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魔改造の夜 悪魔の技術者たちが語る1か月半の挑戦

窓の外は白くれていた。
時折吹きつける激しい風雨の音が、人気ひとけが少ない広報局のフロアに響く。
予報では、今夜から明け方にかけて雷雨になると言っていた。
早く帰らないと。壁の時計を見上げて嘆息する。
来週までにnoteのネタを3本提案しなければならない。
広報局noteの編集担当になって10か月。編集メンバーは私を含めて5人。それぞれが企画を持ち寄り、毎月数本記事を公開している。noteのコンセプトは、“NHKの仕事に携わる人たちが、熱い思いを自分の言葉で語る”。これがなかなか難しく、ネタ集めにはいつも苦慮していた。
なんとか2本の企画を思いついたは良いものの、あと1本がどうしても思い浮かばない。
これはやばいな、という確信と諦めが入り交じる。間に合わないかもしれない。

ピンポーン。

甲高い音に、びくっと顔を上げる。
居室の入口に置かれた来客用のチャイムが鳴ったのだと気づくまでに時間がかかった。
こんな時間に誰だろう。視線を向けるが、誰もいない。
ドアの方へ向かうと、床に黒い封筒が落ちているのが見えた。
差出人の欄には、禍々まがまがしい赤いインクで書かれた「魔改造倶楽部」の文字。封を切ると、便せんとDVDが入っていた。便せんに記されていたのは、謎めいた地図と、ただ一言。
「おもしろい会がある」―――。

DVDを見終えた私は、言葉が出なかった。
収録されていたのは、「魔改造の夜」という謎の夜会を映した動画だった。
一流のエンジニアたちが1か月半かけておもちゃや家電を怪物マシンに“魔改造”し、魔改造倶楽部という組織が主催する夜会で戦わせるという、なんとも狂気じみた会だ。

しかし、一度見始めるとなぜか目が離せない。1か月半の製作期間の中で生まれるさまざまな人間ドラマ。夜会本番で繰り広げられる白熱した戦い。互いに健闘をたたえ合い、涙を流す技術者たち。
大人が本気で、熱量を持って何かに打ち込む姿。それは広報局noteで届けようとしているものとも通じるのではないか。ふとそんな気持ちが頭をもたげる。
あの白熱した夜会がどのように行われているのか、詳しく聞いてみたい。
そう思った私は、意を決して魔改造倶楽部の本拠地へと乗り込むことにした。


1.さまざまな思いで挑んだ「魔改造の夜」

地図を頼りに意気込んで来てみたものの、いざ薄暗い建物の中へ入るとだんだん恐怖心の方が勝ってくる。
そもそも魔改造倶楽部という名前からしてかなり怪しいが、はたして無事にここから帰れるのだろうか…。
びくびくしながら廊下を歩いていると、どこからか談笑が聞こえてきた。声のする方へと歩いて行き、恐る恐るドアを開けてみる。
あ、と思わず声が漏れた。
そこに集まっていたのは、Oスズ、Dンソー、そしてN岡高専という、過去に夜会で印象的な戦いを繰り広げたチームの面々だった。
もしかして、おもしろい会というのはこのことだろうか。突然の邂逅かいこうに驚きつつ、「ちょっとお話を伺いたいんですが…」と声をかけてみると、5人は快諾してくれた。

■Oスズ…社長:鈴木瑞貴さん リーダー:山本聡一さん

【参加種目】おトイレゆか宙返り(2024年1月)/キックスケーター25m綱渡り(2024年2月)
おトイレゆか宙返りでは記録なしという結果で終わるも、キックスケーター25m綱渡りでは見事優勝。

■Dンソー…プロジェクトマネージャー:岡本強さん リーダー:小原基央さん

 【参加種目】DVDプレーヤーボウリング(2022年1月)/ペンギンちゃん大縄跳び(2022年1月)
DVDプレーヤーボウリングでは大逆転の末、劇的な優勝を飾る。

■N岡高専…総合リーダー:安達慶哉さん

【参加種目】パンダちゃん大玉転がし(2023年7月)/洗濯物干し25mロープ走(2023年8月)
高専として初めて魔改造の夜に参加。どちらの競技でも高い技術力を披露した。

まずは、なぜ「魔改造の夜」に参加しようと思ったのか、そのきっかけを聞いてみた。

(Oスズ 鈴木)動機はやっぱりチャレンジですね。「魔改造の夜」はもともと見ていて、出てみたいなと思いつつ、きっかけがなくて踏み切れていなかったところ、過去に参加した別の町工場の方から紹介されて参加することになりました。町工場として設計に強みがあり、量産も全て自社でやっているという自負がありましたが、「魔改造の夜」にはそうそうたる会社の皆さんが参加されているので、我々が出てどこまで通用するのか、わくわくすると同時に緊張もしながら、社員に「やってみよう」と話したところ、みんなものすごい乗り気になってくれて、チャレンジすることになりました。

(Dンソー 岡本)実はDンソーも、きっかけは他チームからの紹介だったんです。ただ、それはきっかけでしかなくて、第1 回の「トースター高跳び」からずっと番組を見ていて、「面白い番組があるね」と会社の仲間たちと話してました。社内でものづくりのサークル活動(※)をしているんですけど、みんな番組のファンで、「いつか出たいよね」と言っていた中で紹介を受けたので、すぐに「出ます」と答えました。

※事業から離れてものづくりを「本気で遊ぶ」をモットーに活動している社内サークル。メンバーは120人ほど。価値や意味などの“目的”から入るのではなく、手を動かして遊ぶことを通じてものづくりに必要な情熱やマインドを育んでいる。

(Dンソー 小原)いつか話が来るだろうなと思って準備してましたね(笑)。

(Dンソー 岡本)当時、チャットで「魔改造の夜に出たい人いる?」ってサークルメンバーに投げかけたら、すぐにわっと返事が返ってきたぐらい、みんなファンでした。

(N岡高専 安達)僕は応募フォームから自分で応募しました。ロボティクス部で活動していたんですが、コロナ禍でロボコンがオンライン開催になり、競争というより、プレゼン大会のような形になってしまったんです。このままリアルで戦う機会がないまま卒業してしまいたくないと、学校に内緒でこっそり応募してみたのが始まりでした。
その時はまだコロナ禍で、「学生の参加は見送っているんです」という答えが返ってきて、「やっぱり難しいよな」と思っていたら、1年後ぐらいに「出ませんか」と話が来て。僕は当時5年生で卒業間近だったんですけど、こんなチャンスめったにないし、完全燃焼で卒業したい思いもあったので、思い切って参加しました。

「魔改造の夜」では、1チームにつき2種目お題が与えられ、1か月半かけて製作する。限られた期間で結果を出すためにはチーム設計も重要な戦略の一つだったと思うが、メンバーはどのようにして集めたのだろうか。

(Dンソー 岡本)当時はコロナ禍だったので、会社の方針で人数制限を設けて15人選抜しました。15人の中から「DVDプレーヤーボウリング」と「ペンギンちゃん大縄跳び」で担当者を分けて、DVDチームの方は小原さんに選抜してもらいました。

(Dンソー 小原)僕は技能五輪(※)をやっていたので、先輩や後輩でメカが得意な人、機械加工が得意な人、電子工作が得意な人など、僕が技量を把握しているメンバーでやってくれそうな人に声をかけたという形です。

※技能五輪…若い技能者を対象に、技能日本一を競う競技大会。技能者の育成や技能の伝承を目的に年一回開催されている。優勝者は技能五輪国際大会に出場することができる。

Dンソー チームメンバー

(Oスズ 鈴木)うちの場合はもともと45人ぐらいしかいない会社ですが、製造系の技術を持っている人からどんどん声をかけていきました。みんな快諾してくれて、結果的に半分近い20人にメンバーとして入ってもらいました。

Oスズ チームメンバー

(N岡高専 安達)ロボティクス部の中からえりすぐりのメンバーを指名して、「一緒にやらない?」と声をかけて17人集めました。応募してから実際に参加するまで1年ぐらい期間があいたので、その間に「一緒に出たいね」と話していたメンバーの中で、部を離れてしまったメンバーも2、3人いたんです。ただ、どうしても一緒にやりたかったので、授業終わりに教室へ行って「魔改造の夜の話が来たから、一緒に出ない?」って3回ぐらい話して…もう三顧の礼ですよね(笑)。とにかく1人1人に直接声をかけました。

N岡高専 チームメンバー

2.試行錯誤の1か月半

どのチームも応募時点ではお題はわからず、参加が決まってから初めて知らされるという。発表されたときの心境はどんなものだったのだろうか。

<Oスズのお題>
おトイレゆか宙返り
…アヒルのおもちゃが座っている状態で便座を宙返りさせて、宙返り・着地・目標ポイントとの距離の3項目の総合得点を競う。番組初の得点制競技。
キックスケーター25m綱渡り…キックスケーターで25mのロープの上を綱渡りさせて、スピードを競う競技。

(Oスズ 鈴木)今までの放送を見ていても、やっぱり一筋縄ではいかない、簡単じゃないお題ばっかりだったので、山本と2人でいろいろ予想しながら発表を待っていました。実際に発表されてみたらとんでもなく難しいお題だったので、正直「どうしよう」と思いました。想像の上を越えてきましたね。
でもどのチームも状況は一緒ですし、ここから突っ走ってやっていくしかないと切り替えました。

ジャイロドスピード(Oスズ)

<Dンソーのお題>
DVDプレーヤーボウリング
…25m先の10本のピンを狙ってDVDプレーヤーからディスクをとばし、倒したピンの本数を競う競技。
ペンギンちゃん大縄跳び…ペンギン人形5体を1分間でいかに数多くとばせるかを競う競技。縄は人間が回す。

(Dンソー 小原)「DVDプレイヤーボーリング」は過去の回と比べて、初めて精度が必要なお題が来たなと感じました。ディスクをとばすなんてもちろんやったことないし、25m先に当てるなんて、最初聞いた時は「これ無理なんじゃないか」と感じました。どのチームも1本も倒せませんでしたっていう可能性もあるんじゃないかなと。やばいなと思いました。

魔の超特急0系(Dンソー)

 (Dンソー 岡本)「ペンギンちゃん大縄跳び」は、ペンギン5体で縄跳びするっていうとんでもない競技なんですけど、1体だけでもジャンプするって結構大変なのに、それが5体も…。「そんなことできるのか」っていうのはやっぱり思いましたね。目標値を決めるところからどうするんだという感じで、皆さんと同じく度肝どぎもを抜かれました。

跳躍戦隊ペンギンジャー(Dンソー)

<N岡高専のお題>
洗濯物干し25mロープ走
…洗濯物干しで25mのロープの上を走り、その速さを競う競技。
パンダちゃん大玉転がし…パンダのおもちゃで重さ4kgの大玉を25m転がし、その速さを競う競技。

(N岡高専 安達)「洗濯物干し25mロープ走」は発表される時、ハンガーラックにかかった状態で登場したので、覆っている黒幕がすごくでかかったんです。とんでもない大物を改造しないといけないんじゃないかとびくびくして構えていたら、「洗濯物干しを走らせる」と言われて、「動力も何もないのに走らせるってどういうことなんだ」と思って。これは全然予想もつかないお題だったので、最初はあっけにとられましたね。

ジェットコプター(N岡高専)

では、1か月半の製作期間の中で、どんなドラマがあったのだろうか。印象に残っているエピソードを聞いてみた。

(N岡高専 安達)一番印象的なのは、洗濯物干しのジェットの開発ですね。最初の1週間ぐらいで、CO2ボンベを搭載してジェット噴射で走らせようということはすぐ決まったんです。みんな過去の放送を見て、CO2ボンベを搭載したH技研の「魔破★掃一郎」(2022年5月放送「お掃除ロボット走り幅跳び」)を知っていたので、「あれができれば勝てる」と思っていました。
でもどれだけ試行錯誤しても全然うまくいかず、周りのメンバーからは「ジェットがすごいのはわかるけど、本当にうまくいくの?」という声もあがり始めて…。それでも僕とリーダーの2人で「そんなことない。絶対ジェットがあったら勝てるから」と信じて進めて、本番の1週間前にやっとうまくいった時は、もう思わず涙が出るぐらい嬉しかったですね。正直怖かったので、やっとなんとかできそうだという安心感が強かったです。

ジェットコプター 製作の様子

(Dンソー 岡本)小原さんの「DVDプレーヤーボウリング」チームは技能五輪に出たメンバーが中心で、会社の技術力を遺憾なく発揮できるチームだったので、あまり心配はしていませんでした。もう1つの「ペンギンちゃん大縄跳び」チームについては、発想力の強いリーダーのもと、ハードやソフトそれぞれに対応できて、主体的に動けるメンバーを集めてフラットなチームを作ったんです。
DVDチームは、小原さんが業務と同様にメンバーを指揮して計画的に進めるというスタイルだったのに対して、ペンギンチームはどちらかというとふだんのサークル活動と同じスタイルで進めました。技術から入らず、最初に「イメージキャラクター」を作ったり、放送では使われませんでしたが、成果物のイメージを共有するために“跳躍戦隊ペンギンジャー”のコンセプトをまとめた1分ぐらいの動画も作ったりしていて、周りからしたら「何やってんだ」と思われていたかもしれません(笑)。
そんな風にわいわい楽しくやっている中で、突発的に本業が忙しくなるなど不測の事態もあり、製作が間に合わずに本番一週間前に行われた試技会を欠席するというやらかしもしつつ(笑)、数々の失敗による苦しさも楽しみながら魔改造に取り組んでいました。
本業のように計画的に進めるチームとサークル活動の延長で自由に楽しみながら進めるチームで、2チームの色が全然違いましたね。

(Dンソー 小原)DVDチームはみんな技能五輪で鍛えられていたこともあり、それぞれのポテンシャルが高くて、僕が全部伝えなくても意図を察してくれたり、さらに提案までしてくれたりと、すごく助かりました。
僕たちのマシンは、ローラーでピッチングマシンみたいにディスクをとばすんですけど、ローラーを二つつけて二段階加速のような形にしたら精度が上がるんじゃないかと思ったら、全然うまくとばなくて。結局二段階加速を諦め、ローラーを1個にして、安定性を求めて少し妥協せざるを得なかったところがありました。1週間ぐらい試行錯誤で時間を使ってしまったので、 やっぱり計画通りにはいかず苦労したなという思いがあります。

(Dンソー 岡本)DVDチームは、製作だけじゃなく、輸送についても念入りに準備してましたよね。会社がある愛知県から夜会の会場までマシンを運ぶんですが、輸送中にマシンの精度がずれることがないように、本番前の試技会の時から運送会社のルートをしっかりチェックして、問題ないことを確認した上で本番に臨んでいました。

(Dンソー 小原)技能五輪の国際大会に出場した際に、海外に機械を輸送する途中で精度がずれてしまったり、部品がなくなったりということが何度かあったので、そうした経験から、実際の輸送でどれぐらい精度がずれるのかを確認していました。

(Dンソー 岡本)あと、会場の近くにあるホームセンターの場所も確認して、事前に下見して何が売っているかも把握していました。最終的には必要なかったですけど、現地調達もしっかり考えたロジスティクスをやってましたね。

(Oスズ 鈴木)私が印象に残ったのは、追い詰められた時の人の強さです。「おトイレゆか宙返り」のリーダーは、開発がなかなかうまくいかず、精神的にしんどい時期もあったんですけど、そういう中で、仲間が自発的にどんどん助けるような動きをしてくれて、「とにかく無理しないで頼ってくれよ」って積極的に声をかけたり、今まで普通に仕事をしていた中ではなかなか見られなかったような光景が見られたのが印象的でした。
あと、みんな設計で忙しくてバタバタしている中で、プログラミングにかける時間がとれない時に、ふだんは現場でプレス加工をしているパート社員が「私、プログラミングかじったことあるからやるよ」って言ってくれて。まさかそんなスペックを持ってるなんて誰も知らないわけですよ(笑)。
ほかにも、例えばマシンを試走させるためのコースを作る時も、ふだんはプレスや組み立ての仕事をやってる人が、器用にきれいなコースを作ってくれたりだとか、追い詰められたときのチームとしての動きがすごく印象に残りましたね。 

しかし、1か月半もの間「魔改造の夜」に取り組むことで、本業に影響はなかったのだろうか…?

(Dンソー 小原)Dンソーの場合はサークル活動として業務外の時間でやるというスタンスだったので、定時後や休日を使って進めました。睡眠時間は削りましたけど。あとは家族の理解もあってこそですね。

(Dンソー 岡本)もともとサークル活動で定時後に集まっていたので、業務との両立はふだんからやっていた側面もありますね。あんなに負荷は高くないですけど(笑)。

(Oスズ 鈴木)うちのチームは私がこの企画にノリノリだったので、本業はもちろんやった上で、業務時間中でも空いた時間があれば全て魔改造につぎ込んで良いというスタンスでやっていました。もう昼夜問わず、全力投球でみんなやってましたね。
お客さんにも「ちょっとこの期間は詳しく言えないんだけど事情があって、レスポンスが遅れる可能性があります」って事前にお断りを入れていたんですよ。理由を聞かれても詳しく話せないので、「ちょっと事情があって、後で話しますから」と言っていたら、他の企業から大型案件が入ってそっちに浮気してるんじゃないかと思われたこともありました。「いや、そうじゃないそうじゃない」って必死に言い訳して(笑)。でもちゃんと隠し通しました。後で説明したら大笑いしてましたけど。

(Oスズ 山本)社長がこういうノリだったので、心置きなく没頭できました(笑)。

鈴木さんと山本さんは中学からの幼なじみ

(N岡高専 安達)僕は夜会本番と卒業式が重なってしまったんですけど、僕も親も即答で「夜会に出ます」と(笑)。学校に許可をもらって、卒業式を欠席して夜会の方に参加しました。
学業との両立という面では、学年末試験と製作期間がかぶってたんですけど、ふだんは試験前は部活が一切禁止になるところを先生方にじか談判して、特例で活動を認めてもらいました。「学生だから自由に時間が使えたんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、活動時間がぎっちり厳格に決められてたんです。通常は夜7時まで、夜会の1週間前だけ夜9時まで作業できるという感じで。それ以降は絶対に帰りなさいと言われていたので、もしかしたらほかのチームよりも製作にかけられる時間は少なかったかもしれません。逆にメリハリはすごくついたのかなと思いますね。

3.悪魔の降臨

そうして迎えた夜会本番。緊張感あふれる中、どんな思いで試技に挑んだのだろうか。

(N岡高専 安達)「洗濯物干し25mロープ走」は、全チームが1回目の試技では記録を残せなかったんです。僕らもN社さんもスタートできなくて、H置電機さんだけスタートできたんですけど、途中で止まってしまって。エンジニアとしてあまりこういうことを言うのは良くないかもしれませんが、「何かいるんじゃないの」って思わざるを得ないすごい空気でした。
そんな中、第2試技のトップバッターが僕らで。しかも1回目の試技でのトラブルは練習では一度も出たことがないトラブルで、何が原因なのかも全然わからない状態でした。10分間の調整時間で動かしてみたらちゃんと動くので、なんでうまくいかないんだろうっていう…。すごい悩んだんですけど、スタート時にホールドを解除する機構を外したことで、2試技目では無事完走できたのがやっぱり一番印象的でしたね。H置電機さんもN社さんも温かく迎えてくれて、本当にあれは忘れられないです。

2試技目で見事走りきったジェットコプター

(Oスズ 鈴木)今安達さんがおっしゃったように、本番は絶対何かいるんですよ。私たちは「おトイレゆか宙返り」では、結局一回も動かせず記録なしという結果に終わりました。でも夜会に参加する時は「町工場の底力を見せてやる」と意気揚々と乗り込んでいって、マシンの出来も結構いい感じだったんです。「これはいける、見せてやるぞ」っていうつもりで行ったら、一回目はまさかの配線を逆につないでしまうミスでコースアウト。10分間の調整時間の中で、外装をバキバキ壊して中の線を引っ張り出して修正したんですけど、その時に結局いろんな配線とかも完全に壊れてしまって、2試技目は動きもしませんでした。練習ではもちろんそんなこと一度もないですし、もう本当にみんな悔しい涙を流したというのが一番印象的でしたね。
ただ、「キックスケーター25m綱渡り」の方は勝つことができたので、記録なしを味わってから優勝できたうれしさは本当に印象に残りました。

(Oスズ 山本)「キックスケーター25m綱渡り」については、3チームの記録の差が100分の1秒台という、すごくいい戦いができました。でも、実はこちらにもいたずらをする魔物がいたようで、会社で異常がないのを確認したうえで会場にキックスケーターを持ち込んだら、よくよく見るとはんだ付けしてある線が1本取れてしまっていたということがありました。いつの間にとれたのか全然わからなくて。直前にセロテープでぺたっとつけて、無事にスタートはできたんですけど、それを見つけた時の冷や汗っていうんですか、血の気が引く感じ。そしてもう今更誰にも言えない。そんな中で、指が震えながらスタートボタンを押しました。

(Dンソー 岡本)今の話を聞いて、もう1回オンエアを見直したくなりました(笑)。

(Dンソー 小原)僕はマシンのお披露目が印象に残っています。うちのマシンはサイズを大きくして、DVDプレーヤーの原型をとどめていなかったので、大人げないかなと思っていたら、他のチームの方がもっと大人げなくて、ボーガンの形に改造したり、もっと大きくしたり、ふたを開けてみたらうちが1番小さいんじゃないかという(笑)。みんな考えることは同じなんだなと思いましたね。

(Dンソー 岡本)ペンギンチームの方は最後の1週間で仕上げたんですよ。なので、実は1分間大縄跳びしたのは本番が初めてだったんです。負けはしたんですけど、我々としては「できた」っていう感動があって、ふと横を見たら、1か月半密着取材していたディレクターさんたちが泣いてるんです。その涙につられてこっちも泣けてくる(笑)。それくらい、番組を作る側と出る側が一体となっていたというのが印象的でした。

(N岡高専 安達)たしかに、ディレクターさんとチームの距離があそこまで近いとは思わなかったです。僕らの場合は学校が新潟県にあるので、1か月半、ディレクターさんは毎日ホテルから学校まで通っていたんですけど、本当にチームの一員みたいな感じでした。きつい時は支えてくれて、相談もたくさんしたし、あの距離感は参加してみないとわからないですね。

(Oスズ 鈴木)本当にいつ寝てるのかっていうぐらい、常に密着でしたもんね。我々がどんなに朝までやろうが常に一緒にいるので驚きました。喝も何度も入れてもらったし、くじけそうな時には元気づけてもらったこともあったし。終わった後にディレクターさんたちと焼肉を食べに行ったんですけど、その時の乾杯には相当力が入りました。本当に同志っていう感じです。

 4.夜会後も続く“魔改造OB”たちとのつながり

最後に、「魔改造の夜」への参加を通して得られたものは何だったのか、それぞれ聞いてみた。

(Oスズ 鈴木)チームとしての強さが会社の中に芽生えたなと感じます。もちろん今までもあったんですけれども、そこがより強固になったなと思いますし、あとは「おトイレゆか宙がえり」を担当した若手リーダーも、壁にぶち当たって乗り越えて…ということを1か月半の間に何度も繰り返す中でだいぶ成長してくれました。結果はどうあれ、始める前と比べたらまるで別人のように成長してくれたので、そういった意味では会社として強くなったなという思いがあります。

(Oスズ 山本)ふだん仕事をしている中では気づけなかった、みんなが持っているスキルを知ることができたのも良かったです。例えばパート社員の方が実はプログラミングができたり、あとは現場でプレスをやってる人たちがやたらとロープをきれいに張れたりとか。ふだんは目につかない、そういった隠しスキルを意外とみんな持ってるんだなというのが確認できたので、今後いろいろ頼めるなっていうのが期待できました(笑)。

(Dンソー 岡本)私の場合は、これまで出場した参加者――魔改造OBとのつながりですね。夜会が終わった後もいろんなイベントでご一緒して今もつながっています。特にペンギンのマシンは夜会後も毎年イベントでとばして遊んでいて、実はペンギンジャーって、もう何回も作り直してるんですよ。ペンギンジャーだけじゃなくて、今ではペンギンオーっていうロボットバージョンもできたりして。そんな風に夜会が終わったあともずっと続いていて…人生に色濃く影響した経験だなと思いますし、得るものが大きかったと感じています。

(Dンソー 小原)夜会に参加した他の2社にうちの会社のイベントに来てもらって、一緒にマシンを展示したこともありましたね。

夜会後に行ったイベントの様子 各社のマシンを展示した

(Dンソー 岡本)現場での即戦力・対応力のことを、私たちは「技術戦闘力」って呼んでるんですけど、そこが鍛えられたなと感じています。1か月半って短いんですけど、短すぎない絶妙な期間なんですよ。ハッカソン(※)とかだと、だいたい1日か2日なので、技術力の勝負というよりはアイデアの勝負という側面が強くなりがちですが、1か月半という期間だと本当に技術力などの総合的な力を問われる気がしますね。

※ハッカソン…特定のテーマに対してエンジニアやデザイナーなどが集まってアイデアを出し合い、決められた期間内でサービスを開発し、その成果を競い合うイベント。

(N岡高専 安達)日本を代表する企業の最前線で戦っているエンジニアの人たちと同じ土俵で技術的な話ができて、戦うことができたっていうのはすごくありがたい経験でした。
僕はたぶん「魔改造の夜」に出なかったら、自分がここまで競争やものづくりが好きだということを再確認しないまま大学に進んでいたと思います。卒業式の日にそれが再確認できて、将来はモータースポーツの世界に進みたいという目標を決定的にしてくれたのがこの夜会でした。そういう意味ではすごく背中を押してくれて、人生を決定的にしてくれた、自分の原動力になっているものだと感じます。

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話を聞き終えた私は、感慨にひたりながら魔改造倶楽部の本拠地をあとにした。
ふだんからものづくりに向き合っている彼らが、"魔改造"に魅せられる一番の理由はどこにあるのか。そうたずねた時、彼らが口をそろえて語ったのは、「失敗しても構わないこと」「正解がないこと」だった。失敗を恐れず本気で遊び、短い期間の中で限界まで自分たちの求めるものを追い続ける。そうした挑戦が夜会のあの感動を生むのだろう。
数年前、初めて広報の仕事を担当した時、「広報は正解のない仕事だ」と上司に言われた言葉がふと脳裏によみがえる。私は今、彼らのような創造力を持って仕事ができているだろうか。
ノートパソコンを開く。あの白熱した戦いの舞台裏を記録しなくては。彼らの言葉の持つ熱量を届けるのだ。

そして、私はキーボードをたたき始めた。
「魔改造の夜 悪魔の技術者たちが語る1か月半の挑戦」――。

広報局 富浦 麻穂

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