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(いちまいめ) 犬はわらう。

あたしは狂っているのでしょうか。そう、人間の思う犬らしさの尺度からすると、あたしは狂っている。ニンゲンノオトモダチとしては、あきらかにあたしは狂っている。
だけれど、有史以来、犬を犬らしくしてきたものは何。犬が思う犬らしさとは何。

 * * *

 子供の頃。たぶん小学校の中学年頃のこと。目が赤くなった犬を見た。
 目が赤い、って、人間なら、白目が充血して赤くなった状態を指す場合がほとんどだけれど、どうやら犬は、白目の部分があまりなくて、だからたぶん黒目のところ、瞳孔の部分が赤い色をしていた。それとも、おびえた子供の自分には、そんなふうに見えた。
 汚れてて、毛並みも悪くて、けれど、当時はまだ野良犬とか野良猫とかが普通にそのへんで暮らしていて、子供たちは気まぐれに給食の残りのパンなど与えていて、だから。汚れてて、毛並が悪いから、といって、その犬を怖がったわけではなかった。
 犬へのおそれは、たぶんおそらくその目の赤さが、それとも子供が赤いと感じる何らかの変化が、もたらしたものだったと思う。
          
 (たとえば王蟲。あのでっかな蟲。気高い蟲。理性を持つ蟲。)
 (目が青いときは穏やかで、目が赤くなったらもう誰にもとめることができない蟲。)
 (だけどナウシカにだけはなんとかなる蟲。)

 あたしはナウシカではなかったので、目の赤いいきものを恐れた。目の赤い犬は、もう自分の知っている他の犬たちとは違うナニモノかだった。有史以来ニンゲンノオトモダチとされてきた、あの穏やかなイメージをもつ動物とは違う何かだった。

 * * *

あたしが狂っているのだとして、あたしの気を狂わせるのは誰。あたしの目を赤くするのは誰。……なにかの薬であたしを眠らせるのならば、先生、あなたも同じに眠ればいい。

 * * *

 目の赤い犬は笑う。
「ニンゲンノオトモダチであるのは正しいことか」
「お前たちの思う犬らしさとは何か」
「目の黒さか」
「毛のつや色か」
「首輪か」
「紙切れか」

「『正気』か」

 * * *

あたしを眠らせるその同じ薬で、せめてあなたも、眠ればいい。

あたしが眠るその薬で、せめてあなたも、眠らせてあげたい。

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