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自然史博物館とはどんなところ?(4)

馬渡駿介(北海道大学名誉教授)

自然科学の中の自然史科学の位置づけ

自然史科学は自然科学の一分野です。自然史科学とその他の自然科学とを比べてみましょう。

生物学を例にとります。自然史科学に含まれる生物学系学問のほとんどが多様性の研究です。自然環境の中のたくさんの異なった生き物の一つ一つを区別して分類し、生き物間の関係を考え、それらがどう進化してきたのかを研究します。一方、たとえば細胞生物学で代表されるその他の生物学の多くは多様な生物にみられる共通性を研究します。自然史科学が時間軸を想定し、いわゆる進化を考えた研究であるのに対して、細胞生物学は現在の事象、つまり細胞の中で今現在起こっている生物現象を調べます。今現在生きている生き物の体内ではその生命を維持するために様々なことが行われています。その生命維持の機構=カラクリを明らかにするのです。一方、その生命維持の機構=カラクリを生き物が今現在持っているのは、その機構=カラクリが長い地質時代の間に進化し、維持されてきたからです。その経過と結果を明らかにするのが自然史科学です。

自然史科学は現在を離れ、時間軸に沿い過去を知り将来を見通すための学問です。その研究対象であり、研究結果の証拠として残す資料でもあるのが自然史標本=実物資料=過去のモノです。

たとえば、岩石鉱物標本は46億年の地球史を物語る資料、古生物(化石)標本は40億年の生命史の資料、古人骨標本は数百万年の人類史の資料、生物標本は化石とならない年代の生物多様性の変遷を示す資料といえます。つまり、自然史標本は自然史科学の証拠なのです。そして、自然史科学に含まれる学問の多くが、研究対象は違えど分類学そのものです。たとえば、岩石・鉱物学は岩石・鉱物の分類学、地質学は地層の分類学、古生物学は古生物(化石)の分類学、生物分類学は現生生物の分類学です。さらに、系統学は生物分類学が分類した種のたどってきた経路の科学、進化学は分類した種の歴史の科学、生態学は分類した種と種の関係学、生物地理学は分類した種の地理的分布に関する科学です。さらに、人類学も人類の分類から始まります。どんな自然史科学分野も分類学を避けては通れません。

分類学とはどんな学問なのか、生物分類学を例に説明します。生物分類学とは、自然の中から「種(しゅ)」と呼ばれるユニットを新しく見つけ出す研究です。人間は「ヒト」という和名と「Homo sapiens」という学名のついた種です。和名とは日本語名、学名とは世界で通用する種名のことです。今までに分類学者が発見し学名をつけて報告した種は170万種ほどと言われています。推定上は、地球上に一千万とか一億とかの種がすんでいるとされています。つまり、我々は地球上の全生き物の2~20%しか知らないことになります。では種とは何でしょうか?簡単に言えば互いに交配して子供を作ることの出来る個体の集まりです。しかし、種も進化してきたはずですから、深く考えればそう簡単ではありません。「種とは何か?」も、重要な研究テーマのひとつです。

細胞生物学などの生物体内の研究は基礎科学ですが、その成果は医学に通じ、人々の健康に寄与し、寿命を延ばすことに貢献します。そのため、同じく基礎科学である自然史科学に比べてはるかに重んじられているようです。
では、自然史科学は一体何の役に立つのか、次回考えてみます。