当り次第に肉を取り出すは、焼くは、食べるは、また持ってくるはで、それを何回も繰り返した。
 最後には、
「もう肉はありません、会計をしてください」と、言われ追い出されてしまった。
 まだ冷蔵庫の中には、肉が残っていたのに。
 翌日、哲彌が店の前を通った際に店の貼り紙を見ると、
『おひとり様1780円』の数字のところ、7にスミが書き加えられ9になっていた。
なんと哲彌たちのせいで、200円値上げされてしまったのだった。
 2回目に行こうと店を覗いたら、 
「もう、来ないでください」と、言われてしまった。

 スポーツと言ったって野球くらいしか知らなかったので、すぐに決まった。昔、小学校の頃、グローブが買えず野球チームに入れなかった洋助が一番熱心だった。へたくそな奴がキャッチャーミットを持っているだけで、チームに迎えられ正選手になっていた。そんなお坊っちゃんが羨ましくも、妬ましくも、悔しくもあったのだ。
 すぐさま希望者は集まり15人ほどになっていた。しかし、野球経験者は2、3人しかいない。しかも、残りの連中ときたら、野球どころか運動らしきものを、ほとんどしたことがなかったのだ。また、ほとんどが金銭的不自由者だ。
 またバットがない、キャッチャーミットは勿論、グローブがない、しかもボールさえないのだ。
 しかし、一番の問題はユニフォームがないことだった。ユニフォームは、普通なら個人負担だが、
「みんなでやるのだから、みんなで作ろう」
 洋助の一言で決まった。金がなくて買えないなら、自分たちで作ればいいということだ。 
 そのことが、本当のチームプレイを生むのだ、というのが洋助の考えだった。
 そうと決まれば話は早い。材料を調達するべく各々の位置についた。ユニフォームの素材は安く、肌触りが良く丈夫な綿に決めた。切れっ端を劇団の舞台監督をやっている綾ベーが衣装部から拝借してきた。帽子までは、手が回らず各々勝手に調達しようという事になった。
 そして、チームのマークは、真っ赤な大きな唇の中に『27時』の文字を入れ込んだデザインにした。その型を取る段ボールは、模型屋から能一が貰い受けてきた。
 ユニフォームの形は、長細い布の真ん中に頭が入るほどの穴をくり抜き、端に紐をつけ腹の横で結ぶ様式の、スキーで練習生が身につけるような形態に決めた。 
 面積が少ないので、布を効率的に使え、、かつ軽いため早く支度ができるのが自慢だった。前にチームのマーク、後ろに背番号を染めあげれば完成だ。背番号は、漢数字がいいと綾ベーが主張したが壱、弐、参などは画数が多く技術的に無理と解り、断念した。染めは、ろうけつ染めに決め、その材料は、衣服販売会社に勤めたことのあるコバが工場から貰い受けてきた。
 自分のものは自分で作る。夜な夜な店の奥で、それぞれが型抜いたマークと背番号を染め、アイロンで染料を固着させていった。
 かくして、とりあえず15着の手作りのユニフォームが完成した。これならどんなに金のない奴が野球をやりたい、と言ってきても叶えてやれるというものだ。素人野球はこうでなくちゃいけない。
 しかし、このユニフォームが後々問題にされるのだが、その時は誰も知る由もなかった。全員がそれを纏い、ビールで乾杯した。バットやグローブは後でなんとかなるだろう。夜はとうに更けて、夜が明けるのをを待つだけとなっていた。

 しかし、もうひとつの問題があった。それは彼らの運動能力だ。
 その運動音痴ぶりは凄まじく、一度、区の運動大会にみんなで出た時は、散々たるものだった。唯一、野球を実業団レベルでやったことのあるコバは、その時を思うといまでも逃げ出したくなってしまう。区が主催だから、参加することに意義ありとばかりに、コバは洋助に頼まれ何種目も申し込みをしたのだが、全員がほとんどの種目のルールさえ知らないのだ。
 バスケットボールなら任せておけと、自称小説家志望の鉄筋工の亀ちゃんが言うものだから、辛うじて間に合う人数を集めて、コバがコートに立った時のことだ。試合前、亀ちゃんが審判に呼ばれた。うん、うんと頷いていたが、急に体育館の外へ消えたので、不審に思ったコバがそっと後をついていってみると、なんと亀ちゃん、ルールブックをめくり何やら探していたという。
「亀ちゃん」と、声をかけると一瞬ビクッとして、
「いや、ちょっと確認を」と言って、慌ててコートに戻っていった。
 後で聞くと、『27時』の相手が人数不足で不戦勝になったため、係員から、
「『27時』さん、オフィシャルをお願いします」と、言われたのだという。
 亀ちゃん、オフィシャルという意味が解らなかったらしい。オフィシャルってタイムキーパーとか記録員の補助とかいうものだろう。そりゃ、亀ちゃん、オフィシャルとは何かまではルールブックにゃ書いてないよ。 
 そんなことだから、試合になるはずがない。運良く不戦勝で二回戦に進んだが、パスミスもちろん、トラベリングはあたり前、あまりにボールが取れないものだから、相手の手は叩く、足は引っ掛ける、反則のし放題。危うく、全員5ファールで退場寸前までいってしまった。
 197対3の大惨敗。
 ほとんどコートの左右を往復するだけだった。ゲームセットの笛を聞いて、みんな崩れ落ちたが、亀ちゃんの渾身のシュートによる2点とフリースローによる1点の計3点、これは奇跡だった。その晩、出場した8人は197点は忘れ、3点をあげた数十秒の場面を何度も何度も話しては飲み、ビールを2ケース空けていた。

 九人制バレーボールでは、ママさんバレーチームに挑戦。
 チームの柱にと期待のホープ、安田をスカウト。なんでも国体にやり投げで出場し入賞したという。この186センチの長身を前列のセンターに置けば、なんとかなるかもしれないという淡い期待を持ち、いざプレイボール。 
 が、しかし、おばさん連は甘くはなかった。見事に安田を外して攻めまくる。第1セット、相手のスパイクミスによる2点と安田のスパイクによる1点のみ。なにせレシーブがまともにできない。そりゃあそうだ、バレーボールなんか触ったこともない面々を一週間特訓しただけなのだから。しかもペニャペニャのビーチボールでだ。まあ、みんな愛嬌だけは超一流だから、他のママさんバレーチームには絶大の人気で、一時、館内は応援コールの嵐だった。 
 そして、第2セットが始まろうとして、焦った。 
 ある場所にポッカリと穴が空いているのだ。安田がいない。逃げたのだった。口ばかりで何もできない面々を見て、可哀想に国体選手の誇りが許さなかったのだろう。慌てて他の選手を入れたが、もうそれは試合ではなかった。応援していたママさん達もさすがに呆れ果て、自分たちのウォーミングアップに勤しむのだった。安田、悪かったなと、洋助は謝りたかったが、それ以来、『ヒゲ』にも姿を見せなくなっていた。〈つづく〉

#俺たちの朝陽 #連載小説 #朝陽     


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?