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花嫁と読書

 ウエディングドレスを読書スペースに貸してくれる花嫁がいると聞いて、旅行がてら金沢に向かった。以前から、金沢ってのはそういうアグレッシブな一面がある気がしていて、今回もウエディングドレスを読書スペースに貸しているという事実を聞いた時、「やりそうだな」とは思った。

 友達にこのことをLINEすると、「私も行ってみたい」と言ってくれる人と、「なにそれ」とつっけんどんな反応をする人に二極化した。私は「なにそれ」と言ってきた人たちへは、ローソンの500円ギフト券をプレゼントし、そっとブロックした。その理由は「私の感性についてこれない人はこっちから願い下げだわ」みたいなことがロックなのではないかと感じていたからだ。だけど、ブロックするだけだと、自己中心的なサイコパスになりうるので、ローソンの500円券を与えることによって、まるで「お互い頑張りましょうね」と固く握手をしたときのように、各々の感覚にリスペクトを保ったまま離れられることが、とてもロックなのではないか思った。ギフトのお礼の「ありがとう」に一生既読がつかない感じもロックだなと思う。
 ちなみに言っておくと、金沢に前々から行きたいなと思っていたらウエディングドレスを読書スペースに貸してくれる花嫁がいることをSNSで見つけていくことになったのではなく、ウエディングドレスを読書スペースに貸してくれる花嫁がいるのを先に知ってから金沢にいくことを決めた。その時の私たちはまだ、「変なことをしている」という感覚に悦に入る傾向があった。というか、私たちが「変なことをしている」ということを周りが見て「すごいな、変なことをしているな」と感じてもらうことに悦に入るのである。見せかけのロックだともわかっているのだ。もちろんSNSに載せるための写真は欠かさず撮ろうと思っていたし、みんなの反応がほしくて、先にXで「今日は、ウエディングドレスを読書スペースに貸してくれる花嫁に会いに行きます。なにそれ」と呟いた。いいねが13件を過ぎたので、注目してくれたと判断した私たちは承認欲求がじゅわりと満たされた。
 でも、本当に楽しい旅は写真を撮ることすら忘れてしまうし、人に見せようなんて感覚は微塵も湧いてこないことは知っている。SNSにアップして人に注目してもらうことで、自分の旅(旅以外も)の価値を決めてしまうことに慣れてしまったら、自分の人生の楽しさ、辛さが、承認欲求、すなわち周りの評価次第になってしまう。今回、ウエディングドレスを読書スペースに貸してくれる花嫁の元で読む本を何にするか迷っていた時、脳裏に、自己啓発本を読んで、写真に撮ってもらって、SNSに「ここで読む本は絶対小説だろ」とUPしようと思っていたのだが、なんとなく辞めておこうと思って、読みたい小説を持っていった。

 夫と私はサンダーバードに乗って大阪から金沢に向かった。車窓から見る景色がだんだんと緑豊かになっていくにつれ、帰り道に「私のウエディングドレスも読書スペースにすればよかったね」とかはさすがに言わないんだろうなと想像していた。
 金沢駅に着いたら、駅が想像以上の外観で正直「ウエディングドレスを読書スペースに貸してくれる花嫁」に会いにいくのはめんどくさいと思ってしまう自分もいた。承認欲求で動いてしまうとこういうことがよくある。それも含めて自分が嫌になった。

 会場は、市民センターの中で一番でかいホールだった。ホールの扉を開けた瞬間、ホールの床一面に真っ白のウエディングドレスのベールが敷いてあって、そのベールの元を辿ると、花嫁がいた。床一面に敷いているベールみたいな薄い布は、その花嫁のドレスの一部であった。花嫁はホールに入って、右側の角にいて壁に向かっていた。顔が見えない。幸せなのかそうでないのかもわからない。私たちより先にウエディングドレスを読書スペースとして本を読んでいる方々は皆真剣に読んでいてパラパラとめくる紙の音だけがホールに響きわたる。靴を脱いでくださいという注意喚起はないが、みな靴を脱いでいて持参したビニール袋に入れていた。私たちはビニール袋を持っていなかったので、靴の裏を上にして靴を置いた。飲食禁止とは書いていないけど、誰もスタバのカップは持ってなかった。異質な状況にビビり倒していたが、私は鞄から今村夏子の「むらさきスカート」の女を取り出して読み出した。夫は星新一を何冊か持ってきていた。
 どんどんと本にのめり込んで、今ウエディングドレスの上で本を読んでいることを忘れかけていたその時、急にアナウンスが入った。

 「お色直しです。」

 そのアナウンス後、人々はみな、いそいそと壁側に寄った。私も夫も真似して寄った。本の続きが気になるから本を読みながら壁に寄る者、一旦本を閉じて急ぎながら壁に寄る者などさまざまだった。ドレスの上から人がいなくなった瞬間、花嫁が退場しだした。ざっと数えて30人のベールボーイがテキパキとベールを持ち、スムーズに花嫁が退場していった。
 ほどなくして、オレンジ色のドレスに身を包んだ花嫁が再度登場した。仕事ができるベールボーイ達がベールが床一面に広がるように持っている。花嫁が定位置に着いた瞬間また、人々がウエディングドレスの上に移動し、続きを読んだ。その後もお色直しは5回続いた。私は長編を読んでいたので、「今いいところなのに」と思うこともあったが、お色直し後の花嫁が綺麗だったので幸せな気分になった。
 17時になり、催しも終了した。大の大人がウエディングドレスの上に乗って読書している光景、お色直しと言われいそいそと壁側に寄る者達、綺麗なドレス、頭の中にさまざまな場面が想起された。そして今日という日に、ショートショートを持ってきていた夫に感動していた。
 不思議と、誰かに知ってもらって承認欲求を満たそうと思わないくらい満足していて、SNSにアップしようなんて微塵も思わなかった。いつもの私なら「夫が星新一持ってきて優勝してた」とか書きそうなのに。私たちはその後美味しいものを食べたが、写真を撮らずに、しっかりと味わった。なるほどこういうことかと思った。

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