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「オールドメディア」のエンジニアのみんな、いろいろあるけど想いをカタチにしていこうよ宣言

メタバースやNFT、AIとかDXとか、ITが社会を根底から変えるかもっという期待感のなかで、先端技術を持つエンジニアの不足が続いている。

かつては先端のメディア、今は「オールド」メディアともいわれる新聞やテレビ、雑誌などの企業にも、技術職の社員はいる。

けっこう先行きに不安を持っているという話はよく聞く。

今回のお話は、茶髪のサッカージャージ姿で、オールドな組織のフィールドをたまにころびそうになりながら走り続けている、ある若いエンジニアについて。

「取材で集めたデータをNHKだけで抱えているのはもったいない」

と、思い続けている私、NHKのテクニカルディレクター(TD)の斉藤一成です。前回、「ハッカソン」開催の経緯をnoteに書かせてもらいました。

この記事では放送局という組織のなかでエンジニアの私がなぜ新しい分野にチャレンジしようと思ったのか、動機や手法についてお話ししたいと思います。

まず私の職種の名称は、「放送技術」です。

いまは、「メディアエンジニア」という名称になっていますが、私が入局した2004年から最近まで、技術者はひとくりに「放送技術」という枠で採用されていました。

実際の仕事の内容はさまざまです。
・番組制作技術(カメラマン、音声、照明、VE、CGなど)
・番組送出技術(24時間365日いろいろな番組を安定して送り出す仕事)
・送信技術、受信技術(電波を電波塔から送信し、テレビ/ラジオで受信するまで管理する仕事)
・技術研究(未来の放送技術を調査研究する仕事)
など。

(私が入局した2004年度の「NHK就職ハンドブック」)

私はもともとはCG制作を希望していました。
採用後の初任地は京都局で、ニュース番組や「のど自慢」や「ゆく年くる年」などの番組制作や、放送を出す技術のいろはを学んだ後、東京に異動してからは「データ放送」(dボタンで出てくるあれですね)コンテンツの企画開発や、コーディングなどの基礎経験を積みました。

2013年に福岡局に異動し、そこでは後輩の育成やデジタルコンテンツの企画開発を担当していました。転機はそのころでした。

なぜこんなに飲酒事故が多いの?

毎日エンジニアとして放送に出すニュースを見るなかで、「飲酒運転の事故」が福岡県内ですごく多いことに驚きました。

痛ましい死亡事故が繰り返し起きている。何度も。

「なんでこんなに飲酒事故が起きるの?」という疑問と同時に、何かエンジニアとしてできることはないか考えました。

例えば、
飲酒事故が発生した場所や時間
事故を起こしたドライバーの年齢や職業
それ以外に天気、もしかしたらホークスの勝敗
といった多数のデータを多変量解析したら、事故を予測できたりしないかなど。

まずは福岡県内で飲酒事故がいつどこで起きているか、自主的に調べてみました。

 今思えば、同僚の記者に聞くのが早かったかもしれませんが、「福岡 飲酒事故 データ」などでググってみると、

(OPERATION DDD -Don’t Drink and Drive-)

あるwebサイトが見つかりました。福岡県内の飲酒事故のデータを毎日掲載し続けているページで、(残念ながら今は残っていないのですが)
この 特設サイトを運営している人に会いたい 、
会ってサイトを開設した経緯を聞きたい。
そしてどこからデータをもらっているのか?
どう運用しているのか?を知りたい。

そしてNHKもこのデータを入手して、違う切り口で飲酒事故を分析し、ニュースにして、飲酒事故の撲滅につなげたいという欲求にかられました。

同志とともにプロジェクト立ち上がる

といっても「放送技術」の人なので、取材のいろはも、どうやったらニュースになるのかも、まったくわかりません。

なのでまずは社内で仲間探しを始めました。

福岡市ではちょうど10年前、市内の「海の中道大橋」で飲酒運転の車に追突された乗用車が海に転落し、幼いきょうだい3人が犠牲になった事故がありました。

あの悲惨な事故をきっかけに飲酒運転の罰則強化などが進みましたが、それでも飲酒事故は後を絶ちません。

福岡局内で春からの番組コーナーへの提案を募集していたこともあり、社内で”同志”を募り、「飲酒事故撲滅キャンペーンプロジェクト」が立ち上がりました。

(※井上二郎アナウンサーもプロジェクトメンバーの1人でした)

そして以前見つけた、飲酒事故のデータを毎日掲載しているサイトの「発起人」に、記者と一緒に会いに行くことになりました。福岡県内の広告代理店に所属する人でした。

初めての取材&データ提供の交渉

初めての取材で最初は緊張しましたが、とても快くお話をしていただきました。

あのサイトは広告の仕事とは別に、社会貢献の一助になればという思いでスタートした事業だということ。多くの方に知っていただきたい活動であること。
飲酒事故のデータは、速報値を福岡県警から毎日メールで受け取っていることなどを教えてもらい、あっという間の1時間でした。

業界は違っても痛ましい飲酒事故を1件でも減らしたい、事故で悲しい思いをする人を1人でも減らしたいという目的が一緒な者どうしが解決方法を一緒に考えるということも、初めての体験でした。

このあとNHKとして正式に福岡県警からデータを提供してもらうために、県警を担当する記者と社内のプロジェクトメンバーとともに交渉を重ね、個人情報に関するデータは除いて、データが提供されることになりました。(交渉の場でも私はジャージ姿だったことは覚えています)

提供データはエクセル形式。
1事故に対し1レコード。
事故の発生場所・日時・天候・見通し・呼気中アルコール濃度などのデータが含まれています。

1年間の飲酒事故撲滅キャンペーン

県警から提供されたデータを分析、可視化して、
毎日の放送で事故件数を報告しました。

私の方は、アルコール依存度を測れるデータ放送のコンテンツを開発。

SNSで飲酒事故0(ゼロ)連続キープ記録をシェアできるサービスを開始。

ついでに記者向けの取材ツールも開発。

1年間、”同志”たちと飲酒事故撲滅キャンペーンに打ち込みました。

(※過去10年間分のデータ分析・取材ツールの開発 私が担当)
(過去10年間分のデータを年代別に分析 取材は斉藤直哉記者)

さてキャンペーンの結果、飲酒事故は減ったのか?

・・・残念ながらその年、2016年の飲酒事故は微増でした。

しかも10年前に「海の中道大橋」で事故が起きた8/25のその日にも、飲酒事故は起きてしまいました。

正直、落ち込みました。

・私たちの活動はどれだけ効果があったのか?
・どれだけ社会に浸透していたのか?
・もっと良い方法はなかったのか?
・データの使い方が間違っていたのか?
・どうしたら事故はなくなるのか???

初めての取材を経験し、できる限りのコンテンツ制作を実施しましたが、結果を受けて思ったのは、NHKだけでキャンペーンしても広がりに限界あるということでした。そして、

取材で提供してもらったデータをNHKだけで活用していては、なかなか課題の解決にはつながらないということです。

データや開発ツールも「公開」する

飲酒事故のような大きな社会問題を解決するには放送やWebのコンテンツによる一時期のキャンペーンではなく、継続性が必要です。

でも職員が数年ごとに転勤するNHKでは継続はちょっと難しいし、何もNHKだけですべてを進める必要はないと思いました。

飲酒事故のような社会の問題や課題を解決したいと考えている人たちに、行動に必要なデータや情報を公開したら、新しいナニカが生まれて社会活動が広がる。そのように動けばいいんじゃないか。

NHKが保有するデータや開発ツールを社会に公開したい、そんな野望を抱いたのでした。

新たな仲間が加わった!

その後2017年の異動で、私は東京の報道局ネットワーク報道部というところに所属しました。

私と上司(エンジニア採用)以外は、みなさん記者やディレクターで、データの分析や可視化の技術を磨きたいと考えていた私にとってすべての業務がとても新鮮でした。

「放送局」にいながら「Web」のシゴトができるという、そのころはある種の「背徳感」さえありました。やっていいの?みたいな。

技術調査や現場運用を覚えていくなかで関わったのが、ニュースアプリの「NHKニュース・防災アプリ」と、ニュースサイトの「NHK NEWSWEB」を運用している仕組みでした。

(ニュース防災アプリ)

エンジニア視点ですが、それぞれのサービスは、そのころ何もかも違っていました。アプリの基盤はクラウド、ニュースサイトはオンプレ。
サービス開始時期も、開発ベンダーも、運用している社内のプロダクトマネージャーも違っていました。

・・・オールドメディアのエンジニアのみなさん、うなずいていますね?

こうした複雑に絡まった状況を見て、膨らんでいったのです。また妄想と野望が。

メディアのエンジニアとしての「キャリアパス」を考えた

前にも書きましたように私は「放送技術」で採用されましたが、興味は「放送」以外の仕事にどんどん移っていきました。

そして「今後」はどうするか。「公共放送」から「公共メディア」のエンジニアとして、自分のキャリアパスを考えたわけです。

「放送」に使われた動画やテキストは、「ネット」のWebやアプリでも見ることができる。NHK内のデータの流れは、複雑極まりないものになっていました。
その中で唯一といっていいくらいわかりやすく使い勝手の良かったのが、ニュースを取得できる「ニュースAPI」でした。

ニュースアプリに使われていたこのAPIをほかのシステムでも使えるようクラウドで再設計し、さらに機械学習やIoTの最新技術を取り入れたりして、「放送」を飛び越え、ニュースを異なる形で社会に還元できる仕組みが整うようになれば・・・。

(ニュースAPIではニュース・防災アプリの一般的なニュース記事を取得できる)

クラウドを勉強しはじめて危機感いっぱい

・・・などとそれっぽいことを書きましたが、それまでのキャリアでは大した専門技術は身につけていませんでした。

番組制作技術では撮影やスイッチング。
覚えた言語はデータ放送用の記述言語であるBML、Webエンジニアリングでは古典的なjavascript、perl、phpをかじった程度でした。

業務以外では独学でデータビジュアライゼーションやデザイン思考などを学んでいましたが、あらためて知識を習得しました。社内でクラウドを使っている事例を調査したり、技術記事から各種クラウドをリサーチしたり。

そしてAWSの勉強や研究開発を始め、社内の”同志”たちと「re:Invent」にも参加しました。

世界がどのようにクラウドジャーニーを実現しているか、目の当たりして、いろんな意味で危機感いっぱいになったのを覚えています。

(AWS re:Invent2018、2019に参加。社内の同志を作るのはとっても大事)

イベントに参加した後、ニュースAPIを含めた基盤の再構築とその将来性を上司に報告し、少しずつ少しずつ、NHKのシステムの開発と改善を進めていきました。

(社内にニュースAPIの内製化/システム移行の必要性を報告した資料です)

仲間とクラウドの勉強を継続し、資格も取り、技術検証やプロトタイプの開発、耐久テスト、システム改善、監視機構の整備、BCP対応などなどをへてようやく、去年2021年の夏に自分たちでニュースAPIを再設計することができました。いやーマジで大変でした。

ニュースAPIについて詳しくはこちらの記事に書きました!やや専門的ですが興味ある方はご覧ください。

想いがカタチになった瞬間

数年前はクラウドを使ったこともなかった「放送技術」の私がなんとか想いをカタチにできたのは、

・失敗を許容してくれる理解のある上司
・放送技術からWebエンジニアリングまで精通している先輩
・システム設計思想を把握し、あっという間にプロトタイプ開発してしまう後輩
といった仲間がいてくれたからだと思います。

社内でクラウドを扱えるのはまだまだ少数ですが、新しいナニカを作るときにクラウドは欠かせないエンジニアリングスキルになってきました。

ニュースAPIの構築には苦労したのですが、この記事の「ハッカソン開催」は、まさに想いがカタチになった瞬間でした。

ハッカソンも、この IaCで複製した開発環境のAPIで本番相当のニュース情報を出力できるように迅速に準備できましたし、NHK for School用に作ったアドホックなプロトタイプAPIも、ニュースAPIの設計思想を元に3週間程度で開発しました。オンプレで開発していたら、まずこの速度感で開発できなかったと思います。

ニュースAPIや NHK for School用のAPIが揃い、クローズド環境ではありましたが、開発したAPIをハッカソン参加者のみなさんに提供することができました。

私たちがつくったAPIを活用して、NHKのコンテンツがみなさんのアイデアで思わぬ姿になっていく様を目の当たりにして・・・
NHKが保有するデータや開発ツールを社会に公開したいと考えてからだいぶ時間が経ちましたが、なんとかまずはここまできたと思いました。

当然私一人の想いだけではどうしようもなく、エンジニア仲間だけでなく、

社外とのつながりが豊富でオープンマインドを大切にするチーフディレクター、
取材した貴重なデータを無駄にしたくないと想い続けた記者、
APIやオープンデータに理解がありNHKのコンテンツをまさに改良しようと稟議を重ねる上司たち、
そして何より今回のハッカソンを協賛して下さった Code for Japan の皆様の想いやチカラがなければ実現はできなかったです。

引き返しちゃいけない

突然ですが私の好きなミスチルの曲「彩り」に、こんな一節があります。

なんてことのない作業が この世界を回り回って
何処の誰かも知らない人の笑い声を作ってゆく

地味な単純作業、そもそも「放送局」の範囲外の作業かも知れませんが、その作業が日常に彩りを加えてくれるナニカに変わるかも知れません。

ニュースAPIを開発している間、ハッカソンを計画している間、世の中はどんどん進歩し、新しい機能改善やシステムソリューションを発表しています。

またまだニュースAPIも進化の途中です。

ニュース記事のデータを「教師データ」として利用した新しいサービスモデルや価値を作れるかもしれません。Rest APIではないAPI設計も考えられます。

オンプレと異なり、作っては壊しを繰り返して改善を図るクラウドでの開発は、社内ではまだ始まったばかりです。AWSだけでなくGoogle Cloudなどを含めたマルチクラウドの考え方も勉強中です。

NHKには公共性の高い社会的価値の高い取材情報やデータ、文化を継承する有益なコンテンツ、過去の多種多様な番組アーカイブなど、大量のコンテンツがあり、これらは「公共財」だと思います。

これらを有機的につないで、おのおのの価値を判断できる内部基盤と公開基盤が構築できてようやく、公共メディアとして社会のさまざまな問題、課題に立ち向かえると考えています。

しかしまだまだこれから、本当に始まったばかりです。

新しいナニカをみんなで一緒に考え、作って壊して、また作って、そして宝となる公共財を、社会とともに育てていきたいと思います。

エンジニアってなんか興味ある、というあなた。

一緒に想いをカタチにしていきませんか?

エンジニアに興味のある方はこちらもご参考に!


斉藤一成 メディア開発企画センター

2004年入局。ソリューションアーキテクト、プロトタイパー、システム設計、データビジュアライズ。NHK NEWS WEB、NHKニュース・防災アプリ、AIリポーター・ヨミ子も。

斉藤TDのこれまでの記事です


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