NHK広報局
14年前のトビウオが45秒飛ぶ映像がギネス世界記録になっていたことが最近判明した件
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14年前のトビウオが45秒飛ぶ映像がギネス世界記録になっていたことが最近判明した件

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先日、トビウオが45秒間飛行する映像がギネス世界記録に認定され、ニュースになった(ご存じの方もいらっしゃるだろうか)。

今回は、その奇妙な顛末てんまつについて、ディレクターとカメラマンの2つの視点からお話ししたいと思う。私たち二人は、あの日あの海で、不覚にも「運命」を感じた。そんな強烈な印象を残した大自然の驚異と、それに挑んだ若者たち(当時)とおじさんたち(現在)の時空を超えた物語である。

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ギネス世界記録の認定証授与セレモニー
左から、「ダーウィンが来た!」のマスコットキャラクターひげじい、筆者でディレクターの田所、トビウオが45秒間飛行する映像を撮影した森、ギネスワールドレコーズジャパン・石川代表

これが45秒飛ぶトビウオだ

まずは、今回、世界最長飛行記録に認定された映像をご覧頂きたい。

トビウオが海面上に飛び出し、45秒間にわたって飛び続ける一部始終をとらえたものだ。14年前の2008年5月18日午前10時半頃、鹿児島県の口永良部島から屋久島に向かうフェリーから撮影された。
専門家によると、水中でえら呼吸するトビウオにとって、45秒という時間は、息が続く限界に近いはずだという。私たちは、おそらく数千回はトビウオの飛行を目撃したが、ほとんどの場合、飛行時間は10秒を超えることはなく、30秒を超す飛行に至っては皆無だった。45秒もの飛行は異例中の異例で、そもそも水中の天敵から瞬時に逃れる目的で飛行するトビウオにとって、そこまで長時間飛び続ける必然性は低いと思われる。
ちなみに、今回以前に世界最長とされていた記録は42秒。ニューヨーク水族館のC. M. Breder, Jr. 氏が、1929年に論文で報告したものだが、本人による計測ではなく、とある船の船長がストップウォッチで計った記録の伝聞である。

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トビウオが42秒間飛行したことを記述した1929年の文献
C. M. Breder, Jr. Field observation on flying fishes; a suggestion of methods.


ところで、14年も前の映像が、なぜ今になってギネス世界記録として浮かび上がったのだろうか?

トビウオの映像を撮った2人

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ロケでお世話になったトビウオ漁の漁師さんたちと取材クルー 
後列左端が森カメラマン(当時32歳)、右端が田所ディレクター(当時27歳)

話を進める前に自己紹介させていただきたい。

まずはディレクター。名前は田所勇樹という。2003年にNHKに入局後、5年間の鹿児島放送局勤務を経て、2008年からNHKエンタープライズ自然科学部に出向。以来14年間ダーウィンが来た!などの生きもの番組の制作を行ってきた。

くだんのトビウオの映像を撮ったのは、鹿児島局時代の最後の年。27歳の時だった。余談だが、数年おきに異動することが多いNHK職員の中で、同一の部署に14年間居続けるのは極めて異例で、同僚に話すと驚かれる。専門性があるなどといえば聞こえが良いが、人事に、つぶしの利かない「ガラパゴス的人材」だと見なされているのかと不安になる。ダーウィンだけに。似たような困った人々が私の周りにもたくさんいる。そんな、NHKの中でも眉をひそめられる?珍獣的集団が「ダーウィンが来た!」の制作チームである。

一方のカメラマン。名前は森純一。学生時代の専攻は数学で、2001年にNHKに技術職員として入局後、全くカメラ経験ゼロで撮影部へ配属。そして、1年目の8月からいきなり大河ドラマの撮影を担当することになった。初めて担当した「利家とまつ」では、唐沢寿明さんや松嶋菜々子さんの本気のお芝居を撮影しなければならなかった。想像を絶するプレッシャーの中、怖い先輩カメラマンの愛のムチに耐えながら、毎日毎日必死に腕を磨き鍛錬した。

続いて、連続テレビ小説「こころ」、大河ドラマ「新選組!」などを担当。お芝居の本番は常に一発勝負。フォーカスNGやフォローミスでNGを出したら、同じクオリティのお芝居は二度とできないことが多い。だからこそカメラマンは常に緊張を余儀なくされる。極度の緊張状態でも自分の力を最大限に発揮できないとこの世界では生き残れない。

ドラマ撮影で数々の修羅場を経験してきたことで、否応なくプレッシャーに打ち勝つメンタルが鍛えられた。このことが後のトビウオ撮影にもつながることになる。

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緊張の面持ちでカメラを振る森(「新選組!」のスタジオにて)

その後2005年に鹿児島放送局に異動して、ドラマ撮影オンリーだった生活が一転。高校野球、のど自慢、選挙中継、ドキュメンタリーロケなど多岐にわたる撮影業務を担当することになった。
2011年、再び東京に異動し大河ドラマ「平清盛」「花燃ゆ」、連続テレビ小説「あまちゃん」「花子とアン」、大河ファンタジー「精霊の守り人」などドラマ撮影に復帰し今に至る。

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「平清盛」では海賊姿で撮影 (同時に撮影する他のカメラの映像に映り込んでしまうため)

余談だが、トビウオの撮影をした年にキューブ型立体パズル(※NHKなんで…)にドハマりし、屋久島でもいつも持ち歩いていた。(漁船でも)今ではスピード競技の公式大会にも出場し、現在は40歳以上のシニアランキング世界5位!(平均13.47秒)

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競技大会でプレーする森  もう一度言わせてもらおう、シニアランキング世界5位!

2022年3月 ギネス世界記録“発覚”

なぜ今、ギネス世界記録に?その話に戻ろう。

2022年3月、田所は「ダーウィンが来た!15周年SP」の制作にあたっていた。15年間の名シーンを「世界初」という切り口で振り返る記念番組である。こうした場合、自分が担当したネタを紛れ込ませたいと思うのが制作者のサガ。

田所の「世界初」の切り札はトビウオの45秒飛行で、満を持して編集に組み入れた。

しかし、「冗長では?」との周囲の反対で無念のカット。混入計画失敗に消沈し、だが、気を取り直して番組をほぼ完成させたある日、事件は起こった。

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「ダーウィンが来た!」15周年スペシャル 
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「ダーウィンが来た!」「世界初」映像集計実施本部

その日、田所は、

“guinness flyingfish 45”

というキーワードを検索画面に打ち込んでいた。

「もしトビウオの件がギネス世界記録になっているようなことがあれば、反対した人たちに一矢報いることができるはずだ」そんな妄想が無意識に指を動かしたのかも知れない。

もちろん確証はカケラも無い、戯れに過ぎない検索。しかし、結果は、信じがたいものだった。

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“guinness flyingfish 45”と打ち込むと…(出典:Google)

表示されたのはギネス世界記録の公式ホームページ。そこに「Longest flight by a flyingfish (duration)」という記録が掲載されているではないか。詳細を読み進むと「2008年に日本のNHKが撮影した」と書いてある。間違いない。

しかも記録は人知れず2019年に認定されていた。後にギネスワールドレコーズの方に尋ねたところ、イギリスにある本部の調査員が独自にリサーチして認定していたのだそうだ。(ギネスの調査員は、新しい論文などに常に目を通して、皆が驚くような記録のネタを探しているとのこと。)

驚がくの事実を前にして、不肖・田所は、番組を放送直前に大幅改編しなければならない可能性にひるんだ。

そうなると色々とみんな困る。

田所は喜びを一人胸に秘め、別の発表の機会をうかがうことにした。その後、機を見て上司に打ち明けると「そうなることを見越して、あえて15周年SPの枠に収めることに反対したんだよ~」と言われたのはともかく、5月、認定証を拝受する機会を得たのである。

改めて言うが、私たちの全く知らないところで、ギネス世界記録に認定されていたという嘘のような本当の話なのである。今回の記録ホルダーはあくまでも「45秒飛んだトビウオ」なので、NHKに連絡がなかったのだと思われる。ダメ元で、ギネスワールドレコーズジャパンに「あのー、なんか登録証明書みたいなもの、もらえたりしないんでしょうか?」とおそるおそる尋ねると「お申し出いただきうれしい。ぜひ喜んで!」ということで、急遽NHK内でセレモニーを行うことになったのだ。(当日は、スペシャルゲストで、「ダーウィンが来た!」マスコットキャラクターのひげじいも登場)

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NHK内でのセレモニーの様子
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さかなクンから番組宛にお祝いの絵も!

それにしても、あのトビウオの映像はどのように撮られたのだろうか?
そこには、数々の奇跡。そして、それを引き寄せたカメラマンの心意気があった。
14年前、あの日の森の記憶をたどることにしよう。

2008年5月18日 屋久島ロケ 運命の最終日

2008年5月18日早朝、鹿児島放送局のカメラマンである森は、同僚の田所らとともに屋久島の旅館で目を覚ました。今日は、延べ3週間に及んだ「ダーウィンが来た!」の屋久島ロケの最終日(鹿児島への移動日)である。
これまで連日、漁船やフェリーに乗船し、トビウオが飛行する姿を撮り続けてきた。撮影したカットは1000を越すだろうか。予定していた映像は全て撮影することが出来たはずだ。

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飛行するトビウオ
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トビウオを追うシイラ

揺れる船上での船酔いに耐えての撮影は非常に体力を消耗する。特にトビウオ漁の漁船に同乗させていただく場合は、朝3時起き。疲労はピークに達していた。だが、その日々ももう終わり。ようやく鹿児島に帰れるのだ。
ふつう、最終日には撮影はしない。特に今回は海上で酷使した撮影機材をクリーニングする必要がある上、移動のためのパッキングもある。店じまいに専念するのが定石である。もし“撮れ高”が不振なら最後の悪あがきをすることもあるだろうが、今回はそんな状況ではなかった。

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漁船上でハイスピードカメラを構える森 船酔いとの戦い

しかしこの日、森はなぜかカメラを持って船に乗り込むことを決めた。今振り返っても不思議で仕方が無いのだが、無性に、そして自然と「撮るべきだ」という気持ちが沸き起こったのだ。それは田所も同じようで、どちらからともなく「お世話になった船長さんに最後に挨拶にいきましょう。せっかくならカメラを持って」と話が進んだ。かくして森たちは、まさに運命にたぐり寄せられるかのように、本来立たなくても良いはずの撮影の舞台に立つこととなった。

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いざ撮影の舞台へ

森たちが乗り込んだのは、朝8時10分発の屋久島町営「フェリー太陽」。屋久島と隣の口永良部島、種子島の間とを結ぶフェリーである。
森は、ロケ中すっかり定位置となった甲板最前部にカメラを構えた。天気、海況は良好。船が波を切ると、さっそく多くのトビウオが飛び出した。今日は珍しい「当たり日」である。実はトビウオが見られるかどうかは、日によって全く違う。ひどい時には1匹も撮影できない。フェリーでの撮影は、1日5時間、いつ、どこから出てくるかわからないトビウオを、カメラのスイッチを入れたままファインダー越しに待ち続ける。当然、緊張感を維持するのは至難の業で、数時間成果が無いまま耐え、わずかにファインダーから目を離した隙にトビウオが飛び出すなどという悲劇も珍しくなかった。

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1日5時間、このファインダーで海面を見続ける 集中力を持続するのは至難の業

この日、森はある意気込みを持って撮影に臨んでいた。それはトビウオを徹底的にアップサイズでとらえること。そうすれば飛行するトビウオのヒレの使い方などがよりわかる上、迫力も増す。当然、画角から外れるリスクは圧倒的に高まるが、安全第一の“ユルい”映像はもう十分ある。この期に及んで失う物など無いはずだ。森は「エクステンダー」という、レンズの倍率を倍増させる機能を使用することにした。ファインダーを覗くと、海面は以前よりかなり大きく見えたが、同時にとらえられる範囲は格段に狭くなっていた。このイチかバチかの攻めの判断が、後に功を奏することになる。

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フェリーの甲板で撮影する森 音声担当の古田要が揺れる三脚を必死で押さえる

時刻は10時半、屋久島から口永良部島に着いたフェリーが、再び屋久島に向けて折り返した直後のことだった。
幸運にも、狭くなった“待ち受け画角”のほぼ中央から1匹のトビウオが飛び出したのだ。森はすかさずRECボタンを押した(スキップバック機能により7秒さかのぼって録画できる)。そして、躊躇ちゅうちょすること無く、高速で飛行するトビウオに目一杯ズームをかけた。

トビウオは左右に旋回を繰り返すが、森は冷静にフォローを続ける。経験上、トビウオの飛行をフォローすることは、軌道が読みにくい分、野球のホームランボールを追うよりも難しい。しかし、この日は3週間にわたるロケの最終日、トビウオを追う技量は最高潮に達していた。自分でも驚くほどスムーズに、アップサイズのまま、トビウオに食らいついた。新人時代ドラマ撮影の地獄の鍛錬で叩き込んだフォローやフォーカスのテクニックが、ここに来てトビウオ仕様に昇華したのだ!

トビウオは、徐々にフェリーから離れたが、中盤から、幸いにもフェリーの進行方向とほぼ平行に飛び始めた。これならなんとかフォローを続けられる。しかし、もはやトビウオは最大限にズームをしてもゴマ粒のようにしか見えない。しかもモノクロのファインダーでは、周囲にたくさんある細かい白波との見分けも難しい。もしエクステンダーを入れていなければ、早々に見失っていたであろう。

もう30秒はゆうに越しただろうか、まだ飛び続けている。普段の飛行時間は10秒未満なので、すでに相当異様な長さだ。あまりの長さ、そして衰える気配のない躍動的な飛行姿に、途中からトビウオを見失い、誤って海鳥を追いかけているのではないか、との不安が森の頭をよぎる。しかしとにかく最後までフォローするしかない。超望遠での撮影。少しでも手元がブレれば画角から被写体が外れてしまう。全集中。呼吸も止め、必死に食らいついた。…そして、遠く小さくなったトビウオは、ついに消えるように海に没した。

森がRECを止めた瞬間、隣にいた田所が目を見開き「奇跡だ!」と叫んだ。普段冷静沈着な田所の膝が震えている。田所によると飛行の後半は遠すぎて肉眼では見えていなかったという。こうして森は、カメラマン人生で最も印象に残るワンカットをとらえた。

■最終日に撮影の場に立ったこと
■類を見ない長距離飛行個体に出会えたこと
■狭い“待ち受け画角”の範囲内から飛行を開始したこと
■船と平行に飛んだこと
■最大限のアップサイズで完全にフォローできたこと

全ての条件が神がかっていた。これを運命と呼ばずしてなんと呼ぶべきか!

「もしや我々は、あのトビウオから今日のこの場に招かれたのではないか」

そんな超科学的な感慨に浸らずにはいられなかった。

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下船直後、映像を再生してトビウオの飛行時間を確認する森 
モニターの反射防止用に被っている服は森が新人時代に携わった大河ドラマ「利家とまつ」のスタッフジャンパーだ。45秒も飛行する「傾奇(かぶき)者」にこんなところで再会するとは!

下船直後、森たちは映像を再生して飛行時間が45秒だったことを確認。42秒の世界記録を知っていた田所が記録更新に狂喜乱舞。鹿児島局に帰局後一番、報道の担当に働きかけてニュースで映像を流した。実はそれが海外の報道機関にも配信され、その際にネット上に残された英語のニュース記事が、後のギネス世界記録認定のきっかけになったと思われる。

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トビウオが45秒飛んだニュースは世界中に配信された

そして2008年11月2日、トビウオの「ダーウィンが来た!」が無事放送され、45秒の映像は番組最大の見せ場となった。

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ダーウィンが来た!生きもの新伝説 トビウオ大飛行!

時に大自然は、しっかりと準備をした者だけに、想像をはるかに超える驚異を見せてくれる。
そんな生きもの番組制作の醍醐味だいごみを味わえたことは、後の田所のディレクター人生に大きな影響を及ぼすことになった。

2008年7月~ トビウオの原体験が制作の支えに

トビウオの「ダーウィンが来た!」は、田所にとっては、初任地、鹿児島局時代の集大成として臨んだ番組だった。そもそも田所がNHKのディレクターを志したのは、世界を股にかけて取材する「生きもの番組」へのあこがれだ。学生時代はハマダンゴムシという生物の生態を研究するとともに、バックパッカーとして世界各地を旅することに熱中した。生きもの番組の制作は、その両方を叶えてくれる、まさに夢の職業だと想像していた。

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学生時代に研究したハマダンゴムシの標本 
NHKの採用面接でこれをポケットから取り出して魅力を力説した 実は今も会社の引き出しの中に

田所は新人として鹿児島局に赴任後、とにかくがむしゃらに働いた。報道、スポーツ中継、ドキュメンタリー、料理、・・・あらゆるジャンルで失敗を繰り返しながらテレビ番組の作り方を学んだ。時に自分のふがいなさに涙も流した。就活時代の夢想の甘さも激しく後悔した。そして4年が経ち、ようやく自分の志向に目が向けられるようになった時、満を持して「ダーウィンが来た!」に挑戦したのだった。もちろん、鹿児島局が作る番組である以上、舞台は県内でなければならない。そこで目をつけたのが、日本一の漁獲量を誇る屋久島のトビウオだった。

しかし、当時、生きもの番組の専門家ではなかった田所には、トビウオの生態を撮るノウハウは全くない。そこで、漁師さんが主人公のドキュメンタリー番組を制作させてもらう中で、トビウオ漁に長期密着し、撮影する術を1つ1つ研究した。漁師さんが一緒になって面白がってくれたことがうれしかった。

その後、トビウオの「ダーウィンが来た!」を名刺代わりに、生きもの番組を専門に作る現在の部署に異動。そして様々な生きものを世界各地で取材した。コスタリカのジャングルではツノゼミという奇妙な擬態昆虫を。モンゴルの大草原では野生馬モウコノウマを。南米イグアスの滝では、滝に突入するアマツバメを。南アフリカの乾燥地では、巨大なアフリカウシガエルを。念願叶って、日本の子どもたちとダンゴムシの番組を作ったこともあった。

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モウコノウマ 1つの家族に1か月密着し続けた
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アフリカウシガエル ロケ開始3週間、全く雨が降らず、カエルが現れずに肝を冷やした
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イグアスの滝をクレーンで撮影
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コスタリカのジャングル 虫の目レンズでツノゼミを撮影
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アマゾンにて テントに隠れて日がな一日サルを待つ

そうした日々にあっても、トビウオの時の鮮烈な体験は常に心の奥底にあった。「ダーウィンが来た!」の制作では、毎回、研究者への取材や関係論文の精読を通して徹底的に情報を集める。そうしてロケの前に構成を練るのだが、いわば「頭でっかち」の状態でロケに臨むため、どうしても事前に考えた構成の後を追うことにとらわれがちである。だが、既知の事実を映像化しただけの番組は、概して面白味に欠ける。

そんなドツボにはまりかけたとき、いつも立ち返るのが、トビウオ撮影の原体験だ。
あの体験があったからこそ、難しい撮影でも最後まで粘り、モチベーションを高く保つことが出来た。きっと起こるであろう、ワクワクする出来事を信じて待つことが出来たのだ。

2022年5月 タイムカプセル・27歳の自分から41歳の自分へ

2022年5月、ギネスワールドレコーズのご厚意で授賞式を開いていただけることになった田所は、取材対応に備えるため、十数年ぶりにトビウオを制作した際の資料をひもといていた。すでに処分したようなつもりでいたが、今回の騒動をきっかけに探したところ、会社の片隅で「TOBIUO」と書かれた段ボールを見つけたのだ。

段ボールの画像

そこには、お宝映像の記録されたテープ、細かく整理された資料、取材メモ、和訳が書き込まれた英語の論文などがぎっしり詰まっていた。夢だった「ダーウィンが来た!」の実現を目指し、がむしゃらに突き進む27歳の若者の生き生きとした痕跡があった。

画像 トビウオの資料
画像 トビウオの資料

今、ディレクターになって19年、生きもの番組の担当になって14年。よくも悪くも仕事に慣れが生じていることは否めない。さらに40歳を越した頃から、不惑などという言葉とは全く裏腹に、周囲で大活躍する同期や後輩と、「ガラパゴス的」な自分を比較し、ため息をつくことが増えたと感じる。

トビウオの夢のつまった段ボールは、そんな、人生の曲がり角に惑う41歳のおじさんの前に突如現れた、まさにタイムカプセルであった。
資料の数々を眺めていたとき、ふと、27歳の自分に語りかけられたような気がした。

「お~い、41歳の自分! 夢のダーウィンを精一杯作ってるか?」

45秒飛ぶトビウオよ、かけがえのない贈り物をありがとう。
明日も頑張ろう!
私は再びタイムカプセルを閉じた。

当時の田所と森の画像
現在の田所と森の画像


トビウオのギネス世界記録にまつわるお話はこれでおしまい。
撮影でお世話になった皆さん、番組をご覧いただいた皆さん、拙文を最後までお読み下さった皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。
これからも初心を忘れず、精一杯制作を続けたいと思います。

筆者・田所の画像

NHKエンタープライズ自然科学部 田所勇樹
2003年入局。5年間の鹿児島放送局勤務を経て現職に。
「クローズアップ現代」(アサギマダラ)
「ダーウィンが来た!」(オオコウモリ・ツノゼミ・サシバ・トンボ・身近なアリ・グンカンドリ・ホンソメワケベラ・イグアナ・東京湾・モンハナシャコ…)「NHKスペシャル」(大アマゾン・幻の巨大ザル)などを制作。
2021年「劇場版ダーウィンが来た!海の生きもの超伝説」監督。

カメラマン・森の画像

放送技術局 制作技術センター制作推進部統括副部長 森純一
2001年入局。主にドラマの撮影を担当。
大河ドラマ「利家とまつ」「新選組!」「平清盛」「花燃ゆ」、連続テレビ小説「こころ」「あまちゃん」「花子とアン」、大河ファンタジー「精霊の守り人」などを担当。現在は主に後進の指導にあたる。
2005~2011年の鹿児島放送局勤務では、報道、スポーツ中継、ドキュメンタリーなどあらゆるジャンルの番組を撮影。


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