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18歳成人と成人式 田中治彦(開発教育協会理事)

開発教育協会(DEAR)理事・田中治彦さんによる『成人式とは何か』(岩波ブックレット、11月5日)が刊行されます。これを記念し、DEAR News195号(2020年2月/定価500円)の特集記事「18歳成人と成人式」を公開します。

成人年齢は18歳で成人式は20歳?

民法改正により2022年度より成人年齢が18歳に引き下げられることになった。それに伴い、従来各自治体で行われてきた成人式をどうするのかが、今課題となっている。

成人年齢が18歳になるのであるから成人式も18歳で行うのが当然と思われるのであるが、実際には仙台市、宇都宮市、豊中市など多くの自治体が引き続き20歳で催しを行うことを表明している。18歳選挙権・18歳成人の実現に向けて発言してきた者として、このような自治体の動向について危惧を抱いている。

というのは、国が法律で「18歳から成人です」と言っているにもかかわらず、自治体レベルでは「20歳までは大人ではありません」というちぐはぐなメッセージを出すことになるからである。成人年齢の引き下げによって、中学校、高校段階で市民教育の必要性が改めて認識され、今年度から導入される学習指導要領でも市民教育に相当する学習内容が重視されている。学校現場で「大人になるための教育」を構想する際に、成人式のあり方もひとつの課題となるであろう。そこで、これまでの経緯についてみてみよう。

成人年齢引き下げの経緯

18歳選挙権の課題が現実のものとして議論されたのは2007年である。それは、憲法改正のための手続き法である国民投票法案の審議に当たって、将来、18歳選挙権や18歳成人を実現することを条件に与野党が法案の成立に合意したからである。国民投票法は07年5月に成立した。この動きを受けて法制審議会は、09年10月に「選挙権が18歳に引き下げられるならば、民法の成人年齢も引き下げるのが妥当」とする答申を出した。

その後、政権交替の混乱で18歳選挙権問題は停滞した。結局、再び自公政権となり15年6月に選挙権年齢を18歳以上とする公職選挙法改正案が全会一致で成立した。16年7月の参議院議員選挙から18歳以上の者が投票に参加することになった。

一方、民法改正により成人年齢が引き下げられたのは2018年であった。成人年齢の引き下げには多くの法律が関係していて、国民生活にも大きな影響を及ぼすため施行日まで3年の猶予期間が設けられた。18歳成人の実施は22年度からということになる。18歳成人に移行するに当たっては、消費者保護や消費者教育、自立困難な若者の支援、市民教育の実施などいくつかの課題があった。政府では18年4月に「成人年齢引下げを見据えた環境整備に関する関係府省庁連絡会議」を設置し、これらの課題を検討している。そのひとつが成人式の問題である。

自民党からは「成人式等に関するワーキンググループ(WG)」が19年12月に提言書を出した。この提言書では、式の開催について「自治体の判断で20歳までの間の適切な時期に行うべき」としている。ここで問題なのは「18歳の人を対象に行う必要はない」と指摘し、「新成人を祝う会(仮称)」を「20歳の人々を対象として、現在の成人の日の前後に開催するのが望ましいという意見が多かった」と付記されたことである。

その理由は、「18歳の成人式は入試直前の期間に当たること」「20歳で旧友と再会して落ち着いて式典を行うのがよいこと」「和服・写真館など関係業界への影響が大きいこと」などであった。今後は先の関係府省庁連絡会議が2020年3月までに、成人式の実施を含めて18歳成人に伴う諸課題についての指針を示すことになっている。

根拠がない「20歳(はたち)を祝う会」

2022年度以降に多くの自治体が実施しようとしている「20歳(はたち)を祝う会」には法制度的にも、民俗学的にも根拠がない。

まず、法的には民法、公職選挙法、国民投票法といった成人年齢に関わる主要な法律は成人を18歳と規定している(少年法では20歳であるが、18歳への引き下げが検討されている)。20歳を根拠としている法令は、酒・タバコそして競馬・競輪・競艇・オートレースのギャンブル関係である。「20歳を祝う会」とは、酒・たばこ・ギャンブルが解禁になったことを祝う会なのだろうか。「成人」になって2年もたってから行われる式典にどれだけの意味があるのであろうか。

また、成人式は民俗学的には、子どもから大人への移行を祝う「通過儀礼」の一種である。前近代社会では武士は「元服」という行事が数えで15歳のときに行われていたが、これも通過儀礼である。18歳は高校の卒業時期に相当するため、就職や進学という人生の転機に当たるので、通過儀礼としての成人式を行うのにふさわしい年齢である。これに対して20歳は若者にとって何ら「人生の区切り」にはならないのである。

子どもの貧困と成人式

成人式において特に女性の和装が広がったのは1970年代からである。1970年に発刊された塩月弥栄子著『冠婚葬祭入門』には、「親は成人式を迎える娘に晴着を贈ってやる」という一項がある。著者は、親が多少無理してでも新成人に華美な服装をさせることを奨励している。同書は700万部のベストセラーとなったのでそれなりに影響力があった。高度経済成長の60年代からバブルに至る80年代までは国民所得も年々増加していて、成人式に晴着を購入して着せることが可能であった。

しかしながら、その後平成の間、実質的な所得は横ばいないし減少気味で、2016年では子どもの貧困率が16%となってしまった。晴着はレンタルでも10万円、新調すれば30万円以上の費用がかかる。これらの家庭の子どもたちは成人式に出席しているのであろうか。

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経済的な理由で成人式に出られない若者は、人生の出発点において社会から「排除された」と感じ、格差社会を実感することになる。現行の成人式の風潮では「自分は日本社会から必要とされていない」ことを感じる若者を一定数生み出していることが懸念される。

18歳の成人式にメリットがあるのは、式典に学生服でもスーツでも和服でも「プライドをもって」出席できることである。服装にかかわらず出席できるのが18歳成人式の特徴である。そもそも成人式は、若者誰にでも平等に機会が与えられるべきものである。SDGs(国連持続可能な開発目標)の標語である「誰一人取り残さない」を推進できるのが18歳成人式である。

18歳に移行する際の問題

一方、2022年度の時点での18歳成人式に移行する際には、次のような課題があることも事実である。

成人の日(1月第2週の月曜日)前後に行われる成人式は、大学入試センター試験日の直前の期間に当たってしまう。この点を理由に各自治体は18歳での成人式を避けようとしている。しかし、このことについて言えば、成人式の日程を3月などにずらすことで解決する問題である。現在の成人式も3月、5月ないしは8月に実施されている地域がある。雪国では1月の悪天候を避けたり、お盆の帰省をねらって参加率を高めたりするための工夫である。

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また、22年度は18、19、20歳の3年分の成人式を行う必要が生ずる。各自治体が18歳成人式への移行を困難としている理由のひとつである。

この点についてはいろいろ知恵を絞る必要があるであろう。例えば「22年度は成人式を2回ないし3回に分けて実施する」ことを考えてもよい。あるいは、経過措置として「22年には19歳と20歳の成人式を行い、23年度には18歳と19歳の成人式を行う。24年度以降は18歳での成人式を実施する」という方法もあるであろう。実務上の困難さを理由に18歳成人式を避けるのではなく、法的にも民俗学的にも根拠がある18歳成人式を基本として、さまざまなバリエーションを試行することが筋であろう。

代案として19歳時の成人式というアイデアもありうる。全員が18歳となる年の翌年に成人式を行うという案である。これにはいくつかのメリットがある。ひとつには、19歳であれば1年遅れの範囲内なので「成人式」の名称を使っても許容されるであろう。また、高校3年の受験期を避けることができるので、当事者も余裕をもって準備できる。あるいは、新成人による実行委員会形式で運営している自治体があるが、高校卒業後なので引き続き実行委員会形式での運営が可能となる。さらに、経過措置が1回のみで、2倍の人数(20歳と19歳)に対処すればよい。また、関連業界への影響がほとんどないので、受け入れられやすいであろう。しかし、19歳では和装が中心になると予想されるので、子どもの貧困問題には効果が薄い。

成人式の起源

それでは、現在のように自治体が公費で行う形の成人式はいつどうように始まったのであろうか。

日本の伝統では人生の節々でそれを祝う行事が行われてきた。新生児のお宮参り、七五三、元服、結婚式、還暦祝い、等々。それらはそれぞれの家庭ないしは共同体でお祝い行事を行っていた。成人式が特異であるのは、すべての自治体が公費で行事を行っていることである。

成人式の起源は、敗戦直後の1946(昭和21)年11月に埼玉県蕨市で「成年式」を実施したこととされている。これは、行政主催ではなく地元の青年団が中心となって行われたものである。蕨市は今でも成人式ではなく成年式と呼んでいて、「成年式発祥の地」の銅像も建っている。

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1948(昭和23)年に制定された「国民の祝日に関する法律」によって1月15日が「成人の日」として祝日になった。なぜ成人の日が設けられたのかは定かではないが、敗戦後の日本を立て直すに当たって子ども・若者に期待が寄せられたことは想像に難くない。1月15日という日付の意味についても定説はないが、戦前は年齢の数え方が正月をもって加齢していて、武家社会の元服の行事も正月に行われていたことに由来するのであろう。なお、現在の成人の日は祝日法の改正により1月の第2月曜日に移動している。

新しく制定された成人の日の行事として、蕨市などで行われていた成人式が全国的に採用されることとなった。当時はまだ中学卒業で就職、就業する者が多く、また市町村ごとに組織されていた青年団への加入も15歳であったので、成人式を何歳で行うかは定まっていなかった。20歳での成人式が定着するようになったのは、56(昭和31)年頃である。逆に言えば、市町村が行う成人式の普及によって「成人年齢20歳」が国民の間に認識されていったと言うこともできる。その意味でも、成人式を何歳で行うかは重要である。

「荒れる」成人式

成人式はもともと青年団から発想されたこともあり、市町村が主催する場合にも地元の青年団が自発的に関わることが多かった。ところが1960年代の高度成長期に、多くの若者が都市部に移動したこともあり、農村部での青年団が弱体化する。もともと参加率が低かった都市部を含めて、年々成人式への参加率が低下していった。1970年代以降、都市部を中心に和装で成人式に出席することが定着していく。和装の広がりは一方で経済的に参加しにくい若者を生み出すが、他方では華やかな式典に新成人を参加させたいという親の期待も高まり、出席率の低下傾向に一定の歯止めをかけたとみることもできよう。

1999(平成11)年の仙台市の成人式で講演していた考古学者の吉村作造が、会場の新成人が騒がしく講演を聞く態度ではないとして講演を中止し退席するという事件が起きた。2001(平成13)年には高知市の成人式で新成人が市長に野次を飛ばすということがあり、高松市では新成人が壇上の市長にクラッカーを炸裂させ、刑事告訴にまで発展した。これらは「荒れる成人式」として社会問題にもなり、成人式不要論も登場した。

成人式は必要か?

当事者である新成人は成人式をどのように捉えているのであろうか。筆者は成人式を目前にした1月の最初の授業で上智大学の学生110人にアンケートをとった。その結果、成人式に参加する理由は圧倒的に「知人・友人に会えるから」であった。2番目以下は「新成人として当然参加するもの」「親や親戚が喜ぶ」「晴れ着を着られる」である。「式典の内容がよいから」は皆無であった。

このような現状のなかで、果たして市町村が公費を使って行う成人式は今後も必要なのであろうか。明確に言えることは、法制度的にも民俗学的にも根拠が薄弱である「20歳を祝う会」については、地方自治体が公費を支出して行う意義は存在しないということである。

先に述べたように、戦後「成人年齢20歳」を国民の間に定着させたのは自治体ごとに行う成人式であった。民法、公職選挙法、国民投票法、児童福祉法、労働基準法という成人を規定する一連の法律が成人を18歳とする中で、成人としての自覚を促し、国民の間に「18歳成人」の定着させるための成人式は当然18歳時に実施するべきである、というのが結論である。

今後、中学・高校教育の現場では18歳成人に向けて、主権者教育、消費者教育、市民教育の新たな展開が求められる。これらと相まって、18歳での成人式が位置づけられるのであれば、公費で行う成人式もそれなりに意義をもつであろう。■

田中治彦(たなかはるひこ)
認定NPO法人開発教育協会理事、上智大学グローバルコンサーン研究所客員所員、立教大学ESD研究所客員研究員。日本国際交流センター、岡山大学、立教大学、上智大学教育学科教授を歴任。専門は青少年教育とESD(持続可能な開発のための教育)。著書に『若者の居場所と参加』(東洋館出版社)、『SDGsと開発教育』SDGsとまちづくり』『SDGsカリキュラムの創造』(学文社)、『18歳成人社会ハンドブック』(明石書店)など。
今後も18歳成人と成人式に関する話題を「持続可能なブログ」で展開いたします。

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