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卒論が“調査報道”に 「大好きな森林、本当にこのままでいいの?」

大学時代に書いた自分の卒業論文が、記者として初めての調査報道につながった。

森林の保全や活用に欠かせない、法律が定める自治体の「森林整備計画書」について大量の公開文書を調べたら、多くの自治体がどこかの文書を丸写ししていたことがわかったというもの。

日本の森林を守るための大事な行政の文書が「コピペ」…あらためて思った、

「日本の森林ってこのままでいいの?」


コロナ禍で見つけた卒論テーマ

NHK前橋放送局記者の田村華子です。

私がこの「森のネタ」を見つけたのは3年前、大学4年生のころでした。

学生生活で最後の新学期が始まったばかりの4月、新型コロナの「緊急事態宣言」が出て大学の授業も中止になり、困ったのが「卒業論文」です。

私の専攻は「森林環境資源科学科専修」といって、実際に森林に出て植物や動物の分布などを調べる「フィールドワーク」が主体でした。

北海道の実習先で

でもフィールドワークはおろか外出もほとんどできなくなってしまって、卒論どうしよう…と。

当時のノートにも「フィールドワークが難」と書いていた

なんとか室内でもできる研究テーマはないかと、あちこち調べるなかで知ったのが「市町村森林整備計画」でした。

「市町村森林整備計画」とは、文字通り、自治体が地域の森林をどう整備するかを決めた計画です。民有林がある自治体はもれなく策定することが法律で義務づけられています。

国土の70%近くを森林が占める日本では、防災や地球温暖化対策に重要な役割を持つ森林の整備は、計画的に進める必要があります。

各自治体は樹木の種類や分布状況など、地域の実情を踏まえたうえで5年ごとに森林整備計画を策定します。そして計画にもとづいて林業関係者などと連携して実際の整備を進めることになっています。

当時、たまたまいくつかの自治体の計画をめくっていて、「ん?」と思ったことがありました。

それぞれの地域の実情に合わせて書くはずの部分で、まったく同じ文章があったのです。

地域ごとに作っているのに、なんで文章が同じなんだろう?

という疑問から、ほかの自治体も調べてみようと考え、「『森林計画制度』における市町村の役割に関する考察」という卒論テーマになりました。

完成した卒業論文

家で各地の計画を集めて分析すればよいので、コロナ対策の面からも都合がよかったのです。

分析を進めた結果、群馬県の富岡市(富岡製糸場がある)や片品村(尾瀬ヶ原がある)など、地理的特徴が異なるはずの自治体の計画書で、整備計画の方針に同じ文章が見つかりました。

さらに専門家に話を聞いて、同じ文章が見られる原因について考察。
先進事例として、地元企業などが森林整備に参画することで充実した計画を作成している自治体の紹介。

これらをまとめて提出した論文は無事に受理され、なんとか大学を卒業することができました。

「なにか調査報道のネタない?」

その後NHKの記者になった私は、事件、行政、スポーツなど慌ただしく取材をしているなかで卒論のことなどすっかり忘れていましたが、「再会」は突然訪れました。

テレビで”立ちリポ”も

去年の秋、デスクが記者たちに「前橋局でも『調査報道』をやってみよう」と呼びかけ、テーマを募りました。

でも調査報道といえば、政治家の政治資金の問題や大企業の不祥事などを暴くとかのイメージだったので、「そんなネタないよ…」と思いながらキックオフのミーティングに参加しました。

インフラの老朽化問題などの案が出される中で、「田村は何かテーマある?」と聞かれて苦し紛れに話したのが卒論のこと。

「大学の卒論で扱ったテーマなんですが、『市町村森林整備計画』というのが全国にあって(中略)つまり『コピペ』ばかりなんです!」と説明したところ、「おもしろいじゃん」と意外にも好感触! 提案は「採用」となりました。

卒論で一度扱ったテーマだからスムーズに進むだろうなんて思ったんですが…簡単には行きませんでした。

「森林整備計画?そういう計画があるんですね」

まずは資料集め。群馬県内のすべての市町村の「市町村森林整備計画」を集めることから始めました。群馬県には市町村が35あり、すべて民有林があるので計画策定が義務づけられています。

しかしホームページで計画を公開していた自治体は約半数で、残りの自治体は「農政課」や「林業振興係」などの担当窓口に電話をかけて、メールや郵送で計画を送ってもらうようお願いしました。

こうした手間だけならまだしも、驚いたのは電話をかけたうち2つの自治体の担当者は、計画の存在すら認識していなかったことです。

日本の森林整備の「現場」は大丈夫か。森林整備の必要性や危機感を感じていないのではないかとさらに問題意識がわいてきました。

1000ページ、めくってもめくっても

1か月ほどかけて35すべての市町村の計画が集まりました。

並べました

計画は自治体によって20ページから50ページほどあり、かける35自治体ということであわせて約1000ページにもなります。

卒論のときは計画の方針の部分だけを見たのですが、今回は全ページを分析します。

私だけでは終わらないだろうと担当のデスクにも加わっていただき、分担して毎日ページをめくっていきました。(ありがとうございました!)

しかしページをめくってもめくっても終わらず。

文書が電子化されていれば、AIなどを使って一瞬で終わったと思うのですが。

毎日といいつつ途中でかなり手が重くなってしまい、デスクにも迷惑をおかけしました。(すみません!)

でも「問題」の部分は次々に見つかりました。地形や気候が異なるはずの10の自治体で、計画書の主要な項目の多くがほとんど同じ文章だったんです。

「基本方針」の部分。「市」や「町」などをのぞいて同じ文章だった。

こちらは「基本方針」なので、ある程度文章が似てしまうのはやむを得ないとは思います。

それでも「国」と「町」「市」「村」、「適正」と「適切」、「次世代」と「次の世代」が違うだけというのは「似すぎ」と思いました。

こちらはどうでしょう。全国的にスギの割合が多い自治体が多いのでその部分は実情と同じと言えますが、雪の多い地域とそうでない地域とでは、冬期の森林施業の時期や方法が違うのに、もっと実情を反映させなくていいの?と思ってしまいます。

このほか「森林施業の合理化に関する基本方針」や「森林整備への住民参加」などの項目でも、同じような文章が見つかりました。

気がつくと分析だけで2か月が過ぎていました。

「森ガール」はどう生まれた

ここでちょっと昔話をさせてください。私が森林に注目したのは、大学2年生の秋ごろでした。

NHKのある災害担当記者の方の話を聞いて、私も災害取材をしたいと思ったことがきっかけでした。

「災害担当の記者になるには何を勉強すればいいのか?」「何を強みにすればいいのか?」迷ったときに浮かんだのが「森林」

日本は世界有数の森林国です。小学校で「森林は緑のダム」と教わったように、森林のはたらきが洪水や渇水、土砂災害を防ぎ、その恩恵を受けて私たちは安心安全に暮らすことができています。

「森林」を勉強して得意分野にすれば、災害担当記者に一歩近づけるのではないか!と思い立ったわけです。

それで私が通っていた大学は3年生で専攻を決めることになっていて、当初は文学や歴史を専攻しようと思っていましたが、180度異なるまさかの理系に転進、いわゆる「理転」して、「森林環境資源科学科専修」に進むことにしました。

とはいえ虫は嫌いだし森林や林業は泥臭いイメージ(すみません)で、やっていけるか不安もありました。

でも実際にフィールドワークで森林に行ってみると、地形や気候によって森林は全く異なっていて、たくさんの植物や動物に出会うことができ、どんどんのめり込んでいきました。

教授や仲間たちと秩父の2000m級の山を登りながらのフィールドワーク

念願の記者になって群馬県に着任したあとも、休日に森林を見ることがお気に入りでした。
 
森は癒やされます。それに森は電波が通りにくいので、物理的にも仕事から解放される気もします。ときどき森林整備のお手伝いもしました。
 
でも実は「森って、そんなキレイ事ばっかりじゃないよね」と、あらためて今回の分析で感じました。

「コピペ元」はどこ?

さて卒論なら「コピペがいくつも見つかった!」だけでもよかったのですが、報道するにはまだ課題がありました。

それは「コピペ元を探す」ことです。

複数の自治体で同じ文章が使われていたということは、どこかに元の文章、「出所(でどころ)」があるはずです。

今の段階では「同じ文章があった」だけですが、元の文章が分かれば、「ここからコピペしたのでは」と指摘できるようになります。

元の文章は県の森林整備計画にあるのでは?と当たりを付けるも、県の資料は県庁や図書館にしかありません。

デジタルと違って文章検索もできず、ここでも1ページ1ページ、最新の計画を見終わったら5年前、10年前、15年前…と進めて、20年前の冊子まで借りて該当の箇所を探し続けた結果、

ついに見つけました!

こちらです。

県の計画書では、20年前の平成15年度策定の計画までは敬語を使っていなかったのですが、平成20年度策定の計画から敬語を使うようになっています。

ある自治体の計画で見つけた敬語が混在する文章は、県が作った計画のこの部分をコピペしたものとみられます。(取材に対して、この自治体の担当者は「県の文書などを参考にした」という回答でした)

「である」調の文章の中に急に「ですます」調の文章が

こうした分析の結果をまとめて、ことし5月18日のニュース番組の中で「『森林整備計画』一部の自治体で形骸化か」という調査報道を「独自ネタ」として放送しました。

当日はテレビで解説も

webに掲載した記事はこちらです。

なぜ「コピペ」?聞いてみると…

今回は文書を調べることと並行してまとまった森林がある市町村の担当者に、森林整備や林業振興の現状について聞き取りをしました。

特に同じ文章が見つかった市町村には、どの文章を参考にしたのか、同じ文章がなぜ存在するのかを質問し、回答を求めました。

「同じ文章が多くあっても問題ない」という回答の自治体も多くありましたが、複数の自治体からは「人手不足」という答えが返ってきました。

自治体アンケートの回答から

「国や県と違い、専門知識のある職員がいない」
「定期異動があると森林の知識をイチから覚えないといけない」
「ほかにも兼任していて時間がない」

計画を分析して「コピペ」を見つけたときは、市町村の担当者は森林を軽視した、いわば「悪者」のようにもとらえていましたが、こうした現場の生の声を聞くと考え方も変わってきました。

担当者も日々の業務に追われるなかで、5年ごとの更新のときもほぼ前回の計画のままになっていたり、更新時期の間の数年間は、担当者は計画の存在自体知らずに過ごしたりするケースもあります。

今回は群馬県内の計画書を調査しましたが、卒論の時にはほかの多くの地域でも同じ傾向が見られていました。

市町村で森林整備を担当する職員を増やすこと、林業に精通した人材が市町村の業務を支援する体制をつくることができれば、解決にはつながります。

しかし計画の存在が市町村の担当者にすら知られておらず、うまく活用されていないのであれば、計画制度の見直しも含めて改める必要があるのではないでしょうか。

「再び・日本の森林ってこのままでいいの?」

森林は都市部に暮らす人には身近ではないと思いますが、すべての人の暮らしに関わっています。

水害が毎年各地で起きている中で、森林整備の必要性は高まっていますし、ことし最悪の事態になっているクマ被害についても、森林に手が加えられず荒廃することで、本来クマが生息する場所の境目がなくなっていることが原因のひとつといえます。

クマのえさとなる木の実ができる森林を整備し、一方で人里に近い地域ではクマの好む木の実がなる樹種を植えないなどの森林整備を行うこともひとつの対策です。

「市町村森林整備計画」のように、これまで触れられてこなかった森林整備について取材し、ニュースを通して視聴者に、行政に、森林の重要性を訴えていく。

「日本の森林ってこれでいいの?」と、多くの人と疑問を共有して、課題解決につなげていきたいと思います。

秩父の日本三大峠の1つ『雁坂峠』で

前橋放送局 記者 田村華子
実は群馬県出身で5歳まで前橋市に住んでいました。卒論の舞台も「群馬」。初任地も「群馬」。「群馬」と切っても切れない縁を感じています。でも「上毛かるた」は覚えきれていません。2021年(令和3年)入局。

田村記者は他にもこんな取材をしています



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