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【奇譚】白の連還 序 白い雪

 その年の冬は大荒れに荒れた。

 例年なら、北アルプスの山岳地帯に初雪を見るのは、十月もなかばを過ぎてからのことだが、なぜかその年、九月のおわりにはまだ間があるというのに、槍、穂高などの主峰、後立山の主な頂きには、もううっすらと雪化粧が観察され、直後に山沿い周辺に軽い積雪があった。そして数日後には、平野部の町や村からも降雪の第一報が届くなど、一帯はみるみる白銀の世界に変わっていった。いつになく早い冬の到来だった。

 雪は一時止んだが、数週間後には、微量ながらまた降りはじめた。

 十一月になると降雪は本格的になり、晴れた日は一日もなく、雪おろしの屋根から、手を伸ばせばすぐにでも届きそうな高さまで、暗い分厚い雲がたれこめ、そこから細かく乾いた雪が、断続的に降り続いた。

 十二月に入って数日晴天が続いたが、再び日が陰ると、今度は吹雪と化し、それが三十日未明まで続いた。

 昼近くになって積雪は一時止まったが、それも二日ともたず、年の瀬もぎりぎり晦日の夕刻になってまた大雪となり、そのままたっぷり一週間、ひたすら降り続けた。絵に描いたような正月寒波の到来だった。

 大雪のため大事をとって入山を控えていた多くのパーティーは、いらだち始めていた。

 彼らはみな、長年、雪山を歩いてきた登山家たちだったが、年に一度の雪山のために有志を集め、入念な計画を練り、こつこつ準備を進めてきただけに、いくらベテランとはいえ、本番をまえに足止めをくうのはつらかった。またされることがつらいのではなく、かぎられた時間と全身にみなぎる緊張感が、刻々と削ぎ落とされてゆくのがたえがたかった。いまを逃せばまた一年またねばならない。みな、祈るような気持ちで小屋の窓越しの小さな空を見つめた。

「決行!」

 三一日午前四時、高層天気図から「晴れ」を読み取ったリーダーの一人が決断を下した。夜明けまえの空はあくまでも透明で深く、あまりに魅惑的だった。輝く星は金属音さえ響かせて、見る者たちを魅了する。天候の急変など、だれが予測しえただろうか。目を閉じて下山を決意する以外、それに抗する道はなかった。

 間もなく最初のパーティーが小屋を出発。しばらくして後続が次々とそれに続いた。厳寒の上空で北アルプスの巨峰がそっと手招きする、怪しい夜明けだった。

 稜線に辿り着くまでの急登は深雪を踏み固めながらツボ足を使っての登りで、予想どおり喘ぎの連続だった。いったん稜線に出れば強風で雪も痩せ負担も軽くなるだろうと高を括っていたが、実際は胸元まですっぽりつかる深雪。すぐ輪カンをつけ全身を使っての苦しいラッセルとなった。

 途中、喘ぎ喘ぎ気分転換になんども前方をみる。が、そのつど気の遠くなる幅と奥行きを持った白い世界が広がるばかり。非力を痛感する。日は目が眩むほどに照り輝き、辿る稜線のはるか向こうに紺碧の空が開けていた。それに向かって、足下から急速にせり上がる雪原が、黒々とした岩と先端で複雑に交わりあい、鋭い角度で共に突きささっていく。圧倒的な山の眺めだ。

 荘厳な山の景色を礼賛するのもその一瞬だけ。あとは過酷を極めたラッセルが延々と続く。登山が愚行に思え、二度と繰り返すまいと決心する。一歩ごとに斜面が威圧的になり、自分が微小な単体動物になってゆく。やがて身も心も、単純な生理作用に還元されてしまうころ、雪に埋もれた小屋の一部が不意に前方に現れた。冬季に閉鎖する無人の山小屋だ。ここを分岐点にいくつかの登頂ルートが方々に延びる。日はもう急角度で西に傾き始めていた。

 深雪に苦しんだ大方のパーティーは予定時間を大幅にオーバーし、消耗しきって小屋に辿り着いた。他ルートも含め、その日入山したパーティーの最後の一人が到着したときは、もう午後の三時半を回っていた。

 その夕刻近く、山は一変して猛吹雪となった。標高一八〇〇メートルのとある分岐点の山小屋に、期せずして大勢のひとたちが、こうして偶然に閉じ込められる結果になってしまったのだった。

               ◇

 やむなく小屋に閉じ込められた登山者たちは、一様に沈鬱な気分に陥っていた。

 吹雪で登るも下るも叶わぬことに多少落胆はするものの、それが理由ではなかった。進退極まる状態も登山の大きな要素の一つ。苦しい状況を乗り越えてこそ山の醍醐味を味わえる。問題は別にあった。彼らの預かり知らぬところで起きた憂うべき醜行が、その原因だった。予め準備しておいたデポが、ひどい状態で荒らされていたのだ。

「デポを荒らすなんて、登山者のモラルダウンもいいとこだ」

 冬山に備え予定のルートに予め必需品を運び込んでおくのは、ひとえに生き延びるための術だ。生死にかかわる問題だ。冷蔵庫に一週間分のビールを冷やしておくのとはわけが違う。小屋にいあわせた人々は、一様に声を大にして、その醜行を非難した。

 翌日もその翌日も吹雪は止まなかった。三日目になってようやく風は弱まったが、降雪量に変化は見られなかった。

 その日に下山を予定していたパーティーは決断を迫られた。吹雪が収まらなければ小屋にいのこりとなるが、そんな暇はない。下山後にやりくりできる時間の余裕がない。焦っていた。

 幸か不幸か、その日は早朝から風が弱まりだした。一行は迷った。この分だと下山を強行して大丈夫かもしれない。尾根筋を登りと反対にただまっすぐ下っていけばよい。樹林の入り口に着けば、そこから南の沢に下り、そのまま一直線で小屋にいける。迷うことはない。ただ一つ、南の沢へは取りつきがだらだら坂で、西の沢への下りに紛れ込んでしまう恐れがある。しかしこれも、磁石と地図を使う初歩的な技術さえあれば、大して難しくはない。ともかく、下山が遅れて遭難扱いにでもなれば、あとあとなにかと面倒なことになりかねない。その煩雑さを考えただけで、楽観論が多勢を占める結果になった。

「管理小屋にはオレたちから連絡しとくよ」

 午前七時、下山を決意した十数名の下山組一行がそそくさと軽い朝食をすませ、いのこり組ににこやかなVサインを残して出発した。風は一行を庇うようにピタリと止んだ。

 にぎやかだった小屋は急に閑散となった。

 時間のやりくりに気をもむ気配のないいのこり組は、全部で四人だった。がらんとした小屋の隙間を埋めるように、だれからともなく自己紹介を始めた。

 うち三人は勤め人ではなかった。

 三十才前後のフリーのカメラマンを自称する青年、東京都内で開業医を営む五十がらみの医者、山岳映画制作に携わる年令不詳の女監督の三人で、みな比較的、時間に拘束されずにすむひとたちだった。 

 もう一人は勤め人だった。数年ぶりに北アフリカの赴任先から一時帰国したばかりの若い商社マンで、大事をとって天候の回復を待つ余裕が彼にはあった。

 下山組みが出発してから一昼夜が過ぎた。未明近くまた風が強まり、午後には吹雪きはじめた。一行の出発から一時間ごとにラジオのニュースを聞いていた四人は、ひとまず最悪の事態は避けられたと胸を撫で下ろした。遭難に関する報道は一切なかったからだった。

「またフブキだしましたよ」

 夕刻近く、窓超しの白い世界を見つめて若い商社マンが呟いた。

「あと四日は続きそうね」

 女監督が退屈そうにゴロリと床板を鳴らして寝ころんだ。手帳になにかを書き込みながら、開業医が相槌を打った。

「そのようですな、先程の予報でもそういってましたから」

 わきにピッケルが一本置いてある。握り部は木製で黒光りしていた。そこから尖った先端にかけ、一匹の白い蛇がのびやかな姿態で絡みついている。

 女監督が身を起こしていった。

「あら、見事な彫り物じゃない」
「ああ、これね」

 ピッケルをかざして医者が答えた。

「白銀で彫ったものを溶接してありましてね。父の形見なんですよ」

 医者は説明した。登山家だった父親は浜坂の出で、登山仲間の友人に酒問屋の跡継ぎがいた。その友人が結婚して実家を継ぎ長男を得て数年たった頃、酒蔵に一匹の白蛇が住み着いた。みな気味悪がったが、友人は、蔵のお守りじゃ、といって放っておいた。

 ところが、六才の誕生日に蔵で白蛇をからかっていた長男が、右手の人差指を噛まれ大ケガをした。怒った友人は白蛇を捕らえ風呂の釜で焼き殺し、灰を庭にばらまいた。半年後、そのときの治療が悪かったのか、長男が急に骨髄炎をおこし、右腕を切断するという不幸にみまわれた。続いて妻が喀血して入院するやら長男が後頭部を打って智恵遅れになるやら、家運は傾く一方、とうとう世間では大っぴらに、あの家にはミーさん(蛇神様)の祟りがついとるぞ、というようになった。

 当然、祟りを恐れて顧客からの注文は激減し、みるみる商いは細り、ついに問屋は破産してしまった。真に神の祟り、お祓いせねばと、ひとり御神岳(大山)に願かけ登山に向かった友人が、こんどは山の手前の小川に自転車ごと突っ込み、眉間を掘ってとうとうあえない最期を遂げてしまったというのだ。

「おはなしがお上手ね。それが実話なら、絵に描いたような神さんの祟りだわ」

 女監督が皮肉まじりにいった。

「父は友人の家族から形見のピッケルをもらったとき、白蛇を友人の手に返してやるのが死者への唯一の供養でお祓いにもなると考えたのでしょう、彫金屋に頼んでこの白蛇をつくってもらったんですよ。以来、山には必ずこれを持って登っておりましてね。重くてもね。友人の供養と、道中安全のお守りを兼ねて」

 話しおわると医者はピッケルをひと撫でし、またノートに向かってなにやら書き始めた。

「ついてないぜ、まったく!」

 仰向けに寝ころんで雑誌をめくっていたカメラマンがいきなり立ち上がり、貧弱な棟を支えている剥き出しの柱の一本を二度三度、けとばして叫んだ。

「おまけに、デポがやられるとはな。いったい、どこのどいつだ、こんな破廉恥やらかすヤツは」

 そのとき、ゴーッという唸り音が大地の奥底から足下を伝わって聞こえてきた。

「雪崩だッ」

 窓にしがみついて商社マンが叫んだ。四人は各々の姿勢で耳をすました。不気味な地鳴りは次第に近くなり、ますます大きくなろうとしていた。

「まさか」
「間違いない」
「どこだッ」
「分からないわよ」
「やばいぞ、南の沢じゃないのか」
「上だ、もっと上の方だ」

 みな、口々に叫んだ。

「ここも危ないぞッ」

 窓から三人を振り返って商社マンが叫んだ。

「ここは大丈夫」

 医者が確信ありげにたしなめた。

「尾根筋にナダレはないものだ」
「そうとは限らないわよ!」

 女監督が反論した。

「ナダレに弱い尾根だってあるわ。それにここは分岐点よ。上には沢がいくつかもあるわ」

 その間にも地鳴りはだんだん大きくなり、山じゅうの空気と不気味に響きあって、四方八方から渦を巻くように小屋めがけて迫ってきた。

「真上だッ」

 カメラマンが叫んだ。

「クソッ、やられるッ」

 瞬間、ドドーッと轟音がしたかと思うと、急に棟木がバリバリ音をたて裂け始めた。直後に老朽化した屋根板が無数の木片になって飛び散り、真っ黒な雪が巨大な渦となってそこからなだれ込んだ。逃げる間も術もなく茫然と立ちすくむ四人は、そのまま一瞬のうちに闇の底に飲み込まれてしまった。小屋に辿りついてからちょうど四日目の夕刻近くの出来事だった。

                ◇

 どれほど時間が経ったろうか。

「たすかったぞー……」 

 遠くの方でだれかの叫ぶ声がした。睡魔をおしやりながら若い商社マンは、必死でそれに応じようとした。が、強い圧迫を胸に受け声にならなかった。肢体にかかる荷重をどうすることもできず、抜け出そうともがくうちに意識が薄れ、気だるい疲れにあらがうことができないまま、また深い眠りに引きこまれていった。

 またどれほど時間が経ったろうか。多分なにかの間違いだろう、という気持ちで目が覚めた。辺りを見まわすと、薄明かりのなかで大勢のひとたちが、しきりになにか話し合ったり、忙しそうに動きまわっている。不思議な思いで上半身を起こし、灯の明かりに目をやると、見慣れた顔がこちらを見ていた。さっきまで一緒にいた医者の顔だった。おや、と若い商社マンは思った。いまごろなにをしているのだろう?

「いま、なん時ですか?」

 若者が聞いた。

「時計が壊れてしまってね、だれにも分からないのですよ」

 自分の腕時計を見ると、やはりガラスは割れ、針はなくなっていた。

「ここはどこですか?」
「さっきの小屋ですよ」

 ほほえみながら医者が答えた。

「危なかったですな、お互いに」
「すると、私たち、やっぱり助かったのですか」
「そうなのよ、たすかったのよ、奇蹟よ」

 華やいだ返事だ。さっきまで一緒にいた女監督だった。

「運が強いんだよ、悪運がね」

 今度はカメラマンの弾んだ声が聞こえた。医者の背後で大勢のひとたちが作業をしていた。

「あのひとたちは?」
「下山組のひとたちよ。雪崩で沢を下れなくて、帰ってきたのよ。けっこう雪かぶっちゃったから、みなで破れたところ、補修してるのよ」
「ぼくも手伝います」
「だめだめ!」

 立ち上がろうとする若者を医者が制した。

「君はケガをしているから、安心して、みなにまかせておきなさい」

 いわれて若者は気がついた。右脚に板切れを添え、上から引き裂いた白い布でぐるぐる巻きにしてある。膝を曲げようとしたが曲がらなかった。不思議に痛みはなかった。

「骨折?……」
「そうです、右大腿骨がポキリとね」

 ガクリと肩を落とし若者は、そのまま仰向けに寝ころんでしまった。

  一時おいて医者が事の経緯を説明し始めた。         

 雪に埋もれた四人を助けだしたのは、他ならない下山組だった。彼らは三日目の朝七時すぎに小屋を出て南の沢に向かったが、樹林の入口で迷ってしまった。そこは西の沢との分岐点でとっつきがだらだら坂だから用心しなければと、みな注意はしていた。しかし、丁度その辺りにさしかかった頃、運わるく急にガスがかかり始めた。みるみる視界がきかなくなり、数分後には完全にホワイトアウトの状態になった。空と山の境目はおろか、雪と大気の区別さえつかない。白くのっぺりした世界が一律に辺りを包んでいる。ごく接近している仲間同士が互いに認めあえるだけで、数メートル先はもう見えない。白い希薄な物質のなかを浮遊しているようだ。ただ雪中深く踏みこんだ輪かんの脚下を見るとき、初めて自分の体重を感じ、仲間の存在を確認できた。

 そんななかでは地図も磁石もたいして役にはたたない。歩いた距離と勾配を頼りに感で判断する以外手がなかった。時刻はすでに十一時を回っている。急がなければならない。決断を迫られた数パーティーはホワイトアウトのなかで、ただちに混成会議をもった。

 下山組一行のなかには西の沢からの別ルートで登ってきたパーティーもいた。彼らの情報は貴重なはずだった。万一、西の沢に迷いこんだとしても、予め打つ手を考えておくことができる。みな、息をこらしてその報告に聞き入った。

 その内容は、しかし、たいして役に立つものではなかった。無理もない。冬山の特徴など余程の難所でないかぎり、どこも似たようなものだ。言葉で聞いて分かるものではない。彼らの報告にしても、視点を変えれば南の沢とまったく同じ条件になってしまう。それほど地形は似かよっているのだ。唯一違うところは、西の沢ヒュッテまでは南の沢の小屋までの約二倍の距離だということだった。つまり、迷いこんでも迷ったという自覚を持てないままやりすごしてしまうが、途中ビバークし翌日続けて下ればその日のうちには確実にヒュッテに辿りつけるということだった。

 選択の余地はなかった。とりあえず感を頼りに南の沢へ下ろう。もしそれが西の沢ならビバークし下山を一日延ばせばよい。一行はリュックサックを背負いなおし、輪かんの紐を改め、ホワイトアウトのなかを出発した。

「それで、結局迷ってしまったんですね」

 じっと聞いていた若者が医者の話を遮った。

「そう。こういう場合は、えてして悪い方へ事が運んでしまうものなんですなあ。昔風のいい方をすれば、運命のいたずらとでもいうんでしょうか」

 下山組一行は、案の定、沢の入口を間違えてしまった。それに気がついたときはもう午後三時を回っていた。ホワイトアウトの状態はすでに脱し、引き返すことは容易に思われたが、あと戻りできる時刻ではなかった。西の沢組はテントを張り他のパーティーはただちに雪掘り作業にかかった。一夜を明かす雪洞を造らねばならない。

 各パーティーがほぼビバークできる体制に入ったのは、それから約二時間あまりあとのことだった。日はすでになく、闇が山を覆っていた。闇を背景に幾筋もの縦縞模様を描いて雪は降り続ける。雪洞から漏れる明かりが雪の白さを際だたせるとき、闇の深さが一層計りしれないものに感じられた。

 それは翌朝の未明近くに起こった。突然の地鳴りにみなびっくりして跳ね起きた。明らかに雪崩時に聞こえる唸り音だった。場所が気になった。設営地は外れてくれたようだがかなり近いところらしい。テントから、雪洞から、各々飛び出した。

 見ると、それは十数メートルも行かない尾根の肩直下から起こっていた。現に、大小無数の雪塊が数キロの幅にわたって上になり下になり、激しくぶつかり合い混ざり合い、雪煙を上げ、不気味な唸り音を発し、獰猛な津波の波頭のようにみるみる下方に引いていくところだった。その勢いを目の当たりにしてみな、青くなった。まるで沢全体が大移動を始めたかのような光景だった。尾根の肩下はごっそりとえぐり取られ、数百メートルもあるかと思われる落差が軽い青みをわずかに残した夜明けの雪原を、瞬くまに切り裂いていった。それに沿ってなお断続的に小雪崩が起こる。時期と場所からはまず考えられない雪崩の発生だった。

 異常な降雪量による表層雪崩か。とすればこの先なお雪崩れる危険性は十二分にある。一行は予定していたヒュッテまでの沢下りを断念せざるを得なくなった。

「おかげで私たちも助かったというわけですよ。それにしてもいいときに帰ってきてくれたものですな。山の神様が私達の味方をしてくれたのかも知れません」

 大勢のひとが作業を続けていた。釘を打つ音、抜く音、ノコを引く音や削る音…子供のころによく聞いた普請の音が遠い世界から耳の奥に蘇る。ひとが集まればいろいろなことができるものだ。

 ことの成り行きで長逗留を予測せざるを得なくなった全員は、登山用具、燃料、デポ品の残り、米、パン、味噌からクラッカー、のしズルメ、キャラメル、コーヒーにいたるまで、すべての食料品と用具を共同備品として提供することで合意した。生き延びるための連帯だった。

さしあたり十日間の逗留を見込み、ただちに三人の食燃料班を組織、献立と分配を一任した。

次に五名から成る行動隊を組織した。水の確保と屋根の雪下ろし、その他緊急時の援護活動がその任務だ。さらに三人の整備員を選び、小屋の保全を一任した。医療班はいうまでもなく医者が組織した。

 医療班を除く選出は、すべてクジ引で行った。カメラマンは行動隊員のクジを引いた。医者を援護する看護人が二人、推薦で選ばれた。医療班はただちに全員から薬品を集め、詳細な目録を作成し、カメラマンの提供したアタックザックにそれらを収納した。ザックには緑色のマジックインクで大きく十字を書き、だれからもすぐ見える小屋中央の柱に釘を打って掛けた。

 だれかが冗談まじりにGHQも必要だといった。全員が名案だと拍手喝采した。ただちに各パーティーのリーダーが作戦司令部を組織した。天気の推移を常時追跡し、正確な下山予定をたてることが任務だ。さらに不測の事態が生じた場合には司令部の決定に従うことを、全員一致で了承した。

 こうしていのこり組と下山組に別れたひとたちが、期せずして強い連帯感を絆に団結しあうことになったのだが、医療班長である医者には当初から一つの危惧があった。

 ひとはすべてのことにすぐ慣れてしまう。生死の境で遭遇するひとたちの連帯も、必ず時間と共に風化していくはずだ。逗留が数日でおわるか数十日になるか分からない。これから先、共同体の心理的安定が不可欠だ。どんな些細なことでも感情的な衝突は避けるべきだろう。みな、一度は助かった身だが、同じ事が二度あるとは限らない。肝心なことは安全な下山予測とその実行だ。判断を狂わすようなことがあってはならない。

「そこで一つ提案があるのですが」

 パン数切れにチーズ、それに紅茶と干肉の簡単な夕食を済まし、ほぼ全員の寝支度が整った頃、医者がみなの注意を喚起していった。

「つまり、いまの私たちに一番起こりやすい病的症状は、不眠という現象だと思うわけでして…」

 医者は説明した。

いま自分たちがおかれている状況は異常で、その分不安も多く、また気晴らしをする手段はほぼ皆無といっていい。その上、身体を動かす空間も非常に限られており、狭い場所に大勢押し込まれている。健康的な精神の営みに必要な最低限の他人との距離も保てない状態だ。そのような場合、無意識に互いの心理を圧迫しあい、その結果自立神経の正常な働きが阻害されバランスが崩れる恐れがある。一般に自律神経失調症といわれるもので、症状としては食欲不振、下痢、不眠症などがその端的な例だ。酒類が潤沢にあれば多少楽観はできるものの、実際にはわずかな量で、飲めないひとも中にはいる。数日後に下山できることが確実なら問題ないが、そうとは限らない。数十日後になる可能性もあり、最も重要な下山計画の検討に悪影響を及ぼしかねない。やるべきことは、したがって、いまのうちから手を打っておくことだ。

「そこでこういう事を考えついたのですが」

 医者は続けた。

夜眠れなくなるといけないので昼寝は絶対しないこと。時間に体を慣れさせるためと燃料の節約のため、消灯時間は厳守。その上で、消灯後に、毎日一人ずつ順番に話をして聞かせることにすればどうか。母親が話を聞かせてやればこどもはすぐに眠ってしまう。ひとの話す声は聞くひとの心を和らげ安心させ、結果的に安眠につながることになる。したがって、この提案は問題の不眠を避けるための最良の方法と考えるが、どうだろうか…。

「内容はなんでもいいんです」

 みなの反応を伺いながら医者がいった。

「自己紹介でも、子供の頃の思い出でも、文明批判でも、イタ・セクス・アリスでも、まったくのつくり話でも、なんでもいいんです。ちょうど、ほら、あの千夜一夜で毎晩話して聞かせるでしょう、あの世界ですよ」

 そしてこう付け加えた。

「もっとも、悶々として眠れなくなるような内容の話では、逆効果になるかもしれませんがね」

 医者の提案に対する反応は、しかし、鈍かった。大のおとなを相手にお話しもないものだ。また気恥ずかしくてできるものでもない。ただひとがやる分には反対する理由はなかった。自分を安全圏において考えれば、医者の提案にもなるほどと頷けるものがある。

 医者はその辺りのことを十分承知していた。

「では、今夜はまず、いいだしっぺのぼくから、話すことにしましょうか」

 医者が食燃料班に消灯を促した。ほのかなランプの明かりが深い闇のなかに吸い込まれて消えたあと、ゆったりとした調子で医者が話しはじめた。

 【奇譚】白の連還 第一章 白い雪 完 (第二章 白い犬 につづく)



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