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ハルは早春の幻に泳ぐ~Hal swims in the illusion of early spring~①

今回はUO飛鳥シャードにてただいま開催中の第5回飛鳥文学賞への出品作品『ハルは早春の幻に泳ぐ ~Hal swims in the illusion of early spring~』を掲載していきたいと思います。
本作品は今年の3月30日に大和シャードで開催された『大和ブリタニアン・マーケット』というプレイヤーズイベントにお邪魔して行われたUO本の販売会『第2回ブリタニア・ブック・バザール(BBB)』にて販売するために書き下ろした物語です。
 
飛鳥文学賞へは本来なら新作を。とも思いましたが、第5回飛鳥文学賞の応募要項に「2023年6月1日以降に書かれた作品」とありましたので、まずはこちらを出品させていただきました。
 
同じ期間内にnoteでも掲載した「a (k)night story ~騎士と夜の物語~」も書きましたが、応募要項に合計200P以内とありましたのでこちらはUO本だと200P本2冊になりますので応募はできません。はっはっは
 
作品内の設定などわかりづらいことがあるようでしたら解説を最終話の後に掲載する予定です。

では、よろしければお付き合いください。
 
***

職人たちの街、ミノックも今は雪に埋もれ、街を囲む鉱山や広大な森は採掘人や伐採人たちの姿もなく静まり返っている。
採掘や伐採などの仕事がほとんどない冬の間、別の街へと働きに行く者や行商に出かけていく者もあるが、多くの職人たちは自宅の工房で刀剣や家具を拵えたり、今までと違った意匠を凝らしたものを試作したりしながら過ごしていた。
 
子供たちは季節を構わず賑やかに群れをなして遊びまわっていたけれど、さすがに冬の嵐が来て寒さが厳しくなると家から出ることが叶わない日もあった。
それでも彼らの親たちはなにがしかの職人だったので、両親や友人の親の仕事を見真似て退屈を紛らせることもできたし、そこから興味を持った職を学び始めるようになるのもミノックっ子たちにはままある事であった。

街の職人たちも子供たちが工房に出入りするのを邪魔にせず、時間に余裕があれば道具の扱いや仕事の手順、仕事の中で経験した珍しい出来事なども茶飲み話に語って聞かせてくれたりもしたので、大人のお相伴にあずかりながら話を聞かせてもらうのも子供たちの冬の楽しみの一つになっていた。
 
冬の日々もようやく終わりに近づき、外の雪も少しずつ解け始め、徐々に日も延びてくる。
厚く重い冬の外套を脱ぎ捨て、日なたの路地や芽吹いたばかりの新緑の葉を飾り付けた森の中を駆け回ることのできる季節がすぐそこまで来ているのだった。
 
そんなある日。
早春の風の中、森の小川のほとりをハルという名の家具職人の息子が一人で歩いていた。
森にはまだ少し雪が残っていたのだが、もう待ちきれない子供たちは森で遊ぶ約束をし、ハルは待ち合わせの場所に一等早く到着したくて食事もそこそこに家を飛び出してきたのだった。
 
久々にやって来た森がどんな様子なのかと木々の枝や芽吹いてきた草がないか探しながら歩いていたハルはふと足を止め、雪の下からようやく顔を出している枯れた雑木に縁どられた小川の川面を眺めた。
 
小川は水に浸かって風に揺れる雑木や雪解け水で増えた水の流れのためか川面は絶えず揺らいで、いつもなら底まで見えていた水の中も見通すことができない。
ハルは水の中をじっと見つめながら、静かにゆっくりと身体をかがめ、冷たい風に頬と鼻先を赤くしながら絶えず揺らぎ視界を遮る影が何なのか見極めようと目を凝らしていたが、その正体がわかると自分の声が周りに聞こえるのを憚るようにそっと呟いた。

(・・・ああ、魚だ・・・。すごい数だぞ。・・・あそこにも、あ、あっちにもいる!)
 
それは特に目新しいものではなく、ハルも友達と捕まえたことがあったし、持ち帰っためいめいの食卓にものぼるようなありふれた魚だったのだが、その時の彼にはなぜだか初めて見るような、それまで世界の誰の前にも姿を現したことのない未知の生き物みたいに感じられたのだった。
 
彼は小川のほとりを密やかに行きつ戻りつしながら水の中で揺らぐ魚の群れを眺めた後、魚のいた辺りからかなり離れたところでようやく表情を緩めるとほっと息をつき、胸のわくわくをそのまま足取りに移し一目散に駆けだした。
(魚だ。魚がいたのを見つけたぞ。あんなにたくさん!あんなしてみんな集まってるんだ。すごい、すごいや。やったあ!)
ハルは心の中で叫びながら走った。

道中、森に向かって来た友人たちが反対方向へ走るハルを見つけて声を掛けたが、ハルはそれにもうわの空で手を振り返すとそのまま家へと走っていった。
 
いつものように大きくドアの音をさせた息子を母親が窘めた。
「こら、ハル。ドアはもう少し静かにしなさいっていつも言ってるでしょ! まあ、どうしたの、そんなに息を切らせて。顔もなにも真っ赤じゃないの。鬼ごっこでもやって来たの?」
「魚が」
「魚・・・?」
駆け込んできた勢いそのままに、ハルは息を弾ませながら小川で見たことを母親に話して聞かせた。
「へえ、森のあの辺りにね?まだ水も冷たいのにそんなにたくさんいるなんて珍しいわねぇ」
母親は面白そうに言ったが、取り掛かっている刺繍の方に気がいっているようでハルが期待するほどの反応はしてくれなかった。
 
自分が報告した出来事に対する反応が物足りないハルは別棟の工房へ向かうと、木を削って家具の部品を拵えていた父親へも同じように話した。
「ほう、魚がそんなに。今日は日が差しているから浅いところで暖まろうとして群れてるのかもなあ。
ふうん・・・それじゃ、後で捕まえてこようか」
「え?」
「あの辺りなら浅いし、網でも獲れそうだ。捕まえて母さんに頼んだら美味いものが食べられるかもしれないぞ」
「ううん。やめてよ、父さん。魚は捕まえないでいてよ」
「ははは、どうしてさ?お前も前に獲ってきて喜んで食べてただろう?」
「そうだけど・・・そうだけどさ。嫌だよ。捕まえないでよ」
「ん?どうした。今日はいやに止めるんだなあ? わかったよ。まあ、それなら今回はやめとくことにするか」
「うん。父さん、お願いね」

父親は怪訝そうにしていたが彼の様子を見て、魚の件は諦めてくれたようだった。
 

②へ続く

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